参頁目 青春という名の実験場
〜〜學園内・アーカム図書館〜〜
図書室でお静かに。
そう書かれた張り紙の前で
数人の男たちが重苦しい表情を浮かべる。
彼らの前には山積みの書物や巻物。
そして全開にされた『禁書録』の鉄の扉。
「やはり……数が合いません」
「ふむ。やられましたね」
一団の中でも一際高身長の男が呟く。
銀髪に、銀の髭を蓄える成熟した紳士。
深緑のロングコートからは
重たい布の擦れる音が微かに響き、
ポケットに手を突っ込んだままの姿勢は
彼の太々しさと草臥れた雰囲気を醸し出す。
そのダンディさを崩さず落ち着いた口調で
男は現場の様子を高い位置から俯瞰する。
だが落ち着き払った彼とは対照的に
周囲の學園関係者たちは気が気でない。
「大事件だぞこれは……!」
「言わんでも分かってる! 対応を考えろ!」
「っ……如何しますかテクター殿?」
部下に語り掛けられた事で、
テクターと呼ばれた緑の紳士はまた吐息を漏らす。
かと思えば、彼は禁書録に背を向けて
口調も変えずに言い切った。
「別に何かする事もないでしょう?」
「は? え?」
「皆さんは正確な報告をしていれば充分
決めるのは我々『學會』メンバーと、
我らが偉大な『學園長』ですよ」
「いや、しかし……!」
まだ納得出来ない様子で
勤勉な関係者たちはテクターを呼び止める。
が、そんな彼らに緑の紳士は振り返り、
たった一つの動作で黙らせた。
彼は僅かに口角を上げて、
立てた人差し指を鼻先に当てていた。
黙っていろ、と言わんばかりに。
それが何を意味するのか、
考えてはいけない気がして関係者たちは皆黙る。
そうして再び戻った静寂の中で、
ロマンスグレーはふと窓から青い空を観た。
(さて。もうじき新入生を乗せた列車が来ますね)
一羽の小鳥が羽ばたいて、
猛禽類の餌食となった。
舞い落ちる亡骸の羽がはらはらと、
窓に張り付き血を拭う。
「ちょっと不吉が過ぎません?」
〜〜學園行特急・七号車〜〜
オレンジ色に染まった岩の荒野を
蒸気を吹かして列車が駆ける。
魔法の刻印が浮かぶ車輪を回し、
黒く無骨な特急が風を裂いた。
魔導大国セグルアが誇る大型機関車。
内部には食堂や観光用の展望台などもあり、
また通常の車両も全席個室となっており、
鼻腔をくすぐるアンティークな香りと
ふかふかに手入れされたソファとが
本来窮屈な長旅も快適なものに保障する。
が、どうやらそうではない様子の乗客が二人。
外の景色を見る余裕なども無いとばかりに
体を硬直させ対面の女に萎縮する。
「あら? 怖がらなくても良いじゃない」
「「……!」」
「何もやましい事が無ければ、ね?」
聖騎士団長ラルダ・クラック。
彼女を避けたくてセグルアに選んだのに、
どうやら彼女も生徒として學園に来たらしい。
当人たちにとってはあまりにも予想外。
ベリルは思わずアクアに潤んだ目を向けた。
(話が違うじゃん!?
ラルダは學園に来ないんじゃなかったの!?)
(無いと思ってた強硬策に出たのかもな……
そうに決まってる!)
ラルダの学力では最高学府には受からない。
これは彼女が馬鹿という話ではなく、
専門が違うからという意味での推測だった。
仮にどこかでベリルのセグルア進出を
小耳に挟む事があったとしても、
そこからでは絶対に勉強時間が足りないのだ。
「一体、どんな手を使いやがった……!」
「は? 何がよ?」
「どうやって受験を切り抜けたかって話だ
まさか聖騎士サマが裏口入学とはな!」
「ぃゃそういうのじゃなぃ……」
「急に小声になったな!
なら入試での自分の得点を言ってみろ!
言えるだろ、やましい事が無ければ!」
(アクア凄く元気)
「それで? お前は何点取ったんだ?
合格通知と一緒に得点も記載されている!
知らないとは言わせないぞ!」
「――き、基礎魔導理論が十点」
「「……ん?」」
「数理基礎が八点に、読解が十八点……」
「「え?」」
「それに小論文と面接がそれぞれA評価
あと……大会実績が少々」
「「あっスポーツ推薦!?」」
「悪いかよ」
得てして学力の高い学び舎は
スポーツにも力を入れている所が多い。
セグルアの最高学府も例外では無かった。
予想外ではあったが正当な入学。
アクアは途端に勢いを失った。
「完全に誤算だった……!」
「じゃあ今度は私の番
貴方たち、セグルアには何の用?」
「っ、僕らは公国の外交として」
「表の理由は良いの、特異体質者ベリル君?
……フッ、それが正体を隠す言い訳?」
(チッ、かくなる上は……)
「おっとアクア。変な気は起こさないでよね
この列車には私以外にも二人聖騎士がいる
まぁ、この距離なら私の方が速いけど――」
「ひぃ!」
首筋に悪寒が走ったのだろう。
アクアはごくりと喉を鳴らし汗を滴らせた。
そして肉食獣に睨まれた小動物のように
真っ青になるまで血の気を引かせた。
「悪いベリル。俺ちょっとトイレ……」
「待って待って待ってアクア……!
ここで僕を一人にしないで!」
「あ、ちょ!? 待ちなさい!」
~~九号車~~
特急十両のうち客室で無いのは最後尾の二両。
九号車の役割は食堂で、
下手なレストランよりも整った内装で
専属シェフの料理が振る舞われる。
そんな食堂車の中でテーブルを囲み、
カチャカチャと食器を鳴らすのは二人の聖騎士。
駆導騎士レオナルドと歌花騎士のアイリスだ。
二人もまた、今期からのセグルア生。
強いてラルダと違う所を上げるとするなら
それは入学方法の一点のみ。
「団長も無事入学出来て良かったのです!」
「段取り組んでくれたラリマーさんに感謝だな
まぁその分、三年以上みっちり備えてた俺らが
ちょっと馬鹿らしく思えてくるぜ」
「そういうのは思っても言わないのです!
団長はその分運動を頑張ったのです!」
「……なぁリッシー?
お前は結局どう結論付けた?」
「何がです?」
「俺らの任務に団長が加わった理由」
そこまで言い切ったレオナルドの口を、
アイリスがそっと指先で塞ぐ。
彼の発言も小声ではあったのだが、
ここは既にセグルア管轄の脱出困難な車両内。
いつ誰がどこで聞いてるか分からないぞと
そう忠告する言外の言葉を笑みに込める。
そうして彼の唇についた
僅かな食事の汚れを妖しく拭い去ると、
彼女はテーブル端のナプキンを軽やかに取った。
「私たちは聖騎士団の近代化を促すの特使なのです
沢山学んで多くの物を持ち帰りましょう!」
快活に与えられたその言葉は、
本来の『任務』を隠すためのただの建前。
それを理解していたからこそレオナルドもまた、
迂闊な自分を庇ってくれた演技に乗った。
「だな。単位も取りまくろう」
グラスに残った水を乾かし、
レオナルドは不敵な笑みを車内に向けた。
丁度そこに上司の姿を見るとは思いもよらずに。
「はぁ!?」
「ちょレオ、いきなり大声でどうしたのです?」
「い、今……団長が通ってった」
「? それが何か?」
「なんか、男の後ろにくっついてた」
「うぇ!?」
〜〜十号車〜〜
アクアとベリルが個室を出た時、
彼らはそれぞれ別方向に進む、否、逃げる。
そうして二手に分かれた事で結果的に
一方はラルダの追跡を回避した。
そして不幸にも監視の目を逃れられなかった者が、
この薄暗い十号車の壁に追い込まれる。
「二階がある。貨物室兼、展望車って所かしら?」
「っ……」
「どうする? 飛んで逃げる、ベリル君?」
人間のアクアよりも、
聖騎士団長ラルダは魔物のベリルを優先した。
ニヤリとほくそ笑むラルダの眼力が、
更に一歩、天魔の足を下がらせた。
が、その瞬間、貨物の中で何かが揺れる。
歴戦の二人が察知したのは人の気配。
二人は同時にギョッとしてそちらの方に目をやった。
((誰っ……!?))
だが返ってきたのは無遠慮なイビキ声。
声からして男性と思しき何某が、
毛布に包まり雑多な小部屋の中で眠っていた。
どうやら会話は聞かれてない。
その事実に二人は同時に胸を撫で下ろす。
「ふぅ、ちょっと焦ったわね」
「うん。……うん?」
「? どうした?」
「……なんで僕の正体を公表しないの?」
薄暗い車内を照らす光は、
対面する女騎士の口元のみを揺れつつ照らす。
しかしたったそれだけの情報量でも
彼女の胸の内にある焦燥と葛藤を読み取るのに
十分過ぎるものだった。
ラルダはツンと唇を尖らせて、
捲し立てるように言葉を連ねる。
「経過観察よ経過観察!
君が人類にとって害かどうかを見てるの!」
「ボクハ人類ノ味方ダヨー」
「それを見極めるのは私ね?
何より君には、お父さんの件で聞きたい事が――」
〜〜〜〜
學園行特急は巨大な渓谷に掛かる橋に差し掛かる。
鋼鉄の骨組みが剥き出しな長く巨大な橋。
その中腹辺りに列車が辿り着いた時、
突如として橋の重心で炸裂音が響き渡る。
〜〜〜〜
「――っ!? 何!?」
異常は即座に振動となって列車にぶち当たる。
振動から衝撃へ、そして崩壊へと連なるまでに
五秒以上の時を費やす事は無かった。
車内のベリルたちは気色の悪い浮遊感を覚え、
直後に床に叩きつけられ滑落を始める。
重力に従い、崩れた足場に引っ張られ、
最後尾から崩落に巻き込まれたのだ。
「わっ!?」
当然最後尾とはベリルたちの居た車両。
不意の出来事に彼は反応が遅れ、
下方へと位置を変えた列車の最奥に流れた。
が、そんな彼の手をラルダが掴む。
「ベリル!」
「えっ……!?」
(一体何が? まさか……ベリルたちが陰謀を?)
「あの……ラルダさん?」
「なにッ!? 余裕が無いから早くして!」
「僕は飛べるから別に大丈夫だよ?」
「あ。……分かってたわよそんな事ッ!」
赤っ恥を吹き飛ばすかの如く、
ラルダはベリルを振り回し壁に叩き付けた。
そして彼が伸びて落ちていくのを無視すると、
彼女は武具を取り出し前方車両に意識を向ける。
(もの凄い数の悲鳴が聞こえる……!
けど前の車両には私の仲間たちが居たはず)
人命救助は聖騎士の領分だが
頼れる仲間に任せるのもまた団長の務め。
それを弁えていたラルダは傾く床を滑走して
割れた窓から外へと躍り出た。
直後見えて来たのは崩れる橋の上で
ぶらりと宙吊りとなった複数車両の姿。
前半車両が重りとなって耐えてはいるが、
半端に崩落した橋の方が先に崩れそうだ。
最早一刻の猶予も無い事は明白。
ラルダは細剣を咥え、列車の装飾に脚を掛ける。
そして新たに小斧を取り出し『技』を放つ。
「エルザディア聖斧術
――『終静のテンパランス・チェイン』!」
飛び出した幾つもの輝く鎖が
今にも落ちそうな車両と鉄橋とを繋ぎ止める。
それは滑落に抗う先頭車両の手助けとなり、
確かに事態の好転に役立っていた。
目視でその事を確認すると、
次いでラルダは脱輪中の前方車両に数台に
所属を明かして声を飛ばす。
人界の誰もが安心するその名を添えて。
「私はエルザディア聖騎士、ラルダ・クラック!
もう大丈夫、皆さん落ち着いて!」
響く声に歓声が反響し、
渓谷に広がる闇に希望を垂らす。
がしかし、その歓喜が逆効果だったのだろう。
恐慌状態で身動きの取れなかった者が突然、
同時に立ち上がった事でバランスが変わる。
無論即座に全てが崩れるほどでは無かったが、
重心の変わった車両の部品ごと
一部の鎖が外れてしまった。
即座に車両は音を立てて傾き、
歓声が悲鳴に変わる。
取り残された乗客の中にはきっと、
ラルダの焦り顔を目撃した者もいただろう。
或いは、別の人影を目撃した者も――
「――! ベリル!?」
車内より飛び出したのは黒髪の少年。
彼は生身で空中に飛び出すと
崩れる瓦礫を足場に空を駆けて
そのままラルダの鎖を掴んで投げ返す。
鎖は狂いなく鉄橋の一部に絡みつき、
車両が滑り落ちるのを寸前の所で抑え込む。
再び保たれたバランスの調和。
だが同時に、最後尾車両の限界が来た。
貨物と展望台を兼ね備えた超重量の車両は
己の重さに耐えきれずに割れ始める。
そしてその亀裂の狭間からは、
先程遭遇した睡眠中の男が放り出された。
(まずい……!)
「ラルダ? ッ――!」
それは一瞬の出来事だった。
ラルダは空中で無防備な男の足を掴むが、
自身を救える策を何一つ持っていなかった。
ただ助けねばという責任感だけが体を動かし、
この状況でも眠る謎の男を捉えた。
だが彼女の体は渓谷に吸われず耐えていた。
もう一人、助けようと動いた者がいたからだ。
気付けばラルダのもう一方の手を、
瓦礫に掴まるベリルの手が握りしめていた。
「え……」
この時、当代の聖騎士団長が何を想ったのか、
後の本人ですら覚えてはいない。
何故ならそれを自覚する余裕すら無く、
最後尾車両は前方車両を巻き込み崩壊したからだ。
(ッ!? もう保たないっ!)
(翼を……いやでもここは人目が!)
「――う〜ん? なんだぁ、もう着いたのか?」
毛布が剥がれ男の姿が露となる。
同時に、独特な静電気のような緊張感が走った。
「あぁ? なんだ橋が壊れてるじゃないか
オイオイ……ここは国の要所だろうが!」
巨躯に対してかなり長めの白い髪。
蓄えた立派な髭まで白亜に染め上げ、
長い外套の隙間からは白い肌が垣間見える。
だが最も異質なのはその顔。否、仮面。
老練な賢者の風格を宿すその翁の顔面には
目元を完全に覆い隠す歯車仕掛けの
鉄面が装着されていた。
「まったく、セグルアの最高責任者は
一体何をしてるんだか……」
刹那、遂に倒壊に巻き込まれて
ベリルとラルダが空中に投げ出される。
当然それには鉄面の翁も巻き込まれたが、
喚く若者たちとは異なり
彼は金属の冷たさを確かめるように
己の仮面に触れて歯車を弄ると、
同時に鋼鉄杖を取り出し口を開く――
「あ、この国の最高責任者は俺だった(笑)」
直後、男は虚空に杖を突く。
何もないはずの空間に甲高い音を響かせ、
彼は自身を中心とした
球形状の魔法陣を展開した。
それは即座に半径を広げ全てを飲み込む。
瓦礫も、人も、列車も、混乱も、
全てを拾い上げ空中へと押し返した。
そのあまりにも規格外な力に
ベリルは驚きの言葉を隠せない。
「反重力エネルギー? いや似てるけど違う
これほどの複雑な魔法……あれは一体!?」
「……まさか、こんな出会い方をするなんて」
「知ってるのラルダ?」
「ええ。よーく覚えておきなさい
これから数年間お世話になるんだから」
其れこそは魔導大国の真の覇者。
国の実権を掌握した最高責任者であり、
同時に最高学府セグルア・マギアのトップ。
即ち、學園長と呼ばれる存在。
名を――『タト』。
魔導大国セグルアの王、タトである。
「怪我はないかい? 我が生徒たち」
〜〜セグルア首都・アルカナシティ〜〜
今から十三年前。
魔導大国セグルアにて革命が起きた。
産業革命ではない。王権交代のクーデターだ。
首謀者は最高学府セグルア・マギアの學園長タト。
彼の強大な力と諸国に与える影響力を恐れて
当時のセグルア王が猜疑心に駆られたのが原因だ。
王はタトの査問会を幾度となく開き、
果ては大した証拠も無いままに彼の出頭を命じる。
しかし、タトはこれを拒否。
迫る脅威を振り払い逆に返り討ちにした。
結果、国王は処刑されクーデターは成る。
その後民衆はタトを支持して彼の即位を認めるが、
學園長はそれすらも拒否して學園に残った。
代わりに彼の指示を聞く大臣を首相とし、
国家の全てが學園に帰結するよう作り替える。
「……! ここが、セグルア?」
十年以上ぶりの帰郷にて
ベリルから発せられたのは驚きの一声。
彼が居た頃のセグルアは魔法と歯車の大国で、
それ自体は何も変わっていなかったが、
空を舞う精霊と地をゆく人型機構の数が違う。
建物もより立体的に生まれ変わり
蒸気式モノレールに乗り込む新入生たちの頭上を
巨大な作業用アームが通過した。
「凄っ、どう動いてるんだろ」
「お前はそういや政権交代前のセグルア出身か
それと比べりゃ確かに発展しただろうな
ま、全て學園を軸とした発展だがな」
「……『學園都市』だっけ?」
首都の名前はアルカナシティ。
されど最早この土地をその名で呼ぶ者は少ない。
此処は最高学府セグルア・マギア。
全てが學園の運営継続のために動く国。
學園都市『セグルア・マギア』である。
(そして、僕の復讐相手……)
「しかし初手から災難だったな
まさか連絡橋が落ちるとは……」
「恐らく老朽化が原因らしいね
ま、お陰で途中から車両移動になって
上手くラルダを撒けたけどね」
「どうせ入学式の後すぐまた遭遇するぞ」
「ねぇアクア。このまま続ける?」
続ける、とは即ち復讐計画の遂行の事。
正直ベリルとしては続行したいが、
聖騎士団長ラルダがいるのでは危険。
きっと大公に報告すれば即座に
撤退命令が下される事は自明の理であった。
そんな中でも未だ共犯者の戦意が
折れていないのか否か、
魔物の仔は確かめずにはいられなかったのだ。
しかし、返すアクアからの回答に
ベリルは彼が友人である理由を思い出す。
「俺は一人でもやるぞ」
「……そっか、安心した」
ベリルは自然と笑みを浮かべていた。
それはセグルアへの害意を起源とする
極めて不純なものであるはずなのに、
年相応の、無垢な笑顔であった。
「――何より、もしかしたらラルダは
俺たちの脅威じゃないかもしれないしな」
「え?」
戸惑うベリルに対してアクアは
先の事件でのラルダの行動を聞き返す。
共に解決に向けて動いた事、
その際にラルダがベリルを助けた事。
それらにこれまでの彼女の行動を紐づける。
「本当にワンチャンあるかもなぁ……」
「何が?」
「以前ヘリオが言った推測を覚えてるか?」
「なんだっけ?」
「――ラルダが大将に惚れたかも」
「あー、あぁ!? いや無いでしょ!
……彼女が僕に惚れる理由って何なのさ?」
「女子と付き合った事ないから俺も分からん
けど、もし事実ならこれはチャンスだ」
アクアはベリルに顔を近付けて、
まるで忠告でもするかのように命じた。
自分がその役割ではない事をいいことに、
魔物の仔に、過去経験した事のない
難題を押しつける。
「お前は――聖騎士団長を堕とせ
それが一番、復讐への近道になる」
「……余裕があったらね?」
「作ってやるさ。お前がそっちに集中している間
俺は復讐を進めておこう」
やがて蒸気モノレールは学内に入る。
其処は人類の叡智が育つ場所。
青春という名の実験場。
まずは新入生たちを熱い蒸気が歓迎した。
~~同日・夕刻~~
数時間に及ぶ入学式典を終えて、
ベリルとアクアは学内の大通りを進む。
彼らはこれから寮生活。
自分たちの住処となる場所を目指した。
が、予想通りそんな二人にラルダが迫る。
彼女の目的は当然、危険分子の監視。
とはいえ仲間も引き連れずに単騎で来る様には
やはり特別な思いが見え隠れするようだ。
(ラルダが僕を……? 多分気のせいでしょ)
「少しでも変な気を起こしてみなさい?
学内だろうと遠慮なく殺すから」
(ほらね敵意百パーセント)
「あと寮の部屋番号も教えなさい
いやっ……その監視のためだから……」
(敵意五十パーセントくらいか?)
そんな事を考えながら歩いている三人を
突如周囲の学生たちが取り囲む。
その多くは列車事故に居合わせた被害者。
聖騎士団長ラルダに感謝の言葉を
述べるための群衆だ。
いや、或いはここで有名人と
コネを作りたいという魂胆なのかもしれない。
何故なら事件解決に関わっていないはずの
アクアにも人だかりが出来始めたからだ。
セグルア・マギアに再入学した天才は
学内では聖騎士団長に匹敵する注目度だった。
(二人とも大変そうだなー)
「あ! 君も一緒に動いてたよね!
私も食堂車にいてさ! 助かったよ!」
「あぁ、どう、も……」
不意に与えられた声に反応し、
ベリルは当初当たり障りのない笑顔を見せた。
がしかし、その瞳は相手の顔を見た瞬間
隠しきれない衝撃を滲ませ硬直する。
目の前に立っていたのは一人の女。
黒髪に埋もれた小さな髪留めが光を拾い、
淡い色のカーディガンをふわりと揺らす。
學園に慣れて垢ぬけた雰囲気から
恐らく先輩であろう事は推測出来るが、
それをしたのはラルダとアクア。
ベリルは二人よりも先に
彼女が年上だと理解していた。
何故なら――
「初めまして!
私はエルジェット・セラフィナイト!」
「エリー……?」
「そう! エリーって呼んで!
ってあれ? なんで私の愛称知ってるの?」
何故ならそれは、既知の相手だったから。
かつて姉の如き存在の幻魔が
記憶と引き換えに安寧を与えた人間。
人と魔物が相容れないと、
最初に痛感させられた事件の当事者。
シェナの友人、『エリー』だったからだ。
「あ。もしかして前にどこかで会ってた?
あはは……ごめんねー。私物覚え悪くってさ」
寂しげにそう語り、彼女は天魔に手を差し出す。
「改めて、私はエリー! 君の名前は?」
ここは青春という名の実験場。
ベリルたちの奇怪な學園生活が始まった。




