拾頁目 星灯祭
【學園生徒エントリーシート】
①ベリル・コランダム
概要:セグルア一回生。オラクロン大公国から来た特異体質者
自己PR:友達をいっぱい作って學園生活を豊かにしたい
不記載事項:正体は魔物。名前も経歴も一部偽装。セグルアに対して強い敵意を持つ
②アクア・メルディヌス
概要:セグルア一回生。一度學園を卒業済みの『極位階梯』最年少記録保持者
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不記載事項:ベリルの協力者であり、セグルアに対して強い敵意を持つ
③ラルダ・クラック
概要:セグルア一回生。人界最強エルザディア聖騎士団の現団長
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不記載事項:ベリルらの正体を最初から知っている。二人の野望を阻止する事が目的
④エルジェット・セラフィナイト
概要:セグルア二回生。料理が大好き。愛称はエリー
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不記載事項:※当該項目の閲覧制限中
⑤ピネル・ウィリアムス
概要:セグルア一回生。ベリルと仲良くなった女子
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⑥オリバー・シンジュ
概要:セグルア四回生。學園が誇る留年王
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~~AM10:00・學園裏門~~
蒸気噴く機構の喧騒に若人たちの声が混じり、
最高学府セグルア・マグナの學園祭開幕を宣言した。
遠くから聞こえるその声を背中で聞き、
予め買っておいたホットドッグに齧り付くのは
今回のために雇われた冒険者ギルドの守衛の二人。
「いーなぁ學祭。俺の母校じゃこの文化はなかった」
「旦那の学生時代は勇者も生まれてなかった頃でしょ?
そりゃあ學祭やってる余裕なんてありませんぜ」
「だなぁ。そんだけ裕福になったってこった!」
「まぁセグルアは当時から學祭してましたけど」
「んだよウチがしょぼいだけじゃねぇか」
學祭目当ての来訪者は正門に集う。
厳重なボディチェックの後に、
危険物を粗方没収された状態で入園する。
対して裏門にはそういったシステムがなく、
完全に封鎖され封印術式まで埋め込まれていた。
「にしても厳重だなぁ……これあれか?
各国から注目されてる最高学府故の警戒態勢か?」
「ええ。午前には学部公開企画があって
余所の国の技術者や魔術師も見に来るんだとか
……あぁいやでも、例年はここまでじゃなかったか?」
「ほう?」
「あくまで噂ですけど
今年度の頭に禁書録で盗難事件があったとか
それにこの前は魔導機構の襲撃も――」
「連絡橋崩落の事故は聞いてたが、そんな事も……
こりゃあ……なんかあるな」
肉とパンを食い千切り、
魔王軍健在期から活動していた冒険者は
途端に歴戦の顔つきを浮かべ始めた。
愛用の槍を強く握り、己の警戒レベルを一つ上げる。
「冒険者の勘って奴っすか?」
「ああ。抜かるなよ」
裏門の警備は少数なれど万全に厳重。
正門にはその比ではない数の冒険者が在り、
學園内にもスタッフに紛れた守衛と
徘徊する魔導機構の警備がいる。
そんな警備体制を一通り見回して――
「――よぉ、こちらバソールト」
既に敵は城壁を超えて中にいた。
「予定通り、侵入に成功したぜ」
~~AM10:30~~
學長の開会宣言から一時間と三十分。
人々は中央塔前広場から既に分散し、
各學部エリアへと散らばっていた。
セグルア・マギアの學園祭『星灯祭』。
二日間に及ぶそのスケジュールは以下の通り。
――星灯祭一日目――
9:00 開幕式:中央塔前広場
10:00〜12:00 学部公開企画:各学部エリア
【内訳と企画内容】
錬金學部:魔素生体触れ合い体験
魔法薬學部:やべぇ薬の安全な試飲会
エネルギー変換學部:小型蒸気車の試乗
占星學部:星読み体験
魔法戦術學部:簡易魔法バトル観戦
12:00〜14:00 昼食企画予選:模擬店通り
14:00〜16:00 魔導列車ツアー:学内巡回
16:00〜18:00 楽団コンサート:中央塔前広場
19:30〜21:00 魔導灯イルミネーション:學内全域
――星灯祭二日目――
9:00〜11:00 魔導研究発表:講堂
【内訳と発表内容】
魔導工學部:新型魔力蒸気タービン
魔鉱石學部:新種魔鉱石の魔力特性と危険性
未来視學部:数学的流動未来予測モデル
古典魔法學部:古代魔術式の再構築と応用
11:00〜15:00 昼食企画本戦:模擬店通り
15:00〜17:00 魔導技術ショーケース:中央広場
18:00〜21:00 ルミナス・リンク:中央塔前広場
――――
ガラスケースの中に
大々的に張り出されたスケジュール表と、
隣に並ぶポスターをしばらく眺めて、
最高学府二度目の一回生となった
アクア・メルディヌスは溜息を吐いた。
やるせない思いを吐き出すように、
というよりはむしろ、
鼻先から思わず漏れ出たような吐息だった。
「あぁ居た居た! アクアー!」
「おうベリルか……」
「? どうしたの、元気ないね?」
「いやちょっとな。てかお前、ラルダは?
こんな日に付け狙われなかったのか?」
「ふふふ」
自信満々に親指を立て、
ベリルは誇らしげな笑みを浮かべた。
「小型蒸気車の試乗イベントで撒いてやった
今頃一人で乗ってるよ」
「あとが怖いぞ?」
アクアの指摘を受けて
途端にベリルの顔から血の気が引くが、
元より彼には敵である聖騎士団長ラルダと
長く一緒に居る事自体が不安の種。
いずれ第二の魔王として
再びこの人間社会に宣戦布告をする予定であれば
彼女に多くを知られるのは非常にまずい。
「ただでさえこの一年はまともに行動できなかった
セグルアは僕にとって復讐の――」
「はいストップ。ここで口には出すな」
「う、ごめん」
「前にも言ったがラルダはお前に気がある」
「疑惑ね?」
「……はいはい疑惑。気がある疑惑がある
まぁなくてもその気にさせればいいけど」
「むぅ」
「あの女一人を堕とすのは
セグルア一国を墜とすのと同等の価値がある
これも課題だ。頑張れ未来の魔王」
「……そういうアクアはどうなのさ?」
「俺? 俺にそんな浮かれた話は――」
「そっちじゃなくて! その、計画」
囁くように耳に届いたその言葉の意味を
アクアは明瞭に受け取った。
計画とは即ち復讐のプロジェクト。
魔導大国セグルア相手に一戦交える、
その段取りの方はどうなっているのか問われたのだ。
進捗を聞いたら逆に進捗を聞き返された。
そんな状況に彼は鼻を鳴らす。
「ちっとも進んでねーや!」
「ええ!?」
「まぁ俺も流石に一回生の頃は忙しかったしな
けど魔導工學部に入っちまえばこっちのもんだ
講義は一度習得済み、過去問も既に用意した
来年からはかなり自由に動き回れる」
(お、思ったよりちゃんと準備してた……)
「てかお前は結局學部決まったのか?」
更に返された質問に、
ベリルの脳裏には少し前の出来事が投影される。
未来視學部長グラディエ・エルサの助言で
三つに絞り込まれた進路候補。
魔鉱石學、錬金學、占星學。
ちょうどこの時間は後者二つが企画をしている。
「ほぉー。じゃあどっちか行ってみるか?」
「……興味があるのは」
ふと、前期で受けた講義を思い出す。
このセグルア・マギアでの授業で
一番最初に彼の関心を引いた分野。
色々見て回るべきとは分かっていても、
湧き出る好奇心には抗えない。
「錬金學部がいいな」
〜〜11:34・錬金學部エリア〜〜
企画を主導するのは各學部の二から四回生たち。
教師陣からの手厚いサポートも受けつつ、
ある種研究発表の予行練習が如く成果を魅せる。
また學部にとってもこの公開企画は
これから進路を選ぶ一回生たちへの最後の宣伝。
各々の熱が籠っている分、その規模は凄まじい。
「錬金術の産物、魔素生体!
触れれば色の変わるスライムに機械に入り込む妖精!
世間では『精霊』に分類される生命たちです!」
司会者の声と共に、ドーム状の室内では
地面からフッと浮かび上がった精霊たちが
来場者たちの傍に愛嬌を振りまき寄って来た。
安全のため薄い魔術の幕が張られた室内は
外の光を柔らかく濾過して、
内部に淡い金色の輝きを落としている。
薄暗くも、煌びやか。妖しく美しい幻想空間。
魔力を揺らして近づく魔素生体たちの歓迎もあり
まるで異空間に迷い込んだような錯覚さえ覚えた。
「へぇ凄い、魔力で色が変わるんだ」
ぷよぷよと近付くスライムを愛でて
その色合いが水色から真っ赤に変わる様を
ベリルは興味深そうに観察していた。
彼の身内にもスライムはいるが彼女は魔物。
精霊種のソレとは帯びる魔力の質からして
完全に別種である事が伺える。
(体は大きいけど動きは鈍い。戦闘要員じゃないな)
「うわっ! っと! 寄るな!」
「……お兄さんここは触れ合いコーナーですよ」
「茶化すなよベリル! グっ、この妖精っ!
さっきから俺の籠手に入って弄りやがるんだ!」
「いいじゃんやらせれば」
「照準とか一から調整し直す羽目になんだよッ!」
「あぁそれは困るね」
妖精を退けて貰おうとベリルはスタッフを探す。
その際に偶然學部長ファニー・キンバリーを
目撃したのだが、どうやら彼女は
会場の魔術式維持や学生への指示出しから
離れられないといった様子だった。
傍目からでも分かるその姿にベリルは退き、
仕方なく暇そうなスタッフを探した。
が、彼らを呼ぶまでもなく事態は変わる――
「あー! ベリル君だ!」
やや煩い女性の声に驚いたのか
精霊たちは散り散りに離れていった。
その光景にしょんぼりしつつも、
声を掛けた女はベリルに向き直す。
「奇遇だね。今一人?」
「ピネル。いや、アクアと二人で回ってた」
「ああ! あの天才アクア君!
初めまして……ではないのかな?」
「ん。ベリルの近くをちょろちょろしてる赤髪か
ちゃんと話すのはこれが初めてだな」
「ちょろちょろって……ちゃんと友達ですぅ!」
「? そうなのか?」
「うん。アクア以外だと一番話してる同期かな」
すんなりと認めたベリルに
アクアは少しばかり驚きの顔を浮かべていた。
だが同時に「これはラッキーだ」とも思考する。
そしてベリルの肩に素早く手を乗せると、
彼は耳元で囁いた。
(俺からの課題。もう一つあったよな?)
(? 學部の同期で友達を作れ?)
(この時期にこの企画を見に来てるのなら
この女もどうせ錬金學部だろう、仲良くな)
(うん。……うん?)
「じゃ! 親睦を深めておくのは良い事だ!」
再び肩を叩くと、
アクアはその場から逃げるように離れていく。
突然離脱した彼の背中を眺めて
ピネルは首を曲げて疑問符を浮かべていた。
「なーに彼? もしかして気を遣ってくれた?」
「いや……あれは多分……」
らしくない行動の意味をベリルは察する。
アクアの関心は完全に、
妖精に弄り回された籠手の武装に向いていた。
(武器の再調整がしたくて仕方ないんだ!)
「……多分なに?」
「あ、いや、なんでも」
「ふーん? まぁいいや!」
そう言うと赤髪の少女はベリルの袖を引く。
驚く彼に向けられていたのは
優しくもどこか小悪魔的な笑みだった。
「私も二人きりになりたかったし?」
~~11:45・模擬店通り前~~
(男女の友情って成立するよな?)
武器の再調整がしたいという欲求に
思考の大部分が占有されていたアクアだったが、
しばらく歩いていく内に
自分の行動を振り返る冷静さを取り戻す。
聖騎士団長の篭絡を計画する彼は
言わばラルダの恋路を応援したい立場。
そこにピネルという異分子を混ぜる危険性を、
彼は薄っすらと感じ取ってはいた。
が――
(まぁラルダ振ってピネル行く馬鹿じゃないだろ!)
効率を重んじる技術者であり、
研究重視の魔術師であったアクアは
二人が有するステータスでのみ判断を下す。
どこのどいつがあの聖騎士団長を無碍にして
何の後ろ盾もない小娘を選ぶものか。
理屈としては正しいので、
彼の心はとても納得できた。
(それより今は、早く武器の調整を――)
「おおっと良い所にアックアー!」
「……げっ」
最早聞き馴染みの声に
思わずアクアは不快感を示してしまう。
だが相手はそれを見てもむしろ、
なんだその「げっ」は、と迫ってくるタイプ。
先輩という立場を存分に振りかざす女だ。
「このエリー様のお願いが聞けないってかー!」
「っ……なんすかエリーパイセン?」
「君さ、最近例の本屋で私の料理食べたじゃん?
今日の料理とちょっと比較してほしいの!」
「なるほどわっかりましたー、おことわ――」
「おーいみんなー! 実験体確保したよー!」
(やっぱ俺この先輩苦手だっ……!)
~~同時刻・秘密の書~~
地下貧民街においても、
學園祭の喧騒こそ届かずとも
確かにその浮かれた気配だけは届いていた。
否、届ける者がいた、というべきだろう。
浮かれた生徒がやってきて、
地下貧民街でしか手に入らない珍品を買っていく。
この古本屋でも一人の少女がそれをしていた。
店主ゴイトはその後ろ姿を
年季の入った本棚の前に幻視する。
今頃初日の営業が始まっている頃だろう。
果たしてうまくやれているのだろうか。
魔物でありながらもゴイトは
人間の少女を気に掛ける。
(……だって気になっちゃうもの)
始めて彼女と会った時、
少し小腹が空いていたので
ゴイトはその記憶をつまみ食いしていた。
そして気付く、彼女の血が既に薄い事に。
透血鬼に記憶を食われた者特有の、
噛み痕が如き異常性を察知した。
この子は既に同族に食われた後なのだと、
そして――
「彼女はそれを『自覚』してるわ」
~~~~
山盛りの肉は皮まで丸ごと焼かれ、
パリパリと香ばしい匂いを立てている。
肉厚ジューシーなその食材に合わせるなら
甘辛いタレなどが適切だろう。
皿の上に敷かれた野菜のシーツに、
堂々と鎮座する肉にタレが掛かる。
色彩豊か、とは少々言い難いが、
それが逆に食欲を湧かす一因となる。
「っく……」
「良い音鳴らすねぇアクア君!
さぁ召し上がれぇい!」
盛られた肉を切り分けて、
食べ歩きに適したサイズに落とし込むと、
エリーはそれをアクアの前に差し出した。
時分は昼食時。抗える訳もなし。
アクアは目の前の極上に齧り付いた。
「うっめ……!」
「いよっしゃー! 君みたいな
食事なんて補給になればなんでも同じ、
みたいな顔した奴から聞く美味いは
やっぱ格別ですなー!」
(っ、実際思ってたから悔しい……)
「おかわりもいる?」
「いいんすか? じゃあありがたく」
「ふふん! ふふふふーん!
……それでどう? 最近のと比べて?」
「忖度無しでこれが最高っす」
「ッ――! オッケー……戦える……!」
返って来たのは
いつもの元気いっぱい感情爆発な声ではなく、
焦燥と安堵が入れ替わる瞬間のような音だった。
何故か、と問うアクアに対して、
エリーは他の模擬店を指さした。
彼らはどこも、戦場が如き気迫を有している。
「毎回。この星灯祭の昼食企画では
各国のプロ料理人が審査に来てるの」
「あーらしいっすね。白熱してるとか」
「そりゃあね。明日の本戦で優勝すれば
ほぼ将来が安泰とまで言われるほどなのよ」
(なるほど? 実際に就職するかは別としても
プロからお墨付きを貰えるなら十分すぎるな)
「でも本戦に進むにはまず今日の予選に勝たなきゃ!
今日はシンプルな売り上げ勝負!
味は勿論、人気取りや販売速度も大事!」
(確かになぁ)
「じゃあアクアも食べた分だけは働いてね!
よーしみんなー! 忙しくなるぞー」
「……は?」
捕まれた胃袋、齧り付いてしまったおかわり。
手にした食べかけの肉が、
己を拘束する手かせのように錯覚した。
その間にも、エリーのチームメイトが
彼にスタッフ用のエプロンを装着させる。
「いやいやいやなんで俺が!?」
「配膳用魔導機構の技術者が病欠しちゃって
レジフォローと機械調整だけしてくれればいいから!」
「だけって……! エンジニアをなんだと!」
「そうら一年! 早速お客様だぞー!」
「ぐぅうっ! いらっしゃいませぇーッ!!」
~~12:16~~
(武器調整したい武器調整したい武器調整したい)
「配膳機構、故障! アクア君お願い!」
「きぃいいいいいい!」
~~12:59~~
「第一陣が終わったが、売上ノルマ未達!」
「おいアクア! 看板持ってその辺走れ!」
「ごめんその前にまた配膳機構の修理お願い!
さっきとは別の所がダメになったみたい!」
「ふざぇっ! よろこんでーッ!」
~~13:26~~
「アクアじゃん。なにしてんの?」
「シンジュ先輩! お願い変わって!」
「よーしよし可哀想な後輩のために
釣銭は小銭多めで払ってやろう」
「あぁそれめっちゃ助かります!」
「……身も心も店側の人間だな」
「ごめんアクア君! 配膳機構が!」
「もう捨てちまえそのポンコツァッ!!」
~~14:00~~
「三十、四十、五十! ノルマ達成!」
「「お疲れ様ー!」」
目標金額まで達成し、予選通過は確実のライン。
営業中に周りを見回してみた手応えとしても、
ここからの番狂わせは起こらないと予測出来る。
「アクア君も! はい、お給金!」
「あぁ、ちゃんとそっちも貰えるんすね」
「そりゃ勿論! ふふん! ふふふん!」
「……嬉しそう、すね」
まだ予選突破だというのに、
エリーは頬が真っ赤に染まるまで喜んでいた。
そして緩む口はそのまま己の夢を語り出す。
「私ね、料理を食べさせたい人が居たんだ」
「居た? という事は……」
「あぁいや、今どうしてるのか分かんない」
「良かった」
「てかそもそもどこの誰かも分かんない」
「は?」
「私の料理を一番食べさせてあげたいくらい
大切な人だったはずなのに、思い出せないんだ」
ごめんね変な話で、と彼女は謝るが、
既にベリルから事情を聞いていたアクアは閉口する。
その人物、いやその魔物が、
既にこの世に居ない事を知っていたからだ。
されど当然、それを教えてやれるはずも無し。
「だから私は有名になりたいの
誰もが世界中から私の料理を食べに来るくらい
そしたら、その誰かも食べに来てくれるよね?」
「……っすね」
「だからこそ目指せ本戦優勝!
出来れば明日も手伝ってくれると心強いなぁ〜?」
「いや、流石にそれは勘弁です……」
「ぶー! 残念」
元から断られる想定だったのだろう。
あまりがっかりした様子は無く彼女は背を向けた。
希望に向けて前へと進んでいく小さくも逞しい背中。
その背中に、アクアは声を掛けずにはいられなかった。
「……応援は、してます」
「おう! サンキュー後輩!」
〜〜15:39・魔法戦術學部エリア〜〜
學部別の公開企画は午前で既に終了し、
初日に出し切った學部からは人の気配が消える。
學祭期間中は例え課題に追われる苦学生でも
立ち入り禁止となっているため、
アクアはここまで誰とも会わずに移動できた。
既に自室にて武装の調整は完了済み。
がしかし、照準や内部の安全装置などが
手当たり次第弄られていたために
彼は試し撃ちの必要に迫られていた。
そうして選んだのが魔法戦術學部エリア。
ここなら多少の銃創も誤魔化しが効く。
「ふぅぅぅぅぅぅ……」
発砲。標的に当たらず。誤差修整。
遠くで人々の喧騒が聞こえる。
今は學内巡回の魔導列車ツアー中。
無人運転が既定路線で人々を運んでいる。
「はぁぁぁぁぁ……」
発砲。標的命中。されど下に逸れた。誤差修整。
プログラムではこの後中央塔広場にて
楽団コンサートが開かれる。
學内の音楽サークルや趣味の演奏者を前座に、
奏の国ヴァルシオンからプロが演奏するらしい。
「――くっ!」
発砲。標的に当たらず。されど修整不要。
今のは感情に揺られて射線がズレただけ。
今朝ポスターを見た時も、そして今も、
彼はこの楽団コンサートに憎悪を抱く。
されどそれは特定の演奏者に、ではなく、
この『音』というワードに反応するものだった。
(この国は、父さんの研究成果を――)
「――良い殺意だな、もやしっ子」
「!?」
その男は既に、アクアの背後から肩を掛けていた。
今の今までその存在に気付けず、
これほどまでの接近を許してしまった不覚。
そして何より己の殺意を認識された不覚。
それらが焦りと混じり背中をじんわりと濡らす。
「おっと悪ぃ!
あまりに良い憎悪だったから声掛けちまった」
(っ……人間? けど見たこと無い、誰だ!?)
「ま、お互い見なかった事にしようや!」
男は満面の笑みで背中を向ける。
不用心、というよりも
アクアを全く脅威と思っていない様子。
事実として、アクアが突けるような隙は無い。
だが落ち着きを取り戻した彼の瞳は
その不審者のコートに記されたシンボルを認める。
「魔導特務隊……?」
ピタリ、と男の足が止まる。
同時にアクアは己のミスを自覚した。
だが吐いた言葉は戻せない。
ならば行くところまで行くまでだ。
「その組織はセグルア旧体制のものだ
學長タトが、滅ぼした連中だよな?」
「……だな」
「先日、複数の魔導機構がここを襲った
っ……お前、お前らの威力偵察だったか?」
「ら、と言い換えた根拠は?」
「アンタは技術者には見えない。あれは秀作だった」
「あー……まぁ正解だな」
男が振り返る。
コートの下に銀色に輝く短剣が見えた。
見えたという事は相手が見せたという事。
つまりスイッチが入ったという事だ。
だからここから先は部の悪い賭け――
「待ってくれ! 俺はアクア・メルディヌス」
「あー? 天才機械技師だったか?」
「そうだ。そして俺はアンタらに協力できる」
「は?」
「さっきの憎悪。あれはこの国に向けたものだ
……条件さえ飲んでくれるなら俺も手を貸そう」
「聞くだけ聞こうか?」
この時、アクアの脳裏には笑顔があった。
屈託のない、エリー先輩の喜ぶ顔が。
沈黙を続けていると彼女の声も聞こえてくる。
予選通過に喜ぶ声。自分の夢を語る声。
人々に楽しそうに料理を振る舞う明るい声が。
「条件は、一つ……」
『明日の本戦で優勝すれば――』
「この星灯祭期間中は襲わないでくれ」
単なるエゴとは分かっていた。
自分たちの復讐が成就した暁には
きっと同じ惨状の者が生まれると分かっていた。
それでも、決して叶わぬ夢を追う女性を、
知ってしまったからには守ってみたくなっていた。
そして、その甘さを男は見逃さない。
「論外」
「ッ……!」
投げ付けられたのは拒絶の二文字。
そして突き出されたのは
装甲を有する黒手袋の中の握り拳。
「セグルア騎士の決闘の儀礼だ。拳を合わせろ」
「なるほど、了解」
アクアはその拳に己の拳を、
合わせなかった。
籠手の機構を起動させ、
即座に敵の腹に重たい衝撃波を食らわせる。
男の体はそのまま吹き飛び、
柱を砕いて壁に激突した。
アクアの不意打ちは完全に決まる。
が――
「あー痛って……良いんだな、なんでもアリで?」
男はケロッとした様子で起き上がる。
逆立つ髪を頭皮ごと撫で上げて、
赤い瞳で敵を睨んだ。
「元セグルア魔導特務隊隊長クルト・バソールト
ガキ相手でも容赦しねぇぞ、もやしっ子」
「ええ、構いませんよ」
青髪の機械技師は己の上着を脱ぎ捨てる。
露となるのは学生には似合わぬ武装の数々。
有事に備えた彼基準での標準武装。
双肩に乗せるのは、あの笑顔を護りたい想い。
「俺はアンタと、戦わざるを得ないッ!」
【セグルア・マギア教職員名簿】
No.1 アンデ・シン
役職:魔法戦術學部長。通称『暴君』
詳細:へそ出しインナーと分厚いジャケットな桃髪の美女
状態:稼働中
No.2 アクセル・ハンベルク
役職:エネルギー変換學部長。通称『魔力炉人』
詳細:全身を機械に改造した白コートに赤い単眼の男
状態:稼働中
No.3 スコリア・レインハード
役職:魔法薬學部長。通称『爆弾魔』
詳細:全身パンクロック風ファッションの男
状態:稼働中
No.4 グラディエ・エルサ
役職:未来視學部長。通称『易者』
詳細:紫と水色の混じる長髪にフェイスベールをした女
状態:稼働中
No.5 カウレス・テクター
役職:占星學部長。通称『羅針番人』
詳細:深緑のロングコートを纏う銀髪銀髭の紳士
状態:稼働中
No.6 シルト・チャドウィック
役職:魔鉱石學部長。通称『開拓者』
詳細:丸眼鏡にブロンドヘアーの童顔男
状態:稼働中
No.7 ベニトア・アックス
役職:魔導工學部長。通称『機律裁者』
詳細:眼帯をした長い黒髪の女性
状態:稼働中
No.8 ファニー・キンバリー
役職:錬金學部長。通称『微笑む厄災』
詳細:人間観察の好きなベレー帽の少女。年齢不詳
状態:稼働中
No.9 カルロ・トイカン
役職:古典魔法學部長。通称『墓荒らし(ヴァルチャー)』
詳細:天辺の禿げた大魔導士風の老爺
状態:稼働中




