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君>世界   作者: 雪ノ雪
第七章『遠い半身』
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03/可能性を得る

 ルウォ・ステラ要塞を監視するために用意された簡易陣地に行く手段はいくつかあるが、一番手っ取り早いのは王宮内にある転移門を使う事だ。

 ノイン・ゼタの権限でそれが可能かどうかは、正直ちょっとわからないが、まあ、物は試しだと王宮に赴き、アンナは衛兵に告げる。

「シャイア・テキーラに会いたいのですが、転移門を使わせて頂けますか? あぁ、ちなみに、これはノイン・ゼタの神子の要請ですので、それを踏まえた上での対応をお願いしますね」

「……確認します。少しお待ちください」

 衛兵は強張った表情でそう答え、足早に確認に向かい、一分後上司と思わしき人物を連れて戻ってきた。

 上司の方は、顔の出回っていないルナの事もある程度知っていたのか、即座にこちらの話が事実だと認識したようだ。

「どうぞ、こちらに」

 そうして王宮の奥に歩を進め、二人は転移門を潜る。

 出た先には、シャイアが待ち構えていた。

「眠り姫が、なんの用だ?」

 微かに目を細めて、鋭い気配を向けてくる。

 ただ、幸いルナはそう言ったプレッシャーには酷く疎い。おかげでアンナは気にせず話を進められる。

「往々にして、神の力によって引き起こされている問題を解決するには神の力が必要でしょう? だから貴女たちも役に立ちそうと思って、足を運ばせてもらいました」

「ずいぶんと傲慢で身勝手な物言いだな」

「そうですね。それは自覚しています。でも、そちらにとっても悪い話ではないと思いますよ? 状況によっては、ルシェド・オルトロージュと敵対すると言っているわけですから」

 すらすらと言葉を並べつつ、今確実に自分は決定的な一歩を踏んだな、とアンナは少しだけ後悔に似た感触を胸の内に抱いた。

 まあ、本当に少しだけだ。

 義父への敵対示唆にもまったく興味がなさそうなルナを前に、そんなものもはすぐに消え去る。

「……いいだろう。詳しく話せ」

 資料などではかなりの堅物という印象だったが、多少は話が分かる人物だったようだ。

 アンナはルナの状態を説明し、

「それで、この問題を貴女たちは解決できそうですか? カンゼリッツァにボーゼスという二人の神子もいるわけだから、まったく見込みがないという事もないと思うんですけど」

「彼等が手を貸すかどうかは、彼等に訊いてみなければわからない事だ」

「それはおかしな話ですね。貴女が一番強いだろうに。下手くそな悪魔の契約でもしたんですか?」

「貴様に語る必要はないな」

「それもそうですね」

 ……この感じ、どうやらザーラッハ側から求めたようだ。

 他の勢力と先に組まれる事を嫌ってか、それともそれ以外の条件が良かったのか、或いはその両方か。まあ自分たちには関係のない話だろうから、どうでもいいと言えばどうでもいいが。

「少し待っていろ」

 ため息交じりに、シャイアが二人の神子に連絡を入れる。

 五分後、自国にいたであろうカンゼリッツァとボーゼスが転移門から姿をみせた。

「……眠り姫、か」

 やや怯えた様子で、ムルカ連合のトップであるカンゼリッツァが呟く。

 真っ黒な白目部分に爛々と輝く銀色の瞳という特異な特徴を持つオレンジ色の髪の彼は、齢1500歳を超えているはずだが、見た目の年齢は十代後半を保っている。不老の証明。ごく一部を除く神子の特権だ。

 それはボーゼスにも当て嵌まり、赤毛と猫のような金色の瞳が特徴の、今年七百歳の生誕祭を行った彼もまた、十四、五歳の少年といっても差し支えない容姿を保っていた。

 その所為か、二十四歳、見た目通りのシャイアが一番年上に見える。

(そういえば、数少ない老いる神子なんだったっけ。この人って)

 契約した相手が神ではなく神器だったことが理由だと、たしか前にルシェドが言っていた筈だ。

 他の神子にあまり興味がない彼が関心を抱いていたという意味では、特別な神子の一人と言ってもいいのかもしれない。

「……ところで、今向こうの要塞にモルガナがいないようだが、仕掛けないのか?」

 やや力んだ声で、ボーゼスが訪ねた。

 ルウォ・ステラ要塞を奪還できればザーラッハ陣営はかなり有利になるので、その提案自体は妥当なところだが、正直タレント不足は否めない。

「奴に距離は関係ない。今要塞に仕掛けたとしても、間隙を狙われるだけだ」

 と、シャイアもその提案には否定的だった。

「だが今は三人いる。反撃に合わせて二人で仕掛ければ――」

「貴方たち二人の力を軽視しているわけではないが、それは難しいだろう。奴の攻防は盤石だ。既にこちらが組んでいる事が判明している状況で不意打ちになるとも思えない。それに、仮に仕留められたとしてもルウォ・アルドグノーゼとの連戦が待っているだけ。奴はまだ神子を二枚保持している。我々の敗北は決定的だ。まあ、奴を落とすことを我々の最大の目標にするというのであれば、一つの選択にはなるだろうが」

「悪かった。言ってみただけだ。不透明な侵略者の動きもあるしな。現状、下手に動くのが悪手である事くらいは理解しているさ」

 そう言って、ボーゼスは苦笑を浮かべてみせた。

(そういえば、あの星舟ってずっと上空に漂ったまま沈黙を貫いているんだったっけ)

 こちらもあまり興味はないが、なにかしらの問題が生じての事なのは間違いないだろう。そこに誰も攻め入らないのは、ボーゼスの言葉通り下手に動くのが不味いという認識が浸透しているからか。まあ、それこそが下手な動きのような気もするが。

「……眠い」

 どうでもいい思考を中断するように、ぽつりとルナが呟いた。

 いつもならそのまま両膝を地面について眠りに落ちていた事だろう。だが、それに抵抗するように彼女は二度ほど頬を叩いた。

 そんな彼女のためにも早く話を進めようとアンナは口を開く。

「ボーゼス様、貴方の魔法は相手の状態を把握する事にも長けていると聞きます。お願いできますか?」

 まずはその力で彼女の状態を正しく把握するのが肝要だ。まあ、多少は細工の心配をする必要もありそうだが……

(いや、そんな度胸はないか)

 失礼な感想を抱いたところで、ボーゼスが頷いた。

「……わかった。では、魔力を抑えてくれ」

「魔力?」

 不思議そうに、ルナは首を傾げる。いかに自身の魔法を無自覚に操っているのかがわかる反応である。

 まあ、それはともかく、

(この人、ルナ様の魔力を知覚できるのか)

 アンナには全く分からない。シャイアやカンゼリッツァも同様だろう。これは、期待しても良いのかもしれない。

「これ以上ないくらいに抑えています。その状態でやってください。あぁ、それと、けしてこの方には直に触れないようにお願いしますね。死にたくなければ」

 結構無茶な注文をしている自覚をしつつ、アンナは当たり前のように言う。

 ボーゼスは数秒ほど難しい貌をしていたが、やりようを見つけたんだろう。ため息を一つついて、

「念のための護りを頼む」

 要塞に視線をやってから、魔法を解き放った。

 アンガラ共和国の神子たるボーゼスが所有する魔法は、契約している魔神ダンダルド・アギャの『砕』と、彼自身が有している『波』の二つ。

 前者はどちらかというと暴力に特化したものであり、後者は波紋やら波形やらに干渉する補助向きの魔法だ。それを使って脳のスキャンを行い、異常がどこにあるのかを探っていく。

「戻って来たな。怖い怖い」

 その最中に、カンゼリッツァが小さく呟いた。モルガナが魔法を察知して様子を窺ってきているのだ。

 異世界の侵略者とルウォの直接対決の際には姿を見せなかったので、なにかあったのではないかと憶測が飛び交っていたが……

(まあ、これも私たちには関係ない事か)

 意識をルナに戻す。

 彼女はまだ頑張って起きている。魔力の波が体内に触れた事に少し戸惑ったような表情を浮かべたが、記憶障害を治すためと伝えていたからだろう、『夜』が顔を出す事はなかった。

「記憶に関わる回路を、異常な濃度の魔力が波のように行き来している。それ以外の脳波に異常はなし。これは、自律的な魔法だな。この娘自身が行っている事だ」

「ルシェド・オルトロージュではなくて?」

「あぁ」

「解けそうですか?」

「私の魔法では無理だ。彼女の魔力に触れた途端に消えてしまうからな。だが、そうだな、レティソラエールの遺物なら、或いは」

 ちらりとシャイアに視線を流しながら、ボーゼスは答えた。

「そうですか」

 神子周りの情報は特に知ろうとしなくても団長の口から得られる事が多かったが、この情報は初耳だった。つまり、意図的に隠していた可能性がある。だとしたら朗報だ。ルシェドに対抗する手札がまた一つ見つかった。

「……共有を」

「あぁ」

 厳かなシャイアの声に頷き、ボーゼスが彼女の額に触れる。

 魔力が彼女に流れていく様が見て取れた。

「……確かに、これならば可能だ」

 ゆっくりと目を見開いたシャイアが答える。

 だが、それを喜ぶより先に、

「了承は出来ないがな」

 と、シャイアは言った。

 出鼻をくじかれた気分で、おのずと眉間に皺が寄る。

 そんなアンナと裏腹に、当事者であるルナはもう睡魔に負けそうな様子で、頭がふらふら揺れていた。

(ルナ様頑張って)

 胸の中でエールを送る。

 送りながら、

「何故ですか?」

 と、冷ややかな視線をシャイアに向けた。

 それを受け止める彼女の眼差しも冷ややかなものだ。

「何故も何も、貴様たちに手を貸すことに確かなメリットが存在していないからに決まっている。仮にその娘の記憶障害が治せたとして、必ずしもルシェドと事を構えるとは限らない。そもそも、この展開自体、奴の思惑である可能性もある。自身では処理できない手駒の神子の問題を解決させて本番に備えるというのは実に妥当な判断だ」

「――は」

 あまりに馬鹿げている内容に、思わず嘲笑が零れた。

「驚いた。まさか弱小勢力が、博打も打たずに儀式の勝者になろうとしているだなんてね」

「……さすがに、不敬が過ぎるのではないか?」

 三つの敵意がこちらに向けられる。

 率直な感想だったのだが、どうやら傲岸不遜な神子たちには挑発に映ったようだ。

 自分だけならともかく、ルナまで敵視する姿勢には、笑う事すら憚られるくらいに愚かだった。

「そのくせ、自殺は出来るんだ? 変なの」

「――っ!?」

 三人が一斉に距離を取る、ルナの影が揺れたのを察知しての事だろう。

 ぞわぞわと全身が粟立つ。

 凄まじい死の気配。

 しかし、それはぷつりと途切れた。

 ルナが眠りに落ちたのだ。非常に浅い、十秒程度の途絶。

「……」

 好機と見るには十分だろうに、神子は誰も動かなかった。

 いや、動けなかったが正解かもしれない。

「……ん、んん」

 目を覚ましたルナはぽかんとした顔で、こちらを見て、

「シャルロット?」

「いいえ、私はアンナですよ、ルナ様」

「ルナ? ……あの子はどこ?」

 キョロキョロと見渡して、

「貴女が、あの子?」

「……いや、私は違う」

 状況は理解しているからだろう、戸惑いは最小限にシャイアは答えた。

「そう……あ、そうだ、シャルロットに会いたいって、私思ったんだ。でも、なんでだろう? なにか用事でもあったのかな?」

 言葉を終えたところで、彼女の影が彼女を呑みこむ。

 おそらくはまたシャルロットの元に転移したのだろう。おかげで一人、一触即発の空気の中に取り残されてしまったので非常に不味い状況だが……まあ、別に焦る必要はない。

「時間をあげます。期限は明日の昼まで。それまでに協力するか否かを決めておいてください」

 颯爽と背を向けて歩き出す。あくまで優雅に撤退を決め込む。

 お咎めは、なかった。

 その事実にほっとしつつ、アンナは転移門を潜って、ひとまずザーラッハに戻ることにした。


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