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ラスボス育成観察録  作者: 不破焙
第参號 天稟のエニアグラム
64/68

肆頁目 合縁奇縁

【學園生徒エントリーシート】


①ベリル・コランダム

概要:セグルア一回生。オラクロン大公国から来た特異体質者

自己PR:友達をいっぱい作って學園生活を豊かにしたい

不記載事項:正体は魔物。名前も経歴も一部偽装。セグルアに対して強い敵意を持つ


②アクア・メルディヌス

概要:セグルア一回生。一度學園を卒業済みの『極位階梯』最年少記録保持者

自己PR:友達をいっぱい作って學園生活を豊かにしたい

不記載事項:ベリルの協力者であり、セグルアに対して強い敵意を持つ


③ラルダ・クラック

概要:セグルア一回生。人界最強エルザディア聖騎士団の現団長

自己PR:友達をいっぱい作って學園生活を豊かにしたい

不記載事項:ベリルらの正体を最初から知っている。二人の野望を阻止する事が目的


④エルジェット・セラフィナイト

概要:セグルア二回生。料理が大好き。愛称はエリー

自己PR:友達をいっぱい作って學園生活を豊かにしたい

不記載事項:※当該項目の閲覧制限中

 ~~三年前・オラクロン大公国~~



「苗字?」



 書類の束を持ってやってきたブルーノに

 受験勉強中の少年は眉をひそめた顔を向ける。

 名前はベリル。苗字は無い。



「ええ、偽装書類に載せる用の苗字です

 大公陛下にもお伺いしましたところぉ……」


「『小僧の好きにしろ』とでも言われましたか?」


「ギド殿。……ええまさに」



 書類の中に苗字がないのは不自然。

 理解出来る理屈ではあったので

 ベリルはすぐに了承してペンを持つ。

 が、当の本人にも特段、

 これといって付けたい名前は無い。


 モルガナの苗字を、とも思ったが

 そもそも彼女の苗字が何かをベリルは知らず、

 僅かに寂しさを覚える心を誤魔化すように

 彼は魔物仲間たちに助けを乞う。

 だがそもそも魔物も苗字持ちは数少なく、

 これだと言えるような案は出てこない。



「当方のワードセンスでは些か物騒かと」


「てかそもそもミョージってなんすか?」


「この馬鹿鮫が!

 妾でいうと『シャトヤンシー』の部分じゃ」


「……そういえば魔物の苗字って

 どうやって決まってるの?」


「別に名乗りたければ好きに名乗ってよいぞ?

 ただ魔王様から賜るなんて事もあった

 名の長い魔物はそれだけ格の高い魔物じゃ」


「へー……」



 説明を聞いたベリルの視線は

 気付けば一匹の魔物に向けられていた。

 ギド・エルファス・ヌ・アレキサンダー。

 この場で最も長い名前を持つ魔物だ。


 しかし当のギド本人は視線の意図に気付かず、

 或いは気付いていてもあえてとぼける様に

 眼を丸くして「何か?」と言った顔をした。

 そしてベリルが視線を外すのとほぼ同時に、

 彼の背後に立ち椅子の背もたれに手を掛ける。



「もし希望がないなら、私から提案しても?」


「ベリル殿がよろしいのでしたら、

 吾輩に止める権利はありませんな」


「うん。僕は大丈夫。ギドの名前くれるの?」


「いいえ、ここはあえて――

 こんな苗字なんていうのは如何でしょう?」



 ペンを奪ってギドは書面に書き記す。

 如何でしょう、などと提案しておいて

 流れで清書してしまうのだからタチが悪い。

 これは拒否権がないなと気付いたので、

 ベリルは適当な相槌を打つ。

 がしかし、書類を受け取ったブルーノは

 心底怪訝な表情を浮かべてギドへ向く。



「これは……何が狙いで?」


「狙いなんてありませんよ……本当です

 どう転ぶかは、正直私にも分かりません」


「……まぁ、良いでしょう

 先にも言った通り吾輩に止める権利はない」



 意味深な会話をする二人の顔を

 ベリルは下から交互に見上げていた。

 そしてブルーノの手にある書類を

 彼の腕ごと引き寄せもう一度確認する。

 其処に記されていた偽名とは――



 ~~~~



「僕はベリル。ベリル・()()()()()



 時は現在。時刻は夕刻。

 予想外の再会を果たした忘却の少女エリーに

 名前を聞かれたベリルはそう返す。

 と同時に横でそれを聞いていたラルダが

 正気か?とでも言いたげな顔を彼に向けた。


 否、彼女だけではない。

 アクアを含む彼ら三人の周りを囲む学生にも

 何人か反応を示す者がいた。

 まるで有名人と遭遇したかのような顔で、

 覗き込むようにベリルの顔を確認する。


 それもそのはず、

 何故ならこの『コランダム』とは――



「え!? 勇者様とおんなじ苗字!

 も、もしかして血縁関係でしたか!?」



 魔王を撃ち落とした赤毛の勇者、

 ルベウスのファミリーネームであった。

 事前にそれを把握してはいたが、

 やはり周囲の反応はベリルにとって不快。

 面白半分で付けたと思しき親代わりの魔物に

 彼は細やかな恨みの感情を芽生えさせる。


 だが彼が血縁関係を否定すると

 野次馬たちの関心は途端にラルダへ戻った。

 どうやら西側の国には偶にいる苗字らしい。

 対面のエリーもまたすぐに態度を軟化させる。



「はぁー焦った……!

 超すごい人に生意気な口利いたかと……」


「あぁ、大丈夫です。えっとエリー、先輩?」


「うん私は先輩! 二回生だよー!

 よろしくね、ベリル君!」


(ふーん二回生ね……ん、二回生?)



 ふとベリルは目の前で握手を求める

 この無垢な少女に違和感を覚えた。

 何故なら彼女はシェナの元友人。

 ベリルにとって姉に近しい立場の魔物と

 仲良くしていた少女であった。


 シェナの実年齢はともかく、

 当時から見た目だけなら大差はない。

 となればベリルにとっては

 七、八歳くらい年上であるはずで、

 自分と学年が一つしか変わらないのは

 不自然にしか思えなかったのだ。

 そして、魔物の仔は思わず聞いてしまう。



「え、先輩何歳ですか?」



 途端に、落雷のような衝撃が現場に走る。

 アクアは一早く状況を察知して空気に徹し、

 ラルダは気配の変化に気付いて警戒心を高め、

 そしてエリーは引きつった笑みを浮かべ、

 握り返された少年の手に力を込めた。



「あー女の子に年齢とか聞いちゃう感じ?」



 そこまで至って、

 ようやくベリルは事の重大さを理解した。

 しかしその時には既に手は悲鳴を上げ、

 逃げられない状況に冷や汗が止まらない。



「ご、ご、ごめんなさい! 痛っ握力つよ!?」


「ごめんで済んだら聖騎士団はいらないよ~

 ねーラルダちゃーんもそう思わなーい?」


「ふぇッ!? え……ああ、はい!」


「あー……セラフィナイト先輩?」


「エリーでいいよアクア君」


「ああじゃあ……エリー先輩

 うちのベリルがどうもすんません

 學園のシステムにはまだ詳しくなくて」


「シス、テムぅ?」



 痛みに悶えながら聞き返すベリルに

 アクアは呆れながら説明をした。

 曰く、ここセグルア・マギアでは

 入学時での年齢制限などは無いらしく、

 アクアのように飛び級で入学する事も、

 逆に成人してから入学する事も可能だ。


 そして、卒業、留年の年数に関しても寛容。

 卒業要件を満たせば何回生でも卒業でき、

 またそれが果たせなければずっと留年する。

 国家自体がこの學園の運営を軸としているので

 学費などが破格の安さ故に可能な暴挙だ。



「一応世界基準で見ても最高学府だからな

 入学よりも卒業する方が何百倍も大変だぞ」


「え゛?」


「どうした聖騎士団長? 汚い声出して」


「なんでも……どうぞ、続けて……」


「いや、こっちも話はほとんど終わりだ

 ここじゃ年齢は気にするなって事だからな」


「そうだよ! アクア君の言う通り!

 三十歳までに卒業出来ればその後の人生で

 充分おつりが来るって言われてるし!」


「ああ、よく聞く定説ですね

 まぁそれ言う奴は大体自主退学しますけど」


「アクア君~?」



 標的がアクアに向いた事で

 ようやくベリルは解放された。

 魔物としての力が振るえない状況で

 相手に無遠慮な事を聞くのは止めよう。

 赤くなった手を撫でながら

 ベリルは密にそう決めるのだった。


 その横でアクアに詰め寄るエリーは

 再入学の彼を指してこう言いふらす。



「私はまだマシよ、シンジュ先輩よりはね!」


「え、あの人まだ居るんすか!?」


「今は教授からも留年王って呼ばれてるよ」


「えぇ……能力ある人なのに、勿体な」


「あの人と比べたら私は努力してるもんっ!

 やっぱ上が、いや下がいると安心できるね」


((そんな言い直ししてやるなよ……))


「ところで皆はこの後ヒマ?

 もしよかったら一緒にごはん食べない?」



 その誘いに野次馬の一部は反応する。

 が、アクアはベリルに方に目を向けて、

 彼が反応するのを静かに待った。

 事前に用意した『拒否』の言い訳を。



「ごめんなさい。僕食事難しくて」


「え? 難しいって?」


「僕、魔力が栄養に変わる体質なんだ」



 周囲の魔力を常に吸収し栄養とする体質。

 そのため日常の食事は必要なく、

 むしろ栄養過多による不調を起こしやすい。

 故に人前で食事をすることはほとんど無いよ。

 これが學園に潜むために作った方便。


 勿論、ベリルの正体を知るラルダは

 それで行くのねといった様子で呆れていたが、

 幸いここでも沈黙を貫くようで、

 その様子を横目で確認したアクアの捕捉にも

 何も妨害を行う事は無かった。



「こいつは月に一度母国から補給がある

 食事はそれだけだ。悪いなエリー先輩」


「ふーん、そっか。なら仕方ないね!

 でも残念だなー、私料理好きなのに」


(うん、知ってるよエリー)



 野次馬の一部を連れて立ち去る彼女に

 ベリルは言い表せない感情を向ける。

 それをアクアとラルダの両方が察知するが、

 シェナの事を知らない聖騎士団長には

 その詳細までを把握する事は出来なかった。

 故に感傷を断ち切るように彼女は宣う。



「さ、アンタたちの寮に案内しなさ――」


「いいのかラルダ? そんな事で?」


「? 何がよ?」


「……さっきも言ったろ?

 ここは入学より卒業する方が難しいって」


「ッ!」


「一年目の初動が大事だと思うね、俺は」


「……フン。安い挑発ね」



 けど、と付け足し彼女は振り返った。



「今は乗ってやろうじゃない!」



 立ち去るその背中は

 夕暮れ空の一番星より速かった。



 ~~一年目前期・初月~~



 入学式の際はまだ學園の者ではないので

 生徒たちはそれぞれ正装で訪れる。

 が、一度儀式を終えてしまえばもう学生。

 途端に色とりどりの私服に変わり、

 逆に正装の人間が悪目立ちする。


 入学式の翌日にあった概要説明会では

 セグルア・マギアの詳細が語られた。

 その中でもやはり一番重要なのは

 何と言っても『卒業要件』だろう。


 要件①:単位習得。

 最高学府セグルア・マギアは大学相当の學園。

 一般的な大学と同様に単位での卒業が可能。

 ただしその難易度は他の学府とは一線を画す。


 要件②:極位階梯の取得。

 各學部ではその分野の奥義『終極術式』を習う。

 仮にこの終極術式の習得に成功すると

 學園長より大術証左『極位階梯』が与えられ

 その瞬間からの卒業が認められる。

 一般的な大学のシステムで例えるのなら

 特別な資格により単位免除されるのに近い。


 要件③:理解深度(ラティオデプス)の百点達成。

 これは最高学府の独自の学術システムであり、

 生徒は入学時に理解深度(ラティオデプス)という

 特殊なデバイスを手首に装着する。

 これは生徒の潜在的な理解度を数値化したもので、

 その数値が百点に到達すると卒業が可能となる。

 ある種の救済措置のようなシステムだそうだ。



「願わくば、

 第二要件での卒業を期待するや切である」



 壇上でそう語るのは

 白いフード付きコートに身を包む魔導機構(マシナキア)

 赤い単眼を輝かせ、人語を操る人型の存在。

 アクアに尋ねればそれはこの學園の幹部。

 九つの學部に君臨する九人の學部長が一人。


 エネルギー変換學部長

 アクセル・ハンベルクだそうだ。



「凄い、魔導機構(マシナキア)の教授なんているんだ……」


「いや、あれは自己改造しまくった人間だぞ」


「え?」


「ついた異名は『魔力炉人(マナファーネス)

 學部長クラスは化け物ばっかだぜ?」



 そうして始まったのは一週間の履修登録期間。

 前期分、場合によっては通年分の講義を選び、

 初回授業を受けてみる、いわばお試し期間。

 訳も分からず全コマ入れようとする者もいれば

 必要最低限で自由を求める者もいるだろう。

 しかし、セグルア・マギアでのそれは

 他の学習機関よりも強い意味を持つ。



「講義の選び方にはよく考えろよ

 この學園では二回生から各學部に別れる」



 九つの學部を選択するのは入学時ではない。

 一年間試しに様々な体験をしてみて、

 最も自分に合うと思った學部を選ぶのだ。

 故に最初から一つの學部狙いで行くのか、

 それとも多種多様な講義に顔を出すのか、

 その選び方によって今後数年の人生が決まる。


 思ってたのと違ったといって

 泣き寝入りしないために

 共通科目以外の選び方には

 慎重に慎重を重ねる必要があった。



「これ、初心者には難しすぎない?」


「だから最高学府は友達ゲーだって言ったろ?

 俺みたいな卒業周回勢は偶にいる

 そいつやその友人と仲良くするのが鉄板だ」


「僕は既にアクアがいるからいいや……

 てか、なんで周回するの?」


「極位階梯を複数獲りたい奴がいるんだ

 受験する度に別の學部を選択する狂人だ」


「アクアも極位階梯持ちなんだっけ?」


「ああ。それも最年少記録保持者だ」



 自慢気にそう語る彼の修めた終極術式とは

 万博でも見せたあの『神託機械(オラクルマシン)』の事だ。

 分野は魔導工學部。習得までの期間は三年。

 歯車で着飾った魔法使いたちにとって

 それは青春を周回するに足る名誉だそうだ。



「じゃあ今回は別の學部に行くんだ?」


「……いや、俺はまた魔導工學部を取るつもりだ」


「え? なんで、てか出来るの?」


「卒業要件が一つ潰れるが、可能ではあるはずだ

 何より、そっちの方が俺は動きやすくなる」


「……!」



 二人は學園、ひいてはこの国セグルアに

 敵意を持ってやって来た身。

 ラルダに牽制されているので困難ではあるが

 そのための努力を惜しまない決意が

 アクアの方には存在していた。


 無論それはベリルとて同じ覚悟。

 であるはずだったのだが、

 気付けば彼は早くも學園の雰囲気に

 のまれかけていたと自覚する。

 これではダメだ、と彼は落ち込むが、

 するとそんな彼をアクアは否定しなかった。



「いや、終極術式でお前がパワーアップするのは

 普通にプラマイでいったらプラスだろ?」


「……!」


「あくまで俺は自分が楽出来るようにと

 同じ學部を選ぶって話だ、気にすんな」


「……そう、だね」


「むしろ、お前は自分の學部を考えとけ

 選択肢は九択もあるんだ」


「そうだよねぇ……九つの學部かぁ……」


「ま、最初は決めずにバランスよく取って、

 仲良くなった奴の學部に合わせる奴もいる」


「ふーん……じゃあ魔導工が――」


神託機械(オラクルマシン)は二つも要らん。別の取れ」


「八択じゃん」



 結果、アクアとベリルの取る講義は

 共通科目以外ほとんど被らない事となった。

 最初から魔導工學部狙いのアクアと、

 そこ以外のどこにするかで悩むベリル。

 ある意味分担出来ていると言えなくもないが

 ベリルの方は不安も残る。


 けれどもこればかりは

 どうしようも無いという事で、

 諦めてベリルは自分の取る講義に向かった。


 講義名は――錬金学基礎。


 巨大な歯車の回る大通りを抜けて、

 蒸気と滑車で動くエレベーターに乗り込んで、

 鉄板の張り巡らされた廊下を進むと

 その先にあるのは講義室。

 舞台状の、半円形の部屋であった。



(既に人間……生徒が多くいるね)



 程よく空いている席を探し、

 ベリルはそこに腰を落として落ち着かせる。

 脳裏に過るのは再三に渡るアクアの助言。

 最高学府は友達ゲー。友人を作れ。

 ギドからの課題で友人となった人間から

 奇しくも全く同じ指示をされてしまう。



(ラルダとも警戒、あるいは仲良くしなきゃ

 ……シェナを殺した奴の子供と、かぁ)



 一人になって振り返れば、

 途端に背筋の凍るような思いが溢れる。

 ただそれを自覚して色々と考えるより先に

 彼の隣から嘲笑するような声がした。



「おや? 端の席に座ったかと思えば

 何やら随分と思い詰めた様子じゃないか」



 肘をついて小悪魔的な笑みを浮かべるのは、

 小柄なベリルよりも更に小柄な金髪の少女。

 長い髪が波のように揺れ、

 その隙間から覗く瞳は鋭い光を宿していた。

 また屋内であるのに被られた茶色のベレー帽には

 歯車の意匠が施され、首を傾ける度に

 カチャリと小気味の良い音を奏でている。


 そしてその見透かすような瞳にまで

 嘲笑的な笑みの色を滲ませると

 金髪の少女は戸惑うベリルを置き去りに

 ペラペラと自分の事を語り出した。



「いや失敬。私は人間観察が好きでね

 面白そうな人には声を掛けたくなる性分なのさ」


「はぁ……? 人間観察、ね」


「おや興味あるかい? ちょっと聞いてく?

 これがケッコー面白いぜ少年!」


「いや、い――」


「まずあそこに座ってる男子はさっき~」


(対話の余地……)



 一方的に始まった早口の長話。

 されど意外にもそれはベリルを愉しませた。

 あそこの男子の奇妙な席の取り方は

 友人を待っている証拠だとか、

 あのグループでは必ず

 あの女子から語り出しているとか、

 ここ数分で得た割には濃い情報量が

 雄弁な語り口で紡がれ一つの短編となった。


 情報は最強の武器、などという

 ギドの言葉もふと蘇り、

 語り聞かせられたその物語が

 ベリルはどうにも味わい深く思えていた。



(僕には見えて無かった事ばかり

 ……面白いな)


「おや? 少し顔色がよくなったかい?

 それは結構! 講義は長くて退屈だ」


(あれ? そういえばもう講義が

 始まる時間なのに教授がまだ来てない)



 チャイムなど無いので気付かなかったが、

 とっくに授業は開始の時刻となっていた。

 しかし壇上に教授の姿はなく、

 それに気付いた生徒から声も上がり始める。



「あれ? 授業始まってね?」


「教授遅刻してんの? 帰っていいかな?」


「えー、講義(これ)の担当って錬金學部長でしょ?

 せっかくだし大魔法使いの話聞こうよ~」


「多忙なのかな~」



 不満と無関心が半々程度。

 人間観察に面白さを見出しつつあるベリルは

 今の状況をそう読み解いた。

 するとその直後、講義室の扉がバンと開かれ、

 生徒たちの注目が其処に集中した。



「はぁはぁ! ごめんなさい遅れました!」



 そう告げたのは、これまた華奢な女性。

 赤い髪を束ねたツインテールが

 荒い呼吸に合わせて上下に揺れる。

 両手をつく黒タイツの中の足は細く、

 階段で一歩ずつ靴音を奏でる度に

 赤チェックのスカートがふわりと跳ねた。


 そしてベージュのジャケットの下の

 黒いパーカーの紐を引いて呼吸を整えると

 彼女はゆっくり、無垢なる水色の瞳を

 ベリルに向けて立ち止まる。



「あ、お隣いいですか?」


((生徒かいッ!))



 注目していた連中全てが心の中でそう叫ぶ。

 だがその事に当人は気付いてないのだろう。

 赤毛ツインテの少女はベリルに挨拶をした。



「君、よくラルダさんと一緒にいる子だよね!」


「……まぁ、ある意味」


「そうだよねそうだよね! 私はピネル!

 ピネル・ウィリアムス! 同じ一回生だよ!

 よろしくね! えーとっ?」


「ベリル・コランダム、です」


「ベリル君! うわぁカッコいい名前!

 よろしくねベリル君、ピネルって呼んで」



 彼女は無遠慮にベリルの手を取り、

 上下に揺さぶって笑顔を見せた。

 するとそんな様子を横目に見ていた

 先程の金髪の少女がまた口角を上げる。



「私には自己紹介してくれなかったな」


「いやそれは君が一方的に話続けたらからじゃん

 名前を聞く暇すらなかったよコッチ……」


「あれま、そうだったか。いや重ねて失敬

 どうも自分の話をしたがるタイプでね私は」


「というか~? 講義はまだなんですか~?」


「いやピネル、まだ教授が来てないから……」


「何言ってるのベリル君? 教授なら――」



 瞬間、金髪の少女が立ち上がる。

 ベレー帽を被り直し、スカートの塵を払い、

 サスペンダーをパチンと鳴らして翻ると

 そのまま階段を下りて行った。

 口元に心底楽しそうな笑みを浮かべて。



「いやー喋り過ぎも観察趣味も悪い癖だな」



 改めてその全身を眺めてみれば、

 やはり小柄、というより幼過ぎる。

 見た目の年齢は十代前半といった所。

 むしろそれが異常である事に

 ベリルは今になってようやく気が付いた。


 セグルア・マギアにおいて入学の年齢は不問。

 されどその歳が高めの場合が多い。

 勿論アクアのように若くして入学する

 規格外の天才もいるにはいるが、

 そうだとしても彼女の年齢は若すぎる。



「ま、それも私なら許されるだろう

 なんたって――」



 少女は教壇の前に立ち、

 指を一振りして複数の教材を宙に浮かせた。



「――この世で唯一!

 授業中に好きな事を喋って良い訳だからね!

 ()()()()()って奴は!」



 セグルア・マギア、九人の學部長が一角。

 錬金學部長ファニー・キンバリー。年齢不詳。

 全てを見透かす観察眼と挑発的な笑み、

 そして何よりその外見的特徴から

 付いた異名は――『微笑む厄災(ミニ・カラミティ)』。



「お待たせしたね。講義を始めようか!」



 ~~同時刻~~



 建物の裏。蒸気の吹き付ける鈍色の壁。

 その隙間の暗がりにアクアはいた。

 目の前の、一人の男と対峙して。



「今は……留年王、でしたっけ?」



 呼びかけに応じて、

 男はゆっくりと振り返った。


 外側の黒いコートの裾が大きく揺れて、

 内側の奇抜なマゼンタが一瞬だけ光を拾う。

 根本だけ黒い銀の短髪は額を露わとし、

 前髪だけが桃色の瞳と十字を結ぶ。


 そして腰には、

 最早パーソナルカラーとでも言うべき

 マゼンタ色のラインが入った黒い銃。

 指ぬきグローブの片手がそれを撫で、

 もう一方が口元に煙草を運んだ。



「よぉアクア、お前何しに戻ってきた?」


「いやぁ先輩の顔が見たくてね

 お久しぶり、オリバー・シンジュ先輩」


「……フン」



 シンジュは鼻で笑うと、

 地面に落とした煙草を踏み抜く。



「嘘をつけ、問題児」

【セグルア・マギア教職員名簿】


No.1 シン

役職:情報未登録

詳細:桃髪の美人

状態:稼働中


No.2 アクセル・ハンベルク

役職:エネルギー変換學部長。通称『魔力炉人マナファーネス

詳細:全身を機械に改造した白コートに赤い単眼の男

状態:稼働中


No.5 テクター

役職:情報未登録

詳細:深緑のロングコートを纏う銀髪銀髭の紳士

状態:稼働中


No.7 ベニトア

役職:情報未登録

詳細:眼帯をした長い黒髪の女性

状態:稼働中


No.8 ファニー・キンバリー

役職:錬金學部長。通称『微笑む厄災ミニ・カラミティ

詳細:人間観察の好きなベレー帽の少女。年齢不詳。

状態:稼働中

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