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君>世界   作者: 雪ノ雪
第七章『遠い半身』
89/112

04/狂った戯れ

(……多分、ルナ様も今日中には戻ってくるだろうから、明日の接触には問題ないだろうけど、今日これで終わりっていうのもなぁ)

 期間は今日を入れて最大で三日しかないのだ。ルシェド不在というこの状況は最大限に活かしたい。

(とはいえ、出来る事、か)

 なにがあるだろうと思案する。

 が、思い浮かばない。まあ、殺し合いしか能のない傭兵なのだ。当然と言えば当然だろう。

(……誰かに頼ってみるかな。時期も時期だし、そろそろ仲間を作っておくのも悪くはないだろうし)

 ノイン・ゼタという傭兵集団は、おそらく儀式前に瓦解する。彼が儀式で何をしようとしているのか、多くの者が知らずとも肌で感じ取っているからだ。彼に逆らっても無意味だと最後まで従属する者もいるだろうが、大半は潮時だと独自に動き出す。特に看板連中はそうだろう。

 現にウィンも離れたし、アンナもルナの味方をすると決めている。早いタイミングで離脱する者があと数名出てもおかしくはない。その一人でも味方に引き入れる事が出来たら、色々と選択肢も増やせそうだが――

「――ん?」

 考えている矢先に、さっそく候補の看板を一人見つけてしまった。

 王宮を出て繁華街に入ったところで、両手いっぱいに荷物を抱えた六人の男をはべらせた美女が店から出てきたのだ。宝石店だった。どうやら店の品を全て買い占めたようだ。それを首やら腕やら指やら全身にあしらって、ゴージャスなドレスと相まって、とんでもなく派手な有様だった。ただ、痛々しさが先行するモルガナとは違って、これ以上ないくらい様になっている。

 ララエスタ。

 褐色の肌にウェーブのかかったボリュームのある桃色の髪、妖しく濡れる金色の瞳をもった優艶な美貌の彼女は、ノイン・ゼタの第五位に腰かける人物だ。

 姓はない。そういう生まれということなのだろう。

 そして、彼女は忌子でもあった。それを雄弁に物語るのは、縦に裂けた額の中にある第三の目だ。宝石のように蒼く輝く魔眼。

 楽しげに眼を細めて笑う二つの眼の死角を埋めるように、それは大きく目を見開いて周囲を警戒している。

 その眼が、アンナを捉えた。

 隣の美男に向けられていた視線を急にこちらに流しつつ、男の唇を人差し指で抑えて、喋るな、と命じてから、彼女はハイヒールの硬い音を響かせ近付いてくる。

「今日は一人なのかしら? 珍しいわねぇ、アンナ」

「ララエスタさんは、いつも通り派手ですね」

 あと、これまたいつも通り甘ったるくて非常にゆったりとした喋り方だった。まあ、おっとり系の顔立ちにはあっている感じではあるが。

「……少し、寂しいわね」

「なにがです?」

「胸元」

 そう言って、ララエスタは腕にぶら下げていた薄いピンク色の輝きを放つ親指ほどの大きさの宝石をアンナに掛けた。

 六人の男のうちの半分ほどが、その行為に唾を呑む。よっぽど高価な宝石のようだ。

「貴女、地味だけど造形自体は整っているんだからぁ、装飾にくらい気を遣ったら?」

「余計なお世話ですね。大体、こんなの戦いの邪魔にしかならない」

「優雅に戦えば問題ないわぁ、歩くように近付いてぇ、触れることなく殺せばいいの。私のように。――あぁ、それはそうと、面白い色を纏っているわね。宝石あげたんだからぁ、話してよ?」

「勝手に押し付けて情報をたかるだなんて、優雅さに欠ける行いだと思いますけど」

「私が優雅なのはぁ、ほら、戦いだけだから。――あ、あのお店、貸し切ってきてぇ」

「は、はい。直ちに!」

 六人のうちの一人が、慌てて指差された飲食店に向かって駆けて行った。

「喋るなって言ったのに喋るし、走る姿は無様。顔は九十点もあるのに、ちょっと残念かなぁ」

 なんだか辛辣な評価を述べているララエスタと共に飲食店に入る。

 男たちはララエスタのために全ての料理を注文し、中に居た客を金で掃いて、椅子を引き、おおよそ出来得る全てのお膳立てを済ませた。

 それを当然のように享受しつつ、ララエスタは腰を下ろして、対面に座るように促してくる。

 彼女の友人として一応認識されたのだろう、男の一人が慌てて椅子を引き、こちらの手間を一つ省いてくれた。

 その手際が良かったからか、

「やっぱりこれ、ちょっと今日のドレスには合わないわねぇ」

 と言って、宝石を一つ、その男に向けて放り投げた。

「もういらないから、あげるわぁ。楽しい食事会の邪魔にもなりそうだし」

「私は既に済ませているんですけどね、昼食」

「でも、それはルナに合わせてのことでしょう? あの子少食だし、貴女も食べるの遅いからきっと同じくらいの量しか胃袋に入れていないし。それに、ここのデザートって、とっても美味しいのよぉ」

「……まあ、別に付き合いますけど」

 元々、拒むつもりもなかったわけだし、向こうから乗ってくれるのなら上々だ。

「それで、何が聞きたいんですか?」

「ずばり、神子に会っていたわよね、貴女。シャイアだっけぇ? あとの二色はちょっとわからないけどぉ、三人かしら? 合ってる?」

「よく判りますね。魔力は払ったはずなんですけど。その魔眼って一体何が見えてるんです?」

「そうねぇ、貴女の背中にある、トカゲみたいなカタチの古い火傷の痕とかかしら? 心配しなくても中身までは見えていないわぉ。もし見えていたら、きっと気持ち悪くて潰しているだろうし。ふふ」

 嘘か真か、何とも捉えにくいトーンで答えて、ララエスタは小さく笑った。

 そのタイミングで、いくつかの料理と、その四倍ほどの数の、色取り取りの液体の入ったグラスが彼女の周りのテーブルに並べられていく。

「甘いお酒が飲みたいなぁ。貴女はなにがいい?」

「お酒は飲みません。ジュースをお願いします」

「だって。なにを選んでくれるのか、楽しみだわぁ」

 一人の男に流し目を送って、ララエスタは最初に置かれた水をゆっくりと飲み乾した。

 そこで、水色のカクテルと、透明な柑橘系の香りがするジュースが置かれる。それを置いた男の表情は真剣だ。強い恐怖の色も滲んでいる。

「ありがとうございます」

 神子相手に博打をかまして、少し喉が渇いていたアンナは早速ジュースに手を伸ばした。

 サッパリとしていて、酸味も程良い。疲れた身体にはベストな一品だった。

 対してララエスタに差し出されたお酒は、あまり彼女の琴線には触れなかったようだ。

「これから食事をするのに、こんなに舌に残るお酒を選ぶだなんて、面白いわねぇ。五日間、ご苦労様」

 にこやかな笑顔で、ララエスタはその男にクビを宣告し、

「あぁ、でも、アンナには百点だったみたい。ゲストに粗相がなかったのは良かったわ。だからぁ、セーフ」

 と、手を付けたグラスを男に差し出した。

 男はそれを恐る恐る呑み欲し、

「し、失礼しました……!」

 裏返った声をあげながら深々と頭をさげて、逃げるように店を出て行った。

 なかなかに幸運な男だ。もしアンナへの対応も間違っていたら、彼は死んでいただろう。

 そういった事情込みで、彼等はララエスタと契約しているのである。彼女を喜ばせて大金を得るか、彼女を白けさせて死ぬかという、そういうゲームに興じている。

「また一人増やさないと、買い物が出来なくなってしまうわ。今度は誰がいいかしらぁ? 誰がいいと思う?」

「そうですね、死刑囚とか……いや、それはそれで問題か」

 彼女が気にいったら無罪放免になりかねないのだ。下手をしたら今後の罪を容認するなんて事態に発展する恐れもあった。

「自分で持ってください。それがきっと一番いい。或いは、貴女がその悪趣味を捨てるのが一番ですね」

「あらあら、酷い物言いねぇ。傷付いてしまうわ」

「それは貴重な体験が出来て良かったですね。褒めてくれてもいいですよ」

 投げやりにアンナは言った。

 その無礼な態度に周りの男たちは冷や汗を滲ませるが、ララエステはそんな彼等の不安を裏切るように愉しそうに笑う。

「ふふ、やっぱり、貴女はいいわぁ。誰に対しても態度が変わらなくて」

「そんな事もないと思いますけど」

「神子に媚びているわけではないでしょう? そういう意味よ。自分の心に素直なのは見ていて微笑ましいわ。そんな貴女を弄ぶというのも、なかなかに贅沢な娯楽よねぇ?」

 瞬間、空気が静止した。

 彼女の悪趣味が始まったのだ。こちらの望み通りに。

「ねぇ、ゲームをしましょう。負けた子が勝った子の言う事をなんでも聞くの、永遠に……あぁ、でも、永遠は悪魔の契約には使いにくいか。私も不便になるし。そうねぇ、じゃあ、極日の儀式が終わるまで有効という事にしましょう。――パパ、出てきて」

 そう言って、ララエスタは自身の影の中から契約者を呼びだした。

 両眼を糸で縫われ、両手を杭で纏められ、両足を鎖で繋がれ、熱された鉄製の椅子に拘束されている片翼の悪魔。

 唯一拘束されていない口は緩く開かれており、その奥は真っ黒で歯が一本もない事が確認できた。

 肉の焼けた匂いが鼻につく。

 口から零れる音は、溺れている人のようでもあった。

 あまりに異様な存在だ。当然のように、受付に居た女性従業員が引き攣った悲鳴をあげて、奥へと逃げて行った。

「……悪魔の契約、別に呑んでもいいですけど、条件があります」

「なにかしらぁ?」

「まずは公平性の保証。或いは私の方が有利なゲームでなければ、その悪魔の契約は成立しないという条件です。もう一つは、そうですね、引き分けを設ける事かな。その場合は、どちらも一つ、無理なく可能な事を相手に提供する」

「……ふむ、いいわぁ。では、そうしましょう」

「契約成立ですね」

 悪魔の契約の法則についてはもちろん理解しているので、この項目は正しく反映される。

 これで、駒遊びのような経験や知識で差が付くゲームは選ばれなくなった。

「内容は任せます。でも、あまり凝ったものにはしないで欲しいですね。まどろっこしいの、嫌いなんで」

「それは大丈夫。――パパ」

「――」

 声にならない呻き声をあげた悪魔が、刻印を宿した長い舌から、朱い血液の糸を顕し、それをララエスタとアンナの小指に繋げた。

 パパと呼ばれている契約者の能力だ。といっても、そこに大きな価値はない。この悪魔が有する魔法は『装飾』。それも概念干渉に該当するほど強固なものではなく、本当に飾り付け程度の干渉しかできない類だった。要は無価値だ。モルガナが纏う大仰さのようなものでしかない。間違いなく最下層の悪魔。なんだったら淫魔よりも下に置いていい存在と言えた。

(パパ、か)

 果たしてそれはそういう名前の悪魔なのか、それとも父親の事をさしているのか……考えても仕方がない事ではあるのだが、久しぶりにそれを目の当たりにすると、さすがに気にしないわけにはいかない。

 しかし、そんな関心も、彼女が次に発した言葉を前にあっさり殺されてしまった。

「内容はシンプル、先に神子を殺した方が勝ち」

「……は?」

 本気で耳を疑った。

「殺す神子は誰でもいいわぁ。そして直接である必要もない。こんなところかしらぁ。期限は今日を含めて三日。団長の復帰が確認されるまでという事にしましょう」

「正気ですか?」

「遊びで神子を殺すだなんて、とっても贅沢よねぇ?」

 ……少し侮っていた。彼女はこういう狂人だ。

 そして、その内容を拒む理由もなかった。間違いなくこちらに有利だからである。むしろ最もいい内容を提示してきたと言っても過言ではない。なにせ、こちらは引き分けでもある程度望みを叶えられるし、圧倒的に引き分けになる可能性が高いのだから。

 とはいえ、油断や安堵などは一切抱けそうになかった。

 彼女はノイン・ゼタの第五位。七位であるアンナよりも二つほど上に位置する存在なのだ。まあ、実力通りに全ての序列が定められているわけではないが、彼女が明確な格上である事に変わりはない。

「食事が終わったら開始ね。私は、のんびりと始めさせてもらうわぁ」

 そのタイミングで、複数の料理がやってきた。

 飲料と同じように空いているテーブルに並べられ、彼女が指差したものを男たちが彼女のテーブルの上に置く。

 もちろん、付き合ってはいられない。

「では、私はもう始めさせてもらいます。……ごちそうさまでした」

 僅かに残っていたジュースを一気に飲み干して、アンナは店を後にした。


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