第六章:『神の偽録(フェイク)、泥濘のトレース』
一、 世紀のフェイク強盗
夜、都内の閑静な住宅街にある空き家。カーテンを閉め切った一室で、ウェブ小説家・青年はスマートフォンのカメラを構え、興奮に身体を震わせていた。 画面の向こうでは、加代が逆探知用のトラップを仕込んだ秘匿通信アプリを介し、闇バイトの「指示役」が生中継の映像を凝視している。
「これより、我が闇の執行(ロネhan……あ、いや、ロネハン)を中継する……!」
青年が中二病全開の声を上げた瞬間、部屋の奥で「被害者の老人」に変装した半兵衛が、迫真の悲鳴を上げた。 「うわあああ! 金なら金庫だ! 命だけは、命だけは助けてくれぇ!」
すかさず「共犯者の実行犯」として潜入していた念仏の鉄が、半兵衛の身体をプロの技で――絶対に怪我をさせない絶妙な力加減で――豪快に畳の上へ投げ飛ばす。青年は事前に用意していたケチャップ入りのボトルを派手にぶちまけ、カメラに向かって唾を飛ばした。 「フハハハ! 終わりだ! 我がプロット通りに果てるがいい!」
画面の向こうの指示役は、本物の仕事人たちが演じるあまりにもリアルすぎる強盗傷害現場に、「素晴らしい! 本物の逸材だ!」と大興奮し、中継に釘付けになっていた。
その頃、便利屋『嶋屋』のオフィスでは、加代が猛烈な速度でキーボードを叩いていた。生中継という大容量の動画データが流れる今こそ、暗号化通信の隙間を突いて接続拠点を逆探知する最大のチャンスだ。 「――捉えた! 闇バイトの指示役、発信源は渋谷区宇田川町、地下クラブ『タナトス』のVIPルーム! つながってるよ主水!」
南町署のデスクで待機していた主水は、手元の人差し指タイピングを止め、警察帽を深く被り直した。 「よし……じゃあ、お巡りさんの夜のパトロールと行きますかねぇ」
撮影が完璧に終わり、指示役から青年へ狂喜のメッセージが届く。 『合格だ。今すぐその金を渋谷のクラブに持ってこい。直接会って、上の組織に紹介してやる』
青年は悦に浸り、ふっと前髪を払った。 「ついに、ラスボスの間へのインビテーション(招待状)を勝ち取ったか」
青年が夜の街へ飛び出していくのを見送りながら、床の血糊を不機嫌そうに拭う半兵衛と鉄が深くため息をつく。 「あのガキ、たいした役者だよ。自分が本物の地獄の扉を開けちまったってのに、まだ自分の小説の通りに世界が動いてると思ってやがる」
二、 神の自爆、影の黒衣
渋谷の地下クラブ『タナトス』の最奥、重厚な防音扉に守られたVIPルーム。 青年は、騙し取った本物の金――実際は加代が用意したダミーの札束――が詰まったアタッシュケースを手に、堂々と乗り込んでいた。
ソファに深く腰掛けているのは、今回の闇バイトの若き中心人物であり、半グレ組織の幹部・竜次。その周囲には、バタフライナイフや銃の不気味な膨らみをジャケットに隠した、本物の凶悪犯たちがズラリと固めている。
「お前が『カオス・マスター』か。動画は見たぞ、いい手際だ」
竜次が下卑た笑みを浮かべる。だが、青年はその冷徹な裏社会の暴力の空気に呑まれるどころか、万能感から完全に理性のブレーキを失っていた。 「フッ、褒めるのはそれまでにしろ、悪党ども。お前たちの罪のプロットは、ここで終わりだ」
「……あ? 何だお前」
青年は懐から、百均のナイロン製釣り糸をジャキッと取り出し、勇次さながらのポーズを決めて半グレたちに言い放った。 「我が暗黒の糸に絡め取られ、泥濘に沈むがいい!」
一瞬の静寂の後、竜次が信じられないものを見る目で吐き捨てた。 「なんだこのイタいガキは。……おい、ハジけ。ブチ殺せ」
「えっ――あ、待っ――」
次の瞬間、大柄な半グレが金属バットを振り上げ、青年へ襲いかかる。青年は内心ガチでビビり散らかし、目を瞑って必死に釣り糸を振り回した。当然、生身の引きこもり小説家の筋力で勝てるはずがない――はずだった。
ガキィンッ!!!
「ぎゃあああああッ!?」
悲鳴を上げたのは、バットを振り上げた半グレの方だった。天井のダクトの闇から音もなく飛び降りた念仏の鉄が、青年の釣り糸の動きに合わせ、半グレの腕の秘孔を骨ごとへし折ったのだ。「な、何が起きた!?」
パニックになる部屋の照明が、突然パチパチと激しく明滅し、完全に消灯する。加代のハッキングによるブレーカーの強制遮断だ。 「クソっ、敵襲か!?」
暗闇の中、半兵衛が死角から滑り込み、銃を抜こうとした男たちの顎を容赦なく和包丁の柄で強打し、次々と気絶させていく。 青年が恐怖で頭を抱え、「ひ、光よ、来たれ!」と絶叫した瞬間、タイミングを合わせたように照明が復旧した。
目を開けた青年の前には、なぜか半数以上の半グレが白目を剥いて床に転がっている。 「な、なんだと……!? 俺の『闇の障壁』が発動したのか……!?」
驚愕する竜次を尻目に、部屋の入り口のドアがけたたましく開いた。 「おいおい、喧しいねぇ! 近所から騒音の苦情が入ってんだよ!」
入ってきたのは、制服姿の中村主水だ。主水はドサクサに紛れて青年の首根っこをひっ捕らえると、「公務執行妨害の巻き添えを喰らいたくなきゃ、来い!」と叫び、腰の抜けた青年を無理やり部屋の外へと引きずり出し、クラブの非常口から一気に夜の街へと逃がしたのだった。
三、 カウントダウン
渋谷の路地裏。 主水にゴミのように突き放され、へとへとになってアスファルトに座り込んだ青年は、自らの両手を見つめて感動の涙を流していた。
「やはり……やはり俺は本物の選ばれし神だったんだ。目を瞑った瞬間、我が闇の力が具現化して悪党を薙ぎ払った……。あの警察官(主水)も、神の帰還を阻む国家の結界から俺を救うための使者に違いない……!」
青年はふらふらと立ち上がり、「よし……この奇跡を、今すぐ最新話のプロットに書き込むぞ!」と、自分のアパートへと全力で走って帰っていった。
電柱の影からそれを見送る、主水、半兵衛、鉄、そしてスマホの画面越しに見守る加代。全員が、心底から呆れ果てた顔で激しいため息をついていた。
「……やってられねえよ、まったく。あのバカを死なせないために、なんで俺たちがここまで大汗かかなきゃいけねえんだ」
主水がぼやくと、鉄がゴキゴキと拳を鳴らす。 「だが主水、おかげで『闇バイトの中心人物』の顔とアジトは100%特定できたぜ。あの部屋にいた竜次って野郎が、木村のじいさんを間接的に殺した本星だ」
半兵衛がいつもの締まりのない顔から一転、剃刀のようなニヒルな口元を歪め、懐から怪しい小瓶を取り出す。 「若者たちの聖地、渋谷の地下クラブか。……あいつらの最後の晩餐には、最高に冷えたバラムツオイルのアヒージョがよく似合いそうだな」
加代が画面をタップし、冷酷に微笑む。 「アジトのスマート家電も、トイレの電子ロックも、全部アタシがいつでもハックできるように準備完了だよ。――さあ、神様の小説の通りに、本物の地獄を執行しようじゃないの」
主水は警察帽をクイッと目深に被り直し、冷たい殺気を孕んだ目で呟いた。
「……よし、乗った。ターゲットは決まった。夜の仕事(仕置き)にかかろうぜ」
4人のプロフェッショナルが、中心人物・竜次を完全抹殺するための「バラムツ作戦」の刃を研ぎ澄まし、渋谷のネオンの闇へと静かに散っていった。
(第六章:完)




