34.黒の魔女
「前に魔王を討伐したと言っただろう」
ヒルダがぽつりと口を開いた。あぐらをかき、囲炉裏の炎を見つめながら、静かに話し始める。
「討伐したってのは色んな形があるもんだ」
その声には、かつての戦いを知る者にしか出せない、重く湿った響きがあった。
「我々は、強大で狂暴な力を持った魔王を完全に消滅させることが出来なかった。身体が滅びても、魂だけは手の打ちようがなかった。だから、我々は魂をクリスタルに封印して、それを四分割にした」
ヒルダは指を4本立てた。
「それぞれのクリスタルを、祠に納め、我々が見張っている」
囲炉裏の火がパチ、と音を立てた。部屋の空気が少しだけ緊張する。
「私が管理しているのは、この森の奥にある火山口の祠だ。火口を塞ぐように祠を建て、その中にクリスタルを納めてある。クリスタルの影響か、森の魔物が狂暴化し、人間たちが立ち入らなくなった」
「だから、先生はここに住んでいるんですね……」
「そうだ。それが始まりだった。森にひとりで住む魔法使いの噂が流れた。私が得意とする闇魔法もあいまって、いつしか“黒の魔女”と呼ばれるようになった」
フェイがこっそりと耳打ちしてきた。「あたしは“美の女神”って呼ばれてたけどね」
無視した。
「残りのクリスタルは……?」
ヒルダはゆっくりと頷いた。
「私が北を、南は白の魔女・マルギレット、西は青の魔女・オルガ、東は赤の魔女・マチルダがそれぞれ担当している。みんな私と同じエルフ族で、大魔導士でもある」
俺はふと思い出した。
「マルギレット?先生が留守してたときに会いましたよ。幼女の姿をしたババアですよね。三大魔女って言えって怒られました」
「……ああ、今はそのような姿をしているのか。口調は間違いなくマルギレットだな。だが、何用でここに来たのか?」
「魔法を使えるようにしてもらいました!」
「見れば分かる。だが気をつけろ。使い方を間違えると身体が爆散するぞ」
「え!? 爆散ってどういう理屈ですか?」
「お前は我々と同じか、それ以上の魔素を持っている。制御を誤れば魔素が暴走し、肉体を内側から破壊する。なぜそれほどの魔素を持っているのかは分からないが……魔法を理解するまでは使うべきではない」
俺はゴクリと唾を飲んだ。
「それまでは体術を鍛えよ。肉体が強くなれば、魔素の器も広がる」
「……わかりました、先生」
その隣で、カークが神妙な顔で頷いていた。
「あと、カークもよろしくお願いします」
ヒルダは静かにうなずいた。
囲炉裏の火がまた、パチ、と弾けた。
「カイ」
「はい?」
「お前は16歳だと言ったな」
「そうですけど……」
「ならば、お前には王都にある魔法学校へ行ってもらう。そこで魔法の理論と実践を学べ」
「え!? 学生になるってことですか?」
「そうだ。お前の魔法制御は、すでに並の教育では間に合わん。専門機関で研究し、理解し、制御法を身につけなければ、お前は一生魔法が使えないままだ」
「そんな……じゃあ、本当に通わないと……」
フェイがぼそっと呟いた。「入学金とか制服代とかいるのかしら……」
やっぱり聞いてなかった。
「わかりました。俺、魔法の勉強、ちゃんとします」
ヒルダがほんの少しだけ、笑ったような気がした。
こうして、俺は——再び学生になることが決まった。




