44.ゴブリンスレイヤー
この世界では、衣類は汚れにくく、洗濯の必要すらないのが当たり前。魔法の力で汚れを弾く文化が根付いている。けれど——
「やっぱり、太陽の下で干した服って気持ちいいよなぁ……」
カイはそう呟きながら、乾いた風を受けたシャツに袖を通した。
「魔法は便利だけど、太陽のエネルギーってのも捨てたもんじゃないな」
精神的な清潔感を大事にするカイにとって、風呂やシャワーは欠かせないものだった。森で暮らしていたころも、時間を見つけては川で身体を洗っていた。
「もしこの世界で自分の家を建てるなら——風呂は絶対いる。サウナも。水も引いて、井戸水じゃなくて、ちゃんとした上水道にして……そうなると下水道も整備しないとな……」
そんなことを考えながら、カイは王都から少し離れた森で、ゴブリン討伐の任務に勤しんでいた。彼の剣——聖剣ポチはすでに緑色に染まっている。
木の上から、茂みの中から、穴から——次々と現れるゴブリンたちを、流れるような動きで切り伏せていく。
「——ふっ!」
斬撃が風を切り、ゴブリンの悲鳴が森に響く。左耳を切り落とし、袋に詰める作業も同時進行。
「しかし、娯楽が少ないよな……夜がヒマすぎる……映画もテレビもない……漫画なんて夢のまた夢だしな……」
ゴブリンをなぎ倒しながらも、カイの頭は意外と冷静だった。
「学校に部活とかあったら面白いのにな。スポーツ系……剣道部とか、あったりして?」
次の瞬間——
「ギギャァアッ!」
洞窟の入り口近くにたどり着いたカイの前に、5体のゴブリンが突撃してくる。
「邪魔すんなよ」
その一言とともに、剣を地面すれすれから一閃。
——ズバァッ!
まるで時間が止まったかのように、5体のゴブリンが一瞬遅れて崩れ落ちる。
「よし、ここまで3時間……ちょっと休憩だな」
洞窟の入り口を土魔法で塞ぎ、カイは岩に腰かける。
「ポチも血まみれで可哀想にな……ちょっと拭いてやるか」
背中の袋から布を取り出し、剣を磨きながら、町で買ったサンドイッチにかぶりつく。
「……うまい。森のキノコも恋しいけど、こういうのも悪くないな」
やがて、塞がれた洞窟の向こう側から、岩を叩く音が響いてきた。ゴブリンたちが岩を砕こうとしているのだ。
「よし、ポチ。行くぞ」
カイは立ち上がり、魔法で生成した岩を聖剣で一刀両断。
——ドォォンッ!!
砕かれた岩の向こうから、怒涛のようにゴブリンたちが雪崩れ込んでくる。
「数だけは一人前だな……来い!」
聖剣を片手に、カイは前へ踏み込む。斬って、斬って、斬りまくる。
洞窟内の狭い通路が、次第にゴブリンの死体で埋まっていく。中には体格の大きな個体も混ざっていたが、カイの剣技はもはや迷いがなかった。
「キングかクィーンか……見分けがつかねぇな。もう、全部切る!」
天井に魔法で土塊を浮かべ、複数体のゴブリンをまとめて押し潰す。
「プチ・メテオォ!」
頭上から落ちる石塊が、洞窟内にこだまする悲鳴とともにゴブリンを吹き飛ばす。
時間がどれほど経ったか、もはや分からなかった。
「はぁっ……はぁっ……」
息を切らしながら、洞窟の最深部にたどり着いたとき——そこにはもう誰もいなかった。
「……どうやら、キングもクィーンも途中で倒してたらしいな」
血に染まった剣を見下ろし、カイは深く息を吐いた。
「全部討伐……か」
帰り道、カイはゴブリンたちの左耳を確認しながら、ゆっくりと洞窟を後にした。




