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ラスボス育成観察録  作者: 不破焙
第参號 天稟のエニアグラム
72/72

拾弐頁目 フェリーマンズ・ラストライン

【學園生徒エントリーシート】


①ベリル・コランダム

概要:セグルア一回生。オラクロン大公国から来た特異体質者

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不記載事項:正体は魔物。名前も経歴も一部偽装。セグルアに対して強い敵意を持つ


②アクア・メルディヌス

概要:セグルア一回生。一度學園を卒業済みの『極位階梯』最年少記録保持者

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不記載事項:ベリルの協力者であり、セグルアに対して強い敵意を持つ


③ラルダ・クラック

概要:セグルア一回生。人界最強エルザディア聖騎士団の現団長

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不記載事項:ベリルらの正体を最初から知っている。二人の野望を阻止する事が目的


④エルジェット・セラフィナイト

概要:セグルア二回生。料理が大好き。愛称はエリー

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不記載事項:自身の記憶喪失を自覚している。忘れた誰かにもう一度手料理を振る舞いたいと思っている


⑤ピネル・ウィリアムス

概要:セグルア一回生。ベリルと仲良くなった女子

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不記載事項:※当該項目の閲覧制限中


⑥オリバー・シンジュ

概要:セグルア四回生。學園が誇る留年王

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 ~~数年前~~



 魔導大国セグルア。勇者の魔王討伐を助け、

 人類文明のレベルを一段押し上げた王国。

 その最強の懐刀こそが『魔導特務隊』。

 王直属の精鋭であり、最強の軍団。

 彼らの在る所が戦場であり、

 彼らの立つ場所こそが最前線。

 そうであると誰もが信じていた。



「王が、討ち取られた?」



 九つの終極術式を修め、

 知識の究極を追い求めた魔導士タトを

 セグルアは、セグルアの王は恐れた。

 そして彼の追放ないし処刑が検討された時、

 知恵の王は既存の王を討ちに行く。


 全ては一夜の出来事で、

 王座はあっという間に明け渡された。

 魔導特務隊は抗戦の機会すら与えられず、

 新元首タトの命で粛々と解散させられた。

 幸いだったのは、誰も処刑はされなかった事。

 戦闘に参加していない彼らは、赦される。



「……平和、かぁ」



 瞬く間に発展していく都市を眺め、

 牙の折られた前政権の獣は

 あの青空に向けて紫煙を燻らす。



(こんな形で、死に損なうとはな)



 そんな男の元に、二人の人物が歩み寄る。

 一方はフードを目深に被って識別不能だが、

 もう一方の白髪の老爺は彼の知人だった。



「久しいな。バソールト特務隊長殿」


「グラニット憲兵総監……? そちらは?」


「盟友、としておこうか。時に貴殿――」



 老爺の青い目がギロリと向いた。

 其処には強い復讐心の焔があった。



「貴殿の牙は、健在か?」




 ~~現在~~



 目を開くと、そこは既に地下貧民街。

 クルトは自分たちの乗って来た瓦礫を蹴り砕き

 立ち込める砂埃を手で払う。

 久方ぶりの楽しい闘争に感傷的(センチメンタル)になっていたと、

 クルトは自嘲気味の笑みを浮かべた。



(はしゃぎ過ぎたな。學内に戻るのしんどいぞぉ)



 彼らのブチ開けた地上との穴は既に、

 都市の魔術機構によって結界で塞がれていた。

 本格修理の前の仮補強でしかないが、

 あそこからはもう戻れない。


 そもそもそれ以前に、せっかく侵入した學園から

 出てしまった事自体がもう失策。

 それでもこの追走戦に興じてしまったのは

 敵対者がそれだけ魅力的だったから。



「よぉ、不意打ち狙いか?」


「ッ――!」



 瓦礫の隙間から駆動音が鳴り響き、

 衝撃波が瓦礫の山を押し退けた。

 現れたアクアの姿は正に満身創痍。

 岩盤に紛れた落下の衝撃もさる事ながら、

 直前に受けた水の機雷も当たり所が悪かった。



(ヤバい……目が霞む……)


「にしてもよぉーくあそこから生きてたな?

 うっかり殺っちまってないかヒヤヒヤしたぜ」


(? なにを言って……?)



 その時、クルトの背後から何かが迫る。

 身を低くかがめながら、

 それは鋭い爪を光らせ襲い掛かった。

 対して鮮やかに受け流すクルトは、

 文字通り薄汚いその襲撃者の正体を知る。



「あぁ、住民の気配がしないと思ったら」


「灰徒(グレイター)!? 警報が出ていたか」



 薄汚れたそのグールの顔を

 クルトはしばし見つめて溜め息を漏らす。

 かと思えば即座に集めた水滴を撃ち出すと

 灰徒(グレイター)の眼球を潰して血を拭き出させる。

 そして瞬時にその裂傷を手で押さえ込むと、

 短剣に埋め込まれた水を操る宝珠の力で

 頭部の血を破裂させ内部から破壊してみせた。



「浄化完了、一丁上がり!」


「……は?」



 その一部始終を目撃したアクアは

 ゾッと血の気が引く感覚に襲われる。

 灰徒(グレイター)とは彼も以前戦ったが、

 その頑強さに苦戦を強いられた。

 だがクルトの内部破壊はその頑強さすら無視して、

 ほぼ一撃で灰徒(グレイター)を絶命させる。

 という事はつまり――



「――本(・)気(・)な(・)ら(・)俺(・)を(・)殺(・)せ(・)た(・)?」



 自分には一度も使われなかった技。

 ほんの少しの殺意があれば出来るその技を、

 クルトはただの一度も見せる素振りすら無かった。

 自分の存在を通報される危険がある以上、

 彼にアクアを生かす価値など無いし、

 人情で殺人を厭うタイプにも見えない。

 なら考えられる可能性は一つ、即ち外的要因。



「お前らの雇い主は俺を……いや

 ――学(・)生(・)の(・)殺(・)害(・)を(・)禁(・)止(・)し(・)て(・)る(・)?」



 瞬間、クルトの目に強い敵意の色が浮かぶ。

 標的への警戒度を一段階引き上げた目だ。

 それはつまりアクアが示した推測への肯定。

 思えば彼らが起こした魔導機構(マシナキア)の襲撃事件でも

 魔物という例外的な存在であるベリル以外には

 生徒に攻撃を受けたという話は聞かない。

 完全な奇襲で生徒の被害ゼロは出来過ぎていた。



「くそっ! なんでもっと早く気付かなかった!

 でも、それなら何故学生の殺害を禁止してる?」


(こいつ、マズいな)


「學園への敵意はあるのに……子供だから?

 つっても二十歳超えてる奴が大半だぞ?」


(こいつは推論で辿り着く)


「二十代も子供判定? なら黒幕はもっと上?

 学生は一律で守ろうと……学生を守る?」



 大地を蹴飛ばしクルトがナイフを抜く。

 だが、彼の凶刃が迫るよりも僅かに早く、

 利口なアクアの頭脳は

 暗躍者のプロファイリングを完了した。



「雇い主は、き――」


「『血海回帰(アザーサイド)』ッ!!」



 先に爆散させた血が集約され、

 ナイフと腕を覆い巨大な赤い爪と化す。

 振り下ろされた凶手はアクアの左腕主装備(メインウェポン)を叩き、

 重たい主砲を地面に切り落とした。


 その落下音こそが戦闘再開のシグナル。

 クルトの猛攻がアクアの顔を狙う。

 対するアクアは残る籠手で辛くもそれを防ぐと、

 返す手で衝撃波を打ち込み距離を離す。


 と同時に、彼の持つ『全力』を使う。

 極位階梯――終極術式『神託機械(オラクルマシン)』。


 頭上に現れた歯車仕掛けの棺を捉え、

 追撃に向くクルトの足が止まった。

 兵器の即席開発術式。

 その無限の後出し魔術を前に安易な攻めは命取り。

 彼の合理的判断はアクアに更なる

 立て直しの猶予を与えた。



(第一、第二演算系統接続、疑似魔力炉同期完了

 魔導生産領域確保――構想定義、用途定義!)



 脳内で回すは棺への発注書。

 耐衝撃係数設定。耐魔力係数設定。

 使用術式数演算完了。使用魔力量補充完了。

 支援兵器群をプリセットから選択。

 概念設計最適化。夢想を現実(カタチ)にアウトプット。

 呼び出したのは――全身被覆型(フルメタル)戦術装甲(ヘビィアームズ)。



「識別コード――≪PUNK ROCK(パンクロック)≫ッ!」



 構想の元は万博で見た波羅の剣士。

 全身を覆う青黒い鎧は滑らかな流線形を取り、

 細部の歯車がガチリと嵌ってパワーを生む。

 其れは、高速戦闘特化のフルアーマー。



「あ?」



 クルトが気付いた時には既に、

 鋼の拳が眼前に迫っていた。

 そしてそれを脳が認識した次の瞬間には、

 重たい一撃が鼻の先から後頭部へと突き抜ける。



「グッボォあぁーッ!?」


(イケる! 速度も威力も十分! あとは――)



 装甲の中で、アクアの視界に数値が映る。

 それは徐々に減っていく数字の配列。

 即ちこの兵器の『活動限界』だ。

 残り時間は僅か、二分半。



「上等ッ!」



 背後を追飛行する二つの巨大歯車に魔法陣が浮かび、

 吹き飛ぶ標的目掛けてビームを放つ。

 その初撃は耐魔力性コートの防御力を超えて

 クルトにダメージを与え、

 衝撃余波が彼の周囲に小さなクレーターを生んだ。


 だが元魔導特務隊長はその攻撃すらも

 自身の気付け薬に変えて、

 吹き飛ぶ反動を利用し態勢を整えた。

 そして負けじと、迫るアクアに技を放つ。



「舐めんなァ『渡河射撃(レッドカレント)』!」



 ばら撒かれた足元の血がレーザーと化し、

 下方からアクアの四肢に飛びかかる。

 大半は装甲で弾く事が適ったが、

 それでも減衰しきらない威力が骨まで届く。



「ぐっ!? ッ……!」


(あぁクソ……なんだこれ――)


「ヅッ! まだまだァ!!」


(――ク(・)ッ(・)ソ(・)楽(・)し(・)い(・)!!)



 意地で迫る鉄拳を頬で迎え入れ、

 クルトは満面の笑みで血を噴き出す。

 と同時に血塊を纏う蹴りでアクアを退かせる。

 その後に続くは殴打の応酬。漢の殴り合い。


 クルトには使命があった。任務があった。

 未だ国の影に隠れる同士たちとの協定があった。

 だが、それら全てがどうでも良いと思えるほどに、

 この殴り合いが楽しくて仕方なかった。



「ははッ! はははははははは!!!!」


(こいつ……! 生身で何発受ける気だよ!?

 マズい、活動限界まであと一分! ここは――)


「あ? おい退く気か? 冷めちまうだろぅが!!」



 飛び退くアクアを凶手が追う。

 回避は間に合い推進器込みの後転で離すが、

 追撃は尚も止まず両者は貧民街を駆けた。

 赤と青の光線が飛び、斬撃と衝撃波が共に弾ける。

 活動限界は残り三十秒を割り、

 それに気を取られたアクアをクルトは叩き落とす。



「オラオラどうした!? もっとくれよ!

 ――俺に死に場所を与えてくれよぉッ!!」


「!? ならお望み通り!」



 副装備のアンカーを射出し、

 アクアは上空からクルトも引き摺り下ろした。

 数秒先に落着していたアクアは即座に立ち上がり、

 最後の一撃を敵の胸に叩き込む。



「撃ち込め――≪PUNK ROCK≫ッ!!」


「――残念、惜(・)し(・)か(・)っ(・)た(・)な」



 拳は、揺蕩う水の塊によって止められていた。

 同時に活動限界到達。装甲はバラバラと砕け散る。

 そして中から崩折れ出でたアクアもまた、

 一連の戦闘で既に血塗れの満身創痍だった。

 それを認めたクルトは、唇を噛む。



「また死に損なったな」


「そんなに……死にたいのか、アンタ?」


「ウチの家訓は『戦場で死ね』だったモンでね

 国が盗られた時、俺はその機会を失ったと思ったよ」


「だがまたその機会がやってきた……

 それが……學園を狙う何者かに与した動機か?」


「ああ。お前じゃ無理だったようだがな」


「――いや。今『勝った』所だ」



 刹那、クルトは視界の端に輝きを見る。

 それは瓦礫の山に紛れたマズルフラッシュ。

 知覚と同時に、彼の胸が貫かれた。



「だッ!? な!?」



 それは地下に落ちて最初にクルトが叩き落とした、

 まだ一発だけ弾の入った左腕主装備(メインウェポン)。

 使用者の手から離れて無力化したと思っていたが、

 視線を落とせばアクアの手には

 小さな魔法陣の操作盤が浮かんでいた。



「遠隔……操作……!?」


「俺が造った自慢の魔導機構(マシナキア)だぞ

 あの程度の攻撃で壊れたりするかよ」


「ッ! はは……流石、だ、な――」



 待ち望んだ死を受け入れたように、

 クルトは背中からゆっくりと倒れ込む。

 ――かと見せかけて彼は噴き出す己の血を

 アクアに目掛けて撃ち出した。

 さながら其れは真紅に染まる三叉の槍。


 しかし血の刃が最初に触れたのは、

 彼とアクアの間にあった障壁。

 見上げれば彼の頭上には神託機械(オラクルマシン)の棺と、

 そこから生産された結界機構が浮いていた。



「ッ――!?」


「封印結界。避けられた時用の保険だったが……

 念のため発動しておいて正解だったな」



 結界はクルトの周囲を封鎖して、

 逃げ場を完全に断っていた。

 溢れ出す血の止血は間に合わず、

 脱力した体は本当に背中から倒れた。


 ようやく脅威でなくなった敵を前に、

 アクアは疲労を言葉と共に吐き出した。



「満足したかよ戦闘狂?」


「あぁ……完全に、上回られた……」


「最期に聞いておく。魔導機構(マシナキア)襲撃事件は確定

 で、禁書録盗難事件と連絡橋爆破事件もお前らか?」


「……」


「フン、まぁいい。ここで死ね」



 満身創痍のアクアは背を向ける。

 いくら地下貧民街といえども、

 流石にそろそろ學園側が異変に気付く頃。

 速やかに立ち去らねばと体を押した。


 ――だが次の瞬間、アクアの背後で稲妻が走る。


 振り向けば、其処に有るのは黒い九芒星。

 稲妻と閃光を撒き散らし、

 死に体だったはずのクルトの体が起き上がる。

 ガクンと頭を下げ、元魔導特務隊長は声を放つ。



「はぁ!? 何をした!?」


「それは答えてやる――『獣性黒化(ニグレド・アルカヌム)』ッ!」



 其れはかつて非力な人類が

 強靭な魔物に抗するために編み出した術式。

 己もまた一匹の獣と化す事で

 強靭なパワーと高い耐久力を得るドーピング。

 代償は、狂い散らす感情とすり減る生命力。

 そのあまりにも危険な対価故にこの一連の術式群は

 どの国でも『黒魔術』として封印されてきた。



「ァアッ! 魂がッ、抑えらんねぇッ!!」


「血迷ったかクルト・バソールト!?

 いくら狂化でパワーアップしたところで

 こっちはその分結界の強度を上げれば良いだけ!

 お前がそこから脱出する可能性はないぞ!」


「かも、な! だが畜生……!

 俺は死に損ないの戦闘狂である前に『軍人』だ!」


「!?」


「――満足した、いい勝負だった!

 だがクソッたれ! 任務失敗(ソレ)じゃ死ねねぇのさ!」


(クッ、構想再定義、出力増加……!)


「なぁ、もう一戦だけ……!

 もう一戦だけ戦(ヤ)ろうぜアクアァッッ!!!!」



 胸から溢れ出す血もそのままに、

 むしろそれらを激流に変えて渦を成す。

 やがて血の渦の中心でクルトは両手を広げると

 その一切を身に纏い己が力へと変える。

 黒き血で造られた液状の鎧を纏うその姿は

 正に冥府より現れた死の怪物。



「『昏き血河の(フェリーマンズ・)渡し守(ラストライン)』ッ!」


「ぐッ、ぉおおおおおおおおおおお!!!!」



 怪物の拳に結界が砕かれぬように、

 この化け物を再び自由にはさせぬように、

 アクアは終極術式に全神経を接続して

 魔力の残量も気にせず全てを注ぎ込む。

 そして怪物が振りかざした渾身の一撃が

 地下貧民街を揺らさんばかりの衝撃を生んだ。


 やがて揺れが収まる頃、

 アクアは、最後まで保たれた結界の前で崩折れる。



「っ! っはァ! はぁ……! 間に合った……」



 汗は滝のように流れ、自分の血が水溜りを作る。

 落ち着くと同時に体感温度はぐっと下がり、

 寒さを覚えたアクアは隈のついた目を敵に向ける。

 渾身の一撃を止められても尚、

 黒い怪物は結界を殴り続けて暴れているが、

 頑丈に固められた壁が壊される事はない。


 そして――あとは時間経過で死を待つのみ。


 今度こそ万策尽きた。

 互いにそれを察して一方は殴打を止めて脱力し、

 そこまで見届けたもう一方は

 体を引き摺り逃げるように足を踏み出す。


 と同時に、彼は再び音を聞いた。

 けれども今度のそれは雷鳴のような轟音ではなく、

 何かをひっかく細やかな異音。

 あまりにも気になり振り返ると其処には、

 ――力なく結界(カベ)に爪を立てる獣がいた。


 血塗れで、死に損ないで、

 二律背反の性分のせいで立ち上がったばかりに、

 どちらも満足できずに事切れるのを待つ獣。

 魔導大国への報復も、自分の本当にやりたい事も、

 何も果たせず死を待つ男の末路が其処にあった。



「っ……」



 アクアの脚が止まる。無意味に止まる。

 もう勝敗は決していて、敵にやる情けも義理もない。

 けれども獣の姿はまるで、似た野心を秘めた

 自分の末路を暗示しているかのような寒気がして、

 ここで放置すると何か因果が巡りそうな気がして、

 アクアの体は振り向かざるを得なかった。



 ――『もう一戦だけ戦(ヤ)ろうぜアクアァッッ!!!!』


「チッ、非合理的な選択だ」



 こちらへ歩み寄るアクアの姿に、

 クルトだった化け物は一瞬の驚きと、

 そして心底嬉しそうな笑顔を浮かべる。

 その笑みに釣られて口元が緩むと、

 アクアは最低限の装甲を生産し己を覆う。


 と同時に、彼の魔力がほとんど尽きた。

 十分な接続が維持できず終極の棺は霧散し、

 クルトを覆っていた結界もまた崩れ去る。

 その粒子の暖簾をアクアは通り抜け、

 彼は敵の前に堂々と立つ。



「セグルア騎士の決闘の儀礼、だったか?」



 僅かな装甲で覆われた拳を突き出す。

 それを見つめて獣は再び歯を見せ喜ぶ。

 怪物もまた、肥大化した拳を添えた。


 そして両者は同時に背を向けると、

 一歩、二歩と距離を置く。

 互いにもう殴り合う余力など無く、

 既存の装備で、撃てるのはあと一発。

 だからこれが最後。三歩目の踵を返す――



「『渡河射撃(レッドカレント)』ォッ!!」



 流石、速かったのは元魔導特務隊長。

 己を護る最低限の血も残しつつ、

 十分な量の血液を以て数本のレーザーを放つ。

 だが迫るその赤い光線を前にアクアは、

 父の遺産である音響装置にコードを繋いでいた。



「――『糾聲(スクウィール)』ッ!!」



 音は、液体も越えて進む。

 強振動で制御の失った血液は爆散し、

 そして流血の鎧もまたその振動に耐えられない。

 いやむしろ、血液を纏うクルトは今、

 実質水中にいるのとほぼ同義。

 衝撃波はモロに彼の内臓を破壊した。



「がッ、はぁぁッ!!!!」


「聞こえたか亡霊。天国が呼んでるぞ?」


「……あぁ。これなら迷わず逝けそうだ……」



 福音を以て、獣の命運は定まった。

 そうしてクルトの体から血塊は剥がれ落ち、

 彼の体はゆっくりと崩れ始めた。

 そして今際の際に彼は、

 二つの戦利品を残すと告げて何かを投げた。



「これは!」


「流体制御球形――『ノーチラス』

 お前に……やるよ、アクア・メルディヌス」


(剣についてた宝玉か!)


「んで、もう一つは、『情報』……だ……

 これは言っても、まぁ問題ねぇだろ」


「情報?」



 掠れた声で、されどはっきりと、

 クルトは『ある事実』をアクアに告げた。

 両者の見える範囲には大きな差こそあるが、

 それでも同じ結論が導かれる重要な情報を。

 そしてそれを聞き届けたアクアは、

 ゾッと青ざめた。



「っ……!」


「へっ。みーんな……敵……かも……な……」



 クルトは最期に「してやったり」と

 笑みを浮かべ、そのまま砕けて絶命した。

 全てが終わった地下貧民街には

 どこから入ったか分からぬ風が吹き、

 やがて国防を担う正規軍の警報が響き始める。

 近づき始めたその音から逃れるように

 アクアもまた暗い路地裏へと消えていくのだった。



 ~~~~



 その一部始終を、少し離れた家屋の屋根から

 一人の青年が遠巻きに眺める。

 黒いコートの細部にはピンク色の蛍光色。

 腰には同様にピンクの差し色が入った銃が一丁。

 銀髪を持ち上げた前髪の下で眉を歪めて、

 その人物、オリバー・シンジュが目を細めた。



「おー、恐い、恐い」



 〜〜PM19:00・學園内〜〜



 アクアの死闘から約三時間後。

 中央塔前広場の楽団コンサートは

 丁度アンコールにも応え終わり、

 夜空の下で絶え間ない拍手を浴びている。


 だが喝采する群衆たちのその裏では、

 警備に携わる學園関係者は僅かに焦りを見せ、

 白フードの機械男、エネルギー変換學部長、

 そして警備主任であるハンベルクに意見を伺う。



「シン、アックス両學部長より報告

 地下でクルト・バソールトの遺体を発見」


「クルト・バソールト!? 何故ヤツが!?」


「否。既に死しているなら思考は不要

 問題は、奴を討ち取った対戦相手である」


「……報告では『終極術式』の残滓があったと」


「了。現時点まででセグルアに滞在している

 全『極位階梯』持ちを調べ上げるのである!」


「「ハッ!」」



 散らばる教員たちの足音を、

 近くの薄暗い屋内から窓際に張り付き

 満身創痍のアクアが聞き届ける。


 発覚を避ける工夫には神経を尖らせたが、

 それでも魔法を使った後の残滓は残ってしまう。

 あれほどの激戦であれば、

 學園がアクアに目を付けるのも時間の問題だろう。



(ベリルにも迷惑かけちまうな……まぁでも……)


「警備主任。明日の星灯祭は中止にしますか?」


「否。問題発生は學外。不要である」


(……先輩の夢だけは守れたか)



 安堵に裏付けされた睡魔に身を任せ、

 アクアはその場で気絶するように眠った。

 気付くはずもないが、丁度その背後の通りを

 エリーが軽やかに跳ね進む。


 ――星灯祭の初日はこれにて終了。

 學内全体を彩る魔導灯イルミネーションの光が、

 今はまだ、闇夜の暗さを押し退けていた。



 ~~星灯祭二日目・AM8:00~~



 朝の光がカーテンの隙間から差し込む。

 それ以外に灯りはないので室内は妙に薄暗く。

 部屋主であるヴェールの女の妖しさを

 より一層際立たせていた。



「いよいよ、なのよね」



 未来視學部長グラディエ・エルサ。

 修めし終極術式『悪魔炯眼(ラプラス)』は未来を見通し、

 エルサのソレは自分は勿論、

 数年先の他者の未来すらも予見できる。

 彼女はその才でこれまで多くの

 政界、財界における重要人物に助言を与え、

 魔王軍崩壊後の混乱期に起こり得た

 いくつもの最悪シナリオを回避してきた。

 しかし、そんな彼女でも――



「あら。いらっしゃい、なのよね」



 ――この未来を回避する事は出来なかった。



【セグルア・マギア教職員名簿】


No.1 アンデ・シン

役職:魔法戦術學部長。通称『暴君(タイラント)』

詳細:へそ出しインナーと分厚いジャケットな桃髪の美女

状態:稼働中


No.2 アクセル・ハンベルク

役職:エネルギー変換學部長。通称『魔力炉人(マナファーネス)』

詳細:全身を機械に改造した白コートに赤い単眼の男

状態:稼働中


No.3 スコリア・レインハード

役職:魔法薬學部長。通称『爆弾魔(コンパウンダー)』

詳細:全身パンクロック風ファッションの男

状態:稼働中


No.4 グラディエ・エルサ

役職:未来視學部長。通称『易者(トリックスター)』

詳細:紫と水色の混じる長髪にフェイスベールをした女

状態:稼働中


No.5 カウレス・テクター

役職:占星學部長。通称『羅針番人(コンパス)』

詳細:深緑のロングコートを纏う銀髪銀髭の紳士

状態:稼働中


No.6 シルト・チャドウィック

役職:魔鉱石學部長。通称『開拓者(アトラス)』

詳細:丸眼鏡にブロンドヘアーの童顔男

状態:稼働中


No.7 ベニトア・アックス

役職:魔導工學部長。通称『機律裁者(エグゼキューター)』

詳細:眼帯をした長い黒髪の女性

状態:稼働中


No.8 ファニー・キンバリー

役職:錬金學部長。通称『微笑む厄災(ミニ・カラミティ)』

詳細:人間観察の好きなベレー帽の少女。年齢不詳

状態:稼働中


No.9 カルロ・トイカン

役職:古典魔法學部長。通称『墓荒らし(ヴァルチャー)』

詳細:天辺の禿げた大魔導士風の老爺

状態:稼働中

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