21.覚醒
「先生師匠!晩ご飯は何がいいですか!?」
(……って言っても、キノコしかないけどな)
「おお、気にするな。なんでも良いぞ」
(何が出てくるかな……異世界飯、ちと楽しみじゃ)
ピンクと白で統一された夢の家――いや、夢というよりは夢“すぎる”デザインに、カイは軽く目眩を覚えていた。
(この色合い、目がチカチカするな……でも文句言ったら家ごと消されそうだし……黙っとこ)
家の中では、マルギレットが優雅に紅茶を飲んでいた。
肘掛けのついた豪華な椅子に深く腰掛け、長い足を小さく組んでいる。
その様はまるで、貴族のサロンの女主人のようだ。
カイは、悩んだ末、いつもの“キノコ”しかない現実と向き合う。
(よし、切って出そう……それしかできねぇ)
「先生師匠、お待たせしました!」
テーブルに並べられたのは、まさかの――いや、やっぱりのキノコ。
ただ切って皿に盛っただけの、シンプルを通り越した素朴料理。
「…………こ、小童よ」
マルギレットが目を丸くして、しばらく皿とカイの顔を交互に見つめる。
「前の世界では、このようなモノを常食しておったのか?」
「え? まさか。こんなの普通、食べませんよ!」
「ではなぜこれを出したのじゃ!?」
「だって……魔法使いって、キノコしか食べないと思ってましたし」
「バカは休み休み言えッ!! ワラワは昆虫か!!」
杖を突き立てるようにテーブルを叩くマルギレット。
「だって、ヒルダ先生はいつもキノコしか食べてませんでしたよ?」
「……あやつは、料理が絶望的に下手なのじゃ……」
小声で呟くマルギレットの顔に、微妙な哀愁が浮かんだ。
「小童、そなた、前の世界では何を食べておったのじゃ?」
「カツ丼です」
「かつ……どん……? ならばその“かつどん”とやらを出せば良かろう」
「材料が無くて……」
「ふむ。材料ならワラワのマジックバックに山ほどあるぞ。言ってみよ!」
「豚肉と卵、ネギと玉ねぎ、それから白ごはんと調味料ですね」
「まて……その“豚”というのはなんじゃ?」
「……あ、そうか。豚、いないのかこの世界……」
(詰んだ……)
「じゃあ、この世界の食材で何か作ってみますよ!」
「おお、良い心がけじゃ! だが小童、お主に料理などできるのか?」
「前の世界で45歳まで独身でしたから、料理は得意です」
「む? 45歳!? 見た目よりずっと年寄りではないか……」
「それは言わないでください」
マルギレットの“便利袋”からは、初めて見る食材がいくつも取り出された。
カイは一つひとつ味を確かめながら、記憶と照らし合わせて調理を進めていく。
※
「どうぞ、異世界飯第一弾――すき焼きです! 卵があったので、これしかないと!」
香ばしい甘辛い香りが、部屋中に広がった。
煮え立つ土鍋に浮かぶ肉と野菜。
生卵にからめて食べるというスタイルに、マルギレットの目が見開かれる。
「なっ……なんじゃこの……芳しき香りは……!?」
視線が鍋に吸い寄せられ、そしてよだれが――文字通り滝のように流れ、虹を作った。
「く……口が勝手に……!」
フォークで一口。口に入れた瞬間――
「……なんじゃこりゃああああああ!!!!!!!」
マルギレットが椅子ごと倒れそうになる。
「美味すぎて……五臓六腑が震える! ワラワの魂に響いたぞ、小童!」
「すき焼きです」
「いやいや、そういう問題じゃない!」
クロにも少し取り分けてやると、「キャイン♪」と舌鼓を打っていた。
どうやら犬でも――いやウルフでも、美味いものは美味いらしい。
※クロは特別な訓練を受けております、現生ではやらないでね。
「小童、見どころがあるな! また料理をしてくれ!」
「はい、仰せのままに!」
満腹のあとのティータイム。マルギレットは腕を組んでカイを見つめた。
「ところで……魔素の流れが悪いようじゃな」
「えっ……やっぱり分かりますか?」
ヒルダに見てもらったことや、魔法がうまく使えないことを正直に話した。
「ふむ……ワラワが治してやろう」
「ま、マジですか!?」
「おお、マジじゃ!」
(“マジ”とは何じゃ?)
マルギレットが杖を構え、青白い光を帯びはじめる。
次の瞬間、光が渦となってカイの身体を包み込んだ。
「ぬぅっ……身体が熱い……!」
「ふむ……小童……人間にしては、魔素の量がとんでもないぞ?」
(えっ……あれ? 少ないって言われてたような……)
「……いやいや、ワラワが見てるのじゃ。間違いない。お前の中には、澱のように沈んだ魔素が溜まっておった。ヒルダが少しほぐしたようじゃが、奥底までは届いておらんかった」
「じゃあ……これは……」
「覚醒じゃ、小童!」
魔素が、今度は身体中を巡っていくのが分かる。
それはまるで、麻痺していた神経が目を覚ましたような感覚だった。
「先生師匠! すごい! 魔素の流れが分かります!」
「当然じゃ。お主ほどの量ならな。――試してみるか?」
※
外はすっかり夜だった。星のない森に、ひんやりとした闇が満ちている。
「先生師匠……前から気になってたんですけど、詠唱って本当に必要なんですか?」
「ふんっ、あんなもの、ただの演出じゃ。ワラワは一度も使ったことがないぞ」
「やっぱりそうか……あれ、ちょっとダサいっすよね」
「そうじゃそうじゃ! あれを叫ぶやつの気が知れぬ!」
嬉しそうにマルギレットが笑った。
彼女は“魔法を極めた者”として、形式よりも実践を重視していた。
カイは一度深呼吸し、両手を前に出した。
「ファイヤ……!」
言葉に出さずに、ただ“青い炎”をイメージした。
次の瞬間、バレーボール大の青い火球が浮かび上がった。
「なっ……色が違う……!? 青い……」
「青い魔火か……面白い。撃ってみるがよい」
言われるがままに、森の奥に向かって意識を集中し、火球を放つ――!
ズガァァァァン!!
火球は木々をなぎ倒しながら一直線に飛び、やがて――
ドゴォォォン!!!
爆発。
地響き。
巻き上がる炎。
爆風がカイとマルギレットの髪を激しく揺らす。
空に、ゆらゆらと昇るキノコ雲。
「……先生師匠。これ、ヤバくないっすか……?」
「うむ……想像以上じゃったな」
マルギレットが微笑みながら、口元をぬぐった。
「面白い。小童、お主には“才能”があるぞ」
森の静寂を切り裂いた青き閃光が、カイの“覚醒”の狼煙となった――。




