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君>世界   作者: 雪ノ雪
第六章『最善の悪』
78/115

15/二度目の

 天秤の魔法の力を借りるという目的を果たすため、シャルロットはルウォ帝国に戻ってきた。

 護衛にはウィンがついてくれている。そして何故かノスティワも一緒だった。

 サラヴェディカからのエネルギー供給を受けることで、離れていても支障なく行動できる状態にあるらしい。

(……なんだか、緊張するな)

 あまり親交のない二人との協同だ。そうなるのも当然と言えば当然なのだが、あまりこの状態を長引かせるのは良くない。

 ということで、ルウォの地下街を歩きながら、シャルロットは世話話を試みる事にした。

「ところで、サラヴェディカでの生活はどうですか?」

「不備はない。そちらこそ、無理はしていないか? 貴女はあまり人を使うのが上手そうに見えないからな。この機会に、慣れておくのがいいだろう」

 淡々としていながらも温かみを感じさせる口調で、ウィンが言った。

 彼とのコミュニケーションは、どうやら特に問題なさそうだ。

「はい、ありがとうございます。頼りにさせてもらいますね」

「私を頼るのは、止めてもらいたいけれど」

 ぽつりと、ノスティワが零した。

 視線は前を向いたまま、唇はきつく閉ざされていて、これ以上の会話を嫌っているようでもあった。

 しかし、そんな空気などお構いなしに、

「そういえば、少し気になっていた事があったのだが、『最疫(さいやく)』と呼ばれた者の過去は、一体どういうものだったのだ?」

 と、ウィンが訪ねた。

 唇が示していたままに、ノスティワは沈黙を選び、歩調を速めてより強い拒絶を示す。

 そんな彼女を、ウィンはじっと見つめながら、再びすぐに隣を並んだ。

 しばらく沈黙が続く。

 その間、ウィンはずっと彼女の事を見つめていた。

 奥底を覗かれているような不気味さと、見守られているような優しさを両立させたような、不思議な眼差し。

 それで、きっと落ち着かなくなったのだろう。ノスティワは少しだけ居心地悪そうに眉を顰めて、足元に落としていた視線を左右に動かし、

「トールヴェンは、排他的な存在だった。(つい)であるレティソラエール以外には殆ど興味が無くて、いつも彼女の付き添いで仕方がなくといった空気を出していた。知っているのはそれくらい。……申し訳ないけれど、ノスティワも殆ど接点がなかったの。だから、名前も知らない」

 ぼそぼそと、質問に答えた。

 どうやら彼女、ウィンには弱いらしい。

「名前?」

「以前の私には、ディディレアという名前があった。他の者たちもそう。我々は気紛れで人間の真似事をして、自己を強調するようになった。トールヴェンとレティソラエールもそこは同じ。名前を付けたという報告だけは残っている。けれど、それをノスティワが知る前に、彼女は『最疫』へと至ってしまった」

「原因は?」

 その問いに、ノスティワはまた黙り込んだ。

 ただ、これはコミュニケーションの拒絶というよりは、話す内容を吟味しているといった感じだろうか。

 三十秒ほどの沈黙の後、彼女は答えた。

「……増長、よ。我々のね。今の状況と少し似ている。だから、トールヴェンが全てにおいて悪というわけではない。ただ、それでも、トールヴェンが永遠に世界の敵であるのも、また事実」

「それはどうして?」

「この世界を初期化しなければ、私と同じで、別の人格を宿した者がレティソラエールを引き継ぐことになるから。それはトールヴェンの取り戻したいレティソラエールではない。……リズ・ペディア・リリスはトールヴェンの権能の一部から生まれた存在だから不明だけど、アンフェノ・リリスはトールヴェンの慟哭から生まれた神、トールヴェンに代わってそれを遂行するしか道はない」

(――雑談はそこまでにしておけ。捉えたぞ。おおよそ三百ヘクテル先だ。具体的な位置は、さすがに判らないがな)

 感知に専念していたらしいマヌラカルタが、顔だけを陰から出して不機嫌そうな表情で告げ、またすぐに引っ込んだ。

 正確な位置については、ウィンがすぐに把握したようで、

「こっちだ」

 と言って、左手にあった地下への階段を下り、迷路のような道を一切のよどみなく進み、広い通路へと出た。

 そこで、シャルロットも目当ての人物――マルテシア・キャンディスの魔力を察知する。

 そのタイミングで、向こうもこちらに気付いたようだ。こちらに向かって近づいてきて、角を曲がったところで無事に再会を果たす事となった。

「……やはり、シャルロットさんでしたか。どうしてこんなところに?」

 警戒を滲ませ、腰の細剣の柄に手を乗せながら、マルテシアが訊いてくる。

「それは、その、仕事の都合で……そういうマルテシアさんこそ、どうしてここに?」

 ザーラッハの軍人である彼女が敵国であるルウォにいるという事実は、はっきりいってかなり異常だ。相当のリスクを冒しているのは間違いないし、それに見合う目的があると考えるのが自然だろう。

 可能性として高そうなのは、姉を殺した相手を探しているといった線だが、その復讐相手が誰なのかをシャルロットは知らなかった。

「私用です。それで、私になにかご用ですか?」

 話すつもりは毛頭なさそうだ。まあ、こちらもそれを目的に来たわけではない。

「はい、実は力を貸して欲しい事がありまして」

「落ち着いた場所で話しましょう」

 そう言ってマルテシアは歩き出し、その後を三人が続く事となった。


                §


 選ばれたのは、そこそこ広い飲食店だった。

 夕食時という事もあってか、店には結構な客が入っている。

 奥の方にあった四人用の席を確保したところで、マルテシアが大量の注文を適当に頼んだ。

「貴女たちも食べてください。私一人というのも嫌なので。それと、勘定の方もお願いします」

 淡々とした口調で色々と要求をしてくる。まあ、それほど大きな要求でもないので特に問題はない。

 頷き、最初に出された水をちびちびと飲んでいると、思いのほか早くメニューがやってきた。

「食事中は静かにお願いしますね」

 ぴしゃりと言い放ち、マルテシアは黙々と料理を処理し始める。

 よほどお腹が空いていたのだろうか? とりあえず、こちらもそれに倣って、ただ食べる事に集中することにした。

 そうして四割ほどの料理を消化したところで、

「少し失礼します」

 と言って、マルテシアが離席した。

 化粧直しだ。緊張の源が居なくなった事で、少し気が緩む。

 それを感じてか、

「苦手な相手のようだな」

 水を一口飲んでから、ウィンが言った。

 心なし、普段より表情も柔らかい感じ。もしかして、ここの料理が気に入ったのだろうか。だとしたら、辛いものが好きという事になりそうだが。

「ところで、貴女は食べないのか?」

 その彼が、一人沈黙だけを貫いていたノスティワに言った。

「私には必要ない、指摘もされていないから問題もないはず」

「確かにそうだが、子供が一人だけ食べていないという光景は、見ている者によい印象を与えるものではないだろう」

「誰も見ていないわ」

「私と彼女は見ている。居心地の悪さを覚えている」

 微かに眉を顰めて、ウィンは言った。

 正直、シャルロットの方はマルテシアの事にしか意識が向いていなかったので、全くそんな感情は抱いていなかったのだが、確かに彼の言う通り、普段ならその状況に居心地の悪さは覚えた事だろう。

「そうなの? とてもそうは見えないけれど……」

 やっぱりウィンには弱いのか、マルテシアはおずおずとフォークを手に取って、ピリ辛の肉料理を一口食べた。

「……辛い」

 愚痴るような呟きを零し、グラスに手を伸ばす。

 それから数秒後、彼女はまたピリ辛の肉をフォークで刺した。

(ここのお店は、覚えておいた方がいいかもしれないな)

 持ち帰りもあるようだし、機会があればまた利用するのも良さそうだ。

 そんなことを考えながら、小さな口を動かすノスティワに和んでいると、不意にウィンが席を立った。

「今、彼女の気配が突然消えた。目の前にいる貴方たちの魔力も感知出来なくなった。そちらはどういう状態だ?」

「私の方は大丈夫です」

 ただ、マルテシアの気配は殆ど感じ取れなかった。

 普段から霧のように広く薄い魔力の纏い方をしている人物だったので驚きはないが、相当に高度な隠密技術をもっているようだ。

 いずれにせよ、この状況には嫌な予感しかない。

 その予感のままに、店の窓が割れた。入って来たのは拳ほどの大きさの魔石。おそらく爆弾の類だ。

 シャルロットは咄嗟に伏せるが、それはどうやら無駄な行いだったようで、こちらが伏せるよりもよっぽど早く、ウィンがその魔石を水の魔法で包み込んでいた。(さらに言えば、飛び散ったガラスの破片が近くの客に当たらないように、魔石を包むのに使った水を鞭のように走らせて地面に叩き落としてもいた)

 眼にも止まらぬ速さとは、まさにこのことだろう。

 更に、窓の先に目を向けていた彼は、

「念動の魔法を使った遠隔攻撃か。貴女たちが直前まで感じ取れなかったことから、隠匿の魔法持ちもいるようだ。最低でも三人が絡んでいる」

「三人?」

 疑問が口に出たところで、カウンターにいた店員が突っ伏した。

 握りしめていたらしいビー玉サイズの魔石が、数個転がり地面に堕ちる。起動前だったので中身が溢れることはなかった。

「表情に動揺と恐怖が滲んでいた。誰かに無理矢理身体を動かされたんだろう。内部に魔力を潜ませ、タイミングを合わせて干渉する。感知が出来ない状況ではなかなかに有効だ」

 ずっと息を止めていたみたいに荒い息を吐いている店員に労わるような視線を向け静かな口調で呟きつつ、ウィンはカウンターの上にお金を置いた。

 それから、こちらを見て言う。

「すまないが、念のために確認をしてもらえるか?」

「は、はい」

 頷き、シャルロットはトイレへと足を運んだ。

 誰もいない。窓が開いていた。微かに魔力の痕跡が残っている。今にも消えそうだ。

「――追いかけるなよ。これは誘いだ」

 シャルロットの陰の中から姿を現したマヌラカルタが言う。

 おそらくはその通りなのだろう。けれど、ここで逃すと、もう一度接触するのにどれだけ手間がかかるか判らないのだ。

 他に有力な候補もいない以上、ここはリスクを取るべき。

 そう判断し、シャルロットは魔力の後を追いかけて窓から外に出た。

「報告と案内をお願い!」

 魔力を少しだけ多めにマヌラカルタに預けて、そのまま駆けだす。

 地下街は入り組んでいる。マルテシアの魔力の気配は、少しでも速度を落としたら見失ってしまうほどに薄い。完全に、分断目的の調整だ。

(でも、どうして?)

 彼女はなぜ、シャルロットを標的にしているのか。

 ここで、一つの可能性に辿りつく。ヴラドが彼女の姉を殺したという可能性だ。

 場所はおそらくルウォ・ステラ要塞。それを付き止めた彼女は、ヴラドへの復讐で使えそうな自分を標的に定めた。そんなところだろうか。

 だとしたら現在ヴラドと決別中だということを、マルテシアは知らないという事になる。現状を正しく伝える事が出来れば、穏便に済ませる事も出来るかもしれない。

 なんてことを考えながら、誘導のままに人気のない場所に辿りついた。

「……マルテシアさん」

 背中を向けていた彼女が、ゆっくりとこちらに振り返る。

「誘われているのがわかっていて、追って来たようですね」

「目的は何ですか?」

「貴女に、お願いがあるのです」

 マルテシアは無表情だ。

 無表情のまま、ゆっくりとこちらに近付いてくる。気配だけが、ただただ冷たい。

「ヴラドさんの事で、ですか?」

「……いいえ。復讐に意味などありませんから」

 声には、微かな揺らぎがあった。だからそれを嘘だと捉える事も出来たけれど、なにかが引っかかる。

「では、どうして?」

「もちろん、それは貴女が不死の神子だからですよ」

 瞬間、マルテシアは地を蹴った。

 鋭い踏み込み。でも、視認できないほどじゃない。

 腰に携えた細剣を抜いて、マルテシアの斬撃を受ける。

 軽い衝撃。こちらに強いダメージを与える事を目的としているわけではなさそうだ。

 マルテシアは即座に距離を取り、

「魔力の出力がずいぶんと変わりましたね。学院では手を抜いていたという事でしょうか? それとも状態が変わったのか……まあ、なんにしても、色格が変動していないのなら問題はありません」

「――」

 なにかが、自分の身体に障ったのがわかった。

 ただ、それがなんなのかはわからない。内側と外側から同時に柔らかい羽毛かなにかで撫でられたような、発生源すら曖昧な違和感。

「私は四肢を動かさない。私がそうするのだから、貴女もそうあるべきですね」

 そう言ってマルテシアはぴたりと静止した。

 と同時に、シャルロットの身体も一切動けなくなる。

(これが、天秤の魔法……!?)

「――やれやれ、少し席を外している間に絶体絶命か? 無能な主を持つと大変だな」

 トイレで別れたはずのマヌラカルタが、陰から姿を現した。

 もうウィンをここまで誘導してくれたのだろうか? 

(……いや、違う。これって、もしかして……)

 距離限界による強制的な帰還の可能性が、頭によぎる。

 その不安を裏付けるように、マルテシアにはこれっぽっちも焦りの色がなかった。まあ、もともと感情を全くと言っていいほど表に出さない人ではあるが、それでもウィンが近づいてきているのなら、お互いがまったく動かずに見合う時間を、これほどまで長く取りはしないだろう。

「貴方が不死の魔神ですか?」

 あげく、悠長にそんな質問までするのだから、こちらが完全に詰んだ状況にあると認識した方がよさそうだ。

「如何にも。そういう貴様は誰の駒だ? ――あぁ、別に答えなくてもいいぞ。少し考えればわかる事だ。アルドグノーゼ。短い時間しか表に出る事も出来なくなった愚物が、僅かでも『最疫』に関わっている可能性を持つものを処理したくてたまらないのだろうさ。しかし、まさか権能の一部を継承しただけの、神子とすら契約出来ていないリズすら恐れるとはな。そこまで神経質とは思っていなかったよ」

「貴方の憶測に興味はありません。拘束は完了しました。早く連れて行ってください」

 冷ややかな表情のままマルテシアがそう言うと、突然背後で足音が響き、口元に妙な臭いのするハンカチを押し付けられて――


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