第一章:祝宴は泥の味、悪徳たちの輪舞曲(ロンド)
―――令和の闇を穿つ、前代未聞の“社会的抹殺”――――――
一、鉄壁の城と、蜘蛛の糸
地上50階。
夜空を傲慢に突き刺すようにそびえ立つ、高級タワーマンションの最上階ペントハウスが今夜の舞台だった。
見下ろす東京の街の灯りは、まるで小粒の宝石。あるいは、いつでも踏み潰せる虫の群れのようだ。
エントランスには最新鋭の顔認証システムが冷たい光を放ち、胸板の厚い私設ガードマンたちが周囲を威圧するように直立している。
金と権力によって築かれた、鉄壁の城。
その頂、スワロフスキーのシャンデリアが眩しく輝く大広間では、およそ「上品」とはかけ離れた濁った高笑いが響き渡っていた。
「ガハハハ! 見たか! 警察も検察も、結局はウチの親父の一言で手も足も出せやしねえ! 『証拠不十分で不起訴』。これが現実だよ!」
クリスタルグラスの高級シャンパンをあおり、下卑た笑みを浮かべる男。
若者を言葉巧みにハメ、自殺へと追い込んだ投資詐欺の元締め――御子柴 竜也だ。
数日前、彼の嘘に騙されて全財産を失い、冷たいアスファルトへ飛び降りた若い女性のことなど、その脳裏には微塵もない。
「竜也、あまり調子に乗るな。今回は私が裏から手を回してやったが、次からはもっと巧妙にやれ。トカゲの尻尾くらいは最初から用意しておくものだぞ」
冷淡に言い放つのは、彼の父親であり、政財界に太いパイプを持つ大物実業家・御子柴 賢三。
その傍らでは、高額な報酬と引き換えに法律の抜け穴をすべて塞いだ悪徳弁護士・白石が、眼鏡の奥の細い目を狡猾に歪めていた。
「賢三先生の仰る通りです。法律など、解釈と金の力次第でどうとでも歪められる。騙されるような無知な弱者が悪いのですから、竜也様が心を痛める必要は全くありませんな」
悪党たちが極上の美食を囲み、自らの完全勝利を祝う。彼らにとって、この世は自分たち強者のための狩り場だった。
だが、彼らは気づいていない。
自分たちを映し出す防犯カメラのレンズが、すでに「別の意志」によって支配されていることに――。
薄暗い雑居ビルの一室で、加代は猛烈な速度でキーボードを叩きつけていた。
カタカタカタタンッ! と乾いた打鍵音が響く。
画面にはタワマンのセキュリティシステムが完全に解体され、裏口の電子ロックが解除されるログが緑色の文字列となって流れていく。カメラの映像は、事前に録画された無人のループ映像に差し替えられた。
「ふん、金と権力で法から逃げ切ったつもりかい? 現代の蜘蛛の巣をナメるんじゃないよ。網の目は整えてやった。さあ、最高の仕置の始まりだ!」
二、職人の刃と、見えざる指
クラシック音楽が微かに流れる、清潔で無機質なホテルの出張厨房。
最高級ケータリングの料理人に扮し、静かに潜り込んだ知らぬ顔の半兵衛は、周囲のスタッフが忙しなく動く中、ただ一人、異様な集中力でまな板に向き合っていた。
ステンレスの調理台に、一切の曇りもない半兵衛のマイ包丁が静かに置かれる。
取り出したのは、純白の美しい身の魚――一般の市場には絶対に流通しない禁断の怪魚、バラムツだ。
刃先が身に触れる。
――シャリィ、と冷えた肉を断つ微かな音がした。
半兵衛は、一切の迷いがない神業的な包丁捌きでその身を極薄に引いていく。向こう側が透けて見えるほど美しく引かれたそれは、まるで極上の大トロのように妖しく油を滴らせていた。
バラムツのワックス成分を完全に隠蔽しつつ、脂の乗った最高級の白身魚と錯覚させるため、特製の江戸前十割蕎麦の付け合わせとして、絶妙な衣で天ぷらに仕立て上げる。
長年培った職人の勘と技術が、悪魔の魚を「至高の毒膳」へと変えていく。
「へっ、美味い美味いと喰らってな。せいぜい腹一杯に溜め込むがいいさ」
半兵衛の差し出したその特製蕎麦と天ぷらは、お抱えシェフの太鼓判付きで御子柴親子のテーブルへと運ばれた。「これは絶品だ!」と、悪党たちは一切の疑いを持たずにそれを貪り食っていく。
皿が空になるのを見届け、半兵衛はニヒルな笑みを浮かべて厨房の闇へと下がった。
次に動いたのは、高級ケータリング会社のウェイターとして見事に周囲に溶け込んでいた念仏の鉄だった。
黒くゴツゴツとした指に銀のトレイを乗せ、追加のヴィンテージワインを注ぐため、歓談する御子柴たちの背後へと音もなく接近する。衣擦れの音すらさせない、完璧な忍び足。
「おっと、失礼」
ワインを注ぐ刹那、鉄はわざとわずかに体勢を崩した。
トレイを支える左手の人差し指と中指が、衣服越しに御子柴竜也、父親の賢三、そして弁護士の白石の腰椎へと吸い込まれた。
トォン、と軽く叩くような、端から見ればただの不注意な接触。
だがその指先は、肉の厚みを正確に貫き、解剖学に基づく排泄神経の秘孔を『完全なフリーズ状態』へと叩き落としていた。
下半身の感覚を完全にマヒさせる技。
時限爆弾の導火線は、今、確実に点火された。当人たちは、自分たちの腹の中で猛烈な決壊が始まりつつあることにすら、まだ気づいていない。
三、決戦の雷と、泥濘の宴
宴も終盤に差し掛かった頃、場違いなガタ、という重い音と共に大広間の扉が開いた。
入ってきたのは、制服の襟元をだらしなく緩めた、冴えない中年の老警官――中村 主水だった。
「あ〜あ、すんませんねぇ、お楽しみのところ。本庁の署長から『賢三先生に急ぎの書類をお届けしろ』と突っつかれましてねぇ。へへへ、お役所仕事ってのは夜中だろうが融通が利かなくていけねえ」
私設ガードマンたちが色めき立つが、御子柴賢三がそれを手で制した。
警察を顎で使っている優越感に浸りながら、不快そうに主水を睨みつける。
「苦労をかけるな。書類はそこに置いて、さっさと退散しろ」
「おやおや、これは失礼いたしました! 偉い政治家先生でしたか。いやあ、お許しください、へへへ」
主水は揉み手をしながら、ペコペコと頭を下げて御子柴親子に近づいていく。
その姿はどこからどう見ても、権力に怯える無能な平警官そのものだった。
――一歩、二歩。彼らの至近距離、完全な間合いに入った刹那。
主水の顎が、グッと引かれた。
伏せられていた両目が、カッと見開かれる。
冴えない老警官の皮が、音を立てて剥がれ落ちた。
溢れ出したのは、底知れない暗殺者の「ギラリ」とした冷酷な眼光。室内の空気が、一瞬で凍りつく。
──閃光。
他者からは完全な死角。
袖口から滑り出た警棒の鋼の柄が、主水の分厚い掌底に押し出され、竜也、賢三、白石の3人の下腹部へと目にも留らぬ速さで突き刺さった。
ドン、ドン、ドン。
くぐもった重い肉の音が三度。
それは鉄が施した秘孔のロックを、内部から強烈に『爆破』する一撃だった。
「―――おっと、失礼」
主水が素早く身を引くと同時に、3人の腹の中で、せき止められていた暗黒の濁流が一気に決壊した。
「……っ!?」
最初に異変に気づいたのは、元締めの竜也だった。
純白のオーダーメイドスーツの股が、またたく間に不気味な褐色へと染まっていく。感覚が戻った瞬間、脳を襲ったのは、人生で経験したことのないレベルの猛烈な排泄感と、手遅れの絶望だった。
「あ……、あ腹が……! いや、嘘だろ、これ、何だ……!?」
続いて、父親の賢三、弁護士の白石も同時に顔面を蒼白に染めた。
ガチガチと歯を鳴らし、自分の下半身から溢れ出る「それ」を止める術を持たない。一瞬にして、大広間に言葉を絶するほどの凄まじい悪臭が立ち込めた。
「貴様ッ! 何をした!」
「お前、漏らしてんぞ!」
「お前こそ何だその匂いは!」
身内しかいないはずの安全地帯で、金と権力で着飾った上級国民たちが、お互いを指さし、泥を擦り付け合いながら大理石の床でのたうち回る。かつてない地獄絵図が、そこに完成していた。
四、生き地獄への門、そしてデジタルタトゥー
パニックに陥る部屋の中で、突如として壁一面の超巨大モニターの映像が切り替わった。
映し出されたのは、彼らが必死に隠蔽してきた『投資詐欺の裏帳簿』、そして「騙される奴がバカ」と被害者を嘲笑っていたLINEのトーク履歴の数々だった。
さらに、画面の端には【LIVE】の赤文字。
加代のハッキングによって、今まさにこの部屋でクソ塗れになって罵り合っている3人の高画質リアルタイム映像が、全世界のSNS、動画サイト、そして大手の暴露系アカウントへとゲリラ生配信され始めていた。
同時視聴者数は数秒で数十万を超え、ネット上は未曾有の大炎上、お祭り騒ぎへと突入していく。
金をいくら積もうが、法律を持ち出そうが、世界中のサーバーに刻まれたこの無様な姿を消すことは、もう永久に不可能だった。
「ぎゃあああ! カメラを止めろ! 配信を切るんだ!」
竜也の叫びは、異臭とパニックにかき消される。
他のゲストたちやセレブたちは、この異常事態と悪臭に耐えかね、高級なドレスやスーツを汚されまいと、着の身着のままで部屋から逃げ出し、エレベーターへと殺到した。
一方、タワーマンションの外、エントランス前は、すでに別の地獄が形成されていた。
加代から「投資詐欺の主犯が重大発表パーティー中」との匿名リークを受け、さらにはネットの生配信を察知した無数の報道陣、野次馬、そしてスマートフォンのカメラを構えた暴露系配信者たちが、大挙して出待ちしていたのだ。
自動ドアが開き、鼻を突く悪臭と共に飛び出してきたパーティーのゲストたちに、マイクが一斉に向けられる。
「中はどうなっているんですか!」
「配信の映像は事実ですか!」
ゲストの一人である有名インフルエンサーの女性が、狂ったように叫んだ。
「嘘じゃないわよ! 中はとんでもないことになってる! あの御子柴親子と弁護士が、詐欺の証拠を暴露されて、それだけじゃなくて……3人とも一斉に漏らして、お互いに擦り付け合って怒鳴り散らしてたのよ! 最悪よ、信じられない!」
テレビの緊急生中継カメラの前で放たれたその生々しい「証言」が、全国のお茶の間へとそのまま垂れ流された。
疑惑はリアルタイムでファクトへと変わり、包囲網は完全に完成した。
そしてついに、高級上着で必死に股間を隠し、這うようにしてエントランスから姿を現した御子柴竜也、賢三、白石の3人。
その瞬間に浴びせられたのは、夜の街を昼間のように照らし出す、容赦のないフラッシュの嵐だった。
「御子柴さん! 投資詐欺で自殺した若者たちへの謝罪は!」
「その、股の汚れは何ですか!」
「本当に公衆の面前で失禁・脱糞されたのですか!」
「カメラを下げろ!」と叫ぼうとした弁護士の上着が、詰め寄る記者たちの揉み合いの中で無残にも剥ぎ取られる。
カメラが捉えたのは、高級ブランドのズボンを無残に汚し、フラッシュの光に晒されながら涙と鼻水で顔をグシャグシャにして震える、かつての権力者たちの哀れな姿だった。
親の権力も、弁護士の詭弁も、この圧倒的な“醜態のファクト”の前には1ミリの防御力も持たなかった。
カメラのフラッシュが激しく明滅する喧騒のパパラッチたちの背後。
薄暗い街路樹の影に、半兵衛、鉄、そして加代の3人が静かに合流していた。遠くでフラッシュの光に焼かれ、泣き叫ぶ悪党たちを見つめるその目に、同情の色は一切ない。
そこへ、何食わぬ顔でパトロールの自転車を押しながら、主水が通りかかる。
主水は警察帽を少し上げ、遠くの騒ぎを一瞥すると、誰に言うでもなくボソリと呟いた。
「……死ななきゃ治らねえ悪党も、これじゃあ生きてる方がよっぽど地獄だな。令和の仕置きってなぁ、江戸の闇よりよっぽど冷ええや」
主水は再び帽子を目深に被り直し、ペダルを漕いで夜の街へと消えていく。
半兵衛はフッと鼻を鳴らし、鉄は低く嗤い、加代はスマホの画面を閉じた。
4人のプロフェッショナルは、それぞれの日常の闇へと、静かに、確実に溶け込んでいった。




