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君>世界   作者: 雪ノ雪
第六章『最善の悪』
74/114

11/星舟での戦いⅡ

 敵の処理は順調だった。

 天使たちの守りも堅く、シャルロットも今のところ射撃以外の行動を一度も取らされていない。

 ただ、倒すことが目的ではない身としては、あまり楽観できるような状況でもなかった。

(今のところ、妨害が発生したという報告はなし、か)

 エンシェを崩すという方針は、もう捨てたほうがよさそうだ。そうなると、ポジションを変える必要も出てくるだろう。

 幸いこちらの戦果は上々なようだし、もう少し安全な場所に移動しても良さそうだが、果たしてどこが最適なのか……

(ところで、気付いているか?)

 視線を彷徨わせていると、胸の内から悪魔の聲が響いた。

 それから、陰の中からわざわざ姿を見せて、

(奴等、失ったのと同じ量だけ星舟の中から出てきている。これは『種の保存』に近い感じだ。このままではジリ貧となるだろう)

 と、どこか楽し気に言う。それを嫌って神子の投入が早くなる展開を期待しているのだ。

(種の保存っていうのは?)

(幻獣種の特権だよ。古き時代、奴等は常に誕生と絶滅を繰り返していてな、安定性を求めた原初の神は、それらを防止するために強制的な増殖と強制的な自殺の因子を組み込んだんだ。これによって生態系が維持されるようになった。これは疑似的な不死ともいえるな。まあ、増殖が始まる前に根絶やしにしてしまえばいいだけだから、安い不死性ではあるが)

「……今、最有力の候補はどこですか?」

 風の精霊の魔法が届けてくれることを信じてプレタに訪ねるが、答えは返ってこない。

 魔法の不調だろうか。この星舟の空気は地上とかなり異なり、魔力を拡散しやすい特性を持っているようだし、戦いが激化して様々な魔力も入り乱されているので、そう考えることも出来るが、そういった対策も事前に行って来てはいるのだ。そうそう簡単に通信が途絶するというのは少し不自然な気も――

「集団が一つ、こちらに近づいてきています。如何しますか?」

 思考を遮るように、今度は天使が声が届けられた。

 視線を向けると、たしかに魚の群れに追い立てられて中規模な部隊がこちらに流れてきている。初手で相当数の戦力を失ったのだろう。遠距離戦がまったく機能しておらず一方的な攻撃を受けていた。

(助ける必要は一切ないぞ?)

 ……言われなくてもわかっている。

 でも、すでに当初の目的を放棄した今、誰かを見捨てる選択に大きな意味もないはずだ。

 問題なく処理もできそうだし、と援護射撃の構えをとったところで、こちらから離れていた敵の一団がなぜか周囲を無視して突っ込んできた。

 不自然な動き。だが、それほどの数ではない。

「そちらの対処は任せます」

 言って、シャルロットは援護を続行、閃光を連発する。

 しかし、合流できるように活路を生み出したのに、彼らの進路は少しずつこちらから逸れて行っていて、あげくその先には巨大な敵集団が待ち構えていた。

 指揮系統がやられてしまったのか、周囲の情報が奪われているのか、なんにしても放ってはおけない。

 細剣を抜きながら、駆けだす。

 こちらの声が届きそうな距離にまで近づいたところで、彼らがクリスエレスの軍だという事に気付いた。

(……あぁ、なるほど、だからか。今でも父親想いなのだな。貴様は)

「え? ――っ!?」

 その言葉を聞いて、ようやく指揮官が誰なのかにたどり着く。

 まったく探知できていなかったし、そもそも戦場にいること自体、想像もしていなかった。

 完璧な不意打ちだ。その所為で、自分でも驚くくらいに身体が硬直してしまう。続けて心臓が早鐘をうち、嫌な汗が噴かせた。そのくせ、指先は凍り付いたみたいに冷えだしていく。

(もう怯える必要なんて、ないはずなのに、どうして……?)

(心のどこかでまだ期待をしているんからじゃないか? もし、今の状態が洗脳に拠るものなら、それが解ければまた昔のお父様に戻ってくれるかもしれない、とな)

(そ、そんなこと……)

(ならば今すぐ踵を返せ、しっかりと見殺しにしてみせろ。――さあ、早く!)

 敵集団がクリスエレス軍に気付き、接近を開始した。

 猶予が完全に消える。その事実が、シャルロットの背中を突き飛ばした。

 両者の間に割って入り、上空から閃光を降り注がせる。

 超高熱を宿した持続的な暴力だ。相当量の魔力を消耗する事になったが、灼熱と化した空気が敵の進軍を妨げる。

 そうして退路を改めて確保したところで視線をクリスエレスの軍に向けると、返って来たのは予想通りの反応だった。

 憎しみと嫌悪に満ちた無数の視線。

 中でも、それが最も濃かったのは父で、

「薄汚い悪魔憑きが。使命を為さんとする我々の命まで愚弄するか。つくづく悍ましいことだな。貴様の助けなど必要ない。今すぐ消えろ」

 ……判っていたことだ。

 この件に関しては、全部マヌラカルタが正しい。たとえ洗脳が解けたところで、父の憎しみが消える事もないのだろう。

 だから、父に夢を見るのはこれで最後。

「道を切り開きます。そちらから離脱してください」

 彼等から視線を逸らして、最大火力で全面の敵を薙ぎ払う。

 そのために必要な魔力を構築している最中に、突然背中に鋭い痛みが走った。痛みはそのまま胸にまで届き、銀の切っ先が視界に入ってくる。

「お父様……」

 驚きはなかったが、ただ哀しかった。

「今度こそ償え!」

 憎しみと共に、シャルロットを貫いた短剣に魔力を込めながら、ダノラウトは血を吐くような声で叫び、

(――っ、神子の魔法を宿しているのか。急いで引き抜け! 跳ばされるぞ!)

 焦ったようなマヌラカルタの聲を聞き終わるより先に、シャルロットの身体は忽然とこの場から消失する事となった。


                §


「まだ直せねぇのかよ? おい!」

 一向に浮かび上がらない映像に、チュルが苛立ちを滲ませた。

 映像が途切れてからまだ三十秒ほどしか経っていないのだが、まあ、その気持ちはわかる。戦闘を観戦していたのだ。普段より明らかに時間の流れる感覚は遅くなっていたし、実際ルプテもこの復旧の遅さには失望を覚えていた。この状況を仕組んだのが、自分たちだという事実を棚に上げつつ。

(……そうですか、わかりました。では、直ちに撤退してください)

 部下に指示を出し、ゆらりとその場に顕現する。

 瞬間、この場にいた全ての神子の注目がルプテに集まった。どういう意図かを探っているのだ。

 それを涼しげに流しつつ、用意されていた紅茶を口に含む。……少し苦みが強い。杜撰な仕事だった。

「お砂糖はありますか?」

「は、はい。どうぞ?」

 連れてきた側近の一人が、慌てて角砂糖を乗せた小皿を差し出してくる。

 そこから二つほどを手に取って、ルプテは紅茶に投入し、ゆっくりとスプーンで混ぜてから、また一口含んだ。

 ちょうどいい甘さ。きっと戦場にいるダノラウトも、このような甘美を今味わっている事だろう。

「ユーリッヒ、貴方も糖分は摂っておきなさい」

 残りを彼に渡す。

 ユーリッヒは神妙な顔立ちで受け取り、少し迷うような間をおいてから、ルプテが口を付けた個所を避けて紅茶を飲み干していく。

 そのさまを冷めた心で眺めながら、ルプテは現状について思考を巡らせる事にした。

 まず、異世界の神との決戦においてだが、クリスエレス側の神子が差し出される事になるのは避けられないだろう。そもそも、こちらも初めから避けるつもりはなかった。だからこそ、ルプテは自身が有する『罰』の魔法が宿した短剣をダノラウトに持たせ、シャルロットを敵の中核に送ることにしたのだ。

「……やっとかよ」

 頭上に映像がまた戻ってくる。

 下品な舌打ちを零したチュルは、眠たげに無数の映像内の状況をさっと観察し、

「それにしても、敵の戦力が変わってないな。星舟の機能か、無尽蔵のようだ。このままじゃ埒が明かない。もういいだろう? 今ここで決めちまっても。……なあ?」

 と、ルプテに視線を向けながら、小馬鹿にするように言った。

 不愉快な感情だが、誰が貧乏くじを引くのかはすでに決まり切っている事なので、こちらとしても早々に動けるのは望ましい限りだった。

「ええ、問題ありません」

 澄まし顔で応じつつ、ルプテは傍らのユーリッヒに視線を向け、

「待ちに待った晴れ舞台ですね。調子はどうですか?」

「もちろん、万全だよ」

「では、貴方の真価を存分に、彼らに披露するとしましょうか」

 そう言って、ルプテは右手をユーリッヒに伸ばした。

 彼がおずおずとその手を掴んだところで、視線を側近に流す。

 すると、側近は慌てて懐から最高級の転移石の一つを取り出し、それを起動した。

 目の前の空間が裂け、星舟の中央に最も近づいた部隊と繋がる。

 二人はその中に足を延ばし、戦場へと降り立った。

「状況は?」

 直立不動のクリスエレスの精鋭騎士たちに問う。

「この場の確保は完了しております!」

「そうですか、ご苦労様でした」

 労いの言葉を並べつつ、ルプテは翼を広げた。

 そしてユーリッヒにその機能の一部である飛行能力を付与し、緩やかに上昇、星舟の全容を視界に収め、そこで全魔力を解放。同時にユーリッヒの魔力も最大限まで活性化させる。

「……さあユーリッヒ、我々の天罰を、卑しき侵略者たちに」

「あぁ、わかったよ」

 ユーリッヒが星舟の中心部分に手を伸ばし、太陽の魔法と罰の魔法を綺麗に融和させていく。その間に、ルプテは空間に魔方陣を描き、肉体に破綻が訪れないギリギリの出力を計算し――


「――薄汚い異物が、消し飛ぶがいい!」


 威力と規模のバランスの取れた巨大な七つの閃光が、星舟の地表へと叩きつけられた。

 熱はぬかるんだ足場を一瞬で蒸発させ、裁きの灼熱を周囲に広げていく。その範囲には味方もいたが、尊き犠牲だ。彼等も喜んで死んでくれることだろう。

 かまわず魔法を継続し、蒼く鈍い銀色の船体を露わにすることに成功する。

(……金属ではない。これは鱗ですか。やはりルーメサイトの幻獣種に似た特権を、この舟は有していると見ても良さそうですね)

 今の段階で奇襲をしてくるとは思えないので、出力を少し上げてみるが、船体にダメージを与えることは出来なかった。

 完全な無傷だ。この分だと最大出力で攻撃をしたところで、効果は期待できない。

(内部から結界が展開されている。それも二つ。……ですが、この感じ、どちらも外の脅威に向けられたものではありませんね。一つは情報の完全隔離。もう一つは内部の復元機能を最大限に機能させるためのもの、といったとこでしょうか)

 いずれにしても、この感じなら問題なくシャルロットへ下した『流刑』と『死刑』の罰は機能する。神子を殺すのは通常戦力ではほぼ不可能なので、高確率で異世界の神の元へと跳ばされた筈だ。

「――ルプテ」

 考え事を優先していたせいか、少し察知が遅れたようだ。先に気付いたユーリッヒが、微かに強張った声で伝えてくる。

「ええ、わかっています。出てきましたね、この舟の主が。でも大丈夫、貴方と私なら勝てますよ」

 適当な言葉を並べつつ、ルプテは自身の予想通りに事が進んでいる事実に微笑んだ。

 空の上に居ても感じ取れる胎動と共に、異世界の神子が内側から這い出てくる。こちらの攻撃が終わるまで待つことも、消耗戦を続ける事もできただろうに、矢面に立つことを選んだわけである。

 しかも、出てきたのは一柱のみ。

 他陣営の神子に対する妨害なども見られない以上、狙い通りシャルロットの相手をしていると考えるのが自然だろう。

 これで数的不利の問題は片付いた。

(……あとは、どのように退けるか、ですね)

 間欠泉のように突然、無作為に地面から噴き出した海水の一つから、異世界の神が姿を見せる。

 全長は大体七ヘクテル程度だろうか、手足は二本ずつ、頭部は一つで、目と耳は二つ、鼻はなく、口も見当たらない。

 一見すると巨大なヒト型だ。そこに鱗やエラやヒレといった、海洋生物の特徴が混ざっている。

 脅威と感じるのは、頭部から髪の毛のように生える十八の海蛇と、四ヘクテルはあるウニのように針だらけの尾びれだろうか。その二か所には極めて高い魔力が宿されている。

 それに比べて優先度はやや低くなるが、クラゲのような半透明の身体の中を無数の小魚が泳ぎ、まるで血液の循環のように流動している事も少し気になった。そこから零れる気泡の規則性が妙に引っかったのだ。

「生臭い化物、こんなものが神だとはね。まあ良い。名前だけは聞いておいてやるよ」

 全体的な魔力が自分よりも劣ることを察知してか、ユーリッヒがやや拍子抜けしたといった様子で肩の力を少し抜きながら訪ねる。

「……トルクラエル」

 果たして、それはどこから響いたものなのか。聴覚が正常なら、全身から無数の音が一つに纏まって放たれたような感じだった。

(体内の魚が喋っている?)

 もしかしたら他の連中と同じく、本体はその中の小さな核なのかもしれない。

 それにしても、随分と容易く自身の名を明かすものだとは思う。彼等の世界では名とはそれほど重要ではないという事なのか、或いは重要だからこそ名乗ったのか。

「ユーリッヒ・リエル・レグナントだ。その名を知れたこと、誇りに思って死ぬがいい」

 嘲笑を浮かべながら、後者を理由にユーリッヒは名乗りをあげ、その両手に光剣を顕現する。

 ルプテも両手に断罪の光槍を顕現させ、これ以上の会話は必要ないと踏み込んだユーリッヒに合わせて翼を大きく羽ばたかせ――かくして、決戦兵器同士の戦闘は幕を開けた。


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