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45.鬼神

ゴブリン討伐の帰り道、小さな泉を見つけた。

木々の間から差し込む光が、水面に反射してキラキラと揺れている。


魔法で服も体も綺麗にできるこの世界で、なぜか俺は、どうしても水に浸かりたくなった。

血と汗と泥と、言葉にできない感覚を洗い流したかった。


泉に服を脱ぎ捨て、静かに足を浸ける。

冷たい水が肌を包み、次第に膝、腰、胸へと深くなっていく。


「……冷たい、けど……気持ちいいな」


つぶやきながら、顔を水に沈めた。


異世界に来て、見たこともないゴブリンという生き物を、ありえないほど切り倒した。

殺した。


「正義……か」


人間としてはそれが正しいのかもしれない。

でも、もし俺がゴブリン側に生まれていたら?

俺は今日、間違いなく死んでいた。

この山のように積み重なった屍の中の一つになっていた。


たまたま人間に生まれた。それだけで、俺は生き残る側にいる。


「これで……いいのか?」


泉に映る自分の顔が、ひどく他人に見えた。


前の世界では、これほど命を奪ったことなどなかった。

いや、虫一匹殺すのも少し戸惑うタイプだったはずだ。


「でも、こっちでは……殺すのが当たり前?」


俺は神か?

違う。

なら、神だからって、殺していいのか?

違う。


なぜゴブリンは殺されなければならなかったのか。

それは、人間の生活を脅かすからだ。


でも、攻撃されたからといって、攻撃し返していいのか?

殺されたら、殺し返していいのか?

この土地も元々はゴブリンが先に住んでいたのでは?


じゃあ……誰なら殺してもいい?

勇者なら許されるのか?

冒険者は?


「くそ……分からない……」


泉の水で顔を洗っても、手をこすっても、全然綺麗になった気がしない。


血は流れ落ちても、心が濁っている気がした。


森でブラッディウルフを討伐した時は感じなかった、ゴブリンが人型であるから

気が付いたのか・・・・?


その時——


「カイ、大丈夫!?」


聞いたことのある声。

身体を揺さぶられる。


「……生きてた?」


視界の端に、誰かが立っていた。

白くて、揺れていて、夢を見ているみたいだった。


「ちょっと!しっかりしてよ!」


目の前にいたのは、マリだった。

その隣に、ルカもいる。


「……なんで、ここに?」


「一人で森に入ったって聞いて、ギルドから聞いて、心配して探しに来たのよ!」


マリが俺の頬に平手打ちを食らわせた。


「バチン!」


「……っ!」


痛みで意識が戻った。


「何考え混んじゃってるの!あんた、バカじゃないの!?」


「……いや、でも……俺は……」


「黙って!」


マリの声が怒りと、そして少しだけ震えていた。


焚き火を起こしてくれたマリとルカ。

濡れた体に毛布をかけてくれる。


「……ごめん。心配かけた」


火の揺れが、俺の不安を溶かしていくようだった。


「何があったか話してくれる?」


マリの声は柔らかく、ルカも黙って寄り添ってくれていた。


俺は泉で考えていたことを、そのまま口にした。

自分でもうまく言えないほど、ぐちゃぐちゃな気持ちを、少しずつ言葉にしていく。


マリは俺の頭を撫でてきた。


「カイは優しいんだね」


「……優しいって……俺は……」


「うん。魔物だって相手の気持ちを考えようとするなんて、普通できないよ」


黙って聞いていたルカが口を開いた。


「私は……無駄に命を奪うことはしたくない。でも、人間に危害を加えるなら、それは……仕方ないと思う」


「仕方ない……か」


「そう。うまく言えないけど、それが現実だよ。考えながら進むしかないと思う」


俺は目を閉じた。

焚火のぬくもり、マリの手の温もり、ルカの静かな声。


「……ありがとう。もう少し強くなるよ。ちゃんと心も強くなる」


「うん、それでいい」


「無理しすぎないでね」


気づけば、空は夕焼けに染まっていた。

俺たちは荷物をまとめ、王都へと帰る道を歩き出した。


森には、もうゴブリンの気配はなかった。





「……しかし、ゴブリン、いなくなったよね」






静かにそう呟いたマリの声に、俺とルカがそっと彼女の顔覗いた。


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