20.消えた小屋と白の魔法使い
カイは立ち尽くしていた。
そこにはもう、小屋はなかった。
畑のあった場所も、見渡す限り草と土。ゴーレムんたちの姿も、どこにもない。
だが、地面には確かに――訓練で斬った木々の切り口が残っていた。
それは“ここに何かがあった”確かな証だった。
「……間違いない、ここが俺たちの小屋だった場所だ」
静寂の森に、カイの独り言が吸い込まれていく。
「……だけど、いったいどこへ?」
不安が胸を締め付けた。
ヒルダも、ミアも、フェイも、まるで最初から存在しなかったかのように、気配すら残っていない。
カイは森の中を一周し、枝を払って地面を確認してみるが、どれも新しい気配ではなかった。
「困ったな……住処がなくなった。町に戻るか? いや、どうしよう……」
ため息をついたその時だった。
「……クロ?」
相棒のクロが、耳をピンと立て、突然牙をむいて唸り始めた。
「どうした!? 敵か……?」
クロの身体がわずかに大きくなり、毛を逆立てて警戒態勢を取る。
その視線の先には――ひとりの少女が立っていた。
白銀に近いプラチナブロンドの巻き髪。
目は金色、その中にピンクの螺旋がうっすらと走っている。
小学校低学年くらいに見える、あまりに華奢な身体つき。
だが、森に不似合いなほど堂々としたその立ち姿には、不思議な威圧感があった。
「お前が、カイか」
……唐突な問い。
少女の口調は、年齢に似つかわしくないほど厳しく、年季すら感じさせた。
「……俺のことを知ってるのか?」
カイは一歩、身構える。まるで目の前の少女が、魔物よりも危険な存在に見えてきたからだ。
「ヒルダが拾ったっていう、異世界からの流れ者……そうじゃな?」
その口ぶりは、完全に上から目線だった。
「先生の……知り合いか?」
「知り合いも何も、ワラワはあやつの師匠じゃ。ヒルダの魔法は、すべてワラワが叩き込んだのだ」
「……は? お前がヒルダの先生? 冗談だろ……?」
カイの脳が情報を処理しきれず、戸惑いで笑いが漏れた。
「ふざけんなよ。幼女が師匠って、ギャグか?」
その瞬間――
ゴツンッ!!
少女が振り下ろした杖が、カイの頭頂部を正確にヒットした。
「いってぇええええ!?!?」
「礼儀も知らんのか、小童。ヒルダの弟子なら、もう少しマシな態度をとれい」
少女の声には怒気と同時に、不思議な気品すら漂っていた。
「いや、あの……本気で痛いって……今ので頭が割れててもおかしくないぞ!?」
「ほほう? よくぞ耐えたな。普通の人間なら頭が霧散しているところじゃぞ?」
「なにそれ、冗談だよね……?」
「フン、冗談でワラワが動くかよ。さて……」
少女は一歩、カイに歩み寄り、目を細める。
「名乗れ。ヒルダの弟子なら、その資格くらいは見てやる」
「え? あ、カイ、です。カイドウ・マモル。本名だけど、こっちではカイって呼ばれてる」
「……“本名”とな? ふむ、異世界から来た者は、そういう自己紹介をするのか。面白い」
「……で、お前は?」
「お前とは何じゃ、愚か者。目上の者に対する口の利き方も知らんのか?」
(め、めんどくせぇ……)
「すみません。えっと、お名前をお聞きしても?」
「ふふん、ようやく分かってきたな。ワラワの名はマルギレット。世に名高い“四大魔女”の一人にして、最古の生き残り――“白の魔女”じゃ」
「し、白の魔女!? ほんとに!? あの、小冊子に載ってた……!」
「ふむ、小冊子の扱いが雑過ぎてな、ワラワの偉大さが半分も伝わっておらん。まぁよい。今や知る者も少なくなったが、ワラワは魔女たちの中でも“別格”なのじゃ」
(え……なんか自分で言ってるし……いやでも、ただ者じゃないのは間違いない)
「で、何の用で……?」
「久々にヒルダの奴の顔でも見に来たのだが、留守のようじゃな」
「俺もちょうど帰ってきたところだけど、小屋が……まるっと消えてたんだよ」
「なるほど、あやつも用心深くなったか。おそらく、“領域転移”じゃな」
「領域転移……?」
「簡単に言えば、“空間の折り畳み”じゃ。小屋ごと次元の狭間に移したのじゃろう」
「そ、そんなこと出来るのか……?」
「ワラワほどになれば朝飯前じゃが、まぁヒルダ程度でも、集中すれば一日で隠せるのう」
「すげぇな……あの先生も……」
「ほれ、見ておれ!」
マルギレットは近くの木に向けて、くるりと杖を振った。
「“フェイド・リーフ”」
木が一瞬、光に包まれたかと思えば、ポンッと音を立てて消えた。
「うおっ!? 消えた!? これ、どうなって……」
「完全に隠したわけではない。次元の後ろにずらしただけじゃ。目にも、触れても見えぬ。それだけじゃ」
(すごい……これは魔法っていうか、次元操作レベルだろ)
「なーんだ、意外と素直じゃのう。気に入ったぞ、お主!」
マルギレットがにやりと笑った。
「……先生師匠!! すみません、寝場所がなくて、どうにかならないでしょうか!?」
「ふふん、寝床がない程度のことで泣きつくとは、まだまだ甘いのう」
そう言いながらも、マルギレットは得意げに杖を掲げた。
「ホレ、“マナ・ドーム・メゾン”」
ふわりと魔素が舞い上がり、地面がうねり、次の瞬間、かつての小屋の跡地に――
大きくて、ピンク色の家が出現した。
「うおぉお!? ピンク!? なんで!? すげぇけど!」
「ワラワの趣味じゃ。文句あるか?」
「いや、全然ないっす! ありがとうございます先生師匠!!」
「よろしい、よろしい!」
嬉しそうに頬を緩めるカイ。
隣ではクロが「キャイン♪」と吠えて、尻尾をブンブン振っていた。
「ふふふ、これぐらい造作もないことじゃ。……さて、次は何をしてやろうかのう」
森に、再び魔の風が吹いた。




