20/彼女がくれたもの
(モルガナはどうした? なにをやっている?)
気配がまったく不明となっている自陣営の神子に苛立ちを覚えつつ、アルドグノーゼは支配の力を持って近隣地域にいる全ての翼をもつ魔物を動員し、戦場へと送り込んでいた。
向こうがほぼ無尽蔵の魚群で来るのなら、こちらもほぼ無尽蔵の幻獣もどき共で迎え撃つという算段だ。
(……忌々しい)
一見すれば神子を抱える国同士のセオリー通りの戦争だが、獣の支配にリソースを割いている時点でこちらは既に消耗している。
当初は、精鋭を用いて圧殺するつもりだったのが、ルウォの奴が入れ替わる直前に兵に対する支配を揮えなくした所為だ。他でもない、命を共有する半身に、不利を背負わされているという事実。
これがそこらの神子なら精神の摩耗による自殺を疑うところだが、奴にそれは当て嵌まらない。
なにせ、奴はこちらの意図とは関係なく契約を成立させた神子だからだ。波長があっているからこそ、本質が似ているからこそ、邂逅する事が出来た存在。
奴は、間違いなくアルドグノーゼが乞うのを待っている。そうやって、こちらの精神をじわじわと支配しようとしているのだ。
(……いいだろう。見ているがよい)
牙を剥いて、アルドグノーゼは覚悟を決める。奴への対抗心は、いつだって最優先事項だ。
「全てを賭して我の勝利に貢献せよ!」
消耗戦を続ける。この世界に現存する知将の脳とリンクして、状況の打開を要求する。
結果、魚共に防戦一方を強いる事に成功した。これで、こちらに対して直接的な干渉は行えなくなったはずだ。最小限の労力で、兵という第一段階を処理できた。
相手がそこらの神子や神なら、この時点で勝ちなのだが、おそらくは同格だ。
異世界の原初。しかも、この感じだと融合している。
(悍ましい事を)
自分がノスティワと同化する想像をして、アルドグノーゼは苦い顔を浮かべながら、こちらに一歩踏み出してきた敵に合わせるように、支配した獣たちの前に転移した。
嵐のように駆けまわる魚の群れの中に、ユルミニエルの姿を捉える。
向こうもこちらを真っ直ぐに見据え、魚共を守るように魔力を大きく広げた。アルドグノーゼの支配を完璧に遮断するための措置だろう。
まあ、どうでも良い事だ。そもそも神子を二枚支配している今の状況下で、敵勢力に手を伸ばすほどの余力はなかった。
むろん、ルウォの邪魔さえなければ、敵勢力の精鋭だろうが何だろうが、全て支配してやることも可能ではあったが。
「――我が名はユルミニエル・アリア・トルクラエル。メサリテ・ケルタの管理者として、この地を貰い受ける」
踊る魚達から、一斉に同じ言葉が放たれた。
それに呼応して、この人間界の魔力の色が僅かに変わる。
「……なるほど、そういう事か」
今の名乗りは自分に向けたものではない。
この異世界の神は、ルーメサイトへのアクセスを試みたのだ。一応は自分と同格の原初の神という立場をもって、人間界の管理者権限を奪おうとした。
もちろん、アルドグノーゼが健在な限りそれは不可能だ。ただ、原初の神の大半を失い現在穴だらけのシステムに負荷を加える事は出来る。
結果、いくつかの法則に支障が生じ、ルーメサイトの排除装置のいくつかが機能不全を起こしていた。
「痴れ者が、随分とふてぶてしい真似をしてくれるものだな」
「薄汚い簒奪者に言われる筋合いはない。……あぁ、でも、貴方には感謝を。おかげで、我々はここに降り立つ事が出来た」
「――抜かしたな、屑星の神程度が」
怒りが、全身を沸騰させる。
後の事も考えてスマートに処理しようと思ったが、止めだ。
抑えていた魔力を解放し、アルドグノーゼは背中に仕舞っていた八枚の翼を展開、このルーメサイトにあるほぼ全ての生物の核とリンクする。これで、あらゆる魔法の使用が可能になった。
「戦争ごっこは終わりだ。――消し飛べ」
最も大きな魚群に照準を合わせて、焔を内包した神雷を解き放つ。
神雷はあらゆるものに伝播し、遅れて続く焔によって連鎖的な爆発を引き起こした。その熱波によって、魚も獣も全て死滅する。
爆発のエネルギーに指向性を持たせていなければ、アルドグノーゼの背後にあるルウォ帝国の都市もいくつか蒸発していた事だろう。
「さすがに、原初の神なだけはあるか」
やや険しい表情を浮かべながら、ユルミニエルは自身の後方に控えさせている星舟からの増援を止めた。
代わりに、残っていた魚たちを水に変えて、自身の支配領域を拡大させる。
それに伴って、色格の強度もある程度は増したようだ。
「小賢しい」
もう一度、同程度の威力の神雷を放つ。狙いはユルミニエル本体。
当たれば確実に殺せるだろう。だが、当然彼女の周囲を埋め尽くす海水がそれを防ぐ。
とはいえ完全ではない。いくつかの水は爆熱によって蒸発していた。
そしてその蒸発した分だけ、ユルミニエルの色格が弱まったのを、アルドグノーゼは正しく把握していて、
(やはり、所詮はこの程度か)
星舟からの増援を止めたという事は、色格の強化上限が決まっているという事だ。もし上限がなければ脅威になっていただろうが、そうでないのなら何の問題もない。
残る問題は、増援に割いていた星舟のリソースを何に切り替えたのかくらいだが、それもおおよその見当はついている。
「失望には、まだ早い」
こちらの感情を読み取ったようにユルミニエルが呟いた瞬間、ごっそりと自身の魔力が消費されたのをアルドグノーゼは感知した。
直後、周囲に溢れている水が消え、ユルミニエルの色格がまた弱くなる。
その現象は連続して続き、そのたびにアルドグノーゼの魔力も消耗されていく。
混乱を覚えながらも原因を求めると、ルーメサイトは魔法を使ったから魔力を消耗したという実にシンプルな答えを返してきた。
その覚えがないから困っているのだが……まあ、嘆いたところで仕方がない。
ひとまず防御を固めながら、相手の観察に努める。
(……弱っているのは色格だけではないな)
生命力の方にも揺らぎが見える。
このまま続ければ、おそらく彼女は死ぬだろう。
具体的な方法はまだ判らないが、骨を断たせて肉を切るという戦法であることに違いはない。おかげで、想定を遥かに上回る消耗を強いられている。
これ以上は看過できない。次で始末する。
そう決めて、最大限の魔力を複数の魔法と結び付けたところで、左側面から斬撃が走った。
回避には成功したが、魔法の発動は潰されてしまう。
苛立ちを覚えながら視線を向けると、そこには漁夫の利を狙うシャイア・テキーラの姿があった。
(防がずに避けたのは正解だったな)
そんなことを思いつつ、追撃として両側面から放たれていた二つの攻撃を結界の魔法で受け止める。
どちらも、覚えのある神子の魔力だった。
ムルカ連合のカンゼリッツァと、アンガラ共和国のボーゼスだ。どうやら彼らはザーラッハと手を組む事にしたらしい。
「……よもや、この世界の神子が三人も侵略者に加担するとはな。万死に値する所業だ。報いを受ける準備は出来ているのだろうな?」
「それはこちらの台詞だ。汚れた一色に世界を染めようとするその所業、万死に値する。今ここで贖え」
そう言葉を返して、シャイアは左手で右の手首を強く掴み、その右手に『剣』を顕現させる。それに呼応するように、ボーゼスとカンゼリッツァが魔法による補助を彼女に施した。
(下手に攻撃役に回らないのは賢明だな)
正直、彼らに脅威は感じない。
今、怖いのはシャイアだけだ。正確に言えば、奴の『剣』だけは慎重に処理する必要がある。寿命を代価に発現する事が可能な、あのレティソラエールの遺物は、仮にアルドグノーゼが万全であったとしても防ぎようがないためだ。
(……先にこの逆賊どもを始末するか)
このままユルミニエルを狙うよりは、結果的にそちらの方が消耗を抑えられるだろうと判断し、安全に迅速にシャイアの処分を開始する。
本来なら補助役から潰しての方が効率的なのだろうが、奴等にはユルミニエルの牽制を担ってもらうのが良いだろう。所詮は敵の敵。ユルミニエルとしても二人の神子を完全に無視は出来ない筈だ。
(……しかし、それにしても、ずいぶんと前のめりだな)
何の躊躇もなく寿命を支払って攻勢に出てきたシャイアは、まるでこの先にある儀式を捨てているように見えた。一応の権利はもった神子だというのに。
(まさに人間か。寿命に縛られたものは、やはり短絡的だ)
軽蔑を抱きながらも最大限の脅威とみなし、警戒度を高める。
空間、時間、時空、大気などの消耗の激しい魔法を駆使して、徹底的に近づかせないで潰す。
それが功を奏したのか、シャイアの決死の猛攻を一完璧に捌き切る事に成功したが、その分周りへの感知が鈍ってしまったのか、それに気づくのが少し遅れた。
「――っ、待て、奴はどこに行った?」
いつのまにか、ユルミニエルの身体が消えてなくなったのだ。
はっきりと目視していたはずの二人の神子も、アルドグノーゼと同じタイミングでそれに気づいたようだった。
最悪なのは、その異常事態を前に奴らがとった行動が、一切の逡巡もないこちらへの攻撃だった事だ。こちらの消耗具合――明確な出力低下を前に、今なら自分たちの攻撃でも効果があると踏んでの事なのだろうが、選択として決定的に間違っている。
「――っ、この愚物共が! どう考えても今優先するべきは星舟への対処だろうが!」
その叫びも空しく、シャイアは一瞬の間隙に滑り込むように、おそらく十年以上の寿命を支払った魔法を繰り出してきて――ギリギリの回避を成功させた直後に放たれた二人の神子の攻撃魔法によって、アルドグノーゼは地面にたたきつけられた。
咄嗟に展開した多重結界でダメージはないが、星舟側に決定的な猶予を与えてしまった。
案の定、星舟から尋常ならざる魔力があふれ出し、主砲がこちらに向けられる。
瞬間、ボーゼスとカンゼリッツァはシャイアの元に集結した。
確かに彼女の魔法ならどれほどの威力の攻撃だろうが、消し飛ばせる。
だが、それは攻撃を認識できたらの話だ。『剣』は揮うものであり、全方位に展開出来るものではためである。
そして、ユルミニエルには不可解な魔法がある。
砲撃は間違いなく、彼女の迎撃をすり抜けて致命傷をこちらに齎す事だろう。
(…………もういいだろう? 手を貸せ、ルウォ)
この気持ちを伝えれば、おそらくこの事態は容易く打開できる。
全ての力を存分に揮えるのなら、この世界に現存する全ての神子を同時に相手にしても勝てる自負が、アルドグノーゼにはあった。ただ、それはルウォという人間に屈するのと同義だ。またこちらの主導権が弱くなる。それは死ぬことに等しい敗北で……迷っている間に、星舟は最大火力を解つ準備を完了させた。
§
星舟の強制帰還機能を用いて中枢に戻ったユルミニエルは、臨界点に達していた魔法陣を起動する。
これで主砲は極限の威力を手に入れた。いかに原初の神であろうとただでは済まないだろう。
とはいえ、馬鹿正直に真正面から放ったのでは望む結果は得られない。だからこそ、ここで再びユルミニエルは自身の魔法を行使する。
『切取』と名付けたこの魔法は、文字通り場面を切り取って、それを別の場所に張り付けたりする事が出来るもので、ルシェドが自分の知らない間に大量の魔力を消耗していたのも、こちらの攻撃を迎撃したという場面を何度も切り取られ、彼自身の記憶の中から消された結果の事だった。
生命力を代価に使う魔法なので多用は出来ないが、ここさえ乗り切れば後はどうとでもなる。ここで全てのリソースを割いても構いはしない。
その方針のもと、まずは福砲を乱発して場を整える。
標的四人の選択は回避。魔力の消耗を嫌ったかたちだ。ルシェドはこれまでの蓄積があるから当然と言えば当然だが、シャイアがそれを選んだのは、自分と同じく魔力以外のなにかも代償とする類だからだろう。残りの二人に関しては、そもそもの出力不足か。
(これなら、問題はない)
副砲の回転速度を最大限に上げて、三人組が互いをすぐにカバー出来ない距離にまで追いやっていく。そのうえで、ルシェドにもプレッシャーがかかる位置関係になれば状況は完成だ。
あとは副砲を撃ち始めてからのほぼすべての場面をカットし、彼らの記憶から切り離し、必要な条件が揃っているの場面を少しずれた位置に張り付ければ、主砲は奇襲に近い形で直撃する。
(……勝った)
少なくともこの戦場の勝利は、もはや揺るぎない。
その事実に安堵を覚えつつ場面を切り取り、本面の主砲を発射させようとしたところで、突然、ぱちぱち、と乾いた拍手の音が響き渡った。
「まったくもって素晴らしい結果ね。お前は実に見事に愚か者共の特性を知悉し、最善を尽くした」
甘い猛毒のような声。
視線を向けた先に居たのは、金色髪の少女だった。
傍らには褐色の男もいる。契約者だ。だが、神子でない。そんな奴が一体どうやって、許可もなくこの星舟の中枢に入り込んだというのか?
勝利の予感が音を立てて崩れていく。代わりに強い強い警戒心が全身に広がり始める。
それが悪い意味で、即座に敵を葬るという選択を遠ざけた。対応する構えをとってしまった。
そんなユルミニエルを余所に、少女は無邪気とも言える笑顔を浮かべて言う。
「でも、残念だけど、これより先はないの。ここがお前の終着点だから」
そこには、残酷なほどの労わりがあった。悍ましいほどの真理が滲んでいた。
「……貴女は、何者?」
吐きだした声が、微かに震えている。
或いはすでに、この時点で目の前にいる存在がなんなのか、ユルミニエルは気付いていたのかもしれない。
「あら? 驚きね。わたしの事だけは、忘れるわけがないと思っていたのだけど」
「…………ありえない。絶対に、ありえない」
半信半疑だった希望は、この世界に訪れて本物になったのだ。
奴はあの蒼黒の太陽の中で永遠の相殺を繰り返している。あれは、完全無欠と言っても過言ではない牢獄だ。何人たりとも、抜け出すことなど叶わない。
「ええ、その通り。この次元の世界の法則では絶対にありえない。……ふふ、やっぱり、お前も考慮できていないのね。ルシェドの事も、ルナの事も」
言われて、思い出した。
本来なら最大限警戒していなければならない筈のイレギュラー。
「まあ、それは分かっていた事。アルドグノーゼも駄目だったのはちょっと意外だったけれど、あれは魔法の所為じゃなくて単純な視野狭窄による見落としだから特に問題はない。問題になりそうな頭の悪さではあるけれどね。あぁ、でも、奴隷にした神子二枚を安易に使わなかったのは成長とみるべきか」
……脳裏を、あのどこまでも眩く昏い蒼炎が埋め尽くしていた。
恍惚を覚えるような恐怖。屈服というなの真理が、全身を犯している。
「それはそうと、この星舟はずいぶんと便利ね。外の世界に該当しているから人間界にいるのに人間界のルールに干渉されないし、外からでは中の事が本当に何も視えない。あげく、緊急転移の大魔法陣まで備わっている。最大転移距離は、灰燼銀河の外までといったところかしら?」
実に正確な目測だった。
この装置をもちいて、アルドグノーゼを始末すると同時に離脱。消耗した身体を休めながら、残った有象無象共の潰しあいを見守り、最後に漁夫の利を得るというのが、ユルミニエルたちの計画だったのだ。あらゆる距離を無視できるモルガナという懸念はあったが、その契約相手であるフェルスガリアとはこの世界に来る前から話をつけており、それが計画を実行に踏み切らせた最後の一手でもあった。
「欲しいわね、これ」
星舟の内部をゆらりと流し見ながら、不穏な少女が呟く。
彼女は軽く握りしめられていた掌から魔石のようなものを地面に落とし――その刹那、ユルミルニエルは中に入っているであろう魔法もろともリリスの胴体を両断した。
褐色の青年には避けられたが、紙一重だ。
体勢は大いに崩れている。次の一撃で確実に仕留められるだろうと、全てを貪り食う魚を放った。
が、それは青年に届く前に霧散する。
断ち切られた魔石の中にあったのは、封印だった。その中から現れた何かが放った蒼い炎が、全てを焼き払ったのだ。
(……なんて、迂闊)
自分たちの力では封印を壊せないから、こいつはユルミニエルを利用した。
結果、常軌を逸した魔力が溢れ出る。
間違いなく神だ。それも最上位に位置する。ただ、これは奴ではない。奴ではないが――
「――っ!」
大きく後方に飛び退く。
直後、その場所が爆ぜた。いや、歪み狂ってドロドロに溶けたといった方が正しいだろうか。
蒼い炎が人のカタチを為していく。
そうして出来上がったのは、金色の髪に蒼白色の瞳をした妖艶な女だった。髪の先端だけが蒼く、そこから濃密な魔力を放っている。
一触即発の空気だ。隙を見せればやられる。それは、向こうも同じはずだった。
だが、女は何の躊躇もなくこちらへの意識を切って、視線を何事もなかったかのように背後に佇んでいた少女に向ける。
そして、その場で両膝を突き、
「……あぁ、やっと逢えた。ママ」
と、感極まった声と共に涙を流した。
「こんな姿のわたしを見て、迷わず敵だけを攻撃するなんて素敵ね」
頭を撫でながら、実体化を解く事でこちらの攻撃を躱した少女は優しい声で言う。
「当然だよ。私がママを間違えるわけない」
「ええ、もちろん知っているわ。だから封印を解いたのよ、アンフェノ・リリス。わたしの愛しい憎しみ」
「………本当に、そう、なのね。…………リリスドール・エル・トールヴェン」
この世界のなによりも悍ましい神の名を、一言一句噛みしめるように口にする。
「誰かに名前を呼ばれたのは十年ぶり。敵に呼ばれたのは、いつ以来かしら? なんだかくすぐったいわね。貴重な体験。お前相手に名乗りを上げたのは正解だった。スゥーヴィエが、わたしにつけてくれた直後だったから、誰かに教えたかったのよね。あぁ、だから、お前たちは根絶やしにしなかったんだっけ? 昔のことすぎて忘れてしまったけれど」
「……」
そんな理由で、自分たちは生かされたというのか?
込み上げてきた憎しみが恐怖を上回る。
それを嗅ぎ取ったように、リリスは微笑んで、
「アンフェノ、早速だけど、お前の価値をわたしに示して。あぁ、でも、この星舟を壊しては駄目よ。お前にはこの舟の中で、不透明な神をやってもらうんだから」
「それが、スゥーヴィエを取り戻すために必要なんだね?」
「ええ」
「じゃあ、そいつは?」
爛々とした瞳が、少女の契約者に向けられた。
「彼は、わたしたちの最後の敵。でも、それまではわたしの半身よ。そのように扱いなさい」
「……うん、わかった。最後には殺すんだもんね。うん、それならまた我慢するよ」
アンフェノの視線がユルミニエルに流れた。
途端に、海の中で溺れかねないほどの圧迫感に襲われる。
万全ならいざ知らず、今の状態では絶対に勝てない。そして、敵が星舟の中にいる以上、逃げる事も不可能だった。
……蒼炎が、全てを包んでいる。
「ねぇ、こいつすぐ殺すからさ、お話しようね。いっぱいしようね!」
満面の笑みをリリスドールに向けながら、アンフェノはユルミニエルの放った渾身の一撃を平然と受け止めて――
§
星舟から大魔法が放たれようとしていた。
国一つ消し飛ばすには十二分の威力だ。
不可解な魔法によってシャイアたちの足並みも乱れていて、お膳立ても完璧だった。
ただ、なぜか、その状況から十秒以上遅れたタイミングで主砲は放たれた。しかも、狙いはこちらではなくザーラッハ帝国。
(……どういうことだ?)
当然の疑問が過ぎるが、そこでアルドグノーゼは自身の落ち度に気付いた。
ルシェド・オルトロージュとオセの存在を思い出したのだ。完全に失念していた。まあ、後者に関してはルウォが事前に話を徹していたらしいので、どう転んでも最悪の事態にはならなかっただろうが、前者は問題だ。
それだけ侵略者にリソースを割かれていたという事でもあるが、ルウォがこれを知ればどう思う事か……。
などと考えている間に、大魔法の結果が出た。
ザーラッハは健在。魔法は結界に封殺されて、何一つ殺す事無く終わった。
あれだけの威力を防ぐのは流石だが、反撃をしないあたりそれが限界だったようだ。つまり、横槍の恐れはなくなった。
シャイアたちも大魔法によってルシェドの脅威を思い出したのか、仕切り直しの撤退を選択したようだ。
誰も死なない結末。……最悪である。
その屈辱に歯を軋ませながら、アルドグノーゼは悠々と遠ざかっていく星舟を、ただただ睨みつけた。




