30.重い槍
――危なかった。
地上に戻ってきた瞬間、俺は思わず太陽を仰いだ。
朝日が、ちょうど山の稜線から顔をのぞかせている。
あとほんの数分でも遅れていれば、階段はランタンの灯が消え、完全に消えていたかもしれない。
「ふぅ……間に合ってよかった……」
手に持ったランタンは、芯の先がかすかに赤く燻っているだけ。燃料も、もうほとんど残っていない。
もし途中で暗闇に包まれていたらと思うと、背中に冷たい汗が流れた。
だが、俺が今それ以上に気にしているのは――手に持つこの“槍”だった。
日の光の下で改めて見たそれは、まるで別物のように見えた。
深い緑色の柄は、金属ではない――木でもない――何か未知の素材で作られている。
しっとりとした質感なのに、傷一つない。
刃先は二股に分かれており、まるで双頭の蛇の牙のように鋭く、禍々しい曲線を描いていた。
「……綺麗だな……」
言葉にすれば、それだけだった。
だがその“綺麗”には、装飾的な意味ではない。
まるで神経の通った肉体のように、流線的で滑らかで、そして、冷たいのにどこか温かさを感じる――そんな、矛盾した感覚を持っていた。
柄の根元あたりに、いくつかの古代文字が彫られていた。
「……なんだ、この文字……読めねえ……」
まるで“燃えさし”のような文字列が並んでいた。
曲線と直線が入り混じり、動き出しそうなほどに有機的で、見るたびに意味を持ちそうで持たない。
だが、ただの飾りではない。どこか“意味”と“意志”のようなものを感じた。
俺は試しに、そっと槍を横に振ってみた――
「……お、おぉっ……」
ガガンッ!!
風を裂く音ではなく、空間ごと引きずったような重みのある音が響いた。
手にかかる遠心力は想像以上だった。まるで鉄の塊を無理やり振り回してるような感覚。
「これは……とてもじゃないが、戦闘で使うには慣れが要るな……」
俺は槍を肩に担ぎ、野営地へと戻った。
「カイ殿!」
振り返ると、昨日まで寝たきりだったカークが元気な顔で駆けてきた。
すっかり顔色が戻っていた。
魔法ってすげえ。
「どこに行かれておられたのですか?探しましたよ」
「ちょっと……散歩に、ね」
「朝まで……随分な散歩ですね。まさか、また変なことに巻き込まれて――」
カークの目が、俺の手元で止まる。
「その……ランスは?」
「これ? あー、なんかその辺に落ちてて……落とし物、かなーと」
「落とし物ぉ?」
明らかに胡散臭い目で見られたが、深くは突っ込んでこなかった。
「少し、拝見しても?」
「どうぞ」
俺は、ぐっと槍を差し出した。
カークは慎重に両手で受け取る――が、
「ぬ……ぐぐぐ……!? お、お、おも……っ!!!」
カークの顔がみるみるうちに真っ赤になり、両腕がぷるぷると震えた。
「お!も!い!ラ!ン!ス!で!す!ね!!!」
見てるこっちが心配になるほどだった。
「よし、貸して」
俺は再び槍を取り戻すと、ヒョイと軽々と担いだ。
「うぅ……腰が……危なかった……カイ殿が軽々と持っていたので、まさかこんなに重いとは……」
「ははは、これはまさに“重い槍”ってやつだな」
「……重い洒落ですね……」
二人でふっと笑ったが、俺の心の中は穏やかじゃなかった。
――この槍は、何かを宿している。
直感がそう告げていた。
巨大ムカデの討伐も完了した今、俺たちは再び、五日間の帰路へとついた。
エステンの町が遠ざかっていたことすら、どこか遠い出来事のように思えた――
新たな“レリック”と、その謎を背にしながら。




