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君>世界   作者: 雪ノ雪
第七章『遠い半身』
99/112

14/死蝶

 ――鬱陶しい牽制に誘導された結果、アンナはシャルロットと対峙する事となっていた。

 正直、予想外もいいところの展開だが、丁度いいと言えば丁度いい。何故ルナがこうなったのか、彼女は知っている筈だからだ。

「お久しぶりですね。少し見ない間に、ずいぶんと面構えが変わったようですが」

「……」

 無言で剣を抜いて、シャルロットは姿勢を低く構える。

 やる気だ。その意識は背中のルナに強く向けられている。実に解りやすい狙いだった。

(気付いてない感じなのかな)

 彼女をスロウだと思っている。そしてスロウに酷い目に合わされた。そんなところだろうか。

 なら、どう説明するのがいいか――

「――ちっ」

 舌打ちをしながら、またも頭上から放たれた弾丸の雨を躱す。

 彼等は完全にこちらだけを狙っている。しかも、こちらの回避に合わせて放たされたシャルロットの閃光をまったく警戒していなかった。共通の標的というだけではあり得ない反応だ。つまり、こいつらは仲間同士である可能性が高い。それがこの場限りなのか、明確な同盟関係の元でなのかは不明だが。

(にしても、どういう経緯なんだろ?)

 空戦士はミッドラインダ帝国の精鋭だ。そしてかの国は今ターカスを占拠して、ルウォとの睨みあいを続けている。一応休戦したという話もあるが、それでもかの支配の王への警戒を緩める理由にはならない。裏で結託しているらしいエンシェの要請だとしても、そもそも今のこの時期にクリスエレスに仕掛けるという事自体が不可解だった。

(まさか、ララエスタさんとも繋がってて、こうなる事が判っていたとか?)

 そして攪乱に秀でた戦力を投入し、スロウ抹殺の確実性を高めようとしているという事なのか。

 正直、そこまで優先して抹殺したい事情があるとも思えないが……。

(……まあ、所詮は部外者の眼か)

 見えない部分で色々とあるのだろう。これ以上考えても仕方がない。それよりも、なんの会話もなくいきなり仕掛けてきた点を気にするべきだ。

 シャルロットからしてもこの状況は疑問を抱いて然るべきだと思うのだが、それを解消する素振りをまったく見せないというのは、さすがに不自然過ぎる。

「この状況、手を出すより前に口を動かすべきだと思いますけど――」

 こちらの言葉を遮って、シャルロットが踏み込んできた。

 鋭いが単調だ。神子としての力を最低限揮えるようになったみたいだが、それだけで勝てるほどノイン・ゼタの看板は甘くない。

 斬撃を紙一重で躱しながら、得物を持つ手首を切り落とす。

 落とした矢先に元に戻って、そのまま追撃を放ってきた。凄まじい復元能力だが、不死である事を知っている身からすれば驚くような事でもない。

(上の奴等は仕掛けてこない、か)

 シャルロットを巻き込むことを嫌ったのだ。

 どうせ不死なんだから気にせずにやればいいのにそれをしないという事は、両者の関係性は対等もしくはシャルロットの方が上という事になる。なら、彼女を上手く使えば頭上の煩わしさはある程度緩和できそうだ。

「ルナ様の身体はどうなっていますか? 普通に考えれば今はスロウが入っているのでしょう?」

「――」

 シャルロットの唇が動いた。

 なにかを喋ったのは間違いない。だが、聞き取れなかった。音は届いたのに、言葉が理解出来なかったのだ。読唇術も然り。唇の動きは完璧に捕捉しているのに、そのスキルを忘れたみたいに読み取りが出来なかった。

(認識阻害、喉に刻まれた魔法の効果か。面倒だな)

 とはいえ、色々と穴はありそうだ。それをなにより物語っているのは、アンナがスロウの正体を知っているという事実である。おそらく周囲の魔力に反応して認識阻害を自動的に行う魔法なのだろう。だからこそ隠密に努めていたアンナには最初発動しなかった。

(私は上手く聞き取れないだけだけど、彼女の方は言葉自体が書き換えられてるって感じかな)

 阻害を受けてもこちらの影響が他よりも乏しいのは、肝心要の知られたくない情報を既に手にしているおかげだと考えられる。この手の魔法は、認識さえ出来ていれば総じて効果を半減させてしまうものだからだ。或いは、色格や出力の違いによる単純な魔法耐性の差というという事も考えられるが。

(なんにしても、下手に言葉を並べるのは逆効果になりそうね――っと、やっぱり増援がきたか)

 外からまた追加で空戦士がやってきた。

 あと数秒で接敵する。先に来たのが斥候と考えると、こちらが本命だろう。

 さすがにルナを抱えながら凌ぐのは難しそうだが、彼等が斥候だと気付いたからこそ、アンナは渋っていた魔法を使いだしたのだ。いつでも攻撃を誘発できるようにするために。

(そろそろかな)

 雷撃で適当な牽制をしつつ近場で一番高い屋敷の上に飛び移りながら、両の瞳に最大限の魔力を込めて視る事に集中する。

 魔力乱れる戦闘中だ。網膜が痛むくらいに感知に振らなければ、見落としてしまう。

(――来た)

 こちらに迫る金色の蝶。

 それはどこまでもどこまでも薄く引き延ばされた、世界に漂っている有象無象の魔力の中にすら容易く溶け込んでしまう粒子の束だ。

 曰く、世界最小の魔法。

 彼等は気付いていない。それから背を向けているのだから尚更だ。

 けれど、死ねば嫌でも認識する事だろう。そうなれば無視はできない。ララエスタへの対処に人数を割く必要が出てくる。

 そのお膳立ての一つとして、アンナは空戦士からすれば見当違いだとはっきり判るタイミングで、蝶がやって来た方位に向かって雷撃を放った。

 放ちながら蝶から距離を取っていく。空戦士の攻撃を避けながらなので、蛇行気味になってしまっているが、さすがにこの位置関係なら、射程外まで逃げ切れるはず。

 クウォンタが破壊した内門を潜って、外壁を視界に入れる。

 ここから大体二十ヘクター先といったところだろうか。

 騒ぎを聞きつけてか、内門の周りには多くの人の姿があった。それらを飛び越えて、三階建ての建物の上に着地したタイミングで、金色の蝶が最後尾の空戦士を追い抜く。

 真横を通っているのに、彼等はまったく気付かない。蝶の方もアンナ以外は見えていないように、糸のように伸びる鱗粉を散布しながら真っ直ぐにこちらだけを追ってきている。

(あの額の眼は、ここからでも私を視ているのか、それとも――)

 雷撃を放ち、最後尾の空戦士に回避動作を取らせて鱗粉に触れさせる。

 視えていないそいつはなんの躊躇もなくそこを横切り、姿勢制御を失い地面に墜落した。

 仲間の一人が気付き、即座にフォローに降り立つ。これで二人が戦線離脱したわけだが、まだ空戦士共は別の攻撃を受けた事には気付かない。糸のように伸びる鱗粉も、一切揺れる事も引っ張られる事もなく、変わらずにこちらを追いかけてきている。

(あと五人くらい死ねば、さすがに後ろを気にするよね? 職務に忠実そうな貴方たちも)

 大きく左に進路を変えて、今度は蝶の方を誘導する。

 こちらに合わせて大きく左に流れる鱗粉に四人が巻き込まれ、彼等は等しくその瞬間にあらゆる機能を停止して地面に墜落した。

「――っ!?」

 最前線でこちらを追ってきているシャルロットが、音に気付いて振り返る。

 その隙を逃さずに、アンナは屋根の煉瓦を掴み取り、それを思い切り彼女の頭部目掛けて投擲した。

 綺麗にヒット。前進の勢いと相まって、かなりの衝撃が脳を襲ったはずだ。

(気絶したかな? まあ、したとしてもすぐに目を覚ましそうではあるけど、とりあえずこれで閃光の脅威は薄れたし、やっと逃げに徹する事が出来るか)

 複数人が得体のしれない死に見舞われた事で、空戦士も別の脅威にようやく気付いたようだ。先程のこちらの攻撃と照らし合わせて、背後になにかいるという結論にも至ってくれる事だろう。

 その読み通り、三分の一程度がそちらへの対処に回ってくれた。

 残った連中はチクチクと散弾で嫌がらせをしてきたが、それに待ったをかけるように正規兵がやってくる。内門で起きている問題に人手が足りなくなったから、末端の戦力も集められていたようだ。

 末端らしく非常に弱い。戦場だというのに魔力すら纏っていない有様だ。おおよそ正気の沙汰とはえ思えないが、まあその分扱いやすそうではあった。

「ちょうどいいところに来てくれました。一刻も早くこの方を安全な場所に。医者の用意も忘れないように。さあ、急いでください!」

 荒れ狂う雷撃を乱発させて強めの牽制を取りながら、堂々たる口調で告げる。

 そこでアンナが背負っているのがこの国の絶対たるスロウだと気付いたのか、彼等は一応に驚きを示したが、さすがは信仰の国、四人がかりで丁重に抱えて、残りも空戦士から守るように当たり前のように肉壁になってくれた。

(ララエスタさんも、空戦士の対処で攻撃の手を引っ込めたようだし、今こちらは視ていないはず)

 というか、もしかしたらアンナが抱えていたのがスロウだという事にも気付いていない可能性があった。矛先がスロウではなくアンナだったからだ。彼女的にはこちらを内門から追い出す程度の認識だったのかもしれない。もちろん、不可解だからこそ少し様子を見ているだけという線も十分あり得るので、金色の蝶への警戒レベルは依然最大である必要があるが。

 まあ、なんにしても、これで慣れない事をする必要は無くなった。

(そろそろ、お返しと行かせてもらおうかな)

 ルナがある程度離れたのを確認したところで、彼女の負担を恐れて抑えつけていた魔力を解放して、正規兵の退路を塞ぐように移動を行っていた四人のうちの一人に向かって雷撃を放ち、

「貴女たちの狙いは、はっきりしてていいね」

 多少蛇行させたそれが到達するよりも早く、鋭く踏み込むと共に放った細剣の一突きによってまずは一人。その事実を彼等が認識するより早く二人の首を刎ねる。

 そして最後の一人の背中に飛び乗り、人工の翼をしっかりと掴んで、


「ノイン・ゼタの看板の力、見せてあげるよ。少しだけね」


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