32.地獄の門番
一旦、俺たちはエステンの町へと戻ってきた。
「いや〜、戻ってきたなぁ」
街並みの喧騒に包まれ、あらためてホッとする。背中の重さも少し軽くなったような気がする。
カークは「森へ行く準備がある」と言って、真面目に自宅へ帰っていった。あいつ、やっぱり堅物だな……。
「カイ殿!ギルドへ報酬の申請をお忘れなく!」と、いつもの調子で念を押してきたので、言われるがままギルドに向かうことにした。
無論フェイも同行だ。一人にしておいたら、またギャンブルで借金でも作りかねない。
ギルドに入ると、受付のカタリーナが爽やかな笑顔で迎えてくれた。相変わらず、天使のような対応だ。
「巨大ムカデ……グランドセンチピードの討伐、おめでとうございます!」
「ありがと……う」
「では早速ですが、討伐の証明部位をお願いします」
「え?……あ、それ……」
ポケットをあさるフリをしながら、現実から目を逸らす俺。
「まさか……お忘れに?」
カタリーナの優しい目が少しだけ曇る。
俺はゆっくり、重力に引かれるように首を縦に振った。
「……うっ」
自然と涙がこぼれた。魂が抜けたようにうなだれる俺。
「い、いいんですよ! よくあることです! ね!カイさんは悪くないですからっ!」
カタリーナが全力でフォローに入ってくれる。なんて優しいんだ……天使か?
「俺もバカだけど……アイツらも全員バカばっかじゃんかよぉぉぉぉ!!」
というわけで、俺たちの初討伐クエストは、まさかの“ただ働き”に終わった。
「ちなみに、今回の報酬って……いくらだったの?」
「金貨100枚です」
「金貨100!? 借金返せたぁぁぁ!!!」
その場でフェイが絶望のポーズをとって崩れ落ちた。
「大丈夫……俺も今、魂半分ぐらい抜けてるから」
村の入口で、カークと合流した。
……何その荷物? カークの背中には、旅に出るレベルを超えた巨大なリュックサック。テント、寝袋、予備のテント……いや予備いる?
「お前……何泊する気だよ……」
「ははは!備えあれば憂いなしです、カイ殿!」
爽やかな笑顔で語るカーク。
「やっぱり、あいつもバカだった……真面目なバカだ……」
天気は良く、絶好のピクニック日和。
「討伐証明部位のことなんですが……」
「あっ」
カークの顔が引きつる。
「……あああああっ!! 私としたことがぁぁぁぁ!!」
頭を抱えて崩れ落ちるカーク。
「うん、君もやっぱりバカだったんだな」
森へと続く道を進む。けれど、なぜかカークの様子がおかしい。
「なんか、緊張してないか?」
「いえ、体調はいいのですが……実はこの森、訓練で来たときにひどい目にあいまして……」
「ふむ?」
「ブラッディウルフの群れに襲われまして。単体でランクB、群れだとA相当……」
「ほぅ」
「しかも、この森の奥には“黒の魔女”の小屋があると……近づく者は“守護神”に殺されるとか……」
「へぇ~」
(その魔女、俺の先生だけどな、守護神はおそらくゴーレムンだ……)
「まぁ、黒の魔女に会ったら最後ですね、へへへ……」
(うん、明日か明後日が命日かもしれませんね、カーク・・・・面白いから黙っておこう!)
静寂を破って、突然ガサガサと茂みが揺れた。
フェイがピンッと背筋を伸ばして言った。
「来るわよ……! 何か、途轍もない魔物が……!」
遠くの木々が波のように揺れ、何かが近づいてくるのが分かる。
「構えろっ!!」
ドガァン!!!
衝撃で俺は数メートル吹っ飛ばされ、地面に仰向けに転がった。
「な、なにご……っ」
そして、顔をベロベロと舐めてくる巨大な舌。
「クロ!? クロなのか!?」
「バウ!」
そこにいたのは、見違えるほど巨大化したブラッディウルフ、クロだった。
「大きくなったなぁ……しかも毛が……銀色?」
額には紋章のような模様が浮かび上がっている。
「カイ殿! あ、あれは……インフェルノルプス! 通称“地獄の門番”です!」
「へぇ〜! カッコいいじゃないか、クロ!」
「バウ!」
「カイ殿! そ、それはランクSの魔物でございますぞ!?!?」
カークが剣を抜いたまま、プルプルと震えている。
「大丈夫だって。俺が育てたんだから」
「ほ、ほんとうに……? ご関係で……?」
「じゃあ、クロに道案内してもらって、行こうか!」
「ば、バウ!」
「……あの、わたし腰が抜けちゃって動けません……」
しばらく休憩した後、俺たちは黒の魔女の小屋を目指して、再び出発した。
カークはずっと、緊張で口元が引きつっていた。
ま、今更だし、がんばれカーク。




