36.王都ベルゲン
王都ベルゲンの城門は、朝早くから行列を作っていた。旅人、商人、巡礼者、あらゆる人種と階級の者たちが列を成す中、カイはヒルダから受け取った入試許可証を握りしめていた。上質な羊皮紙に金色の魔力で刻印されたその文書は、王立魔法学校への入学試験を受ける資格を証明するものだった。
門番にその紙を見せると、軽く眉をひそめながらも通してくれた。ただ、その際にぽつりと一言。
「平民はおとなしくしておけよ」
――やっぱりな。
心の中で舌打ちをしながらも、無言で通り過ぎる。言葉にはしなかったが、それだけでこの国に根づく平民と貴族の格差をまざまざと見せつけられた気がした。
王都ベルゲン。城門を抜けた瞬間、カイの目に飛び込んできたのは、エステンとは比べものにならないほどの人の波と、華やかな街並みだった。すべての建物は赤い瓦屋根で統一され、白壁に刻まれた紋章や彫刻が文化の深さを感じさせた。
(ここが王都か……)
前の世界で見た中世ヨーロッパの街並みを思い出す。だが、ここには確かにそれ以上の整然さと格式があった。整備された道路、馬車が往来する大通り、そしてなにより驚いたのは、街角ごとに信号機のようなものが設置され、係員が時計を見ながらそれを操作していることだった。
「うわ、信号か……なんか懐かしい」
青信号に従って道を渡っていると、突然、列を成していた馬車が突進してくるように進みだした。危うくひかれかけたカイは思わず跳ねのけるように後ろへ飛び退いた。
馬車の装飾は金色に輝いており、馬には黒曜石のような蹄鉄が装着されていた。その豪奢さに、一般人のそれではないとすぐに察する。ほどなくして近衛兵らしき男たちが駆け寄り、カイを囲んだ。
「貴様!何をしている!」
「だって、青信号だったじゃん!」
「馬鹿者!この馬車にはグレーン王子が乗っておられるのだぞ!」
その名が告げられた瞬間、周囲の警備員が一斉に片膝をついた。馬車の窓が開き、中から現れたのは、カイと同じくらいの年頃に見える、金髪の少年だった。顔立ちは整っていたが、目は尊大で、口元には嘲りが浮かんでいた。
「この汚い平民が……我の前に立つな!」
その声に、周囲の人々が凍りついたように沈黙する。
「礼儀もわきまえぬ田舎者は、国へ帰れ!」
カイは腹の奥に湧き上がる怒りを抑えながら、視線だけは逸らさず王子を睨みつけた。
「匂いがうつる。行くぞ!」
馬車は再び走り出し、重い空気を残してその場を去っていった。
「……ったく、最低だな。あれが王子かよ」
すると、後ろからぽんと肩を叩かれる。さっきの近衛兵の一人だった。
「よくぞ睨み返したな。あいつにあんな態度とる奴、初めて見たぞ」
「なんて奴なんだよ、あれ……」
「第6王子、グレーン殿下。継承順位は低いが、傲慢さじゃ王家一よ。……まあ、王様は温厚なお方だが、あの息子たちには頭を悩ませてるって話だ」
カイは少しだけその兵士に親近感を抱き、思わず口を開いた。
「この街で、魔法学校の近くに宿ってありますか?」
「あるにはあるが、高いぞ。ついて来な、案内してやる」
親切なその兵士とともに、王都の大通りを歩きながら、街の話、王家の継承争い、貴族と平民の階級差、そして学園都市としてのベルゲンの歴史を聞いた。
宿に到着すると、兵士は軽く手を振って言った。
「受験、頑張れよ坊主!」
――坊主って……たぶん同い年くらいだろ、あんた。
心の中でツッコミながら、カイは宿に足を踏み入れた。
どの世界に行っても、格差はある。
そう思いながらも、カイは心の奥で決意を固めていた。
――この世界では、絶対に後悔しない生き方をしてやる。
魔法学校入試前夜、王都ベルゲンの夜空は、どこまでも広く、そして冷たく澄んでいた。




