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ラスボス育成観察録  作者: 不破焙
第参號 天稟のエニアグラム
68/68

捌頁目 秘密の隠れ家

【學園生徒エントリーシート】


①ベリル・コランダム

概要:セグルア一回生。オラクロン大公国から来た特異体質者

自己PR:友達をいっぱい作って學園生活を豊かにしたい

不記載事項:正体は魔物。名前も経歴も一部偽装。セグルアに対して強い敵意を持つ


②アクア・メルディヌス

概要:セグルア一回生。一度學園を卒業済みの『極位階梯』最年少記録保持者

自己PR:友達をいっぱい作って學園生活を豊かにしたい

不記載事項:ベリルの協力者であり、セグルアに対して強い敵意を持つ


③ラルダ・クラック

概要:セグルア一回生。人界最強エルザディア聖騎士団の現団長

自己PR:友達をいっぱい作って學園生活を豊かにしたい

不記載事項:ベリルらの正体を最初から知っている。二人の野望を阻止する事が目的


④エルジェット・セラフィナイト

概要:セグルア二回生。料理が大好き。愛称はエリー

自己PR:友達をいっぱい作って學園生活を豊かにしたい

不記載事項:※当該項目の閲覧制限中


⑤ピネル・ウィリアムス

概要:セグルア一回生。ベリルと仲良くなった女子

自己PR:友達をいっぱい作って學園生活を豊かにしたい

不記載事項:※当該項目の閲覧制限中


⑥オリバー・シンジュ

概要:セグルア四回生。學園が誇る留年王

自己PR:友達をいっぱい作って學園生活を豊かにしたい

不記載事項:※当該項目の閲覧制限中

 〜〜とある実験記録・No51〜〜



 記録者∶セグルア・マギア第■■■期生。

 ■■■・■■■■■■(卒業済み)。

 記録開始――


 先日発見した魔力の周波数は使い過ぎると

 他の魔法具にも悪影響を及ぼす事が判明したため、

 担当教授により使用が制限された。

 音に魔力を乗せる。いい発想だっただけに残念だ。


 しかし初期構想が否定された訳では無い。

 こういったものはトライアンドエラー。

 まだまだ開発は初期段階。

 紙の上に妄想を綴っていた頃よりは

 遥かに進歩していると言えるだろう。


 いけない。これではまた感想欄。

 担当教授に苦言を言われてしまう。

 ひとまず今後試す予定のいくつかの周波数。

 その結果予想でもまとめておこう。

 だって現状他に書くこと無いし。

 週二ペースの定期報告は絶対いらない。


 添付データ【検証予定の魔力の周波数】


 欲しい物は『脳』と『声』。

 まずは『声』の方から躙り寄る。


 ――記録終了。



 〜〜現在・地下貧民街〜〜



 地下へと続く昇降機を降り、

 煤と脂、そしてギアの音が響く地下空間に

 ベリルとアクアは乗り込んだ。

 外から差し込む光はごく僅かで、

 光源のほとんどは魔法石か原始的な火の街灯。


 されど世界有数の技術大国の地下。

 それも便宜上は鉱脈という事もあってか

 上空には空中のレールを運搬用トロッコが走り、

 そしてその下には地上より廃棄されたと思しき

 大量の機構が山積みとなっていた。



(大量の廃品。よくモルガナが運んでたな……)


「着いたぜ。ここだ」


「! 早いね。……けどここって?」


「廃棄された、持ち主不明の研究室だ」



 彼らが地下に来た目的は

 機械化された魔物の出処を知るため。

 アクアがかつて盗んだというそれらが

 どこで造られたのかを知るためであった。


 当然、ベリルはその製作者の輪郭として

 大規模な組織を想定していた。

 きっと人類全体の大規模プロジェクトとして

 各国が共同で実験しているのだ、と。

 そうであって欲しいとすら思っていた。


 がしかし、

 連れて来られた施設は貧弱にして貧相。

 埃を被った廃材の上には大きな蜘蛛の巣。

 とても国が運営しているようには見えなかった。



「……もしかして、個人の制作物?」


「流石、理解が早いな。俺も同じ推測だ

 魔物の遺体は今でも闇市で稀に流れるらしい

 聖騎士団が禁止してはいるんだが……」


「マニアには売れるんだ。悪趣味」


「……ああ。本当にタチの悪い趣味だ」



 ベリルの顔色を伺いながら、

 アクアはそのように吐いてみせた。

 魔物の仔の手前、当時は孤軍だった故とはいえ

 自分もその悪趣味な兵器を利用した事実に

 後ろめたさを感じていたからだ。

 しかし当のベリルは気にも留めない様子で

 廃材に手を当てじっくりと考え込んでいた。



「ねぇアクア?」


「お、おう! どうした?」


「あの機械化魔物が個人の趣味だとしてさ

 ――製作者の技術力はどれ程かな?」


「個人の趣味であのレベル。製作者は腕が立つ

 それこそタトや九人の學部長級の機械技師だ」


「……だよね」



 この瞬間、ベリルの脳裏を様々な考察が過ぎる。

 どこか確信めいたアクアの発言に背を押され、

 學園に落ちる不穏な影を認識したのだ。



「學園内に、學園を攻撃している奴がいる?」


「入学式の列車爆破……いや連絡橋爆破だったか

 ともかくその件も今回の襲撃も明確な敵意だ」


「邪魔なら排除しなきゃだね」


「共闘の線はないのか?」


「便乗はあるけど、共闘は嫌かな

 魔物を兵器して弄ぶような奴とは」


「そっか……」



 自分も利用した側なんだがな、という台詞を

 アクアは冗談でも口には出来なかった。

 それほどまでにこの研究室に入った時から

 ベリルの醸し出す雰囲気は冷たく不気味。

 他にめぼしい物も特になさそうなので

 青髪の青年は逃げるように退出を促した。



「そういえばさぁ

 アクアはどうやってここを見つけたの?」


「路地裏とか抜け道に詳しい知り合いがいてな

 兵器類の持ち出しもそいつのルートを使った」


「大人?」


「うーん、年齢でいえばイエスなんだが……」



 どこか申し訳なさそうに

 歯切れ悪くアクアは後頭部を掻きむしる。

 だがその時、二人を呼び止める声が響いた。

 比較的若い女性の、甲高い声。

 しかしラルダではない。

 もっと無害で一切の警戒心もない声。



「あっれー? ベリル君たちじゃーん!」


「――! エリー、先輩」



 黄色いカーディガンの袖を指先で握り、

 分厚い古書を胸に押し当て手を振っていたのは

 元シェナの親友にして彼らの先輩。

 エルジェット・セラフィナイトであった。



 ~~同時刻・學園内カフェ『ブラス・ケトル』~~



「はぁ……」


「どうしたんすかラルダ団長?

 そんな溜め息なんか吐いて?」


「いや、なんでも――」


「まるで恋する乙女が今日は意中の彼を

 まだ見てなくて落ち込んでるーみたいな感じで」


「な!? ななな何を言って馬鹿じゃないの!?」


「え、いや……適当こいただけっす

 すんません。まさかこんな怒られるとは……」


(適当に言っただけかい!)



 吐き出しそうな本音をぐっと飲み込み、

 ラルダは内心を巡る

 無数の言い訳と共に席に着く。

 魔法結界付きの一室『静寂席』。

 予約制の集中スペースは聖騎士団にとっては

 秘密の会合をするのに打ってつけの場所。

 ただし今は、一人だけ揃っていない。



「レオナルド。アイリスはまだなの?

 定期連絡を済ませてしまいたんだけど?」


「変っすね、講義はないはずなんですが……」


「――遅れて申し訳ないのです!」


「遅いぞリッシ―。何してたんだ?」


「申し訳ないのです。臨時講師の方に

 分かんない所を教えて貰ってたのです!」


「臨時講師?」


「はい! とっても紳士的な方なのです

 お陰様でホラ! これ見てください!」



 そう言って小柄な女騎士が魅せたのは

 あまりにも細い左の手首。

 より正確に言えば、そこに巻かれた装置。



「ようやく『理解深度(ラティオデプス)』がニ十点超えたのです!」



 卒業要件の一つ――『理解深度(ラティオデプス)』。

 文字通り学業への理解度を計測するこの機器は

 数値が百点を超えればその時点で卒業可能。

 セグルアの学生たちにとっては

 定期考査と同等、或いはそれ以上に

 重要な要素である事に間違いはない。が――



「「へー、良かったね」」


「反応薄いのです!?」


「私それの存在忘れてた」


「俺は点数の低さに呆れてる

 もう一回生も後期に入ったぜ?」


「遅れてたからその分喜んでるんですー!

 てかレオは今何点なのです!?」


「三十八点」


「ぐっ、ラルダ団長は?」


「えーっとねぇ?」



 鞄の奥底に仕舞いこんでいた機器を

 ラルダは久しぶりに装着する。

 そして表示された数値を見て

 途端に全身が硬直した。



「十……三点」


「ててて点数なんて関係ないのです!

 ね? レオ!」


「お、おう! これからっすよ!」


(気を遣われた、この私が!?)



 これまで聖騎士団長として、

 圧倒的な優等生をこなして来た彼女にとって、

 それは初めての敗北とも呼べる体験だった。

 またそんな彼女をフォローすべく、

 レオナルドは咄嗟に外の一団を指さした。



「あ、ホラ! 丁度外にいる人たちが

 確か高得点者組っすよ!」


「ナイスなのです! コツとか聞けるんじゃ?」


(コツか……確かにそれもありかも?)



 ラルダは店内にいたままで

 読唇術により彼らの会話を聞いてみる。

 その言葉の羅列を己の脳内で文字に起こした。



『三光破裂の純分裂って不動性?』

『パ―ミッションのディストーションがイグニッション』

『猿沼のプレプ霊は成聯よりパフいって事だな』



 一つも理解できなかった。

 その時彼女の脳裏を過ったのはある通説。

 IQが二十違うと会話が成り立たない。

 ラルダは突き動かされるように席を立つ。



「ど、どちらへ?」


「帰って勉強するぅ!」



 焦りが更に背中を押して

 駆け足の少女は自分の寮へと帰っていった。

 幸いなのはあまりにも素早い転身だったので

 身内に涙目だったのを隠せた事だろう。



(私ってこんな馬鹿だったっけ……

 てか……ベリルたちは今何点なんだろう?)



 ~~~~



「俺? 四十二点」



 そう言ってアクアが

 手首をデバイスを見せびらかす。

 丁度地下街組でも同様の話題が出ていたのだ。

 最初にこの話題を出したのは他ならぬエリー。

 後輩相手に先輩風吹かせようとしたのだ。



「既に私より高い!?」



 その浅はかな目論見は失敗に終わったようだ。



「仕方ないでしょ

 アクアは一度卒業までこぎつけてる訳だし」


「そ、そういうベリル君はどうなの?」


「分かんない。邪魔だから置いて来た」


「えー勿体ない!

 あれ学生証の役割も兼ねてるんだから!

 外のお店で割引して貰えないよ?」


(そんな効果あったんだ)



 エリーと共に進む道は、

 同じ地下貧民街と言えども

 先程までの廃棄された研究室のあった場所とは

 明らかに雰囲気の異なる場所だった。


 地下にしては広い道の左右には露店が並び、

 悪態を吐きながらも店員と客とが取引を行う。

 治安が良いとは口が裂けても言えないが、

 それでも學園都市に対する反感だとか

 学生に対する害意のような物は感じ取れない。

 むしろ――



「よぉエリー。また講義抜け出してきたのか?」


「抜け出した事ないですー!

 滅茶苦茶真面目にやってますー!」


「真面目にやって一年目からダブってんのか?

 可哀想だからこのリンゴやるよ」


「黙りなー? リンゴは貰うよ」


「おーセラフィナイト。丁度良かった

 學祭の要綱持ってたらちょっと見せてくれ」


「んー。ちょぉっと待っててよー?」



 地下街の人間は学生に対して寛容だった。

 エリーが特別親しまれているのかもしれないが、

 少なくとも彼女の傍にいる間は

 ベリルたちにも奇異の眼は向けられない。



(貧民街っていうから、もっと荒れてるのかと)


(場所にもよるけどな? ここは綺麗な方だ

 まあでも確かに大部分は友好的だろう)


(なら襲撃者は地下街の人じゃなさそうだね)



 可能性としては低くなった。

 それだけでも十分な収穫といえよう。

 何故ならオラクロン大公国にて

 特殊部隊員としての経験が豊富なベリルには

 この先の展開がある程度予見出来たから。


 先日の襲撃が、

 ただの『威力偵察』だと分かっていたから。



(今後はこの地下街を集合地点にしない?)


(――! この先、俺らの接触が困難になる?)


(話が早くて助かるよ。その可能性もある)



 先の襲撃が學園側の動きを把握する威力偵察なら、

 その情報を元にした『本命』が続くはずだ。

 學園に籍を置く以上、当然ベリルらも

 その大攻勢に巻き込まれるのは必定。

 咄嗟に情報共有や合流をしたくとも

 連絡が取り合えない状況が生まれかねない。


 その対策として事前に

 有事の際の集合地点を決めるのは悪くない。



(ラルダにも狙われてるしね……

 彼女が知らない『秘密基地』が欲しい)


(良いね。確かにそれは必要だ

 が、地下街というのはちょっと広すぎるな)


(さっきの研究室は?)


(襲撃者が場所を知ってる。避けたい)


(そっか……)


「ちょっと二人とも~置いてかないでー!」



 上手くまとまらなかった会議を

 再びエリーの気の抜ける高い声が遮った。

 置いて行ったつもりなど更々なかったが、

 どうやらエリーには早過ぎたようだ。



「足遅いっすね先輩」


「運動用の服じゃないからですー!

 あとごめん、私こっちに用があるから!」


「あぁじゃあ、お疲れ様で――」


「バッカヤロー!」



 不意の拳がベリルの腹を穿つ。

 あまりにも予測困難で、

 かつあまりにも弱っちい拳が

 硬い腹筋にぶち当たりエリーは手を痛めた。



「ふっ、やるじゃんか……」


「いやなんで殴ったんです?」


「良いじゃんついて来てよー?

 女の子一人で地下街は危ないんだぞー?」


「「街の人と仲良かったですよね?」」


「住民以外にも危ないのがいるんですー!

 古本屋にこの本返しにいくだけだから!」


「随分と年季の入った本っすね?」



 古書に興味を示したアクアに覗き込まれ、

 エリーは自慢するように解説を始めた。

 曰くそれは古の料理をまとめた辞典だそうで

 今回の學祭にて振舞う予定だという。



「學祭前なのに本返すんすか?」


「返してまたすぐ借りるの

 骨董品は借りられる期間決まってるから」


「あー、學園の図書館使わないのはそれで?」


「そ! 利用者少ないと独占しても怒られない

 なによりあそこは掘り出し物も多いの!」


「その一つがこの料理本?」


「大正解! 手伝ってくれたら二人には

 当日特別価格で振舞ってあげるよ?」


((いらないなぁ))



 片や人と魔物の食性の違いにより、

 片や純粋に美食にほとんど興味がない故に、

 二人は心の中で断る理由を探す。


 が、同時に彼らが目撃したのはエリーの笑顔。

 學園祭を心より愉しみにした無垢な女の顔。

 ずっと悪意に肉薄した思考を続けていた故に

 彼女の純朴さはいやに輝いて見えた。



「で、ついて来てくれるかい男子達?」


((……まぁそのくらい良いか))



 観念して二人は先輩の後をついていく。

 楽しげな彼女を先頭にして

 今を生きる学生たちは路地を曲がった。



「え?」



 すると其処には、

 一匹の生ける屍が突っ立ていた。



 ~~地下貧民街・灰機構~~



 其処は巨大なごみ処理場――『灰機構』。

 魔術式により炉を焼べるその場所では

 劣化した魔導具や魔導機構(マシナキア)が山積みにされる。

 その装甲を覆うのは魔力の残渣(ざんさ)

 使い潰された機構を汚す、不溶物の灰。


 毒にも等しいその灰を、

 装甲を踏み抜き舞い散らせる人影が一つ。

 黒いコートにピンクの差し色。

 腰には大型ながらも奇抜な銃身。

 その『男』はしばらく瓦礫を眺めて、

 やがて背後へ振り向き口を開く。



「――来たか」



 ~~~~



「先輩ッ!」



 咄嗟にベリルが飛び出して

 エリーを庇う形で腕を差し出す。

 直後、灰色の肌をした不審者の爪が

 少年の腕をひっかき血を拭き出させた。



(ぐっ!? このくらいすぐ再生を!)


(待てベリル!)



 使いかけた特殊能力を

 青髪の友人が制止してくれた。

 今はエリーの手前。

 魔物である事は隠さねばならない。


 そして、周囲の人間もようやく

 異常性に気付いたのだろう。

 通りかかった人々は

 その異様な不審者を見てこう叫ぶ。



「ぐ、『灰徒(グレイター)』だぁーっ!!」



 その『声』に、不審者は反応する。

 知性なき衝動で首を可動域外まで動かし、

 ぷっくりと膨れた白目で叫んだ人物を見た。

 そして直後、ぐにゃりと歪んだ走りで

 目標に飛び掛かり首筋に噛み付いた。



「ぐあぁあああぁあああ!?」


「!? 人を食った!? 魔物!?」



 思わずそう叫んだベリルに、

 灰徒(グレイター)と呼ばれたそのグールは反応する。

 そして再び、今度は四足歩行で彼に迫る。


 が、その直進を阻害するように

 アクアが巨大な鉄腕で真横から殴りつける。

 先の襲撃事件の折、ある程度の装備は

 用意できるようにしていたのだろう。

 日常生活を送るには些か過剰な武装を以て、

 彼は不気味なグールを露店に叩きつけた。



「ったく、なんだったんだコイツ?」



 勝利を確信してアクアは武装を解除した。

 が、立ち込める煙の中で、

 灰徒(グレイター)のシルエットがゆらりと起き上がる。



「ッ!? ベリル! 走れるか!?」


「僕は大丈夫! だけど……」


「痛っ……!」



 どうやら最初の攻防で

 エリーが足を負傷したらしい。

 元よりそこまで速くない非戦闘員。

 互いの機動力を考えた場合、逃げきれない。



「抱えて走れ! 俺が止めとく!」


「待って、ベリル君も腕を怪我して……!」


(ッ~! 治せたら早いのに)



 腕の負傷をそのままにベリルは

 エリーに肩を貸す。

 だが彼らの会話に刺激されたのか

 灰徒(グレイター)はより活発に動き回る。


 防御するアクアの鉄腕に噛み付き、

 よだれをまき散らしながら爪を立てる姿は

 あまりにも野性的でありあまりにも狂気。

 殺し殺されの世界も見て来たはずのアクアでさえ

 その異様を前に身震いせずにはいられなかった。



(なんだこいつなんだこいつなんだこいつ!?)



 別の武装も解放して腹を打つ。

 細い体は容易く吹き飛び、

 人間なら致命傷レベルの速度で

 壁に叩きつけられた。


 だが立つ、立ち上がる。

 灰の肌をした不気味な怪物は

 まるで聖騎士団長ラルダかの如く

 何度でも立ち上がった。



(いや違う。ラルダにはそもそも

 こっちの攻撃がほとんど通ってなかった

 けどこいつは……!)



 効いているのに、ダメージはあるのに、

 なのに何事も無かったように立ち上がる様が

 見た目と相まって心底不気味で気色悪い。

 体勢を立て直すたびにポキポキとなるのは、

 折れた骨かあるいは気泡を弾く臓物か。

 想像するだけで気分が悪くなりそうだった。



(レーザー! いや流石に街中じゃ……)



 躊躇いと迷いに塗れた思考で

 アクアは装備換装のために己の腰回りを見た。

 その一瞬の視線のずれが、致命的な隙を生む。

 武器も痛みも牽制にすらならない怪物は

 今までアクアが体験した事もないリズムで

 その首筋に襲い掛かった。



「アクア!?」


「しまっ――」




「そのまま右に避けろ、問題児」


「!?」



 聞き覚えのある声に、

 脳より先に体が反応した。

 言われるがまま咄嗟に右に倒れ込むと、

 彼の居た場所に桃色の玉が飛ぶ。


 それはグールの肩に命中し、

 同時に桃色の染料として炸裂した。

 ペイント弾。薬剤の混ざった弾丸だった。

 直後灰徒(グレイター)は悲痛な叫びをあげて、

 始めて『痛み』を訴えるようにのたうち回る。



「おっと、急所を外しちまったか」


「……オリバー・シンジュ先輩」


「よおアクア。災難だったな」



 そう言うと黒とピンクが特徴的な白髪の男は

 胸ポケットから取り出す煙草に火をつけ、

 苦しむ灰徒(グレイター)の脳天に銃を構える。

 二発目のペイント弾は外すはずもなく、

 グールは激しい痙攣の後に沈黙する。



 ~~~~



 痛みを感じぬ無能の徒『灰徒(グレイター)』。

 それは地下街で跋扈する徘徊グール。

 音、とりわけ『声』に反応して人を襲う彼らは

 その柔らかい体でどこにでも侵入出来る。

 ――街中で突然現れるのもそのためらしい。

 ひっかきや噛み付きしか攻撃手段は持たないが

 痛覚なきその体力は実質無限。

 動きを止めるには強力な魔法攻撃か

 或いは専用の武器がいる。


 そんな武器を携えて彼らを助けてくれたのが

 セグルア・マギア四回生、オリバー・シンジュ。

 ベリルが聞いた事のある異名は――



「留年王」


「っ、一年にも広がってんのかよその徒名」


「私が教えました、えっへん!」


「安心しろ、この弾は人間には無害だ」


「撃とうとしないで!?」



 慌てて身を引くエリーだったが

 脚の負傷が治った訳ではない。

 身体を逸らした事で痛みは走り、

 明らかに普通ではない呻き声を上げた。



「おいおい。怪我人だらけじゃねぇか

 悪いが医薬品の類は持ってねぇぞ?」


「あいたたた

 じゃあちょっと近場で安静にしてます

 丁度良い場所知ってるので」


「案内は居るか?」


「いや俺がついてます

 先輩直伝の裏ルートを使いますよ

 それよか俺はその武器が欲しいですけど?」


「やれねぇ」


「どこで手に入ります?」


「バ先の支給品だ

 稼ぎたくなったら教えてやる」



 会話はそれだけで、三人は軽い礼と共に

 シンジュから離れていった。

 と同時にベリルはアクアに顔を寄せて、

 噂の留年王について問い質す。



「もしかして彼がアクアの言ってた

 路地裏とか抜け道に詳しい知り合い?」


「ああ。入学してすぐ最新版の情報も貰った

 もしも何かあったらあの人にも頼れ」


「ふーん」



 アクアがそこまで言う人なのか、と

 興味が向いた事でベリルはちらと

 話題の男がいる方角に目をやった。

 すると丁度彼は停止した灰徒(グレイター)

 担いで荷台に載せる所だったのだが、

 魔物の眼はその視力で違和感を捉える。



(あれ今……あの魔物が呼吸した?)


「で、エリー先輩。休む場所の当ては?」


「ああそうだ。目的地を教えてください」


「最初と同じで『古本屋』。あそこで休む

 あとついでに薬と包帯も貰っちゃお!」


「迷惑では?」


「大丈夫大丈夫! あそこのママさんは

 頼めばなんでも用意してくれるから」



 ~~~~



 地下貧民街の奥まった路地に

 その店はひっそりと口を開けている。

 煤煙に燻された煉瓦壁は黒ずみ、

 煙たい霧が漂うせいで看板は霞んで見えた。


 辛うじて視認出来たのは

 古びた金属板に刻まれた達筆の文字。

 古本屋――『秘密の書(ビブリオ・オブスクラ)』。



「雰囲気のある店だな、ノックいるか?」


「いいよ。居なくても勝手に入っていいし」


「警戒心皆無かよ」



 呆れた口調で万全のアクアが先陣を切る。

 扉は重い木製でところどころに補修跡。

 取っ手は真鍮製だが、

 触れるとひんやりと冷たい。

 そして扉を開けると同時に肌を撫でるのは、

 神秘的な色香の漂う澄んだ空気。


 暖かいランプの光が棚を照らし、

 古紙の匂いが鼻をくすぐる。


 店内は狭いが、

 天井まで届く本棚が迷路のように並び、

 魔導書、古文書、破れた教科書、

 そして誰かが書いた手記など、

 分類不能な書物がぎっしり詰まっていた。


 あまりにも視線の通りが悪い店内なので、

 人が居るかどうかも判別出来ない。

 常連のエリーは慣れた様子で声を張る。



「ママさーん? 居るー?」


「――常連さんが、新顔さん連れて来た」



 声だけが風と共に顔に届く。

 どうやら店の奥にいるらしい。

 出迎えもしない接客には本来ならば

 苛立ちや不信感を覚えるべきだが、

 何故だか誘われているような気さえして

 不思議と足が勝手に進んでいった。


 そして、一際大きな棚を曲がった先で、

 彼らは遂にその「ママさん」と邂逅する。

 そして、ベリルは硬直した。



「――は?」



 其処に立っていたのは

 肩まで届く柔らかい桃色の髪に、

 古紙のような金色の瞳を持った美人。

 黒のノースリーブに光沢あるロングパンツ。

 長い黒手袋とフリンジ付きのショールは

 地下貧民街には似つかわしくないほど美麗。

 しかしその肉付きは男性のそれで、

 よく見れば喉仏もしっかりとあった。



「あら怪我? 『灰徒(グレイター)』にでも襲われた?」


「さすが! ピタリです!」


「マジか。冗談のつもりだったのに」


「マジかはこっちの台詞だ

 ママさんって聞いてたが男だったとは

 なぁベリル?」



 しかしベリルが驚愕したのはそこではない。



(ま、まさか……)


「ベリル?」



 一歩、ベリルの体が前に出る。

 近付く度にその気配は増していき、

 第一印象で得た疑念は確信に変わっていく。

 二歩、更に連続して前に出る。

 やがてその人物に姿に、過去の知人の顔を見る。



「あら? 坊やも怪我してるじゃない」


「お、お前……」


「ん?」



 ベリルは周囲の目も気にせずに、

 否、気にする余裕もないほどに

 その言葉が口を突いて出る。



「――『透血鬼(カラーレス)』か?」


「……あらやだ」



 左耳の黒いイヤリングを指で弾き、

 桃髪の店主はニヤリと笑う。

 その口には鋭く尖った牙があった。



【セグルア・マギア教職員名簿】


No.1 アンデ・シン

役職:魔法戦術學部長。通称『暴君タイラント

詳細:へそ出しインナーと分厚いジャケットな桃髪の美女

状態:稼働中


No.2 アクセル・ハンベルク

役職:エネルギー変換學部長。通称『魔力炉人マナファーネス

詳細:全身を機械に改造した白コートに赤い単眼の男

状態:稼働中


No.3 スコリア・レインハード

役職:魔法薬學部長。通称『爆弾魔コンパウンダー

詳細:全身パンクロック風ファッションの男

状態:稼働中


No.4 グラディエ・エルサ

役職:未来視學部長。通称『易者トリックスター

詳細:紫と水色の混じる長髪にフェイスベールをした女

状態:稼働中


No.5 カウレス・テクター

役職:占星學部長。通称『羅針番人コンパス

詳細:深緑のロングコートを纏う銀髪銀髭の紳士

状態:稼働中


No.6 シルト・チャドウィック

役職:魔鉱石學部長。通称『開拓者アトラス

詳細:丸眼鏡にブロンドヘアーの童顔男

状態:稼働中


No.7 ベニトア・アックス

役職:魔導工學部長。通称『機律裁者エグゼキューター

詳細:眼帯をした長い黒髪の女性

状態:稼働中


No.8 ファニー・キンバリー

役職:錬金學部長。通称『微笑む厄災ミニ・カラミティ

詳細:人間観察の好きなベレー帽の少女。年齢不詳

状態:稼働中


No.9 カルロ・トイカン

役職:古典魔法學部長。通称『墓荒らし(ヴァルチャー)』

詳細:天辺の禿げた大魔導士風の老爺

状態:稼働中

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