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君>世界   作者: 雪ノ雪
第七章『遠い半身』
95/114

10/それぞれの葛藤

 不本意な役目を終えて、ファリンはため息をついた。

(私は、一体なにをしているのだ……?)

 これは本当にサラヴェディカが取るべき道なのか。

 とてもではないが、信じられない。絶対であるべきノスティワに対しての不信感も一向に拭われる気配がなかった。

(ミカエラさまが居てくれたら……)

 元々の上官である天使の事を思いだし、ファリンは表情を曇らせる。

 ルウォ・アルドグノーゼに殺されたサラヴェディカの最高責任者の一角。彼の死から、この世界は変わってしまった。

 全てノスティワの所為だ。奴がおかしな命令さえしなければ彼は死なずに済んだのだ。そんな奴の下についている自分にも、心底嫌気が差す。

 ……だが、それでもここに残っているのは、敬愛するミカエラの遺言があったからだった。


『今回の件で、私はおそらく死ぬだろう。だが、それはノスティワ様の所為ではない。あの方が抱えている不具合はこの世界を守るために負ったもの。あの方がいなければ、そもそも今この世界は存在さえしていないのだからな。時間が経てば安定もするだろう。それまでは、どうかあの方を支えてやってくれ』


 一言一句覚えている。

 今では、それが唯一の精神安定剤だ。

 実際、初めて姿を見せた時と比べたら、今のノスティワは理性的だし、彼の言葉は正しいと信じられる。……とはいえ、契約した人間の増長は、無視できない懸念でもだった。

(奴等を排除出来ればよいのだが……)

 今日も今日とて上手い案が見つからず、はぁ、とため息をついたところで見知った気配を捉えた。

 イリアだ。彼女にしては珍しく表に出て単独で行動している。

(あのぱっとしない男に、ついに見切りでもつけたか?)

 居る場所は書庫。

 特に用はないが、なんとなくそちらに足を運ぶ。

「ファリンか」

 振り返るまでもなく彼女は言った。

「静かにしていたつもりだが、予知でも使ったのか?」

「そんな事に用いるほど莫迦ではないよ」

 そう答えて振り返った彼女の表情は、心なし沈んでいるようだった。

 たしか彼女は上が欠けた際に白紙の神子捜索の任務から、その穴埋めへと変更された筈だったが、具体的にどのような活動を行っていたのかはファリンも把握していなかった。まあ、少なくともノスティワの護衛などという不毛な任を受けている自分よりはマシな仕事をしていた筈だが……

「……なにか、あったのか?」

「君がヒトの心配とは珍しいね。明日は嵐かな?」

「っ、茶化すな」

「ごめん。……でも、ボクは大丈夫だよ。此処には少し気分転換で来ただけ」

「やはりあの男が原因か?」

「……ある意味では、そうかもね」

「本当にどうした? 貴様らしくない。……喧嘩でも、したのか?」

「いや、そんなことはないよ。ただ、大事な話をしただけ」

「大事な話?」

「ここにいる事は、本当に正しいのか」

「――」

 思わず息を呑んだ。それは、まさに今ファリンが抱えている疑問そのものだったからだ。

「イリア、それは……」

「もちろん、これは離反の意ではないよ。想定していない事があまりに多く起きてしまっているから、不安になっているというだけ。……ねぇ、ファリン、今ここの状況はどうなっているの? ノスティワ様が姿を見せてから、中枢の情報は本当にボクたち外部の第二階位には届かなくなってしまった。なにか朗報はない?」

「ある、と言いたいところだが。正直、よりきな臭くなっている」

 そんな前フリをしてから、ファリンは自身の鬱屈した感情を吐きだすように、イリアに今のサラヴェディカの状況を話していく。

 彼女がヴラド・ギーシュの内通者である事など知りもせずに。


                §


(全て予定通りとはいかないまでも、十分な成果はあげられた、か)

 スロウの工作によってルナは昏睡し、極めて高い自己防衛機能を手放した。

 これでノスティワはルナ・オルトロージュに最大限の干渉が出来るようになった。想定外だったのはスロウも昏睡してしまった事だが、まあ彼女の役割はもう終わっているので別に問題はない。

 あとはクーレを抹殺して契約を解除し、眠る魂を呑みこんでルナの肉体を乗っ取るだけ。そうすれば、ルシェドやアルドグノーゼといった脅威を前に十二分に対抗できる力を、このサラヴェディカは手に入れる事が出来る。白紙の神子の処理の仕方としては、これ以上ないくらい有効と言えるだろう。

(悪魔の契約にも問題はない)

 裏切りの防止として、ノスティワはチュルと、チュルはその契約の前に既にスロウと同じ契約を交わしており、内容はノスティワがルナの器を手にした場合、クリスエレスとエンシェへの先制攻撃を禁ずるというものとなっていた。代わりに彼等は、儀式の権利を得るまでの間ノスティワの指揮下に加わる事となっている。

 これにより、ノスティワは捨て駒以外の運用とはなるが、神子というカードを二枚扱えるようになり、彼等は自らが仕掛けない限りはノスティワに用済みだと処分されるリスクを完全に取っ払う事が出来るというわけだ。これは当然儀式の内容にも影響を与えるものなので、仮にノスティワが勝者になった場合でも彼等の事を考慮した選択が必要になってくる。まあ、その点については元々大きな変革というよりは最悪の回避を目的にしているので、なんのネックにもならないが……

(……ほんとうに、これで良いのだろうか?)

 少なくとも、シャルロットが歩むルートよりは儀式の勝者になれる可能性は高いはずだ。下手をすれば世界が滅亡するのだから、人間のちっぽけな願望などに構ってはいられない。ノスティワとして、この判断は間違いなく正しい。

 だが、だというのに、未だ胸の内にはもやもやが渦巻いている。一向にこの霧は晴れる気配がない。それもこれも、人間の魂なんて不純物がある所為だろう。

 ルナの力を確保する前に、この不具合を先に治した方が良いのではないか。リスクはあるが、それでも無視するのは危険な気がする。

(次の行動は、スロウが目覚めたあと)

 それまでに、解決とまではいかなくとも、支障が出ない範疇には抑えておきたい。

 そんな気持ちのまま、サラヴェディカにアクセスして様々な情報に目を向けていると、ふと気になるワードを拾った。

(神子を殺す?)

 発信場所はノインゼ・ゼタの特権領域の傍の飲食店。発信者はララエスタという名の傭兵だった。

 これがただの傭兵なら戯言の一言で片付けただろうが、『真深夜』となれば話は変わってくる。クーレと同格の存在なら、彼を始末する事も十分に可能だからだ。

(この状況は利用できるか)

 器が死んでもすぐに消えない処置は施されているが、死体の損壊具合には多少気を遣う必要があった。そういう意味でチュルは論外だ。スロウも少し怪しい。そもそも今の彼女では遅れを取る危険すらある。彼等の手駒に任せるのも難しいだろうし、こちらも天使を使って行うのは現実的ではない。ならば、神子という餌を使って誘導しクーレを始末してもらうというのは、けして悪い考えでもないだろう。

 ただ、懸念なのは、同じくノイン・ゼタに居たウィンの存在だ。

 ルナの件を彼は黙認した。けれど、元同僚が絡んだ場面でも変わらぬスタンスを取ってくれるのかはわからない。元同僚をリスクに晒す行為を、許容してくれるのかどうか。

(……確かめる必要がある、か)

 今、彼はどこにいるのだろう? サーチを掛けて、庭園の一つにいる事を掴む。

 特に何もない場所だ。ゆえに、ウィンはよくそこで訓練をしていた。いつもは一人。でも、今日はどうやらそうではないようだ。

(この魔力は、マルテシア・キャンディス)

 殊更に接点があるように思えなかったが、たまたま訓練時間が被ったのか、それとも何かしらの経緯があったのか。

(……まあいい)

 サラヴェディカの機能を使って転移、庭園に移る。

 二人は戦闘訓練をしていて、ほどなくマルテシアが両膝と両手を地面について荒い息を吐くさまを目の当たりにする事となった。

 一方のウィンは涼しげだ。汗一つ掻いていない。そしてこちらが転移したと同時に、こちらに気付いてもいた。

「なにか用だろうか?」

「……別に」

 視線を逸らしつつ、嘘をつく。

 意図なんてない。本当に無意味に嘘をついてしまったのだ。

 そんなノスティワに「そうか」と頷いて、ウィンはマルテシアに視線を戻した。

「今日はこれで終わりとしよう」

「ええ、そうですね。ありがとう、ございました」

 マルテシアの言葉に小さく頷き、彼はゆっくりと庭園の外に向かって歩き出した。

 その背中に、本題を投げかける。

「ララエスタという女性は、貴方にとってどういう存在? アンナという少女は? もし二人が死んだら、貴方はどうする?」

「ずいぶんと唐突な問いだな」

「それは、そうね。ごめんなさい」

 用がないと咄嗟に口にした嘘の件も含めて謝りつつ、答えを待つ。

「前者は二度ほど戦場を共にした事がある程度、後者は何度か稽古をつけた事がある程度の間柄といったところか。どちらが死んだとしても、それが私の行動に影響を与える事はないだろう。まあ、どちらが死んだとしても、驚きはするだろうが」

「そう」

 嘘はついていなさそうだ。

 なら、ここでの用は済んだ。済んだのならさっさと転移して自分の部屋に戻るべき……なのだが、なんとなく、マルテシアの事が気になった。

「私にも、なにか御用なのでしょうか?」

 呼吸を整えて立ち上がったマルテシアが訊いてくる。

「いいえ、用というほどのものではない」

 これは嘘ではない。

 嘘ではないが、先程の嘘を目撃していたマルテシアには信じて貰えなかったようで、

「もしかして嫉妬の類ですか? でしたら心配はいりません。私は気軽に付き合える、一つか二つ年下が好みですので」

 と、よく判らない返答を受ける事となった。

「嫉妬?」

「違いましたか。そういった類の視線のように感じたものですから」

「貴女の言っている事はよく判らない。私はただ、何故彼と一緒に居たのかが不思議だっただけ。要は興味本位。別に答えを得られなくても困る事はない」

「復讐を果たすにはあまりにも錆びついていると痛感したので、久しぶりに根を詰めて訓練をしようかと思いまして、その一環です」

「そう」

 まあ、嘘ではないだろう。

 だが復讐という言葉には引っ掛かりを覚えた。その関心に従うように、相手が誰なのかをサーチする。

 マルテシアという人間に関する情報は殆ど仕入れていなかったので、対象の名前がヴラド・ギーシュである事はここで初めて知った。

「貴女では絶対に不可能。諦めなさい」

 途端に零れた言葉は、意図せず酷く冷淡なものとなっていた。

 あまりに無謀で愚かだと感じての事だろう。

「叶う叶わないで選べる程度の業であるのなら、私はそもそも此処には居ません」

 淡々とした口調でマルテシアは言う。

 彼女も結果よりも課程、あるいは自身の意志こそがなによりも尊いという価値観の中で生きている人種という事なのだろうか。ウィンやクーレと同じ。ならば、これ以上口出ししても時間の無駄だ。その理由もない。

「……そこまでの価値が、死んだ人間にはあったというの? それは一体どうして?」

 無い筈なのに、何故かノスティワは追求という選択を取っていた。

「貴女に理解出来るとは思えませんが、家族だったからです。これ以上の理由は、私には必要ありません」

 静かに、だが揺るぎない声で答え、マルテシアは訓練を再開した。

 鋭い風切音が、規則的に忙しなく繰り返される。

「まだ、なにか?」

 早く消えろ、という視線が付きつけられた。

 居心地の悪さが凄い。にも拘らず、どうしてか退散するという選択は取れなくて、

「その彼女の方が貴女をそこまで想っていなかったとしても、それを望んでいなかったとしても、貴女は復讐をするの?」

「浅薄な説教ですね。私の復讐は私の為にあるものです。真実がどうかなど意味はありません。なにをしたところで、マリア姉さんは帰ってこないのですから」

 死者は帰ってこない。

 それは当然の真理ではあるが、この局面においては違う。

「貴女は、儀式に期待をしていないの?」

「儀式はおおよそ全てを叶える事が出来るが、儀式に纏わる変更だけは行えないという話でした。それはつまり願いをいつでも永遠に叶えられる状態にする事などは不可能ということです。儀式の勝者になったとしても叶えられる願いの数には限りがある。そして、私はその枠の中には入っていないでしょう」

「入ろうとは思わないの?」

「私はずっと彼女と一緒に居たわけではありません。会えない事自体は問題ではない。死そのものは、けして忌避するものではないのですから」

「そうなの?」

「魚の小骨が喉に引っ掛かったような表情ですね。ですがそれはこちらも同じ。復讐を諌めてみたかと思えば、謀反を望むような発言をする。悪魔ならともかく、貴女は私に一体なにを求めているのですか?」

「……わからない」

 本当に、自分はどうしてしまったのか。

 俯くノスティワの扱いに困ったのか、マルテシアは小さく吐息を零してまた剣を振り始めた。でも、邪魔だという視線が向けられる事もなかった。


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