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プロローグ:『再会の夜、クソ塗れの理不尽』

のさばる悪をなんとする

天の裁きは待ってはおれぬ

この世の正義もあてにはならぬ

闇に裁いて仕置する

南無阿弥陀仏

 一、 加代の怒り

 現代のネオンが眩しく明滅する繁華街。その薄暗い雑居ビルの一室に、便利屋『嶋屋』のオフィスはあった。 「ひぇ~~っ! 騙されたぁ!」 がめつい女社長、何でも屋の加代の声が夜の室内に響き渡る 。ハッキングや裏サイトの監視はお手の物だというのに 、私生活ではネットの怪しい「AI自動投資競馬」の広告にあっさりと引っかかり、貯め込んだ現金を綺麗さっぱり溶かしたばかりだった 。

 しかし、今夜の加代の目には、いつものコミカルな涙ではなく、どす黒い憤怒の炎が燃えていた 。 画面に映る、豪奢なホテルのVIPルームで笑う傲慢な男 。若者を言葉巧みにカモり、自殺へ追い込みながら、親の権力と一流弁護士を使って「証拠不十分」で不起訴を勝ち取った投資詐欺の元締めだ 。

 数日前、加代の店で真面目に働いていた若いバイトの女の子が、その詐欺で全財産を奪われ、ビルから飛び降りた 。警察は『事件性なし』の一点張り 。 キーボードを叩きながら、加代の胸の奥で、数百年前に江戸の闇で晴らしてきた「被害者たちの血の涙」の記憶が激しく呼び覚まされていた 。「泣き寝入りなんて、アタシは絶対に許さないよ……!」

 二、 半兵衛の研ぎ

 路地裏でひっそりと営まれる、夜の手打ち蕎麦屋 。 閉店後の静まり返った厨房で、知らぬ顔の半兵衛は、自分の店の蕎麦を「ズズッ、ズズズッ」とだらしなく音を立てて啜っていた 。

 器を置くと、まな板に向き直る。手にあるのは、現代の裏ルートから驚くべき執念で仕入れた禁断の深海魚・バラムツの純白の身だ 。人間が消化できないワックスを含み、食せば強制的に括約筋のコントロールを失わせる悪魔の魚 。 半兵衛は、マイ包丁を「シャッ、シャッ」と丹念に研ぎ上げる 。研ぎ終わると、刃先をそっと自分の鼻ひげに当てた 。チリッ……と微かな音を立てて髭の先が削げ落ちる 。

「へっ、あの詐欺の大将、今夜は高い酒に美食をたらふく喰らうらしいじゃねえか」 半兵衛はフッと鼻を鳴らし、手持ち無沙汰そうに首筋をポリポリと掻いた 。店によく来ていた貧乏学生の青年がその詐欺に遭い、金を稼ぐため不眠不休でバイトを重ねた末、今朝、駅のホームから転落死したのだ 。 「人生ってなぁ大博打だが、イカサマで他人の命を巻き上げる奴ァ、オレのキレ味で綺麗に捌いてやらなきゃ気が済まねえな」 その双眸には、ニヒルな職人の奥に潜む「仕掛人」の冷徹な殺意がハッキリと宿っていた 。

 三、 鉄の狂気

骨次ほねつぎ」の古びた看板が下がる整体院 。 念仏の鉄は、ベッドに腰掛けて昼間から缶ビールを無造作に握りつぶし、グイッと喉に流し込んでいた 。相変わらずの女好きでパチンコ三昧の無頼漢 。だが、今の彼の頭にあるのは、ただ一つだった 。

 自分の院を頼ってきた、爪に火をともすように生きてきた老夫婦が、例の詐欺で家を差し押さえられ、無理心中を図ったのだ 。一命は取り留めたものの、病院で絶望に泣き崩れる姿を見た瞬間、鉄の内に眠る野生の狂気が目を覚ました 。

 鉄はターゲットの絶望する面を思い浮かべながら、自らの両手の指をポキポキと鳴らし、不気味にニタァッと笑った 。 「ハハハハ! 面白いじゃねえか。あのスカした大将の背骨、上から下まで綺麗に一本ずつバキバキに叩き折って、いい鳴き声を聞かせてもらおうじゃねえの」 黒くゴツゴツとしたその拳が、夜の空気の中で怪しく震えていた 。

 四、 主水の呼びかけと結成

 その夜、閉店後の半兵衛の蕎麦屋に、加代がハッキングしたデータを持ち込み、3人の仕事人が集結した 。 部屋を満たす凄まじい殺意の熱量の中へ、ガタ、と引き戸を開けて一人の老警官が入ってくる 。定年間際の冴えない駐在、中村主水だ 。

 主水は制服の襟元をだらしなく緩め、「あ~あ、やってられねえよ、まったく……」と首を傾げて深くため息をついた 。 「お前さんたち、熱くなるのは結構だがね。ここは江戸じゃねえ、令和の日本なんだよ」 主水は冷めた目で3人を見やる 。「本庁の科学捜査班をナメちゃいけねえ。監視カメラの歩容認証にDNA鑑定、髪の毛一本落ちてりゃ一発で検挙率のデータに放り込まれる。昔みたいに悪党の息の根を止めて『はい、ドロン』ってわけにゃいかねえんだよ」

「じゃあ、あいつをのうのうと生かしておくのかい!」と加代が怒鳴る 。 その瞬間、主水は顎をグッと引き、両目をカッと見開いて、暗殺者の「ギラリ」とした鋭い眼光を3人に向けた 。

「──誰が『生かしておく』と言ったい」 主水は警察帽を机に置き、不敵な笑みを浮かべた 。

「死ぬより辛い地獄ってのを見せてやるのさ。いいかい、人間ってなぁ、命を奪われるより、大衆の真っ真ん中で『人間の尊厳』をクソ塗れにされて引きずり下ろされる方が、よっぽど堪える」 主水の声が、冷徹なプロの響きに変わる 。 「殺さず、ただ、公衆の面前で盛大に大便を漏らさせる。ネット社会の現代だ、一瞬で全世界にその無様な姿が拡散されりゃ、あいつのキャリアもプライドも文字通り泥に塗れて完全抹殺よ。科学捜査の警察だって、ただの『体調不良のハプニング』にゃあ、捜査のメスは入れられねえ」

 現代の法と科学の壁を逆手に取った、あまりにも容赦のない大人のリアリズム 。半兵衛がニヒルに口元を歪め、鉄が低く嗤った 。

 主水は、加代が机に置いた被害者たちの形見の指輪――「頼み料」を静かに引き寄せ、懐に収めた 。 「半兵衛、お前さんは厨房へ潜り込んで『バラムツ』を最高に美味く仕込め。鉄、お前さんはすれ違いざまに排泄神経の秘孔を狂わせな。加代、カメラの目を潰して舞台を整えるのはお前の仕事だ。仕上げの下腹部への一撃は、この俺がキッチリやってやる」

 主水は警察帽をクイッと目深に被り直した 。

「……よし、乗った。俺たちは、金をもらって人の尊厳を叩き潰す悪党だ。地獄へ落ちるのは俺たちの方なんだよ。──さぁて、仕事(仕置き)にかかろうぜ」

 4人のプロフェッショナルが、今、令和の闇へと静かに動き出した 。


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