第七章:『泥濘の檻、死者からの告発状』
一、 最後の晩餐
渋谷の地下クラブ『タナトス』のVIPルーム。 闇バイト組織の若き中心人物・リュウジは、前夜にあのイタいウェブ小説家から回収した大金をテーブルに広げ、下卑た笑みを浮かべていた。 「マジであのガキ、最高のおもちゃだったな。自分のことを闇の支配者だと思い込んだまま、俺たちのために命がけで大金を運んできてくれたわけだ」
「リュウジさん、お祝いにケータリングから特別な料理が届いていますよ」 手下の半グレが運んできたのは、グツグツと妖しく泡立つ、エビとマッシュルームのアヒージョだった。 ニンニクと香草の強烈な香りが漂うそれは、オリーブオイルの代わりに、知らぬ顔の半兵衛が丹念に抽出した「バラムツの油」が100%注ぎ込まれた地獄の油壺。
「お、美味そうじゃん」 リュウジは一切の警戒を解き、バゲットにその悪魔の油をたっぷりと浸して口へ放り込んだ。 「うわ、これ濃厚でマジで美味いな!」 彼が最後の晩餐を貪り食う姿を、グラスを片付けるフリをして見つめていた念仏の鉄が、音もなく背後に歩み寄る。鉄の太い親指が、歓談するリュウジの腰椎へと一瞬だけ鋭く突き入れられた。排泄神経の秘孔。 「……ん? なんだ、急に腰のあたりが冷えたな。まぁいいか」 神経をフリーズさせられたリュウジは、自らの腸内で未曾有の濁流が決壊寸前まで膨れ上がっていることに、やはり気づくことすらできなかった。
二、 すれ違いの奇襲
深夜二時。機嫌良くクラブを出たリュウジは、ビルの薄暗い廊下を、数人の手下を引き連れて歩いていた。 その向こうから、一人の華やかな女性が歩いてくる。便利屋『嶋屋』の加代が裏から手を回して手配した、クラブのホステスだった。
女性はリュウジとすれ違う瞬間、わざとらしくその肩を指先で叩き、甘い声で呼び止めた。 「あ、竜次さんじゃなーい? 今帰り?」 「あ? 誰だお前。俺、お前みたいな――」
リュウジが怪訝な顔で、完全に後ろ(女性の方)を振り向いた、まさにその瞬間だった。 彼の死角となった真後ろから、完全にビルの風景(夜間巡回中の冴えない平警官)に溶け込んでいた中村主水が、音もなく間合いを詰めていた。
主水の昼行灯の目が、一瞬にして漆黒の暗殺者の眼光へと切り替わる。 主水は手にした仕込み警棒の柄を、リュウジの臀部へと、正確無比かつ強烈に突き刺した。 肉体を引き裂くような、渾身の浣腸。
「――ひぎゃあああああああッッ!?」
リュウジの口から、およそ裏社会の幹部とは思えぬ、裏返った情けない悲鳴が響き渡った。 衝撃によって鉄の秘孔のロックが内部から爆発的に『解除』され、せき止められていたバラムツの濁流が、一気に、凄まじい勢いで決壊した。
高級ブランドのズボンが一瞬にして不気味な褐色へと染まり、廊下に猛烈な悪臭が立ち込める。リュウジはプライドもクソもなくその場に崩れ落ち、涙と鼻水を流して股間を押さえ、泥濘の中で激しくのたうち回った。 手下たちが「り、リュウジさん!? 何すかこれ!」とパニックになる中、主水は冷めた目で彼を見下ろし、悪党の耳元にだけ聞こえる声で、低く、意地悪に囁いた。
「お兄ちゃん、お腹に悪いもんでも喰ったのかい? ……心配するねぇ。あとで留置場へ、お巡りさんがパンツかオムツの差し入れを心配してやるよ」
三、 神のプロット
「な、何だと貴様ァ!」 リュウジが怒鳴ろうとした、まさにその瞬間。 ビルの非常階段の重厚な鉄扉が、爆音と共に蹴破られた。
「動くな! 警察だ! 現行犯で全員逮捕する!!」
加代のリークによってビルを完全包囲していた、本庁の捜査二課の大部隊が一斉になだれ込んできた。 凄まじい足音と怒号。刑事たちのフラッシュライトの光が、クソ塗れになって床を這い回る闇バイトの中心人物の姿を、これでもかと鮮明に、容赦なく照らし出す。
「う、嘘だろ、なんで警察が……! おい、携帯を、証拠を消せ!」 リュウジは叫ぼうとするが、下腹部からの容赦のない激痛と排出の波に襲われ、言葉にならない。 「汚ねぇ! なんだこの臭いは! おい、このクソ塗れの野郎を最優先で連行しろ!」 容赦なく手錠をかけられ、日本一無残な姿で引きずられていくリュウジ。彼には、なぜ自分がこんな生き地獄を味わっているのか、1ミリも理解できなかった。
騒然とする廊下の片隅、ドサクサに紛れて「おやまあ、大変な事件だねぇ」と急須を揺らしながら、何食わぬ顔でパトロールへと戻る主水の背中があった。
一方、古い木造アパートの一室。 トリプルモニターの前で、ウェブ小説家の青年は、自分のスマホに届いたニュースの速報を見て、ガタガタと身体を震わせていた。
『――速報。渋谷の高級クラブ周辺にて、大規模な闇バイト組織のガサ入れが決行。組織の中心人物とみられる男は、突入時に激しい体調不良を起こし、無残な姿で現行犯逮捕――』
青年は、自分がたった今ウェブ小説の最新ページに書き込んだ【プロット】を見つめた。 『……すれ違いざまの一撃。悪党は自らの不浄を撒き散らし、警察の光の前に崩れ落ちるのだ。これぞ我が紡いだ絶対のシナリオ……』
「ああ、あああ……!」 青年は、自らの両手を見つめ、歓喜のあまり狂ったように涙を流した。 「まただ……また俺の書いた文字の通りに、世界が、現実が再構築された……! 俺は本当に、この世界を裏から操るカオス・マスター、本物の神だったんだ!!」
アパートの窓から漏れる青年の高笑いを、薄暗い路地裏から見上げている4人の影があった。 「ふん、相変わらずおめでたい神様だねぇ」 加代がスマホを閉じ、半兵衛がニヒルに口元を歪め、鉄が低く嗤う。
主水はポケットの中で、あの亡くなった木村老人の形見の、擦り切れた一万円札をそっと撫でた。 「……おじいさん。あんたを泣かせた悪党どもは、全員まとめてお巡りさんが『処理』しておいたよ」
主水が警察帽をクイッと目深に被り直すと、渋谷の夜空へ、パトカーのサイレンがどこまでも清々しく、高く響き渡っていった。
(第七章・完)




