31.レベルについて
馬車の車輪がゴトゴトと鳴り、車体がわずかに揺れる。
乾いた風が窓から吹き込んで、俺の前髪を乱した。
旅の道中、久しぶりに静けさが訪れていた――と思っていた、その時。
「カイ殿!」
カークが勢いよく話しかけてきた。
「以前お話させて頂いた、カイ殿の“先生”にお会いする件、あれは……どうなっておりますか?」
「……あっ!」
思い切り、素で忘れてた。
思わず額をペチンと叩く。
「わ、わ、わすれてた……」
「……そんな……」
カークの肩がズーンと落ちた。大げさじゃなく、視覚的に落ちた。
その背中には“絶望”という二文字が刻まれているようだった。
「す、すまん、カーク! 帰ったら、今度こそちゃんと聞いてみるって!」
「本当ですか!? カイ殿!」
カークは顔をパッと輝かせた。まるで、犬がごはんの準備音を聞いた瞬間のような反応だ。
「……ねえ、何の話?」
割り込んできたのは、さっきまで寝ていたと思っていたフェイだった。
しかも、横になったまま目だけ開いてこちらを見ている。
「お前、寝てたんじゃなかったのかよ」
「寝てたけど、馬車が揺れてちょっと起きたのよ。で、何の話?」
「……前に、カークが俺の先生に会ってみたいって言ってさ。それで先生に“会わせていいか”って、お伺いを立てるって話だったんだ」
「別にいいじゃない。カイもいきなり押しかけたんでしょ?」
「……いやまあ、そうだけどさ」
なんか軽いな、この女神。いや、いつも軽いけど。
それにしても、確かに俺は“押しかけ入門”みたいなものだったな……
「……よし、分かった。帰るとき、一緒に先生んとこ行こう! カーク」
「おおっ、本当ですか!? ありがたい……! いやぁ、どんな先生なのか楽しみだ!」
キラキラした目で俺を見つめるカーク。
その真剣な視線に、なんだかこっちが緊張してきた。
「……なあ、カーク。なんでそんなに“強くなりたい”って思うんだ?」
そう聞いたときだった。
カークの表情が、ふと遠くを見るように柔らかく変わった。
「……元々は、王城の“守護騎士”になるのが夢だったんです」
彼は静かに語り始めた。
カークは平民出身だった。
だが、幼いころから“守護騎士”――王家直属の精鋭騎士団に憧れていたという。
「でも、血筋がね……貴族でないと入れないとは言わないけど、それなりの家の者が優遇されるのが現実でして……。だから、自警団に入ったんです」
それでも彼は夢を諦めていない。
今でも毎年、守護騎士団の登用試験にチャレンジしているという。
「でも、現実は厳しいですね。いくら剣の腕があっても、成績だけじゃ補えない“壁”ってやつがあるようでして」
言葉は穏やかだったが、指先はわずかに震えていた。
それが、彼の抱えてきた悔しさの深さを語っていた。
「それでも……いつか見返してやりたいんです」
「……すごいな、カークは」
俺は素直にそう思った。
サラリーマンとしてくすぶってた俺とは、正反対の生き方をしてる。
「そういえば、カークって……レベルいくつなんですか?」
「レベルですか? 最近測ってないんですが……前に測った時は28でしたよ」
「……28!?」
正直、驚いた。
あの巨大ムカデ相手に、あそこまで立ち向かえた理由が少し分かった気がした。
「いや~、自警団の中では一番なんですけどね。照れますな」
頭をかくカーク。顔がちょっと赤い。
……そうか。
俺のレベル、たしか55。
ミーアでさえ30くらいだったはずだ。
――こりゃ、俺のレベルは完全に“異常”なんだな。
うっかり喋ってたら、「規格外の化け物」扱いされかねない。
この世界じゃ、注目されすぎるのは危険だ。
「……それで、守護騎士になるにはレベルいくつ必要なんだ?」
「確か、15以上あれば試験の受験資格はありますよ」
「……なるほど」
「ちなみに冒険者の平均レベルって?」
「うーん、Bランクになるには最低でも15、Aランクは30ですね。だから、全体の平均は……20前後だと思いますよ」
「それなら、カークさんの28って、めちゃくちゃすごいじゃないですか!」
「えへへ、まあ、レベル上げはがんばりましたから」
笑うカークを見ながら、俺は内心、冷や汗をかいていた。
――この世界のレベルの上限は50と言われている。
今まで50に到達した記録があるのは、たった4人しかいない。
なのに俺は、現時点で55。
「……(これはやべぇ)」
無意識に槍をギュッと握りしめた。
――昨日の巨大ムカデ、あれを倒せたのも、聖剣ポチとレベルがあってこそだ。
でも、逆に言えば、あれが“通常の敵”として出てくるなら――
「この世界、なんか……だいぶヤバくないか?」
しかも、“フォースドラゴン”が数年後に復活するって、さらっと言ってたよな?
やばい、やばいぞこれは。
俺の人生どころか、この世界が終わりかねない。
「……帰ったら、先生に相談しよう」
窓の外には、黄金色の砂漠が広がっていた。
どこまでも続く、見渡す限りの道。
――俺たちの旅路は、まだまだ終わらない。




