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ラスボス育成観察録  作者: 不破焙
第参號 天稟のエニアグラム
71/72

拾壱頁目 糾す聲

【學園生徒エントリーシート】


①ベリル・コランダム

概要:セグルア一回生。オラクロン大公国から来た特異体質者

自己PR:友達をいっぱい作って學園生活を豊かにしたい

不記載事項:正体は魔物。名前も経歴も一部偽装。セグルアに対して強い敵意を持つ


②アクア・メルディヌス

概要:セグルア一回生。一度學園を卒業済みの『極位階梯』最年少記録保持者

自己PR:友達をいっぱい作って學園生活を豊かにしたい

不記載事項:ベリルの協力者であり、セグルアに対して強い敵意を持つ


③ラルダ・クラック

概要:セグルア一回生。人界最強エルザディア聖騎士団の現団長

自己PR:友達をいっぱい作って學園生活を豊かにしたい

不記載事項:ベリルらの正体を最初から知っている。二人の野望を阻止する事が目的


④エルジェット・セラフィナイト

概要:セグルア二回生。料理が大好き。愛称はエリー

自己PR:友達をいっぱい作って學園生活を豊かにしたい

不記載事項:自身の記憶喪失を自覚している。忘れた誰かにもう一度手料理を振る舞いたいと思っている


⑤ピネル・ウィリアムス

概要:セグルア一回生。ベリルと仲良くなった女子

自己PR:友達をいっぱい作って學園生活を豊かにしたい

不記載事項:※当該項目の閲覧制限中


⑥オリバー・シンジュ

概要:セグルア四回生。學園が誇る留年王

自己PR:友達をいっぱい作って學園生活を豊かにしたい

不記載事項:※当該項目の閲覧制限中

 〜〜数時間前・中央塔内部〜〜



 床からの眩い光に照らされた白亜の円卓。

 会議の部屋は其処以外は薄暗く、

 それを囲む學部長たちの顔も暗い。

 時刻は學園祭開幕式より少し前。

 最終確認と称して學園の最高幹部たちは

 學長タトを除き九人全員が集結していた。



「警備に雇った冒険者は以上、六十八名

 いずれもある程度の実績を持つ手練れたちです」



 魔導工學部長ベニトアが、

 眼帯の無い片目を資料から同僚たちに移す。

 大金を払って外部から雇った精鋭。

 これにセグルア国内の警備も加わり

 學園はある種の要塞と化すという説明だった。


 だがその警戒心に誰も「やり過ぎ」とは言わない。

 先の襲撃で皆ある程度察していたからだ。

 この『星灯祭』こそが敵の狙いであるのだと。



「警備主任は我、アクセル・ハンベルクが受け持つ」


「はい。宜しくお願いします

 サポートには私とアンデ・シンの二人が入ります」


「よろ〜。學部企画中以外は助けるよ〜」



 魔導工學部長とエネルギー変換學部長。

 両名は警備にも導入する魔導機構(マシナキア)に明るく

 そこに戦闘のプロ、魔法戦術學部長が加わる。

 仮想敵がコソ泥程度なら明らかに過剰。

 並の下手人相手でもやや多過ぎるといった戦力。

 がしかし、學部長たちはこれでようやく

 釣り合っている、と感じていた。



「キンバリー。改めて敵の詳細を」


「おっけーテクター。皆もよく聞いて」



 學園は既に敵の詳細を把握していた。

 最初に起きた禁書録盗難事件の前後で

 行方不明となった最重要監視対象。

 危険人物リストに名を連ねた四人の失踪者。


 一人の名はヴィルヘルム・グラニット。

 元セグルア憲兵総監の御老体。


 一人の名はハインリッヒ・ディオライト。

 元魔導法務庁法務官の古株。


 一人の名はエルシャ・アンディ。

 元セグルア魔導治安官の女性。


 一人の名はクルト・バソールト。

 元セグルア魔導特務隊の隊長。



 いずれも學長タトの力を恐れ、

 彼を排そうとした前政権における重要人物。

 動機も実力も十分な警戒対象であった。

 警備副主任のベニトアは資料を

 穴が開くほど凝視する。



「キンバリー、注意すべきは?」


「全員」


「……うんまぁ、その、特に誰とか」


「彼らの実力なんて正確には知らないからなぁ

 まぁでも相性で言うのなら、クルトだろうな」


「相性?」



 首を傾げるベニトアの方へ体を向け、

 キンバリーは足を組み替え笑みを見せた。



「冒険者の間では我々魔法使いや機械技師は

 多彩な手数で敵を撃滅する役割と認識されている」


「事実では?」


「ああ事実だとも。優秀な術者なら生半可な

 小細工など幾ら打たれても効かん、が――」



 クルト・バソールト。魔導特務隊の隊長。

 この魔導大国でその席を勝ち取った男は以外にも、

 さながら国家の剣とも呼べるほどに純粋な

 ――戦士タイプの男であった。



「純然たる暴力に、魔法使い(われわれ)は弱い」



 〜〜15:42・魔法戦術學部エリア〜〜



「ホラホラどうしたッ! もやしっ子ォッ!!」



 砲弾のような飛び蹴りが

 柱を砕いてその裏の少年に瓦礫を飛ばす。

 黒衣を翻して放たれたナイフは

 狂いなく少年の顔を捉え、

 辛うじて籠手で弾いた次の瞬間には

 重たい蹴りが彼の腹を打ち抜いていた。


 元セグルア魔導特務隊隊長、クルト。

 主な武装は服の下に隠した数本のナイフと、

 腰にぶら下げた宝石入りの銀の短剣。

 だがそれらをほとんど使用する事なく、

 彼は生身でアクアを圧倒していた。



「ん~? 勘は良いが反応が鈍いな

 典型的な頭でっかちの魔法使いって感じだ」


(ちっ、ラルダ……ほどじゃないが速い

 加えて今は万博の時ほどの武装が無い!)



 歯車仕掛けの籠手を鳴らし、

 アクアは現在の武装を再確認する。


 まず両掌、ショックウェーブ発生装置。

 初撃の奇襲で敵の腹にブチ当てた物だが、

 それ自体の威力はそこまで期待できない。

 また右腕の副装備(サイドアーム)はアンカー射出機構。

 三次元的な動きを可能とするが火力はない。


 となれば主武装(メインウェポン)は左腕。

 総段数『八発』。魔導収納砲塔。

 威力は当たれば致命傷と成り得るものだが、

 先の試し撃ちで既に残りは『五発』。



(後は両足の噴射器と、胸の――)


「よぉ? 脳内会議は終わったか?」


「ああ。完璧な作戦が立った」


「ほーう? どうすんだ?」



 それは、と続けてアクアは足を引く。

 全ての攻撃に対応できるような構えを取り、

 ただならぬ殺気を以て答えを出した。

 そう――彼は右手のアンカーを射出すると、

 両足の噴射器によって屋根へと飛んだのだ。



「あばよ元魔導特務隊長さん!」


「…………逃げんのかい」



 心底呆れた様子でクルトは溜息を洩らした。

 が、すぐに彼は血相を変えて身を翻す。

 魔術で身体強化を重ね掛けすると、

 屋根を突き破ってでも一直線に追跡を始めた。



「クッソが!」


(だよな。追(・)い(・)か(・)け(・)る(・)し(・)か(・)な(・)い(・)よなぁ!)



 クルトは、何らかの意図を以て學園に来た。

 それは明らかに悪意であり、

 彼が學祭に紛れ込んでいるという現状自体が

 そもそも即通報すべき異常事態である。

 要は、クルトは通報されると困る。



(ま、騒ぎが大きくなると困るのは俺も同じ)



 脳裏に再び先輩の顔が浮かぶ。

 明日の本戦に向けて頑張って来た彼女の横顔を

 アクアは少々長く見すぎていた。

 クルトの學内侵入がバレて困るのは彼も同じ。

 そして接敵時の会話から恐らくは

 クルトにも彼の状況は悟られているだろう。

 が――



(万が一、を考えれば

 口封じは必須だよなぁ侵入者ァ!)


(……百(・)パ(・)ー(・)で(・)暴(・)れ(・)る(・)ための場所変えだろ?

 いいぜ乗ってやるよ、もやしっ子!)



 アクアには想定している理想の戦場があった。

 しかしそこまでの道のりには大きな困難がある。

 警備員として配置された冒険者と魔導機構(マシナキア)だ。

 幸いにして一般の来園者や學園関係者は

 この後のイベントのため位置が偏っているが、

 警備だけは常に學内に均等に配置されている。


 特にこの冒険者たちは學園が手配した精鋭たち。

 殺すだけならともかく、手早く無力化するのは

 恐らく今の装備では不可能な事は疑いようもない。



(まずは逃亡戦! 警備の冒険者を搔い潜り

 ――クルト(こいつ)を目標の場所まで移動させる!)



 アンカーを壁に打ち込み、

 地上と並行にアクアは駆ける。

 鉄板の屋根から屋根へと飛び移り、

 煤を吹く煙突の隣を転がり進む。


 その真後ろをクルトはぴったりと張り付き、

 己の身体能力一つで追従した。

 そこには強化魔術による補助もない。

 故に、その痕跡に残滓が残ることも無い。



(裏を返せば完全無防備なわけだが……

 これで良い。今は隠密優せ――)



 ――クルトの顔を影が覆う。

 陽光を遮って飛来してきたのは折られた鉄管。

 移動用のアンカーを巧みに操り

 先行するアクアが投げ飛ばして来たのだ。


 そしてそれはクルトにとって完全に予想外の攻撃。

 學園内にいる間は相手も騒ぎを恐れて

 攻撃して来ないと思っていたからだ。

 元精鋭軍人の反応速度で咄嗟に防御は間に合うが、

 魔力を帯びていない隠密特化の体では

 跳ね返すには至らず鉄の屋根に叩きつけられる。



「カハっ!? あのガキゃぁ……!」


(警備の配置はとっくに頭に入れてある

 どこの設備なら壊しても騒がれないかもな!)


「チッ、不利な勝負だったか……」



 學園の構造も警備の配置を覚えているアクアと

 今日やって来たばかりの部外者クルト。

 共に戦闘の発覚を嫌う者同士の追撃戦において

 その違いは明確な攻撃頻度の差を生んだ。


 魔法戦術學部エリア内から學外を目指し、

 無音の疾走、立体の軌道。

 そして警備と意識の合間を縫って放たれる、

 嫌がらせにも等しい『削り』の鉄塊。

 追撃戦の主導権は完全にアクアが握る。



(よし、このまま學外まで――)


「――『渡河射撃(レッドカレント)』」



 それはアクアが振り向いた一瞬、

 次の妨害を放とうとした刹那を見切る後の先(カウンター)。

 発射点の見えない赤いレーザーが

 アクアの脚を掠めて肉を削ぐ。



「ぐぉ!?」


「ここは攻撃しても良い場所で合ってるよな?

 なんせお前が動こうとしてたからッ!」


(まずい……着地が……!)



 足を撃たれた事で

 アクアは屋根の上を転がり始める。

 完全に体勢は崩れてしまい

 このままでは着地の衝撃を逃せない。

 いやそれ以前にクルトの追撃を躱せない。


 故にアクアは須臾の間に思考を巡らせる。

 どうせ追いつけない肉体は捨て置き、

 逆転の一手を全ての感覚器を用いて探った。

 そして――



(――こ(・)の(・)音(・)! 一か八かッ!)



 左腕解放。銃身起動。

 運よくクルトの方へ向いていた砲門に

 アクアは制御の効かない空中で魔力を溜めた。

 だが制御が効かないのは敵も同じ。

 追撃のために近づいていたクルトもまた

 今は空中に居る。



(馬鹿か!? そんなブレブレの弾が当たるか!)


(一発はブラフ。良い位置に避けろよ?)



 発砲。実弾を伴う砲撃が空を裂く。

 やはりクルトはそれを僅かな動きで躱すと、

 目線を過ぎ行く弾から標的に戻した。

 そして気付く、青髪の少年は既に

 第二撃の構えを取って居たことを。



「副装備(サイドアーム)、ワイヤーアンカー!」



 本来移動先に打つべきそれを敵に向けて射出した。

 そうして返しの付いた楔がクルトの腹に打ち込まれると、

 即座に彼の体はグンと前へ引っ張られる。

 アンカーの巻き取り機能に加えて、

 踏ん張りの無い空中で撃った大型砲の反動が

 アクアの体を後方へ大きく吹き飛ばしていたのだ。


 アンカーを撃ち込まれたクルトも当然、

 その高速移動に巻き込まれる。

 やがて高い建物の合間を抜けて、

 彼らの落下地点にそれは割り込んだ。

 黒い蒸気と、けたたましい汽笛を上げて。



「魔導列車ぁ!?」


「今はこいつのお披露目中だ!」



 丁度後方から拾い上げる形の魔導列車に

 二人は不時着する形で飛び乗った。

 衝撃で体に刺さったアンカーは抜け、

 また穴の空いた足からは血が噴き出す。


 だが分厚い装甲で覆われた列車に傷はなく、

 車内の人々は二人の存在に気付かない。

 加えて今は地上から離れた空中レールの上。

 下の人々からは二人の姿は見えない。



(好機! これ以上は余裕がない!)


(多分当初の目的地はここじゃねぇだろ?)


(左腕(メインウエポン)、再度解放……!)


(けどやるしかねぇよなぁ!)



 カーブを曲がる汽笛の音に紛らせて、

 アクアは再び主武装の射撃を行う。

 負傷した足で踏ん張れないにも関わらず、

 車両の動きを計算に入れた完璧な射撃だった。


 だが地に足着いた真正面からの弾丸を、

 防げないようでは魔導特務隊長は務まらない。

 彼は明らかに儀礼用に見える短剣を抜くと、

 腹の傷から溢れ出す『血』を集約させ、

 瞬時に八つの鎌のような武装を作り出した。



「『血海回帰(アザーサイド)』!!」



 鎌はその尽くが凶弾を正確に迎え、

 接触と同時に激しい火花を散らせて主を庇う。

 やがて血の結晶物であるそれが砕けると、

 弾丸もまた粉々に砕かれ塵と消えた。


 ――と同時に砕けた破片を押し退けて

 クルトは真っ直ぐアクアに迫る。

 対するアクアは逃れようとして踏ん張る足が、

 その自重に耐え切れず体勢を崩した。


 だが今はそれが運よくプラスに作用し、

 顔に迫る上段の回し蹴りをアクアは避ける。

 その速度に全く追いつけていなかった蹴撃を。



「ッ……! このっ!」


「おっと!」



 二発分の発砲で熱された銃身を振り回し

 アクアは敵を後方に退かせる事に成功した。

 しかし同時にブワっとその背中を汗が濡らす。

 遅れて自覚し始めた死の予感に。

 乱れた思考より先に本能が危険信号を発した。



「……血を操るのは、その短剣か?」


「目敏いな。俺の家は先祖代々近衛の家系でな

 いつぞやの当主が王から賜ったものだ」


「ハッ、栄光時代のお守りってか!」



 煽ると同時に副装備(サイドアーム)のワイヤーを飛ばす。

 標的も教えられず宙に飛び出したそれは、

 アクアが大きく腕を振るのに合わせて

 予測困難な軌道で暴れ出した。


 元魔導特務隊長は初見でこれを見切り、

 走る列車の上でアクロバティックに回避する。

 そして短剣を血で真っ赤に染め上げると

 その鋭利な刃をアクアの防御の間に滑り込ませた。

 が、今度は若き天才が一矢を報いる。

 待ち構えていたように片足の噴射器を作動させ、

 斬撃の軌道を逸らすと同時に

 膝裏の装甲でそのまま宝剣の刃を叩き折る。


 パキンと甲高い音が鳴り響き、

 次いで驚くクルトの顔面に噴射器で強化された

 装甲込みの膝蹴りが叩きこまれた。



(ぐぉ!? まじッ思ったよりやるな……!

 多分反射じゃねぇ、恐らく予測してた)



 鼻血を拭き出しながら、クルトは後方に倒れ込む。

 その隙を逃すまいとアクアは再び、

 今度は心臓を狙ってアンカーを射出する。



(あぁ、クッソ、クッソなんでこんな……)



 そんな殺意の接近を、

 ギョロリと動く眼球が歓迎する。



「なんでこんな楽しいんだァ!!」



 折れた宝剣に付いた宝玉が輝き、

 噴き出す鼻血を機雷の如く炸裂させた。

 その衝撃でアンカーの勢いは完全に相殺され、

 強靭なクルトの腕に掴まれる。

 直後アクアの体は前方向に引っ張られ、

 お返しと言わんばかりの膝蹴りが腹を刺す。


 そして嗚咽が吐き切られるより早く、

 今度はアクアの体が横方向に動く。

 クルトはワイヤーごと彼の体を振り回し、

 己を軸として高速回転を始めたのだ。



(ごふっ! 意識がっ――)


「ヒィァハッハッ―ッ!!!!」




 撃ち出され、回転が止まる。

 衝撃波全身を襲い思考力を容易く奪う。

 次にアクアが正気を取り戻したのは

 装備の自立制御機構が発動しつつも

 學外の建物と三度ぶつかり落下した後だった。



(ッ――! 俺、まだ生きてるか?)



 生の実感が不思議に思えるくらいの

 悲鳴を上げる全身は煉瓦の道で大の字で横たわる。

 騒ぎを聞きつけた人々は一瞬野次馬と化すが、

 すぐに蜘蛛の子を散らすように退散した。

 明らかに普通ではないクルトが、

 寝そべる少年の前に着地したからだ。



「おお良かった。ちゃんと生きてた」


「っ……?」


「俺もちょっと楽しみ過ぎちまったな

 そのまま意識を手放してくれると楽でいい」


「ふっ、ざぁあ!」


「あーあー、起き上がるか。なら仕方ねぇな」



 クルトが折れた短剣を血塊で補強して、

 ゆっくりと、だが確実に迫って来た。

 ここは既に學外。學園祭の喧騒は遠い。

 当然、ベリルやその他の助けも望めない。

 アクアの脳は己の状況を正しく理解し、

 そして死という最終結果を演算した。



(終わるのか? 俺はここで――)



 ~~十年以上前~~



 アクアの父は凡百の機械技師であると同時に

 根っからの魔導機構(マシナキア)オタク。

 大した稼ぎもないのに廃品ばかり買ってくるので、

 母にも愛想をつかれて逃げられた。

 そんな父にアクアがついて行ったのは、

 何となく「そちらの方が面白そう」だったから。

 彼もまた潜在的に魔導機構(マシナキア)への興味があった。



「ふんふんふーん! 良いぞ可愛い息子たち」


「あんたの息子はこっちだ」


「おおっとアクア!? なんだ居たのか」


「郵便来てたぜ。論文は不受理だとよ」


「かーっ! またか~! 俺の名文が!」


「ほんと期間だけはべらぼうに費やしたのにな

 同世代の研究者なら三本は書き上げてるぜ?」


「余所は余所! うちはうち!」


「……俺いま玩具でもおねだりしたか?」



 どうせ意味のない書類を投げ捨てて

 アクアは父の研究物に歩み寄る。

 それはかなり大きな機械の塊で、

 蒸気を吹かして計器を鳴動させていた。



「おいアクア! そっち立ってろ

 面白いものが見られるぞ~!」


「アフロの親父?」


「実験失敗してんじゃぇかそれ!

 安心しろって、今回は成功するから!」


「前も聞いた」


「今回は本当に成功する!」


「前々回も聞いた」


「うるさいなぁ!」



 苛立つがままに父親は機械に魔力を流す。

 直後、ポーンという音が響き渡ったかと思うと、

 彼は手元のモニターを見て満面の笑みを浮かべた。



「見ろ! 成功だ!」


「この距離じゃ見えねぇって

 何したの? 音が聞こえたけど」


「ほら来てみろ来てみろ!

 今俺は、音の反射でお前を見つけた!」



 ――『音波式超広域探知ソナー』。

 アクアの父が開発したのは探知機だった。

 だが当時のアクアにはそれの凄さが分からず、

 普段は若干下に見ている父に教えを乞う。

 すると父は心底嬉しそうに黒板を取り出した。



「いいか? この点が例えば魔術師だとしよう

 既存の魔力式探知では索敵範囲はこのくらいだ」


「だね」


「だが俺の成果物だとこぉーのくらい!」



 不健康で上がらない腕を大きく振り、

 黒板からはみ出すほどの円を描く。



「盛った?」


「盛ってない!」



 バンと机を叩き研究資料を広げる。

 と同時、父の声色が真面目なものに変わる。



「これだけの範囲なら海の向こうの嵐も分かる

 地中深くの魔鉱石や、遭難船だって見つけられる」


「ふーん。あと戦争にも使えるな」


「――!」



 父の手が僅かに止まった事を、

 当時のアクアは気付かなかった。

 それほどまでにほんの一瞬の停止の後、

 父親は笑みを漏らして子に教える。



「ま、可能だな

 そん時は誰かが対策の武器を作るだろ」


「上回られるね」


「別にそれはいいさ。それもまた技術の進歩」



 チョークを置き、父は機械に手を沿える。

 そのネジ一本一本を愛でるように、

 汚れた手袋が機体をなぞる。



「誰かの理論を誰かが借りて

 前のやつの不出来を別の誰かが直してる

 技術は先人たちとのバトンリレーだよ」


「出たいつもの」


「そのくらい大事な話なんだってば!

 まぁいいや! さっそく成果を論文にしよ!

 さぁ国の出資も貰えたしここからが本番――」



 ――研究成果第二〇二号、不受理。

 国家予算再編。採算性不足。将来性不透明。

 上記を理由に出資停止。研究所閉鎖。



「え? いや、ははっ、なにかの間違い」



 数日後。

 蒸気機関を積んだ解体機械が訪れた。

 研究資料は接収。試作品は没収。保管庫は封印。

 積み上げた人生は、わずか三日で更地になった。



「頼む待ってくれ! もう完成はそこまで!」



 抗議は届かず、解体は進む。

 虚ろなアクアの目が不意に捉えたのは

 父の工房から資料を持ち出す研究員の姿。


 数ヶ月後。巨大な会場の壇上で

 国営研究院の主任技術官が胸を張った。



「世界初。超広域探知機関!

 その名も『蒸気式魔導ソナー』です!」



 息子の隣で、

 父は動かなかった。


 壇上の設計図。表示された理論式。

 魔法陣構造。探知波の演算工程。


 それらはすべて見覚えがあった。

 間違いなく自分の研究だった。

 自分の人生だった。

 自分が諦めなかった数十年だった。


 会場の誰も知らない。

 英雄として喝采を浴びている男ではなく、

 アクアの隣に立つ冴えない中年こそが

 本当の開発者であることを。

 そして、主任技術官がトドメを刺す。



「先人の不(・)出(・)来(・)を我々が正し、未来へ繋ぐ!

 かくして技術は繋がれていくのです!」


「――ははっ」



 自分も信じた理念であったからこそ、

 その言葉は父に全てを諦めさせた。

 人生丸ごと、生きる気力もごっそり削って。

 遺書にはアクアへの謝罪しか書かれていなかった。



(――ふざけるな)



 父の技術は後世に繋がれた? ――否。



(ふざけるな)



 奪われた時点で、父の技術は閉ざされた。

 長い技術史に刻まれた樹形図の中に、

 父の痕跡は何一つ存在していない。



「ふざけるなぁ!」



 凡才の死が、一人の天才に火をつける。

 国を滅ぼしかねないほどの大火を。



 ~~~~



「こんなところでッ! 終われるかーッ!!」



 瞬間、アクアの魔力が弾け飛び、

 両掌にあるショックウェーブ機構が反応を示す。

 それは即座に彼の胸の装甲とケーブルで繋がり、

 僅かな変形と共にその形状を変化させた。

 新たに出現したのはヘッドギアとスピーカー。

 アクアの片耳を塞ぐのはヘッドホン。

 胸から現れたのは、音響兵器。



(父さんの技術は俺が継ぐ!)



 それは一度目の学生時代に、

 記憶を頼りに復元させた父の人生。

 無駄の多かった機構を最小化させ、

 武装に転じた音の大砲。



「――『糾聲(スクウィール)』ッ!!」



 衝撃波がクルトに迫り、

 その全身を大きく震わせた。

 ショックは脳を揺らして血をかき混ぜ、

 内臓にも微小ならざる負荷を与えた。

 結果、彼の行動には数秒の空白が生まれる。


 すかさずアクアは主砲を構える。

 が、狙いは敵の胴体ではない。

 既に學外に出てはいるがここはまだ地上。

 死体を出すにはまだ適切ではない。

 故に掲げた腕の横で砲身は回転を始めた。

 己を支える、この大地を穿つために。



「四発目ェ!!」



 特に魔力を込めた弾丸が煉瓦を穿ち、

 鉄板を穿ち、その下を通る蒸気管に当たる。

 直後、漏れ出たガスに引火し爆発が起きると、

 彼らのいた場所に巨大な穴が開かれた。



(!? 配管の狙い撃ち?

 いや、場所が分かってなきゃ撃てねぇだろ!?)


(理解出来ねぇって顔だな

 見えるんだよ。今撃った音の反(・)響(・)音(・)でな!)



 爆発は下へ連鎖し、瓦礫や鉄塊と共に二人は落ちる。

 日々殺しや自殺によって死体も珍しくない、

 治安最悪な地下貧民街へ。



「あっそ、ここがテメェの目的地だったか」


「あぁようこそ侵入者。ケリ付けようぜ!」


「いいぜ。お前の負けでな!」


「ほざけ!!」



 落下する瓦礫の中を飛び越えて、

 アクアは最適な位置で主砲を構える。

 それはクルトの背後。一瞬で回り込んだ。

 五発目にしてトドメの一撃を彼は放つ。

 がその瞬間、アクアの周りに異常が起きる。

 配管から漏れ出た汚水が、

 彼の周囲に不自然に集まっていたのだ。



「は?」


「お前。宝剣(これ)が血を操る武器と勘違いしてたろ?」


(まさか!?)


「これは本来、水(・)を(・)操(・)る(・)宝(・)珠(・)だ」



 炸裂したのは水塊の地雷。

 咄嗟に防御するアクアを武装の上から叩き、

 爆ぜる水の暴力がその全身を襲った。



【セグルア・マギア教職員名簿】


No.1 アンデ・シン

役職:魔法戦術學部長。通称『暴君(タイラント)』

詳細:へそ出しインナーと分厚いジャケットな桃髪の美女

状態:稼働中


No.2 アクセル・ハンベルク

役職:エネルギー変換學部長。通称『魔力炉人(マナファーネス)』

詳細:全身を機械に改造した白コートに赤い単眼の男

状態:稼働中


No.3 スコリア・レインハード

役職:魔法薬學部長。通称『爆弾魔(コンパウンダー)』

詳細:全身パンクロック風ファッションの男

状態:稼働中


No.4 グラディエ・エルサ

役職:未来視學部長。通称『易者(トリックスター)』

詳細:紫と水色の混じる長髪にフェイスベールをした女

状態:稼働中


No.5 カウレス・テクター

役職:占星學部長。通称『羅針番人(コンパス)』

詳細:深緑のロングコートを纏う銀髪銀髭の紳士

状態:稼働中


No.6 シルト・チャドウィック

役職:魔鉱石學部長。通称『開拓者(アトラス)』

詳細:丸眼鏡にブロンドヘアーの童顔男

状態:稼働中


No.7 ベニトア・アックス

役職:魔導工學部長。通称『機律裁者(エグゼキューター)』

詳細:眼帯をした長い黒髪の女性

状態:稼働中


No.8 ファニー・キンバリー

役職:錬金學部長。通称『微笑む厄災(ミニ・カラミティ)』

詳細:人間観察の好きなベレー帽の少女。年齢不詳

状態:稼働中


No.9 カルロ・トイカン

役職:古典魔法學部長。通称『墓荒らし(ヴァルチャー)』

詳細:天辺の禿げた大魔導士風の老爺

状態:稼働中

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