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君>世界   作者: 雪ノ雪
第七章『遠い半身』
100/112

15/それすら未熟

 翼を掴まれ踏みつけられていた味方が遅れて襲い掛かって来た雷撃によって黒焦げになった瞬間、対処できると認識していた脅威が一変した。

 肉体が半分以上、雷へと変貌したのだ。

 半同一化と呼ばれる技法。精鋭中の精鋭であるミッドラインダの空戦士の歴史において誰もたどり着けなかった、理論の中にしかなかった究極の技術レベルに、十代半ばに見える少女が至っている。

 その事実が、目の前の敵が放った宣言――ノイン・ゼタの看板だという言葉が真実であることを、彼等に認識させてくれた。

 ……だが、だからなんだというのか。こちらも世界屈指の強国の最精鋭。たとえ個々の能力で劣ろうと、チームとしての力でなら対抗できる。その手段もある。

「総員、リミッターを解除、これより短期決戦に持ち込み――」

 現場指揮官の言葉が途中で途切れた。

 その彼の首が、宙を舞っていた。

「は?」

 誰かが間の抜けた声を漏らす。

 その間にも三つの首が飛んた。

 ――いや、違う。

 大きな認識違いだ。

 今、首が切り離されていたのは、この場にいる全員だった。

 ただ、それを現実が反映する時間に差があっただけで、とっくに全てが終わっていたのである。

 あまりにも、あまりにも逸脱した速度領域。

 「反則だろ、こんな――」 

 全ての首が結果を提示したところで、空を舞う生首の一つが最後にそう呟き、そこで彼等の残り香のような意識も全て、完全に終了した。


                §


「……はぁー、だる」

 屋根に降り立ったところで半同一化を解き、アンナは血の煙を吐きだした。

 三つ編みをしていた紐はやっぱり焼き切れてしまった。その手前の段階に留めたかったのだが、相も変わらず加減は難しい。

 ともあれ、これで直近の脅威は排除できた。このまますぐにルナと合流してもいいが、治療に多少なりとも時間がかかるだろうし、ちょうどシャルロットも気絶から復帰したようなので、彼女に再度事情を聞くのもいいだろう。ルナと離れた今なら認識阻害もある程度マシになっているかもしれないし、実りはある筈。

 そう判断し、武器を仕舞う。

 話し合いをしませんか、というアピールだ。

 それは無事機能してくれたようで、シャルロットは困惑の表情と共に攻撃の手を止め、様子を窺合う姿勢を見せた。

「私の言葉、ちゃんと聞こえていますか? 聞こえているのなら、そっくりそのまま言葉を返して欲しいんですけど」

「……」

 シャルロットは無言だ。少し険が深くなったあたり、まだ認識阻害は効いている感じ。

(思ったよりも根が深そうだな)

 そこまで強い魔法とは感じていないのだが、単純にアンナと相性が悪かっただけなのか、シャルロットと相性が良すぎただけなのか……なんとなく後者の可能性に重きを置きながら、ではどうするか、と頭を悩ませていると、一際激しい破砕音が左手前方から轟いた。

 これは間違いなく、クウォンタから齎されたものだ。

(魔法を使うほどの相手なのか)

 だとしたら候補はかなり絞られる。

 一番ありえそうなのは、やはりアルタ・イレス唯一の『真深夜(レドゥフォドゥン)』であるシャオ・ワグナードだが、そうだった場合は少し厄介だった。ララエスタの隠し玉がそれであるという線が消えるためである。

(でも、じゃあ誰?)

 ノイン・ゼタ内に候補はいない。ギリアムは神子相手には弱いし、ウィンは行方知らず、他の看板は単純に弱すぎて論外。

(……そういえば、クーレ・サーランタがいたな)

 このブーセット大陸にいる『真深夜』で、唯一この件に関与してきそうな傭兵。

 たしか重力を操るという話だが、果たして神子という超高出力を前に機能するほどのものなのか……。

(まあ、いいか)

 居るかどうかわからない、誰かも確定していない可能性に頭を使ったところで、あまり意味はない。

 それよりも目の前の問題に意識を戻す。

 この場での説得は難しそうなので、誘拐してしまうというのも手だ。不死といえど気絶はするようなので、そう難しくもない。時間が経てば認識阻害の効果も薄まるかもしれないし。

(そうするかな。面倒な事を考えるの、あとで良くなるし)

 身体の二割程度を雷に変えていき、速度を確保。

 相手がそれに気付き身構えた時にはもう遅い。

 背後をとったアンナは、左手を彼女の後頭部に押し当てて雷撃を放った。脳をショートさせる程度に抑えた一撃だ。死にはしないし長く昏倒するように調整もされている。

(さて、あとはクウォンタさんの問題を片付けて、彼女を預けてルナ様を回収して、離脱ってところかな)

 そんな流れを思い浮かべつつ、こちらにゆっくりと倒れてくるシャルロットを抱きとめようとしたところで、アンナは背後から迫ってきていた気配に気付いた。

「――っ!?」

 近い。

 この距離まで気付かなかった事実に驚愕を覚えつつ、前方に回避する。

 当たり前の行動だ。だが、その瞬間非常に強い抵抗を覚えた。当たり前がまったく当たり前じゃないような違和感。その所為で、槍の先端が背中を掠める。

 さらに敵に振り返るという当然すら、自分の喉元にナイフを突き立てるかのような決断と同じくらいの重さを覚え、目前にまで迫られるという事態に陥った。

 槍の先端が真っ直ぐに眼球目掛けて迫ってきている。普段なら問題なく躱せる一撃だが、今は不味い。

 それを瞬時に理解したからこそ、アンナの対応は過剰だった。

 細剣を全力で振りぬき、槍の軌道をずらす。

 そこからお返しとばかりに刃を振りおろし、相手に距離を取らせてみせた。

「……」

 呼吸が少し乱れている。精神的な負荷の所為だ。

 今も全ての動作や判断を決定することに異様な抵抗を覚えている。

「性格の悪い魔法だね、それ」

 そんな状態の中で、アンナは精神を消耗しながら軽口を叩いて見せた。

 この程度の干渉、なんの問題もないという強がりである。

「良い魔法でしょう? 相手がどれだけ揺るぎない意志をもって行動しているのかがよく判るんだから、友人選びには最適だ」

 そう言葉を返してきたのは、長短二本の槍を携えた、一見するとこれ以上ないほどの美女だった。

 骨格もそうだ。声も中性的で、凛然とした姿によく嵌っている。

 クーレ・サーランタという傭兵の情報を最低限仕入れていなければ、アンナも疑うことなく女性と捉えていただろう。

「それにしても、君は凄いね。今まで見てきた人の中でも指折りかもしれない」

 微かに目を細めて、クーレは左手で受け止めていたシャルロットをゆっくりと屋根の上に降ろした。

 ずいぶんと丁重だ。

 その事から、彼がララエスタの側ではなくシャルロット側の人間としてこの場に居る事がわかった。それなら、ここで殺す必要性はなくなったが、向こうはやる気のようだ。

 言葉による説得はあまり望めない。喋るだけで精神力が削られる今の状態では尚更だ。

(相性はかなり悪そうだけど……)

 急な重さで自壊しないように、速度と強度のバランスを調整しながら身体に雷を纏う。

(誘拐はとりあえず続行。でも無理そうなら即退散ってところかな)

 細剣を軽く握りしめ、アンナは先手を取った。

 喉を狙った刺突。

 相手の反応に応じて途中で止めて、再び刺す。

 それが弾かれたところで、次は前に踏み出し、鳩尾目掛けて前蹴りを突き出した。

 膝で受け止められ、その衝撃に乗って距離を離しながらの短槍の一撃が返ってくる。

 絶妙な距離感だが、そこまで速くはない。

 槍を掴み、軌道を無理矢理変えながら、こちらに引き込む。

 途中で抵抗が消えた。クーレが自ら槍を手放したのだ。

 しかし、それは想定している。

 アンナは体勢を崩す事無く手にした短槍を回転させてお返しの一突き――を繰りだそうとしたところで、槍が急激に重くなり掌から零れ落ちた。矛先を相手に向けるべく槍を回転させたタイミングを狙われたのだ。しかも、槍の落下地点はアンナの左足の甲。

 避けるのは間に合うが、避ける以外の選択を潰された。

 そうして地面に置いた支点が右足一つになった瞬間、長槍が突き出される。

 それに対応しようと細剣を走らせようとしたところで長槍はピタリと止まり、代わりに前蹴りが打ち出された。

(……こいつ)

 フェイントの掛け方といい蹴りといい、こちらの攻撃に対する意趣返しのような感じだ。そして、相手の方が有効に機能している。空いている左の掌で蹴りを防ぎ、その衝撃を受け止める為にスタンス広めに踏ん張った自身の左足が短槍の外側に動いてしまった事実が、それを強く物語っていた。長槍と短槍を結ぶ細い鎖が、非常に煩わしい位置にあるのだ。

「――っ」

 長槍が引っ張られ、短槍が暴れる。

 その不規則な動きを嫌って距離を取ろうとしたところで、今度は急にピタリと止まり、鎖だけが踊ってアンナの右足に引っ掛かった。

 引っ掛かったところで、短槍が重力をまったく感じさせない動きを見せ、絡まるのを避けるように上げた右足に追従するように大きく持ち上がり、ぐるりと一回転、足首に絡みつくと共に、短槍の先端が左足の脛に向かって迫ってくる。

 そのタイミングで、頭上に魔法の発生を感知した。

 こちらの魔力領域に多少食い込んでいる。出力に少し差がある感じ。

 当然、直撃すれば原型すら残らない超重力だ。退避しなければ死ぬ。しかし、それを許さぬように、右足に絡みついた鎖が完璧な重しとなった。

 無理やり屋根に右足が着いてしまう――どころか貫通してめり込む。

「――上等だよ」

 身の安全を考えるなんてらしくない事は止めて、アンナは右足を完全に雷化し、力いっぱいに振り抜いた。

 それは頭上の重力の発生源も切り裂き、飛び退いたクーレの左腕の肘から下を炭化させる。

 追撃の踵落としは、前髪を掠めるにとどまった。

 片足を消滅させた代価としては、あまりよろしくない。精神の消耗も激しかった。まあ、何気ない行動一つに馬鹿みたいなコストがかかる中で、半ば自殺行為に近い一手を打ったのだから、当然と言えば当然だが……。

「そこまで踏み込めるのか。あげく部分的完全同一化とはね。訂正しよう。君は僕が見てきた中で間違いなく一番だよ。一番の才能だ。僕が君と同い年だったなら、もっと感動できただろうに、そこは残念かな」

 左腕を軽く払い、炭化し灰となっていた部分を払い落して、クーレは一歩こちらに踏み出した。

 まったく同時のタイミングで、アンナは彼の領域外に撒いていた魔力をもって雷を顕現させ、それを適当にばら撒きながらさっさと逃げの一手を打つ。

 クーレはシャルロットを守る事を優先してか、追っては来なかった。おかげで問題なく安全圏まで離脱できそうだ。

(向こうの動きも止まったな。あそこに医者がいるのか)

 余裕があれば治療を済ませてから回収したかったが、そうも言っていられないのでシャルロットの代わりに医者を連れていく事に決めて、アンナは片足の膝から下がないとは到底思えない速度でそちらに向かい、診療所のドアを開けた。

 そのタイミングで、彼女を運んでくれた兵士たちが出てくる。

 片足のアンナを見て驚きを見せるが、

「問題ありません。それよりも早く、本格的な治療が出来る場所の手配に向かってください。あまり多くの魔力が集まっている状況は応急処置にしても良くはありませんし、ここは私一人で大丈夫ですから」

「りょ、了解しました」

 バタバタと兵士たちが出ていく。

 その様を見送りながら、

(ほんと、なんの確認も取らないんだな、この人たち。状況に流され過ぎ)

 と、呆れつつ、視線を医者に向けた。

 まだ治療は始まっていないが、魔力の纏い方なんかを見た感じ腕は良さそうだ。少なくとも止血くらいは問題なく行えるだろう。

「止血を最優先で行ってください。本格的な治療は別の場所で行います。急いでください、ここも安全ではない」

 堂々とした口調で命令をしつつ、アンナは腰の鞘を杖にかえて、片足のロスをどう補おうかと軽くシミュレートしながら治療を待つ。

 もちろん、その間も周囲への警戒は最大限に行っている。

 今のところ脅威が迫っている気配はなし。戦闘の中心は王宮付近となっていて、アルタ・イレスの傭兵たちが派手に暴れている。

(ララエスタさん、痺れ切らして玉座でも狙い始めた?)

 スロウが出て来れないのなら、それは間違いなく成功する。

 そうなれば、次は領土魔法陣の掌握だろうか。そこまで漕ぎ着けたら、或いは彼女だけでも神子を打倒する事が出来そうだが、果たして彼女はどこまでを想定して行動しているのか。

(全部想定通りだとしたら怖いけど……まあ、さすがにないかな)

 現場では思い付きが多い人という印象の方が強いし、過大評価は避けるべきだ。じゃないと、身動きが取れなくなってしまう。

(クウォンタさんの方は……うーん、場の隠蔽が得意な奴がいそうだな)

 気配が全然読めない。最悪、すでに死んでいる事も視野に入れた方が良さそうだ。

 意識をルナに戻す。傷口に手を当てる医者の魔法は、どうやら『強化』に該当するもののようだ。直接的な回復魔法と比べれば即効性はないが副作用も少ないので、大衆向けの医療機関としてはベストな魔法とも言えた。

 止血の方も血小板の機能を強化するかたちで発揮され、物凄い速度で血がかさぶた化していく。

 程無くして処置が完了した。

「良い腕ですね。貴方で問題なさそうだ」

 そう評価するなり、アンナは医者の額に触れて、ばちん、と電流を流し意識を断ち切った。

 そして右脇に彼を、左脇にルナを抱え、

「――っと、片足移動にも慣れておくべきだったかな。未熟」

 バランスを取るのに少し煩わしさを覚えつつ、診療所をあとにした。


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