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君>世界   作者: 雪ノ雪
第六章『最善の悪』
75/112

12/星舟での戦いⅢ

 シャルロットが放った白銀の閃光と、昏い蒼の濁流が衝突する。

 威力は五分。互いが互いの魔力を殺し合って、濃厚な塩の匂いだけを周囲に撒き散らす。

「……名は、なんという?」

 全方位から響くような奇妙な音が訪ねてきた。

(答えてやる義理はないぞ? 名前は慎重に扱え。敵によっては自殺行為にもなりかねないのだからな)

 どこか心配そうなマヌラカルタの聲が脳裏に響く。

 さすがにそれくらいは判っているのだが、悪意は感じられなかったので、やや複雑な感情で頷きつつ、シャルロットは周囲に光の球体を七つほど展開して防御を固め、ここで改めて、相手の動向を窺う事にした。

 髪の毛のように頭部から無数の手を生やしている女性の神だ。巨大な尾びれをゆらゆらとうごかして、中空を泳いでいる。こちらを真似るように周囲に複数の水泡を発生させて、その中に小さな蟹を生み出していた。

 一見すると水を操る魔法のようだが、多分違う。

 それを更に物語るように、閃光によって蒸発した水が塩の塊となって、やがて小魚の姿と変えた。その魚たちが鱗の隙間から水を漏らし、元々濡れていた床の浸水度合いを少しずつ増していく。

 この場に留まるのは不味そうだ。しかし、見渡す限り、外に続く扉や換気口のようなものは見当たらなかった。

(そもそも、ここはどこなんだろう?)

 星舟の中なのは間違いないだろうが、具体的にどのあたりに位置しているのかは不明だ。心臓のように脈打っている壁や天井、そして人を踏んでいるかのような感触の足場によって感知が妨げられている。

 神子がいる場所ということは、それなりの要所である可能性はあるが……目の前の女性からは動揺も焦りの色もまったく窺うことが出来なかった。

「我が名は、ユルミニエル」

 そんな彼女が、静かに名乗りをあげる。

 その名乗りに反応してか、この場の脈動が大きくなり、真紅の霧を足元から噴き出し始めた。

 霧は紅い魚へと姿を変えて、シャルロットの周囲を泳ぐ。

「それにしても、どのような方法で転移してきたのか。やはり、異世界の法則は不条理」

 彼女が言葉を零すと、その声はまた世界を揺らし、歪んだ部分が海蛇になった。蛇はユルミニエルのお腹に水音を立てて入り、中の小魚を飲み込んで、少しずつ大きくなっていく。

 その大きさが人の腕ほどになったところで、トビウオのようにユルミニエルの胸元から外に出て、地面に落ちた途端に破裂した。

 中から飛び出すのは白い霧だ。それが足元の紅い霧と混ざった瞬間に、凄まじい速度で膨張し、密室をあっという間に埋め尽くす。

 咄嗟に熱線を放って焼き払おうとはしたが、霧が揺らぐこともなかった。

 なんだか不味そうな状況。でも、この両目は常人では一ヘクテル先も見えなくなった濃霧の中でもまだ敵を補足出来ている。

 お見合いを終了させて、攻撃にシフト。用意した砲口から一斉に閃光を放つ。

 が、当たらない。

 閃光はすべてユルミニエルに触れる直前に、奇妙に曲がって壁や床、天井に直撃した。

 かなりの出力での攻撃だったのだが、どの箇所にも傷一つついていない。この分だと、一点突破の最大火力をもってもこの密室からの自力脱出は不可能だろう。

 ならば、敵大将を討つことに全てを注ぐのがここでの最善策という事になりそうだ。

(零距離で撃ちこむ)

 それを目先の目標に、シャルロットは両足に魔力を込めて、姿勢を僅かに前傾させ――直後、右足の親指に激痛が走った。

 接近の意志と共に、体勢も崩される。

 一体なにを喰らったのか、驚愕に突き動かされるまま視線を動かしたが、それが視界に入る前に両目にも激痛が走った。

 そうして視界が真っ暗になったところに追い打ちをかけるように、さらに体内の至る所から痛みが発生する。それで、何が起きたのか把握出来た。

 身体の内側で、魚が発生したのだ。その魚が眼球を食い破り、ハラワタを食い破り、外に出てきた。

(この程度で驚くなよ。我々は今、敵が生成した霧に触れているのだぞ? つまり零距離の魔法行使が可能な条件の一つを許しているのだ。驚く暇があるのなら、その時間でさっさと復活しろ)

 呆れたようなマヌラカルタの説教に悔しさと文句を覚えつつ、破壊された箇所の復元を待つ。

 程無くして、視界が戻り、破れた腹が塞がり、噛み千切られた親指の感覚が戻ってきた。まあ、戻ってくるなり、また体内で発生した魚にいたるところを噛み千切られることになったが、こういう痛みには慣れているので、両足の再生を最優先に、ユルミニエル目掛けて踏み込む。

 その勢いを乗せて振り抜いた細剣が、弾かれる硬い感触が骨に響いた。

(悪くない感触だ。このまま接近戦を続けろ。距離を取られるなよ――と、言った傍から逃げられるのか。まったく、どんくさい主だな)

(煩いから、少し黙ってて!)

 好き放題言ってくれる魔神に怒りを吐き出しつつ光の魔法を用いて補足し直すが、既に敵は無数の魚に守られていて、愚直な選択が無意味であることを示している。

「……驚異的な再生能力。否、これは不死。お魚が食べきれないとなると、突破は無理か」

 淡々とそう結論付けたユルミニエルの次の行動は早かった。

 複数の壁から大きな口を現し、そこから大量の紅い液体を排出させて、緩やかだった浸水を一気に加速させたのだ。

 ものの数秒程度の体感で、水位は胸元あたりまで上昇する。さらにそのタイミングで密室の中心部で発生した強力な渦によって、シャルロットの身体は造作もなく飲み込まれた。

 水位はまだ上がっている。

 溺死にも慣れてはいるが、その環境下で戦う事には全く慣れていない。

 というか、渦に抗う事を優先している最中に、既にユルミニエルはこの場から立ち去ってしまったいた。

(――そういうことか)

 なにかに気付いたマヌラカルタが舌打ちを届かせる。

 不死の魔神が焦っている? それだけの強制力を持った魔法が迫っているという事なのだろうか? ……いや、彼にとって不死性を突破するかもしれない魔法はむしろ望ましいものであるはずだ。焦る理由はない。

 なら、一体なにに焦っているのか……自力で答えにたどり着く前に、天井が開いた。

 空が見える。突然足場を失ったらしい人達が落ちてくるさまも見て取れた。ここに着水するまで何秒くらいかかるだろうか? 十秒以上はかかりそうだ。

 その十秒の間に、渦は球体となってシャルロットの身体を縦横無尽に振り回して、平衡感覚を完全に奪っていく。

 じたばたと暴れたり、閃光を乱発してみたりもしたが、脱出は出来そうになかった。

 ちらちらと空が見える。巨大な水球を形成する渦の周りに、複数の魔法が這っていくのを感じ取る。

「――ここは、砲身」

 どこかから、ユルミニエルの声が響いた。

 その言葉でようやく、シャルロットも敵のしようとしていることを理解する。

「――殺せないなら、除外すればいい」

 裏付けるようなユルミニエルの呟きと共に、シャルロットを閉じ込めた巨大な水球は、超高速で外に射出された。

 骨も臓器もぺちゃんこにする負荷をもって、水の砲弾は星舟を出て、雲を貫いて、人間界を守る結界を突き破り、無重力の黒界へと吹き飛ばされる。

 吹き飛ばされてなお勢いは止まらない。止まったのは回転だけだ。

 見下ろした蒼と碧と灰色で彩られた星が見える。とんでもなく遠い場所に来てしまった。戻る手段は、まったく思いつかない。

(このままだとルーメサイトの外にまで行きそうな勢いだな。あの素晴らしき灰塵世界を人の身でも拝めるか、或いは寸前で精霊界にでも捕まるか)

 強い焦りを覚えるシャルロットを尻目に、なんだかマヌラカルタは投げやりだ。

 もはや流れに身を任せるしかないと諦めているのだろうか。

 それとも――

「――え?」

 不意に、重力が戻ってきた。

 続けて大半の水(体内に入っていたもの)も消え去る。

「なんか覚えがある魔力だと思って追っかけたら、本当にそうだったよ。ちょっとびっくり。なんで参加してるの? シャルロットってこっち側のヒトだよね? もしかして違った?」

 背後から声が届けられた。

 振り返ると、そこにいたのはモルガナだった。彼女がその力をもって、シャルロットをルウォの王城の一室に空間転移させたのだ。

「え、ええと、それは、その……」

「まあ、別になんでもいいけどね。それより戦況一緒に見る? そろそろ動きそうな感じだし、見てから送ってあげる」

 そう言ってから、モルガナは「ふふん」と自慢げに笑って、

「私、今凄く出来る女って感じしなかった? したよね? これじゃない? 爺やもときめいたんじゃない?」

 と、物凄く嬉しそうにはしゃいで、

「……え? そういう事は言わない方が良いって? なんで?」

 と、内側にいる契約者とやりとりをしたあと、こちらに向かって訪ねてきた。

「わかる?」

「え、ええと……」

「まあいいや、見よ」

 あっさりと自身に芽生えた疑問を流して、モルガナは目の前に先程までシャルロットがいた戦場の光景を映し出した。

 星舟の上で、ユーリッヒたちが戦っている。

 相手はユルミニエルとは別の異世界の神だ。蒼い魚を躍らせて応戦している。

 拮抗しているが、優位を得るのはユーリッヒたちになりそうな感じ。

「このまま行けば勝てると思っていそうだな、あの小童は。だが、それは大きな誤りだ。青いなぁ、あぁ、実に青い!」

 大仰な口調でモルガナが嘆く。

 戦いが絡んでいるからなのか、舞台役者モードに入ったらしい。

「誘われているぞ。つまりは伏兵。だが神子は誰だ? どこに潜んでいる? さぁ、早く姿を見せてみろ! 賓客がこうして待っているのだからな! さあ、早く!」

 その催促に従ったわけではないだろうが、言葉の直後に動きがあった。

 背後に居た兵の一人が急に駆けだして、自身の身体を自壊させるほどの速度でユーリッヒに近付き、肉体の崩壊と共に拳ほどの大きさの黒い穴を生み出したのだ。

 その孔から、なにかが迸った。視認不可能の、濃密な死を孕んだなにか。

 当たればただでは済まない。そしてユーリッヒはまったく反応出来ていなかった。

 だが、だからこその契約者というべきか、ルプテはそれをしっかりと想定していたのだろう。反応というよりも読みの早さをもって、ユーリッヒの身体を引っ張り回避を成功させて、

「二度も同じ手を喰らうと思われているのは、心外ですね」

 振り返るや否や、放射状になにかしらの罰が込められた魔法を放ち、すぐに消えようとしていた黒点を固定化、その中に潜んでいた存在を引きずり出した。

 やや長身の、優男風の青年。

「あれはザラだな。久しぶりに見た。相変わらず、不意打ちしか能のない陰湿神子をやっているのか。実につまらん男だ! 神子の品位を貶めている! あぁ、なんたる無様!…………はぁ、顔は結構好みなんだけどなぁ。特に耳たぶとか」

 やけに小さく最後の独白を零して、モルガナは舞台モードを終了させた。

 戦場自体にも興味がなくなったのか「まだ見る?」と訊いてくる。

「は、はい、出来れば」

「ん、わかった、まあ、もう少しだけね……」

 言って、モルガナはどこからか取り出した爪切りで、足のケアを始める。

 そうして、ぱちん、と爪が断たれる音が鳴ったところで、ルプテの放った光の短剣がザラの右の太腿に突き刺さった。

「貴方の行いはこの世界への反逆です。万死に値する。ですが、神子がただ死ぬなどもってのほかです。ゆえに、貴方には名誉を回復させる機会を与えましょう。気高く戦い死になさい。我々の勝利に貢献するのです」

「……」

 顔色を青く染めながら、ザラが異世界の神子に向き直る。

 その目は据わっていて、ぶつぶつと何かを呟いていた。ルプテの魔法の効果だろう。

「他の方々も、まさかとは思いますが、異論などはありませんね?」

 異世界の神に視線を戻しつつ、ルプテは声を張り上げる。

 答えはすぐに返って来たのだろう、彼女は淡く微笑み、牽制を続けていたユーリッヒを抱きしめて少しだけ後方に下がった。

(完全にザラ対策が出来ていたな。しかし、それくらいはエンシェも想定出来ていたはずだが、独断か? いや、それとも――)

 そこで、マヌラカルタは言葉を止めた。

 異世界の神の攻撃がザラの防御を突破し、その肉体に魚を侵入させようとした刹那、凄まじい炎風の刃が吹き荒れたのだ。それは全ての魚を断ち切り、さらに異世界の神の身体をもズタズタに切り裂く。

 ただ、ダメージの方はなさそうだ。水で出来ているように見える身体からは、一滴の血も流れる事はなかった。

「これ、ミッドラインダだっけ? あそこの神子だよね。前に私に喧嘩売って来たやつだ。でも、どうしてこいつはザラを守った?」

 口元に手を当てて、モルガナは目を細め、

「そうか、マウロ・バレンタイン。あいつ洗脳されてないな。ルウォ様気付いてるかな? 案外気付いてないかも? ……うーん、でも、まあ、気付いてない方がピンチになりそうだしなぁ、放置でいっか」

 と、鋭い気配を霧散させた。

 それからシャルロットの方に視線を向けて、

「というわけだから、この情報は他言無用。私と貴女だけの秘密だ。わかった?」

「は、はい、わかりました」

 拒む理由もないので頷く。

 すると彼女はまた口元に手を当てて、

「というかさ、秘密ってなんか凄く仲いい感じするよね? これはもう親友? 親友かぁ、私、そんなの居たことあったかな? あったよね? ――え? ない? いや、ずっと昔にはあった気もするんだけど……そう、絶対ないか。断言しちゃうんだ。まあ、そうだよね、私って面倒くさいし、悪い子だし。あぁ、なんであんなことしちゃったんだろう? うぅ……うぅ、うぅ」

 嬉しそうな表情を浮かべたと思ったら急に雲行きが怪しくなり、最終的にどんよりした空気をまき散らしながら、嗚咽と共に涙をこぼしだした。

 かと思ったら、またすぐに今度は舞台役者のように作った表情を構築し、身振り手振り大きく、

「驚いた、急に出てきたな。――ふふ、いいぞ! また面白くなってきたではないか! そうだ、もっと色々起きろ! 私は最近退屈で仕方がないんだ! たまには構え! 莫迦陛下!」

 と、怒りを吐き出してみせる。

 相変わらず感情の浮き沈みが激しい人物だが、今はそれに気を取られている暇はない。

 彼女の言葉のままに、映像内の戦況がまた大きく動いたためだ。

 炎と風の援護を受け、やや有利に立ち回っていたザラの両目から、突然銀色の血が溢れ出ていた。

 そしてその血から煙が上がって、煙はあっという間に彼の全身を包み込み、鈍い銀色へと変えていく。

「血の投擲か。速いな。そして正確だ。だが、わざわざ目を狙った理由はなんだ? やわらかいから? いや、違うな。そこだけが感知されない仕組みになっているのか。目に関する魔法。或いは色に関する魔法だな。――うむ、面白い、これがアルタ・イレスか」

 考察に興じるモルガナがその名前を呼んだところで、ザラの身体に大きな変化が生じた。

 頭部が激しく燃えだし、その銀色の炎が巨大な瞳を模ったのだ。

 観察に重きを置く事が出来ていたユーリッヒとルプテは、咄嗟に大きく距離を取りながら、それに視認されないように巨大な光の盾を展開したので難を逃れる事が出来たが、異世界の神と交戦していたトルウェンダにはその余裕はなかった。

 巨大な瞳がゆらりと動き、トルウェンダを捉えた瞬間、彼は金縛りにあったように身動きを封じられ、殺到した魚に為す術なく食い殺される。

 そこに、先程までシャルロットが戦っていたユルミニエルが到着し、三対二という優位な構図は、一瞬で一対三へと切り替わった。


                §


「……アルタ・イレス」

 銀の瞳から滲み出ている魔力を前に、ルプテは微かに震えた声でつぶやいた。

 オセが死んだという情報は、どうやらそれは誤りだったようだ。人間本来の急所が急所ではなかったのか、それともマヌラカルタのような不死特性を持っていたのかは、おそらくはそのどちらかだとは思うが、どちらだとしても今の状況の不味さに大した差はないだろう。

「これで、報復を兼ねた、依頼は、完了」

 銀の炎の瞳が揺れて、そこからくぐもった聲が響く。

 看過できない単語が混じっていた。

「どうすれば、貴女の力をもう少し借りられる?」

 新たにやって来た異世界の神が、訪ねる。

 すると銀の炎は左右に淡く揺れて、

「好ましい、報酬が、あれば」

 と、答えた。

「なにを所望?」

「外の、世界の、話」

「では、私が持つ全ての情報を差し出そう」

「悪く、は、ない。……このまま、状況を、続け、よう」

 瞬間、銀の炎が激しく燃え上がり、周囲の空間を溶かした。

 その空間の孔から、銀色の女が姿を見せる。

 悍ましいほどの魔力にユーリッヒの表情が引き攣ったのがわかった。

 仮に一対一であったとしても、到底勝てない相手だ。今すぐにでも逃げ出したい局面だが……

「貴女は、自分が何をしようとしているのか分かっているのですか?」

 交渉の余地を求めて、言葉を並べてみる。

「傭兵相手に、それは、愚問。……なにより、もう、彼女たちは、いない」

 少しだけ寂しげな聲を漏らしてから、アルタ・イレスは視線をユルミニエルに戻し、

「それで、どう、する? これも、処理、するか?」

「いいえ、この程度の相手に貴女の手を借りるだけの価値はない。後続が来るようなら、それの相手をお願いします。来るようなら、だけど」

 挑発的な声で、異世界の神が言う。

 ユーリッヒはそれに分かりやすく怒りを滲ませていたが、間違っても乗るわけにはいかなかった。

 今、こちらに残っている神子は、シャイア、チュル、カンゼリッツァ、ボーゼス、ユーリッヒの五人。数の上ではまだ優位を保っているが、質の方では劣っている。対等にやれるのはチュルくらいだろう。消耗戦になる。そしてその消耗戦を望んでいる神子は、こちらの陣営には一人もいない。

(……エンシェの戦力が減ったのは喜ばしいことですが)

 それ以上に、この戦争が難しくなった。

 良くも悪くもエンシェには主導するだけの力があったからだ。それが失ってしまったら、形だけの協同すら怪しくなる。

 圧倒的な優位が、火を見るより明らかだったはずの未来が、たった二人の神子が死ぬだけで揺らいでしまった。

「潮時ですね。撤退しますよ、ユーリッヒ」

 その選択に未熟な少年は反発を見せたが、既に義務は果たしている。敵も消耗戦は避けたいのか見逃してくれるようだし、他の陣営にしても、加勢に来なかった時点でこちらを糾弾する権利はない。

 堂々と退却を始めた彼らの動きを察知してだろう、ユーリッヒもそれ以上の説得を用いることなくこちらの提案に頷き、そうして星舟への第一次侵攻は失敗に終わったのだった。


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