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君>世界   作者: 雪ノ雪
第七章『遠い半身』
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05/協力と敵対

 神子殺しは、この世界で最も困難な偉業の一つだ。

 基本的には同じ神子でなければ為し得ない事で、故に人の身だけでそれを達成した者に、冒険者ギルドと傭兵協会は所属や立場を問わず『極致』の称号を贈る。

 ここで重要なのは、人の身だけ、という部分だ。

 二十年ほど前、契約者でもないアステア・ディ・グゥオンが神子を討っているが、彼女はスロウの加護を受けていたのでその称号を得られなかった。

 そんなシビアな目をもつ両組織が最後に贈った相手は、ウィン・クラヤナード。おおよそ八万千年ぶりにその称号を得たノイン・ゼタの『災王狩り』である。

 彼の強さについてはもはや疑いようがない。ルシェドもこの世界の歴史上で三本の指に入るただの人間だと認めていた。

 そのウィンと互角かそれ以上の存在を、一体どうやれば殺せるのか……。

(そういえば、あまり深く考えたことはなかったな。…………一人では、さすがに無理そう?)

 色々とシミュレートしてみたが、魔法陣を最大限に活用したとしても火力が足りない。

 逆に言えば、火力さえあれば殺せる認識ではあった。少なくとも、ユーリッヒ程度の神子ならなんとでもなる。条件さえ用意してやればいくらでも戦いに出来るからだ。

(どちらを選ぶのが正解か、悩ましいところではあるのか)

 勝ちに行くなら、まずは戦力集めだ。幸い候補は何人か思い浮かぶ。

 引き分けを狙いに行くのなら、ララエスタの妨害に徹すればいい。対神子の準備そのものをさせないようにすれば、かなり優位に事を運べるだろう。

 ただし、リスクに関してはトントンくらい。いや、下手したら後者の方が高いまであった。

 所詮は強い殺戮兵器をもっているだけの神子よりも、頭から爪先まで殺し合いに最適化されている『真深夜』の方が対処が難しいのは明白だったからだ。

(あの人は、引き分けを選ばない)

 彼女が見ているのは贅沢な勝利だけ。そして、その勝利が遠退く選択をこちらが取れば、待ち受けているのは泥沼の戦争だ。

 一対一でも分が悪いのに、戦争となれば更に不利になる。ルナくらいとしか関係を築いていない自分と彼女とでは、繋がりの差がありすぎるからだ。(当たり前だが、ルナを戦力として使うという考えなどアンナの中にはない)

 まあ、味方に出来る看板の数に、そこまで大きな差は出ないと思うが……その看板たちの中で、彼女に勝てる相手が見当たらない。

「……やっぱり、勝負するしかないか」

 こちらも早々に引き分け狙いは捨てる。中途半端が許されるような敵ではないのだから当然だ。

(なら、まずはクウォンタさんだな)

 引き分け狙いでも真っ先に手を引かせる取引をする必要があった看板の元に足を運ぶ。

 クウォンタ・セレブレイド。

 序列第六位に位置する彼は、正直アンナよりも弱い(なんだったら八、九、十の三人がかりにも負ける脆弱性がある)のだが、神子以外で唯一ウィンに勝てる可能性があるという特異性故に、その席を手にしている人物だった。

(――見つけた)

 魔力を探知、その場に向かって駆けだす。

 ララエスタはまだ優雅に食事中だ。クウォンタはプランに入っていないという事なのか。

(というか誰狙うんだろう、あの人。まあ私の方もそうだけど。それも考えないとな)

 もしユーリッヒが生きていてくれたら間違いなく彼を標的にしたのだが、居ない以上は別の相手を狙う必要がある。

 ルシェド、ルウォ、オセ、モルガナ、シャルロットはそもそも殺せる条件を用意出来ないので排除。ボーゼス、カンゼリッツァ、シャイアはルナの記憶を取り戻すために必要になりそうな人員なのでこれもなし。

(あと残ってるのって誰?)

 チュルとスロウはすぐに浮かんだが、他がなかなか出てこない。

(ええと、たしか、アルドグノーゼが二人ほど神子を駒にしたんだったっけ)

 それとミッドラインダ帝国もまだ一人神子を残している事が確認されていたはず。

(星舟のは……神子じゃなくて神そのものだから対象外か)

 でも、何かしらの問題が起きたっぽいし、今中に居るのが外神である保証はないのだ。別の神子が乗っ取っている可能性はそれなりに高い。

 といっても、標的にするにはさすがに不透明が過ぎる。

(つまり、候補は全部で五人って事になるのかな)

 大陸の外の神子を狙うという手もあるが、三日以内に超長距離の移動手段を用意して、さらに神子を殺す準備を済ますというのは現実的ではないから、ひとまずはこの五人のうちの誰を始末するかに焦点を当てるべきだろう。

(条件さえ用意出来れば、簡単なのは二人の操り人形)

 だが、条件を用意するのが一番難しそうなのもこの二人である。ルウォ・アルドグノーゼの存在があまりにもネックだ。

 ミッドラインダ帝国にしても、侵略者への対処においてエンシェに寄っているスタンスを見せていたという話だし、どうにもきな臭い。

 この中で一番背景が見えているのはクリスエレスのスロウだ。自国に居る上に、ユーリッヒを失い手薄になっているという点も大きい。ただ、五人の中では間違いなく一番の格上でもある。

 器の神子の精神を殺して、完全にこの世界での主導権を我が物にした大天使。

(まあ、戦いにはなると思うんだけど、これも火力が足りるかどうかだよな)

 その問題を解決してくれるであろうクウォンタの姿が、ようやく見えてきた。

 髪を短く刈り上げた赤毛に、小柄ながら非常に筋肉質な身体、一目で瞬発力の塊だというのが判る。

 そんな男は、ノイン・ゼタ専用の広場で中位の傭兵たち十名ほどに稽古をつけていた。

 中位といってもザーラッハの教官以上の実力はあるので弱いという事はないのだが、十対一の模擬戦闘は、それはもう一方的なものとなっている。

「どうした! お前たちはまだまだこんなもんじゃないだろう! へばるには早すぎるぞ! 気合を入れろ! おお!」

(また自分の台詞でテンションあがってるな、この人)

 そして非常に煩い。

 だが、その大声は意識朦朧な傭兵たちを繋ぎ止める役には立っているようだ。まあ、それが幸運かどうかは知らないが。

「さあ、声を出せ! ありったけの想いをぶつけてこい!」

「――クソッタレが!」

 自棄を起こしたような思い切りの良さで、三人ほどが飛びこんだ。

 その三人をするりするりと躱しながら、クウォンタは残りの七人に襲い掛かり蹴りと拳を叩き込む。

 ちなみに、彼の得物は素手ではなく自分の体よりも大きな斧だ。柄の部分に非常の長い鎖を備えた、鎖鎌のように扱われる飛び道具。模擬戦で使っているところを見たことはない。加減が出来ずに殺してしまうから控えているのだろう。

 もっとも、それが効果を為しているのかは定かではなく、今日もまた三人ほどが死体になりそうな勢いだったが。

「いいぞ! 吾輩も温まってきた! さあ死ぬ気で掛かって来い! 吾輩を看板の席から見事蹴落としてみせろ!」

 声のボリュームを上げながら、スイッチの入ったクウォンタが魔力をフル稼働させる。

 踏み込みで地面が爆ぜ、近くにいた二人が余波で吹き飛ばされた。

 純粋な魔力強化だけで、彼はその手の魔法に追随する。もちろんアンナよりも速いなんてことはないが、こちらの通常運転にギリギリで追い縋れるほどの異常さだ。

 当然、そんなものを、この程度の傭兵たちが視認できる筈もない。

 真っ直ぐに突っ込まれた二人は反射的に頭部を守ったので瀕死で済んだが、最後の一人はよほど気に入ったのだろう。フェイントを一つ入れ、滑るようなステップワークで側面に回り込み、死角から後頭部目掛けてフックを振り抜き――

「――殺す場所くらいは選んで欲しいんですけど?」

 死ぬはずだった男の足を払いながら髪の毛を掴んで地面に叩きつけ、空振りさせる。少し勢いをつけすぎた所為か男はそのまま失神してしまったが、まあ死ぬよりはマシだろう。

 おおよそ拳から出る音とは思えないような異音が真上で鳴ったのを見送ってから、アンナはゆっくりと身を起こした。

「そうか、今のはダメだったか。なら、よく防いでくれたな!」

「模擬戦闘は終わりです。解散してください」

 乱暴に人の肩を叩いてくる(すごく痛い)煩い人はひとまず無視して、ボコボコにしごかれた十人に告げる。

 どういう経緯で参加したのかは知らないが、実力差は嫌というほど理解した事だろう。彼等は逃げるように立ち去って行った。ちゃんと、失神した仲間を担いで。

 全員初めて見る顔だったので、この大陸か前の大陸で取り込んだ新入りだと思うが、相当にまともな連中だったようだ。この業界でそれがいいのか悪いのかはさておき、そういう奴が無駄死にしなかったのは良い結果として受け入れてもいいだろう。

「しかし、今日はいい日だな! さあ、やろうか!」

「やりませんよ。暑苦しい」

「そうなのか!?」

「そうですよ」

「そうか……残念だな」

 眼に見えてわかるくらいに肩を落として、クウォンタは落ちこんで見せた。

「代わりに、もっと熱くなれるかもしれない話を持ってきたんですけど、聞きます?」

「もちろんだ! さあ、聞かせてくれ!」

 耳が痛いほどの大声。

 悲しいほど短い、静かな時間だった。

 その事実に内心でため息をつきつつ、ララエスタとのゲームとクウォンタに求める役割について話す。

 すると、

「吾輩も戦いたいぞ!」

 という答えが返ってきた。

 こちらとしては是非とも暗殺に専念して欲しいのだが、性格がそれを許さない事は最初から想像出来ていたので、特に面倒くささは感じない。

「一撃喰らわせたあとに戦えますよ」

「それは難しいだろう? 自慢ではないが、吾輩の魔法が直撃すれば神であろうと塵も残らないからな!」

 物凄く自信満々に、クウォンタはそう断言した。

 異論はない。まったくもって頼もしい限りである。

「状況は私が作ります。無理そうなら途中で降りても構いません。手を貸してくれますか?」

「ああ! もちろんだ! 任せておけ!」

 ドンッ! とやたらと大きな音を立てて自身の胸を叩き、クウォンタは頷いた。

 微かに骨が割れるような音が聞こえた気がしたが、大丈夫なのだろうか? 

 まあ、なにはともあれ、こうして順調にアンナは最初の協力者を確保し――


                §


「――はぁ、はぁ」

 息を止めるくらいの集中力で屋根から屋根へと忙しなく移動する。

 乱れた呼吸は背負っている女性から零れているものだ。その彼女から止めどなく流れる血が、背中をべったりと濡らしている。致命傷ではないが相当な深手。処置が遅れれば命に係わるだろう。

「っ!」

 頭上の夜闇の中から降りそそがれた魔弾の雨を躱しながら、アンナは雷撃で反撃する。

 手応えはない。躱されたようだ。適当にばら撒いただけの攻撃ではあるが、回避できるのは一握りである。

(たしか、空戦士だったっけ)

 ミッドラインダ帝国の精鋭。単体なら別に脅威じゃないが、庇護対象を抱えた状況でこの数を処理するのは難しい。

 そうして敵を処理できないままに追い込まれた末に、アンナは奇しくも彼女との再会を果たすことになった。

 強い敵意をこちらに向ける不死の神子、シャルロット・デ・グゥオンに。


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