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REM-B

水曜日の10時6分、黒田睡眠医学研究所の資料群について届いたメールは、ついに自動返信ではなかった。佐助がメッセージを開くより先に、美香が声をかけた。机の脇に立ち、印刷した紙を手にしている。いい知らせなのかどうか、自分でもまだ決めかねている人のような慎重な表情だった。

「資料群の整理を担当している人が見つかりました」

佐助は証明書類を確認していた表計算ファイルを閉じた。

「研究所の人ですか?」

「清算会社の人です。黒田睡眠医学研究所には、もう在籍している職員はいないそうです」

美香はその紙を佐助の前に置いた。

文面には、佐助の知らない担当者の署名があった。診療関係の書類は、すでに承認されている保存期間表に従って扱うこと。現行の資産登録がない機器については、ブンエイ・データサービスが写真付きの物品台帳を完成させ、個人情報を含む可能性のある媒体を分離することを条件に、旧式の技術機器として払い下げの対象にできる、と記されていた。

最後の段落には、追記があった。

「購入を希望する場合は、回収業者が提示した金額と同額を適用するものとし、優先権および値引きは認めない。」

佐助はその一文を読み返した。

「これ、聞いたんですか?」

「手続きについてです」美香が答えた。「村上さんのことじゃありません」

「買いたいなんて言ってません」

「昨日、知り合いに見せるために、機械の図面を持って帰りましたよね。見覚えがあるかもしれないって」

責めるような口調ではなかった。それでも佐助は周囲の席に目をやった。誰もこちらを見ていない。部署には、自動給紙装置の動き、スキャナーの音、机越しに交わされる短い確認の声が絶えず流れていた。

「だからって、一式を持ち出せるわけじゃないですよね」

「持ち出せません」

美香は空いていた椅子を引き寄せ、佐助の隣に座った。

「まず一つずつ登録します。そのあと回収業者が査定額を出します。村上さんが同じ金額を受け入れるなら、業者に直接支払う。譲渡は書面に残ります。許可なしで外に出せるものはありません」

「テープは?」

「中にデータがあるかどうかわかるまでは、売却の対象にはなりません」

佐助はもう一度メッセージを見た。

思っていたより、いい返事だった。

そして、思っていたより悪い返事でもあった。

「査定は誰がするんですか?」

「清算会社が指定した業者です。古い電子機器は扱っているそうですが、医療用途の改造まで特定できるとは約束してません。明日の朝に来ます」

「立ち会えますか?」

「上司が許可すれば」

美香は立ち上がった。

「それと、コピーは?」

佐助は鞄からファイルを取り出し、図面のコピーを返した。

「友達、何か思い出しました?」

「はい」と言ってしまうこともできた。そのほうが簡単だった。直樹は灰色の箱も、小さなテープも、百合子が「あれはおもちゃじゃない」と言ったことも覚えていた。けれど同時に、人は答えを与えられると、それに合わせて記憶まで変えてしまうことがあると、直樹は思い出させてくれた。

「似たようなものは覚えてました」佐助は言った。「でも、確認できるほどじゃないです」

美香はファイルを受け取った。

「少しは安心しました?」

「いいえ」

「なら、たぶん正直な記憶だったんでしょうね」

美香は自分の席へ戻っていった。

佐助はもう一度メールを開き、最後の段落を読んだ。それから銀行のアプリを開き、残高を確認して閉じた。自分がどれほどの金額を恐れているのか、本人にもわからなかった。

15時20分、上司は査定への立ち会いを許可した。ただし、その時間は私用ではなく棚卸し業務として計上すること、購入が部署の業務に影響しないこと、と付け加えた。

佐助は礼を言った。

直樹はその知らせに、ひとつ質問を返してきた。

「動くかどうかもわからないものを買うのか?」

佐助は、まだわからないと返信した。

すぐに返事が来た。

「じゃあ、答えを買うわけじゃない。そこは忘れるな」

佐助はスマートフォンをしまった。

その夜、百合子の部屋をもう一度開けた。

箪笥は動かさなかった。服を取り出すことも、ベッドの下にしまった箱を開けることもしなかった。色褪せた壁紙に残るいちばん大きな跡の前で床に座り、その隅がまだ家の暮らしの一部だった頃を思い出そうとした。

しばらくは、目の前にあるものしか見えなかった。壁。スタンドのコード。箪笥の影。ハンカチの上に置いたままの小さなプラスチックの留め具。

やがて、日付のない映像が浮かんだ。

百合子が廊下に膝をつき、手にコードを巻きつけている。明るい色のブラウスを着て、髪を結んでいた。佐助は階段のそばで待っていた。七歳だったかもしれない。もっと幼かったかもしれない。その記憶の中で、佐助は手伝ってもいいかと尋ねていた。

母の返事は言葉ではなかった。扉を閉める、その仕草だった。

佐助はその場面をもっと近くに引き寄せようとした。近づこうとするほど、残るものは少なくなった。

その仕草を確かな記憶に作り替えてしまう前に、立ち上がった。

翌朝9時38分、査定担当者が折り畳み式の台車と工具ケース、三色のラベルを持ってやって来た。

森田英二という男だった。五十代前半で、暑いのに水色のシャツの袖口まできちんと留めている。名札は産業機器のリユース会社のものだった。秘密を解く専門家らしい雰囲気はどこにもない。物がトラックの荷台を占めるだけの価値を持つかどうかを、数分で判断することに慣れた人に見えた。

地下二階で美香が森田を迎えた。佐助は物品台帳の用紙を持って二人についていった。

97番の箱は、保留の封印テープを貼られたまま灰色の台車に載っていた。開封する前に、美香は封印を撮影し、時刻を記録した。

「まず書類からです」

佐助はファイルを取り出し、別の箱へ移した。次にケーブル、電極、ヘッドホン、壊れた切替スイッチが二つ付いた外部ユニットが出てきた。最後に、録画機を持ち上げた。

森田は小型の懐中電灯を歯でくわえ、背面パネルを調べた。

「ベースはベータマックスですね」森田が言った。「たぶん八十年代末。何度も筐体を開けられてます」

「直せますか?」佐助が聞いた。

森田は懐中電灯を口から外した。

「たいていのものは直せます。問題は、そこまでして金を出す人がいるかです」

森田は蓋の下に固定された基板を指した。

「これは工場出荷時のものじゃありません。音声入力が改造されてるし、見たことのないコネクターも追加されてます。開けないと、何をしたのかまではわかりません」

「開けてください」美香が言った。「記録を残してもらえれば」

森田は薄手の手袋をはめ、六本のネジを外して布の上に一列に並べた。蓋はなかなか外れなかった。内部には埃が溜まり、ベルトは変形し、配線の色も元の規格とは一致していなかった。

佐助は記録用紙を近くへ寄せた。

内側の側面には、誰かが保守履歴を手書きしていた。日付は三つ。最後は2001年11月だった。

その下に、小さな字でこうあった。

「帰還の再校正なしに補助ヘッドを交換しないこと。」

佐助はその文を書き留めた。

「これ、何か意味がありますか?」美香が尋ねた。

森田は内部を見つめた。

「書いた人には、たぶん」

ピンセットでベルトの一本に触れた。素材は押されたまま、元の形に戻らなかった。

「この状態じゃ、何も再生できません。モーターは回るかもしれない。でもテープはまともに走らない。無理に動かせば、媒体を巻き込みます」

「いくらくらいですか?」佐助が聞いた。

森田は佐助を見て、それから美香を見た。

「機器としては、ほとんど値がつきません。部品取りなら少し上がる。外部ユニットは用途不明。電極は医療用途には再利用できません」

森田はクリップボードの上で簡単に計算し、金額を見せた。

佐助が恐れていたより安かった。それでも、すぐには答えなかった。

直樹は、答えを買うわけではないと言っていた。

紙に書かれた金額で買えるのは、不完全な機械と古いケーブル、それに、そのすべてが無駄かもしれないと確かめる権利だけだった。

「その金額で買います」

美香は驚いた様子を見せなかった。

森田は仮の受領書を作成した。機器と付属品には、再利用予定品を示す緑のラベルが貼られる。ファイル類はブンエイ・データサービスに残り、テープには赤いラベルが貼られて、保留箱へ戻された。

「0」と記されたテープが蓋の下へ消えるのを見たとき、佐助は扉の半分だけを買ったような気がした。

「中身をコピーせずに、媒体だけ調べる方法はありますか?」

森田はクリップボードを閉じた。

「物理的な状態なら確認できます。再生となると話は別です」

「できる人を知ってますか?」

「普通のベータマックスなら。これは、無理ですね」

森田はもう一度、機器の内部を覗き込んだ。電源部の近くに、ほとんど消えかけた古いラベルがあった。綿棒の先を湿らせ、埃を少し取り除いた。

現れた文字は、研究所の名前ではなかった。

保守点検のスタンプだった。

「北星映像工房」

その下には九桁しかない電話番号と、秋葉原の住所が記されていた。

「この工房、まだあるんですか?」佐助が聞いた。

「住所は残ってるかもしれません」森田が答えた。「店が残ってるかは別です」

森田はスタンプを撮影し、蓋を元に戻した。

11時15分、譲渡手続きは記録上完了した。佐助は森田が持参した端末にタッチ決済し、領収書を受け取り、機器を医療用途に使用しない旨の誓約書に署名した。

録画機、外部ユニット、ヘッドホン、ケーブルは新しい箱に収められた。佐助は宛先ラベルに自分の名前を書いた。

その場では何も持ち帰らなかった。

建物の規則で、私物を作業区画に置いておくことはできない。森田が箱を会社の倉庫へ運び、売却伝票が発行されたあと、夕方に引き渡せるようにするという。受け取り窓口は秋葉原駅から三ブロックほどの場所にあった。

手続きは遅く、事務的で、署名ばかりだった。

佐助はそれに安堵した。

偶然には書類はいらない。決断にはいる。

昼前、佐助は完成した物品台帳を美香に渡した。美香はコードを確認し、確認者欄に署名して、「0」のテープをほかの媒体から分けた。

「再生しない状態検査を申請します」美香が言った。「テープ表面に問題がなければ、今度は試験再生の許可を個別に取ります」

「どれくらいかかります?」

「検査は一時間。清算会社の返事は、わかりません」

佐助は頷いた。

「その答えが気に入らないって、言ってもいいんですよ」美香が言った。

「言っても時間は縮まりません」

「口にすること全部が、何かを変えるためじゃなくてもいいでしょう」

美香は箱がきちんと閉じているか確かめるように、縁を指でなぞった。

「その友達、機械のこと手伝ってくれるんですか?」

「一人で何かしないように見張ってくれます」

美香は笑った。

「役に立ちそうですね」

佐助は、美香も手伝ってくれるかと聞こうとした。問いは口元まで来たが、出なかった。

美香はまだ目の前に立っていた。

月曜日、美香は目を覚ましたとき、誰かを待たせてきたような気がしたと言っていた。それ以来、誰だったのか思い出せたかと、佐助は何度も聞こうとしていた。

今なら簡単だった。

「ほかに何かあります?」美香が尋ねた。

佐助は赤い箱を見た。

「0」と記されたテープが中にある。その日のうちに、何かが残っているのか、それともあの図面もケーブルも書き込みも、すべてただのノイズで終わるのか、わかるかもしれなかった。

「いいえ」佐助は答えた。

美香は一瞬そのまま立っていた。佐助が答えを言い直すのを待っているようだった。

佐助は言い直さなかった。

「わかりました」

美香は箱を制限媒体用の保管庫へ運んだ。扉が閉まるまで、佐助はその動きを目で追った。答えを知らないから聞けない質問があった。答えを疑い始めているから聞けない質問もあった。

15時40分、美香は法務担当から二枚組の書類を持って戻ってきた。

「清算会社から返事が来ました。ファイルはここに残します。テープは、通常の検査で映像、音声、患者情報が確認されないこと、それと、あとで個人情報が見つかった場合は返却するという誓約書に村上さんが署名すること。その条件なら、一式と一緒に引き渡していいそうです」

佐助は書類を受け取った。

「そんな手続き、あるんですか?」

「今できました。中身が空かもしれない媒体を処分する費用を払うより、例外を書面に残すほうがいいんでしょう」

親切ではなかった。費用と期限と責任を、番号の振られた欄へ分配しただけだ。佐助は、好意で出された許可より、そのほうを信用できた。

検査は、古い業務用資料を変換するための小さなAV室で行われることになった。そこには、たまに使うため保存されていた家庭用ベータマックス機があった。REM-Bの改造部分はおそらく認識できない。ただ、テープに通常の映像記録があるかどうかを確かめるには使える。

森田はほかの機器の回収を終えるため、まだ建物に残っていた。試験を始める前に、「0」のテープを光に透かし、リールを手で回し、カートリッジを開けずに窓部分だけを清掃した。

「抵抗があれば止めます。テープに皺が出ても止めます」

美香は媒体の状態を撮影し、保管履歴の記録を開始した。佐助は購入希望者として署名した。上司は引き渡し責任者として、森田は試験実施者として署名した。

部屋にいる人数より、署名の数のほうが多かった。

ブラウン管モニターが点くまで数秒かかった。画面は青く、隅にチャンネル番号が表示された。森田はテープを入れ、イジェクトボタンに手を置いたままにした。

再生ボタンを押すと、青い画面が消えた。

砂嵐が現れた。

無信号のチャンネルに出る均一な砂嵐ではない。明るい帯が画面を上へ走り、上端に届く前に崩れていく。カウンターは進んでいたが、映像は何ひとつ形にならなかった。スピーカーからは、狭い隙間を風が抜けるような、低く不規則な音が流れていた。

森田はリールの動きを見ていた。

「テープの走行は問題ないです」森田が言った。「ただ、信号が普通の映像じゃない」

佐助は美香の後ろに立っていた。何も出ないと思っていた。それでも、目の前の「何もない」には、リズムがあった。

十八秒。

二十四秒。

三十一秒。

森田は機械のモーター音と区別できる程度にだけ、音量を上げた。

そのとき、佐助は警報音を聞いた。

カン、カン、カン、カン。短い金属音は、干渉音にほとんど飲み込まれていた。

佐助は身を乗り出した。

「戻してください」

「だめです」森田が言った。「まず安定しているところまで通します。何度も巻き戻すほうが負担になる」

警報音がもう一度聞こえた。外からではない。部屋には窓がなく、鉄道路線からも十分に離れている。地下二階まで踏切の警報音が届くはずはなかった。

美香は佐助を見た。画面ではなく、佐助を。音を聞いた瞬間に身を乗り出したのを見ていたのだろう。

佐助は説明しなかった。部屋にはほかに三人いたが、田舎の家も、自転車も、青いタオルも、誰も知らなかった。

カウンターが1分12秒に達すると、森田は停止を押した。

「どうして止めたんですか?」佐助が聞いた。

「ヘッドがトラッキングを外し始めたからです」

森田はテープを取り出し、露出した面を確認した。

「損傷はありません。でも、この機械でもう一度通すのは勧めません」

「音声が録音されていたんですか?」美香が尋ねた。

森田は少し考えてから答えた。

「機械が音声として解釈した何かは、トラックにありました。でも、それは誰かがこのテープに音を録音したという意味じゃありません」

「ほかに何があり得ます?」

「干渉、制御信号、読み取り不良。改造機器は、短すぎる答えほど説明らしく見えます」

佐助はその言葉を、直樹の慎重さほど好きにはなれなかった。たぶん、どちらも同じことを言っていたからだ。

美香は記録を確認した。

「顔も名前も声も出ていません。個人を特定できる内容なし、と分類できます」

上司が条件付きの引き渡し承認に署名した。テープには、保留番号を隠さないよう赤いラベルの上から緑のラベルが貼られた。佐助は保管誓約書に署名し、控えを受け取った。

モニターを切る前に、美香は最後に記録された一秒をコマ送りで見せてほしいと森田に頼んだ。

「何か見えたんですか?」佐助が尋ねた。

「わかりません」

森田は、明るい帯が画面中央に押し集まった箇所まで戻し、手動で一コマ進めた。

砂嵐の一コマ。

もう一コマ。

黒い帯。

次の一コマだけ、明るい面が現れた。壁かもしれない。看板かもしれない。あるいは、さっきまでより少し形の整った読み取り不良にすぎないのかもしれない。

その中央に、黒い円があった。

森田が一コマ進めた。

砂嵐に戻った。

「一コマ戻してください」美香が言った。

森田は戻した。

円は完全な丸には見えなかった。縁は不規則で、もしそれが塗料なら、下へ垂れた跡がある。佐助は画素の粗い網目が見えるほどモニターへ近づいた。

その印がどこにあるのかは、わからなかった。

だが、何を表しているのかはわかった。

「0」

テープに書かれていたのと同じ数字だった。

美香は報告書用に画面を撮影した。佐助はコピーを求めなかった。まだ。

18時03分、佐助はブンエイ・データサービスを出て、山手線で秋葉原へ向かった。直樹から、今日は風待ちを遅めに閉めるから、21時を過ぎても会えるというメッセージが届いた。

佐助は、必要ないと返した。

直樹はこう書いてきた。

「だから呼べって言ったんだ」

二人は佐助の家で落ち合うことにした。

秋葉原に着いても、街はまだ人で溢れていた。夕方の光が建物と看板とケーブルの間に残っている。佐助は大通りを渡り、電子部品店の隣にある細い通りで受け取り窓口を見つけた。

金属の仕切りの向こうに、二つの箱が用意されていた。大きいほうにはREM-B、外部ユニット、ヘッドホン、ケーブル。小さいほうにはテープと保管誓約書の控えが入り、別に封がされていた。

係員は書類を確認し、署名を求め、中身が重いと注意した。佐助は持ち上げる前に、保証金を払って台車を借りた。

大きい箱を載せたとき、スマートフォンに保存していた保守スタンプの写真をもう一度見た。

「北星映像工房」

そこから住所までは十一分だった。

佐助は一度、経路案内を開いた。青い点は、大きな通り沿いの店の裏手、秋葉原でも早めに店が閉まる一角を示していた。

機械は手元にある。テープもある。このまま工房まで行って、その夜のうちに見てもらうこともできた。

時刻を見た。

それから、地図を閉じた。

直樹は家で待っている。森田は、修理する前のREM-Bにテープを入れるなと警告していた。そして佐助はその一日の中で、そこへ至る手順を無視して答えだけを手に入れることは、別の形で答えを失うことだと学んでいた。

台車を押して駅へ向かった。

ホームで、スマートフォンの録音アプリを開いた。

「最後の場所、ブンエイ・データサービスのAV室。最後にいた人たち、美香、森田さん、それに上司」佐助は言った。

いちばん強く残っている感情を選ぶ前に、電車が到着した。

佐助は乗り込み、扉のそばに立った。短い駅間を抜けるたび、窓に映った自分の姿が暗い景色を横切っていくのを見た。

まだ「希望」ではなかった。

「不安」でもなかった。

電車が上野を出たところで、ようやく録音を締めくくった。

「決断」

メモを保存した。

窓の反射の中で、一瞬だけ、モニターに映った黒い円が自分の顔についてくるように見えた。

佐助は瞬きをした。

映っていたのは、自分の姿と足元の二つの箱だけだった。


挿絵(By みてみん)

[林美香の作業机]

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