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ラスボス育成観察録  作者: 不破焙
第参號 天稟のエニアグラム
67/68

漆頁目 示される武威

【學園生徒エントリーシート】


①ベリル・コランダム

概要:セグルア一回生。オラクロン大公国から来た特異体質者

自己PR:友達をいっぱい作って學園生活を豊かにしたい

不記載事項:正体は魔物。名前も経歴も一部偽装。セグルアに対して強い敵意を持つ


②アクア・メルディヌス

概要:セグルア一回生。一度學園を卒業済みの『極位階梯』最年少記録保持者

自己PR:友達をいっぱい作って學園生活を豊かにしたい

不記載事項:ベリルの協力者であり、セグルアに対して強い敵意を持つ


③ラルダ・クラック

概要:セグルア一回生。人界最強エルザディア聖騎士団の現団長

自己PR:友達をいっぱい作って學園生活を豊かにしたい

不記載事項:ベリルらの正体を最初から知っている。二人の野望を阻止する事が目的


④エルジェット・セラフィナイト

概要:セグルア二回生。料理が大好き。愛称はエリー

自己PR:友達をいっぱい作って學園生活を豊かにしたい

不記載事項:※当該項目の閲覧制限中


⑤ピネル・ウィリアムス

概要:セグルア一回生。ベリルと仲良くなった女子

自己PR:友達をいっぱい作って學園生活を豊かにしたい

不記載事項:※当該項目の閲覧制限中


⑥オリバー・シンジュ

概要:セグルア四回生。學園が誇る留年王

自己PR:友達をいっぱい作って學園生活を豊かにしたい

不記載事項:※当該項目の閲覧制限中

 〜〜魔導工學部棟・ベニトアの部屋〜〜



 襲撃の少し前。

 ベリルらを半ば強制的に退出させたベニトアは

 乱れる呼吸を整え思考を別の物事に向け直す。

 一人脳内会議の議題は先の連絡橋落橋事件。

 事故では無く事件と判断されたその案件と、

 行方不明となった前政権の重要人物たち。

 ここに繋がりがあると仮定した場合、

 導かれる結論は一つしかない。



(あの列車には學園長が乗っていた……

 狙いはセグルアの支配者、タト・ザ・ナイン)


『――ベニトアっ!』



 脳内会議を妨げる勢いで

 知人の声が魔導通信機から反響する。

 声の主は錬金學部長ファニー・キンバリー。

 緊急事態を報せるホットラインだ。



『正体不明の魔導機構(マシナキア)が飛んで行った!

 学生たちが危ない!』


「来たかッ――!」



 學園を仕切る最上位層の魔法使い九名。

 その内の一人であるベニトアは

 厳重に保管された茶色いアタッシュケースを

 千切るように持ち出し即座に現場へと直行した。

 左眼を覆う黒い眼帯に指を当てながら。



 〜〜〜〜



 襲撃してきたのは異形の魔導機構(マシナキア)四機。

 それぞれが學園の上空から飛来し、

 各々の襲撃ポイントに隕石の如く不時着した。


 ポイントA――『第八連絡通路』。


 學園を円形と見做した時、

 九つの學部はナンバリングに合わせて

 十二時の位置から時計回りに割り当てられる。

 此処はその中でも錬金学部エリアと

 古典魔法學部エリアを繋ぐ、水路に掛かる橋の上。


 襲撃者は無数のパイプから

 大量の白煙を撒き散らす大型の魔導機構(マシナキア)

 大人四人分を超える巨躯を有する、

 四腕二足歩行型の怪物であった。


 ポイントB――『調合実験棟エリア』。


 魔法薬学エリアの中枢。

 背を競うように並ぶ高い建物群の上で

 下半身のみが蛇のようなフォルムをした

 異形の影が起き上がる。


 否、それは無数の小型機構の集合体。

 死肉に群がるハエが如き小人の群れが

 唯一大型の一機に纏わり蛇の尾を模していた。

 そしてそれは、周囲で腰を抜かす生徒に

 一瞥も与えず移動を開始する。


 ポイントC――『試験走行レーン』。


 魔導工學部エリアでは

 学生の作った試作機を試運転出来るほどの

 広大なスペースが容易されている。

 それがここ試験走行レーン。

 芝に囲まれた黒い道の左右に看板が並び、

 油の匂いが染み込んだ風が吹く。


 だが今その上を走っているのは

 八本脚を駆動させる蜘蛛のような怪物。

 火花が出るほどギアを回転させて

 蒸気を吹かして加速している。


 ポイントD――『中央魔導炉塔』。


 學園の中心地には一際高い塔がある。

 それはどのエリアも属さない中立地であり

 學園長タトを含めた學園運営側の人間が

 多くの時間を過ごす心臓部。


 そんな塔の外周を巨大な翼竜が旋回する。

 模した生物の性格をそのまま真似るように

 獰猛な咆哮を長いくちばしの狭間から

 何度も何度も爆ぜさせる。

 が――



「エルザディア聖剣術!」



 そんな翼竜の背に

 緑の彗星が剣を突き立てた。



「聖断のブレイブ・フォール!」



 異変を察知した聖騎士団長ラルダが

 即座に行動に移って敵を斬る。

 機械故に失血による絶命こそ無いが、

 翼竜は確実な損傷を負って

 塔の外壁を削りながら落下していった。

 そんな敵の姿を程々に見送ると、

 建物の装飾に身を預けて

 ラルダは高所より戦況を分析した。



(他にも襲撃……! 狙いは學園への攻撃?)



 余所に意識を向けていた彼女の真横を、

 復帰した翼竜が飛び去った。

 その突風は最早衝撃波のようで

 溜まらず彼女の体は吹き飛び

 ガラスを突き破って塔内に押し込まれる。

 だが勿論、それで傷つく彼女ではない。



(っ……思ったより凶悪。優先して墜とす!)



 割れた窓ガラスから再び外に飛び出すと、

 彼女は躊躇なく自由落下に身を預ける。

 翼竜にとってそれは無防備な餌。

 旋回し、鋭いくちばしの突進を

 浴びせない理由がない。

 そしてそれこそがラルダの狙い。

 自身へ迫る敵を見据え、

 彼女は光の粒子より取り出した弓を引く。



(他は、()()()()()に任せよう)



 ~~~~



 整備場の無骨な屋根を飛び越えて

 眼帯を示す青い魔女が

 サーキットを駆ける大型蜘蛛に飛び掛かる。

 空中でアタッシュケースの封印を解除すると

 彼女は同時にとっておきの奥義も発動した。



「終極術式『神託機械(オラクルマシン)』ッ!」



 セグルア・マギアにおける卒業要件の一つ。

 學学部の最終奥義『終極術式』。

 その分野のトップである學部長たちは全員、

 自身の學部における秘奥を習得済みである。


 そして、魔導工學部長ベニトア・アックスは

 その中でも特に奥義発動に躊躇が無い。

 何故なら彼女のアタッシュケースが

 奥義の使用に掛かる莫大な魔力コストを

 踏み倒してくれるから。


 秘奥によって生み出された鋼の棺が

 ベニトアの持つアタッシュケースと共鳴し

 魔法力による回路を繋ぐ。

 直後、機械の鞄は大きく変形を始め

 遂には両手で担ぐ必要がある程の

 巨大で無骨な回転ノコギリへと変化した。



「起きて『インダスティナ』。ご飯の時間だよ!」



 落下の速度を加えて、

 回転する円形の刃が蜘蛛の脚を断つ。

 試験場を爆走していた怪物は態勢を崩し、

 勢いを殺し切れず外壁へと激突する。

 と同時に蜘蛛は撤退を選択し壁を這いあがる。

 が――



「逃がす訳ないでしょう。馬鹿ですか?」



 冷徹な鋼の魔女は見逃さない。

 彼女は遠方へと離れたその敵に対して、

 眼帯の下に隠していた魔眼の力を行使した。



「『涙還の魔眼(ティア・ロールバック)』」



 青き瞳に浮かぶは『逆滴紋』。

 滴る涙が上に落ちる不思議な紋様。

 それが表すのは魔眼の特性。

 彼女の瞳は『事象の巻き戻し』を引き起こす。


 発動条件は損傷。加害者は不問。

 何かしらの傷を負った対象の時間を

 注ぐ魔力量に応じた分だけ巻き戻す。

 例えば今回で言えば蜘蛛に与えた傷は消え、

 標的は再びベニトアの眼前に引きずり戻される。



「ごめん遊ばせ。今度は仕留めてあげる――」



 不可思議な事象を体験した者は

 例えそれが感情無き機械であっても混乱する。

 回転ノコギリを構えた魔女が懐に居るのに、

 無防備な腹を晒すしかない。



「喰らいなさい! 『インダスティナ』!!」



 火花散る回転ノコギリの歯が、

 蜘蛛の腹を掻っ捌いて貫き穿つ。

 配管や油がまるで血や血管のように噴き出し、

 背の高いベニトアの体に降り注ぐ。

 機構として絶命したその怪物の死肉の上で、

 九人居る學長のうち一番の新人である彼女は

 ややヒステリックな吐息を漏らす。



「汚れた、最悪、なんなのもう!」



 ~~~~



「ええぃ! 新参者めがぁぁ……!」



 余裕綽々なベニトアとは違い、

 脂汗を流す學部長が此処に一人。

 ポイントA『第八連絡通路』にて

 白煙ごと四腕の異形を

 結界内に封じ込めていたのは

 紫ローブに禿げた頭の老魔法使い。


 古典魔法學部長カルロ・トイカンである。

 彼は敵が暴れる結界の維持に力を割きつつ

 地面にチョークで魔法陣を書いていた。

 そんな彼の周囲には野次馬の生徒が多数。



「トイカン(じい)! 何やってんだよ早く倒せ!」


「今魔法陣を書いとるだろ黙っとれッ!」


「普段自慢してる魔法具とか使えばいいじゃん!?」


「バッカお前!? あれいくらすると思っとる!」


「いい加減術式の機械化しろよ老害!」


「誰だ今言った奴殺すぞガキァッ!!」



 喚き散らして集中力が切れたが故か、

 或いは元から耐久力の限界だったか、

 四腕の異形が遂に結界を突き破り、

 同時に腕を突き出しエネルギーを溜める。

 自身を砲塔に見立てた魔力攻撃だ。


 が、丁度それは老魔道士の魔法陣が

 完成したタイミングだったようで、

 滝のように長いヒゲを引きずる男もまた

 敵に向けて複雑な印を結ぶ。



「ふんっ! 終いだ『ヘルフレア』ッ!」



 しかし魔法陣からは「ぱふっ」という

 気の抜けた音が鳴ったのみ。

 彼の魔法は不発に終わる。



「あ、いかん。ここの記述を間違えてた」


「「ボケ老人ッ!」」



 莫大なエネルギーを有する砲撃が、

 トイカンたちに向けて解き放たれた。

 ――瞬間、全てを塵と化すその光の中に、

 割って入った人影が飛び込んだ。

 それは白いフードをした鋼鉄の男。

 効率のために自らの全身を機械化した、

 古い価値観のトイカンとは真逆の魔道士。



「「ハンベルク學部長!」」


「援軍である。トイカン古典魔法學部長殿」


「ふんっ! もうお前さんに譲ってやるわい!」


「む? では遠慮なく手柄は貰うぞ」



 光線が直撃しつつも

 悠長に会話を続けていたハンベルクは、

 高出力なレーザーの中で鋼鉄の腕で輪を描く。

 その軌跡には緑色の光の膜が形成され、

 次第に敵の攻撃を飲み込んでいく。



「我がエネルギー変換學の真骨頂は魔力の再利用(リサイクル)

 効率化こそ我が研究の果てと知れ」



 飲み込んだ魔力の激流を

 機械人は腕の回転と共に己が力に変える。

 そして自らの魔力と混ぜ込み、練り直して、

 続く第二射にも負けない光線として撃ち返す。


 両者の攻撃は真正面から衝突し、

 大地と空に亀裂を生んだ。

 そうして決裂した互いの魔力は爆煙を生み、

 元々敵の蒸かしていた煙と混ざって

 より一層視界を白く埋め尽くす。


 敵機はそれを見て即座に

 感覚器を魔力検知モードに切り替える。

 元々この機体の設計コンセプトはこの状態。

 白煙の目くらましで相手を混乱させた上で

 自分だけが特殊なレーダーで敵を補足する。

 がしかし、今回ばかりは相手が悪かった。


 四腕二足の魔導機構(マシナキア)は、

 この状況に特化したはずのその探知機は、

 ハンベルクの姿を完全に見失う。



「ガキ共復習だ。魔法の優劣を決める三要素は?」


「魔力総量、魔力出力、魔力効率です」


「ふんっ! 中でも極めると面白いのは魔力効率だ」



 正解に僅かな賞賛の言葉を添える事もせず、

 トイカンはこの場に見出した学習機会を逃さず

 生徒たちに必要な解説を添えた。


 魔力効率。例えるなら――水道の質。


 効率が高ければ高いほど

 消費する魔力の無駄は少なくなり、

 同じ魔力量、魔力出力の者が術を発動しても

 威力や総量の減衰に差が生じる。


 では、浪費した魔力はどこへ行くのか?

 優秀な学生の回答:その辺に残滓として散らばる

 偏屈老教授の返答:ふんッ!

 およそ肯定とは思えない肯定が結論を示す。


 魔力は漏れる。漏れ出てしまう。

 術の発動前には僅かな「揺れ」となって、

 術の発動後には散らばる「残滓」となって。

 それは魔術理論における常識。

 どんな魔法使いでも魔力の残滓や揺れはある。

 何故なら魔力効率百パーセントの生き物は

 この自然界に存在しないから。



「裏を返せば魔力効率が百パーセントの者は

 魔力の残滓も術の発動前に起きる揺れも無い

 つまりは――」



 白煙の中から、

 それよりは幾らか荒んだ白コートに

 包まれた無骨な機械の腕が伸びる。

 エネルギー変換學部長アクセル・ハンベルク。

 彼は自己改造にて魔力効率、

 前人未到の百パーセントを達成した狂人。

 そして――



「――魔法戦における『透明(ステルス)』人間だ」



 接近音で存在に気付かれた時には既に

 隙だらけな敵機の横腹にハンベルクの拳が触れた。

 数にして、二十と八発。掛かった時間は二秒弱。

 そこから更に遅れる事、一秒半。

 壊された事に遅れて気が付いたかのように、

 敵機の上半身に亀裂が走り、やがて砕け爆ぜる。



「敵性個体、撃破である」



 ~~~



 各地の襲撃は居合わせた強者たちによって

 確実に解決へと向かっていた。

 ポイントD、中央魔導炉塔における戦いも、

 既にラルダが翼竜の首を落とした事で

 危なげなく終結していた。


 残る侵入者はポイントBより移動した

 蛇人間型の不気味な魔導機構(マシナキア)

 それは学び舎の屋根を飛び越え、

 学生たちの頭上を飛び越えて、

 魔法戦術學部エリアのベリルたちと接触した。



「ッ!? アクア!」



 咄嗟に促す回避の指示に

 青髪の少年はやや遅れて従った。

 間髪容れず鋭く差し込む敵機の剛腕が

 彼の居た場所に大穴をブチ空ける。


 後方へ飛び退いたアクアは

 すかさず反撃の魔法攻撃を撃ち放つが、

 平時故に大した武装も無い彼の攻撃では

 素早い蛇人間に当てる事は困難。

 蛇人間は尾を形成していた無数の人形を

 一度散開させる事で完璧に回避する。


 そして四方を建物に囲まれた空間に

 佇む二人の少年たちを見下ろすように

 その屋根の上で再び人形を集合させた。



(なにあれ? 魔物みたいな動き

 どんな制御式書けばあんな動きになるの?)


「凄いなあの魔導機構(マシナキア)の動きっ……」


(!? アクアも手放しで褒めるレベルか)


「尾の奴らが人型である意味がまるでない!」


「あそっち!?」


「なんて無駄なデザイン、とても真似できない!」


「褒めるテンションで凄い貶すじゃん……」



 だが、とアクアは声のトーンを落とす。

 蛇人間の魔導機構(マシナキア)を前に彼は

 とある一機の戦闘用兵器を思い出していた。

 彼が想起していたのは帝国万博に居た機体。

 自陣営として運用していた、元魔王軍四天王。



「ジプサムと同じ、魔物の改造型じゃないか?」


「――!」



 あの時ベリルはジプサムと遭遇はしなかったが、

 残骸はセルスが回収したので

 その後知識として知る機会はあった。

 人間に改造された、同族の骸の成れの果て。



「ッ!!」



 怒りが判断を狂わせる。

 理性のストッパーを振り切って

 彼に隠すべき黒翼の使用を認めさせた。

 幸いにしてこの場に人気は少ない。

 だがアクアはそんなベリルの短慮に

 動揺せずにはいられなかった。



「なっ!? 馬鹿お前が戦う必要は……!

 いやこうなったらさっさと潰せ!」


(言われずとも、これ以上弄ばせない!)



 黒翼を剣に変えるべく、

 愛用の折れたナイフを取り出した。

 今は亡きシェナの遺品。

 同時に、彼女の死に様を思い出す。


 ヴェルデに殺害され、

 血みどろの姿で壁に磔にされて、

 民衆たちに晒されてしまったあの姿を。



「これ以上、魔物(ぼくら)を穢すな!」



 刃を形成した天魔は

 すれ違いざまに素早く敵機の肩を斬る。

 しかし鋼鉄の体を損傷させるには

 やや火力が足りなかったようで、

 甲高い音と火花を散らすのみばかりで

 ベリルの攻撃は致命には至らない。


 それどころか、

 尾から飛び出た人形の奇襲に遭って

 彼は敵の居る屋上に叩き落とされてしまう。



(威力が足りない……! 僕の、火力……!)



 援護を目論むアクアは

 屋上を目指して建物内を駆け上がるが、

 恐らく到達にもう幾何かの時間を要する事は

 今の焦燥仕切った脳でも想像に難くない。


 そして焦ってしまったが最後、

 予想外な動きの得意な蛇人間の尾は、

 それを形成する無数の人型は、

 同時にベリルへと飛び掛かって

 彼を拘束する枷、或いは檻となる。



「しまっ!?」



 直後、本体の機構に変化が生じる。

 腕から明らかに危険な巨大刃が突出したのだ。

 それは機械にはないはずの明確な殺意を以て

 天魔の小さな胴を狙って差し向けられる。

 機構の全推進力を乗せた、刺突であった。



「――天輪、灼火、果て亡き否定」



 ベリルは最高火力の行使を決める。

 だがそれは同時に彼にとっての敗北宣言。

 致命的なデメリットを有するこの技を

 使わされたという屈辱の証。



「っ……! 閉眼(クローズド)・『ロストワン』!」



 捨てたのは――■■■との想い出。

 爆ぜる魔力が、迫る刃を真正面から打ち砕く。

 衝撃波は容易に周囲の人形を吹き飛ばし、

 敵本体にも大きな損傷を与えて

 鉄柵に叩きつけられるまで後退させた。


 それは今の彼が出せる最強の技。

 脱力した少年からは翼も消え去り、

 そのまま硬い床に膝を突く。

 が――



「嘘、でしょ」



 当たり所が悪かったのか、

 敵本体は片腕を欠損しつつも再起した。

 そして散らばった人形たちを周囲に集め、

 今度は胸に高エネルギーを集めて宙に浮かぶ。

 恐らくはまた別の大技の発動準備だ。



(っ! もう一回、もう一回! 撃たな――)



 ――もう撃ちたくない。



(っ……!)



 湧き上がる本音が判断を鈍らせた。

 そしてその時には既に

 敵機の大技は彼に向けて解き放たれていた。



「やれやれ、あと一歩遅ければ危なかった」



 歳を食った男の声が響くと同時に、

 敵本体の放った攻撃が可笑しな軌道で逸れた。

 この事実に再計算を走らせる機械の頭部に

 直後、大柄な男の蹴りが打ち込まれる。


 現れたのは、緑のコートの白毛の紳士。

 占星學部長カウレス・テクターであった。

 そして彼が着地するのとほぼ同時に、

 アクアもようやく屋上まで辿り着いた。



「ベリル!」


「……ほう。君が噂のベリル君かい」


「テクター教授!? なんでアンタが?」


「相変わらず下品な言葉遣いだねメルディヌス

 學園の窮地に動くのは學部長の義務だよ」


(テクター? たしか占星學部の……)



 ベリルが教師の姿を認識した時、

 同時に彼の視界に今なお動く敵の姿が映る。

 敵機は既に狙いをテクターに切り替え、

 無数の人形と共に強襲を仕掛けていた。



「――危ない!?」


「ほ! 機械の集合体でしたか

 これは何とも――」


「ッ! 逃げるぞベリル!」



 緑の紳士が迫る機械の群れに

 そっと手をかざした時、

 アクアはこの世の終わりのように青ざめた。

 そしてほとんど本能的に駆け出すと、

 惜しみなく機械の腕を起動し

 ベリルを拾い上げて屋上から飛び出した。



「アクアっ!? 何を!?」


「いいから離れろ! 巻き込まれるぞ!」


(何を言って――っ!?)



 視線を再び教授に向けた時、

 ベリルは自身の眼を心の底から疑った。

 空間は歪み、紳士の手を中心に黒き渦を描き、

 その中へと敵機が次々に飲み込まれていく。

 辛うじて耳に届いたのは、

 不敵な笑みを浮かべるテクターの言葉。



「疑似ブラックホール――『星喰(スターヴォア)』」



 無数の集合体はそのまま

 超重力の渦に呑まれて消滅した。

 その鮮明で黒き『死』の具現を、

 ベリルは視界から外れるまでずっと

 己の目に焼き付けるのだった。



 ~~~~



「おや? 気付けば二人とも居なくなってる」



 敵を一掃したテクターは

 ようやくベリルたちの消失に気が付いた。

 どうやら戦線離脱と同時に

 そのまま彼方へと走り去ったようで、

 現場には激しい戦闘の傷跡が残るのみ。



「やりすぎなのよね。テクター」


「これはこれはミス・エルサ

 残念ながら貴女の出番はありませんよ」


「そう、残念なのよね」



 黒いフェイスベールの下に笑みを浮かべ、

 奇抜な紫と緑の長髪を携えた魔女は屈む。

 僅かに残った敵機の残骸を拾い上げ、

 苦笑しつつそれを同僚に投げ渡す。



「これじゃあ調査、出来ないのよね?」


「むっ……なるほど確かに、やりすぎたようだ」


「気を付けるのよ。これはまだ威力偵察」


「……貴女の『未来視』は、そう警告を?」


「いいえ。これは私の勘」



 未来視學部長グラディエ・エルサは

 立ち上がると同時にくるりと回り、

 両手を広げ、また笑う。



「今年の學園祭は、気を付けなきゃなのよね」



 ~~同時刻・學園外~~



「おい、おいおいおいマジか!?」



 褐色に白髪の、

 気合の入った剃り込み男が声を漏らす。

 手にした双眼鏡をわなわなと震わせ、

 送り込んだ四機の敗北に動揺する。



「學部長一人も削れてねぇじゃんか!

 あの野郎、過大評価し過ぎだろ……!」



 男の腰には美しい銀の短剣。

 あまりにも似つかわしくないそれに

 そっと手を伸ばして平静を取り戻すと、

 彼はその場を離れつつ更に思考を走らせる。



(いやもしくは……こうなるのも想定内?

 だとしても目的は? 何を得られた?)



 男は切れ者だった。

 目の前の事実から違和感を感じ取れるだけの

 確かな嗅覚を持っていた。

 がしかし、結論を導けるだけの知恵はない。



「あークソ! 権力者はいっつもこうだ!

 現場の奴を道具か何かだと思ってやがる!」



 悪態をつく。悪態をついて道に痰を吐く。

 いくら頭を悩ませても分からないので

 男は諦めて予定通りに動く事にした。



「いいよぉ? なら道具として働いてやろうじゃん

 エックスデーは三ヶ月後――『星灯祭』!」



 男は覚悟の決まった邪悪な笑みを

 黒いマスクの下に隠して仕舞う。

 それを再び公にするのは三ヶ月後。

 そう決め込むかのように、

 彼は地下街へと続く昇降機に乗り込んだ。



 ~~~~



 謎の襲撃から数週間後。

 學園は何の異変もなく運営され続ける。

 無論襲撃犯の調査は行われているが、

 少なくとも學園側からの

 明確な発表は特に行われていなかった。


 が、やはり無視できる物ではない。

 學園へ敵意を持つ者の存在を、

 何より改造された魔物を使う存在を。



『――ベリル居るか? 俺だ』


「あぁアクア。なんか用?」


『手伝って欲しい。ちょっと来てくれ』


「……しょうがないなぁ」



 寮生ベリルは

 極めてラフな恰好で部屋を出る。

 そして扉の前で腕を組む共犯者に

 グッと親指を立てて見せた。



「これで良かったのか?」


「うん完璧。上手くギドの結晶を

 部屋に()()()()()出られたよ」


「結晶?」


「いつもつけてろって言われたアクセサリー

 ……多分、盗聴器かなんか」


「ほー、過保護な親だこと」


「……僕の親は、もういないよ」



 それが育ての親の事を指すのか、

 生みの親の事を指すのか、

 又聞きでの情報しか知らないアクアには

 判別するのは非常に困難であった。

 だが唯一理解できるのは、

 目の前の孤児が心底寂しそうだという事。



「この前の襲撃。ロストワンで何消した?」


「覚えてないよ。消したんだから

 でも確か――凄く楽しかった記憶だった」


「!? ……いいのか?」


「良くはない。だからもっと気を付けなきゃ」



 廊下を並んで歩く時、

 普段二人の歩幅はあまり合わない。

 ベリルの身長がとても細やかだから。

 しかしこの瞬間だけは合っていた。

 吹き出て収まらない同情心が

 アクアの歩くペースを乱したから。



「それよりも! 今日こそ教えてよね」


「ん?」


「機械化された魔物の事!

 アクアも持ってたじゃん、万博の時」


「あぁ、そうだな。ならついて来い」



 二人はそのまま學園を飛び出し、

 都市の中をまっすぐ外周に向けて進む。

 しかし目指しているのは外ではない。

 モノレールを途中下車して辿り着いたのは

 下層へと続く昇降機の待機所。



「俺があれを()()()のは、この下だ」


「……ここって!」



 其処は魔導大国セグルアにおける闇。

 競争社会が生んだ脱落者の澱。

 廃品が山を成し、貧困が充満する灰の世界。

 魔導大国首都アルカナシティ。

 その地下に広がるもう一つのセグルア。



「便宜上は鉱山地区。実態は、地下貧民街だ」




【セグルア・マギア教職員名簿】


No.1 アンデ・シン

役職:魔法戦術學部長。通称『暴君タイラント

詳細:へそ出しインナーと分厚いジャケットな桃髪の美女

状態:稼働中


No.2 アクセル・ハンベルク

役職:エネルギー変換學部長。通称『魔力炉人マナファーネス

詳細:全身を機械に改造した白コートに赤い単眼の男

状態:稼働中


No.3 スコリア・レインハード

役職:魔法薬學部長。通称『爆弾魔コンパウンダー

詳細:全身パンクロック風ファッションの男

状態:稼働中


No.4 グラディエ・エルサ

役職:未来視學部長。通称『易者トリックスター

詳細:紫と水色の混じる長髪にフェイスベールをした女

状態:稼働中


No.5 カウレス・テクター

役職:占星學部長。通称『羅針番人コンパス

詳細:深緑のロングコートを纏う銀髪銀髭の紳士

状態:稼働中


No.6 シルト・チャドウィック

役職:魔鉱石學部長。通称『開拓者アトラス

詳細:丸眼鏡にブロンドヘアーの童顔男

状態:稼働中


No.7 ベニトア・アックス

役職:魔導工學部長。通称『機律裁者エグゼキューター

詳細:眼帯をした長い黒髪の女性

状態:稼働中


No.8 ファニー・キンバリー

役職:錬金學部長。通称『微笑む厄災ミニ・カラミティ

詳細:人間観察の好きなベレー帽の少女。年齢不詳

状態:稼働中


No.9 カルロ・トイカン

役職:古典魔法學部長。通称『墓荒らし(ヴァルチャー)』

詳細:天辺の禿げた大魔導士風の老爺

状態:稼働中

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