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君>世界   作者: 雪ノ雪
第六章『最善の悪』
73/112

10/星舟での戦いⅠ

 異世界勢力が無差別攻撃を行ってから、四十日が経過した。

 現在、ルーメサイト陣営は優位を保ち、彼等を完全に包囲。防戦一方のカタチに押しやる事には成功しているが、そこから先が上手くいっていない。

 どの陣営も、空に佇む星舟に、ダメージを与えるどころか踏み込むことすらまだ出来ていなかった。

 戦力的には圧倒しているというのに、何故このような停滞に陥っているのか。

 それはひとえに、数字通りの戦力が敵に向けられていないからだ。

 敵が手中に収めた中継点を奪うための戦いで連携が乱れたり、互いが牽制しすぎて消極的になったり、或いは司令官が事故で死んだりと、不測の事態が続いている。

「貴方の読み通りになったわけだけど、この後はどうなると読んでいるの?」

 サラヴェディカの庭園の中で、ノスティワがクーレに訪ねた。

「誰も神子は出したくない。でも、投入しないとさすがに敵の神子には勝てない。だから、次の戦場ではそれを決めるゲームが行われる筈だ。どのような趣向になるのかはわからないけれど、まあシンプルに一番戦果をあげられなかった陣営が神子を出すという話になるんじゃないかな。だから皆本気で来るよ。これ以上ない混沌だ。そんな状況で出された神子は間違いなく、他陣営の格好の的になる。もっとも、僕たちには該当しないけど」

「不死性の利点か。たしかに殺される心配はない。真に共闘するのなら、むしろ率先して切るカードでもある」

「もちろん、彼等相手にそんな親切をしてやる理由はない。外に居る天使はどれだけ集められる?」

「もう必要なの? まだ、そうなるとは決まって――」

 と、そこでノスティワの眉が顰められた。

 それから彼女は眼を閉じて、小さく息を吐く。

「決まったみたいだね」

 楽しげに、クーレがわらった。

「……ええ、本格的な共同作戦が決まった。決行は三日後。参加するのはルウォ帝国以外とのこと。最終的に敵の神子を誰が相手にするのかも、貴方の言った通りになった。……それで、誰を狙うの?」

 ノスティワの視線がシャルロットに向けられる。

「そう、ですね……」

 感情的にはスロウを討てるのならクリスエレスにしたいところだが、それをしたら同盟を組んだ理由が無くなってしまうので論外。ザーラッハもクーレがいる以上味方に出来る余地を残しているのでなしだ。

 そうなってくると、残るはエンシェ、ミッドラインダ帝国、アンガラ共和国、ムルカ連合の四つ。ミッドラインダ帝国はエンシェと手を組んでいる可能性が高いようなので、実質は三択。

 その中で今、一番力を持っているのは間違いなくエンシェだ。彼らの意見は最も通りやすい状況にある。

 高すぎる発言力は危険だ。多少は戦力を削いでおかないと、儀式の勝者になるのが困難になる。

(――或いは、こちらの発言権を増すという方向の元、クリスエレスを討つというのもありだぞ? ユーリッヒが死ねば、我々と奴らの関係性はまさしく対等になるだろうからな。奴らを使える機会も増える)

 不意に、マヌラカルタの聲が脳裏によぎった。

 思いきり私情が入っている気がするのは気のせいか。まあ、それに唆されるのも悪くないような気もしたけれど、やはりエンシェの対処の方が重要だろう。

 この庭園に集まった、クーレ、ウィン、プレタ、リグチラ、ノスティワ、そして数名の天使の顔を見渡してから、シャルロットは言う。

「私は、エンシェの戦力を削るべきだと思います」

 異論はなかった。

 かくして、共同作戦のどさくさに紛れてエンシェの神子であるチュルを撃ち落とすという方針が可決され、その具体的な計画へと話は進められる事となった。


                §


 各々の国が、空に対するアプローチをもって進軍を開始する。

 シャルロットたちは、天使の軍勢に運ばれ、巨大な星舟という名の戦場に降り立った。

 空間転移は強力な魔力干渉によって半ば潰されているので、四方から次々と上陸する他国の軍勢も、大体は翼をもった存在を用いている。

 大陸中の大国の精鋭が異世界の星舟に侵攻する光景は、まさに壮観の一言で、この戦争の終わりを強く予感させるものだった。

「それにしても、本当に広いね、ここ。アンシェルの半分くらいの大きさはありそうだ」

 ぬかるんだ地面を爪先でこんこんと叩きながら、クーレが言う。

 星舟上部は凹凸の激しい山岳の湿地帯のようになっていて、ゼリー状の透明な木々や、重力でも操作しているのか上空に向かって水の粒をふわふわと巻き上げている青草などが生い茂っていた。

「……生きている者の気配はないな。敵は二柱のみか」

 星舟の中心部分から空を埋め尽くすほどの数で退去する魚たちを見据えながら、ウィンがそんな事を呟く。

 どうやら、それらすべては魔法の産物という事らしい。

「軽く百万はいそうなんだけど。……まあ、神の力ならこれくらいは簡単ってことなのかしら? ほんと、デタラメね」

 風の精霊を顕現させながら、プレタがうんざりした表情を見せる。

 そんな彼女に、ノスティワが言った。

「貴女には、出来れば私と一緒に会議に参加してもらいたい。もちろん、予定通り情報収集と共有を行いながら」

「会議?」

「ついさっき、同じ場所で共に戦況を見守るという事になった。全員が同じ状況下で証人になることで、言い訳をさせない腹積もりなのだと思う。貴女には、そんな彼らのやりとりも見ていてもらいたい」

「まあ、それはいいけど。今探った感じ、エンシェは昨日仕入れた情報よりも遥かに多くの数を揃えてきているし、有名どころの傭兵もかなり雇っているわ。それこそ自軍だけで勝つ気でいるような感じ。自分たちに潰しが掛かる事なんて百も承知って布陣ね。他が少しでも消極的だったら、どれだけこっちが上手くやっても奴らの神子を戦場に送る事は出来ないでしょう。……ねぇ、それでも最初は予定通りに行くの?」

 プレタの視線が、シャルロットに向けられる。

「……そうですね、他陣営の妨害がどの程度本気なのかを見るまではその方針で行きます。降りているようだったら、素直に流れに乗って周囲が最も落としたいと思っている陣営を刺しましょう。それが私たちだった場合は、クリスエレスを狙います」

「理由は?」

「彼らの戦力が最も乏しいからです。そうですよね?」

 召喚獣をここまで引っ張ってこれないうえ、傭兵との関係も悪いあの国の特性上、それは確認しなくてもわかる事だった。

「ええ、見た感じはそうね。……わかった。じゃあ早速始めるわ」

 風の精霊を顕現し、プレタがその姿を驚くほどに希薄にして解き放つ。

 特殊な大気のつながりが、糸電話のように此処に居る主要メンバーの声と耳を繋げ、簡易な共有が完了した。

 それを確認したタイミングで、風の精霊の気配が完全に消える。さらなる情報収集に飛び立ったのだ。

「あたしたちも行くわよ?」

「ええ」

 プレタもノスティワをエスコートするようにして、神子たちの集まる場所へと向かっていく。その護衛を務めるのは五体の天使だ。

 シャルロットにも十二体ほどがついてくれていて、これからの行動を補佐してくれるので、多少の無茶は出来そうだった。

「本当に、貴女も戦場に出るつもりなのか?」

 行動開始の一歩踏み出したところで、静かなウィンの声が届く。

 心配や不安でもない、本当にただの確認といったトーンだった。まだまだ付き合いが短いとはいえ、彼の感情を読み取るのは本当に難しい。

 だから、もしかしたら機嫌を損ねてしまうかもしれないが、顔色ばかりうかがっても仕方がないので、はっきりと頷く。

「はい、私は不死身ですから。攻撃の隙を狙われても問題ありませんし。もちろん、お二人の力を信じてはいますけど、じっとしているのもあまり好きではないので」

「了解した」

 さっとウィンがこちらに背を向けて、戦場へと歩き出す。

「……彼、この戦場自体にあまり興味がなさそうだね。まあ、代わりにリグチラの方はかなりやる気みたいだけど」

 ぽつりと、いつのまにか隣にいたクーレが言った。

 くだんのリグチラは、いつのまにかいなくなっている。裏工作がメインの彼女はすることも多そうだし、時間を優先したのだろう。

「なんにしても、君はその中間くらいのやる気でほどほどに動くといいと思うよ。僕も気ままに他陣営の獲物を掻っ攫って回るから。それじゃあ、お先に」

 とん、とシャルロットの肩を叩いて、クーレは軽やかに駆けだして行った。

 なんというか、すごく自然体だ。

 その軽やかさに、少しだけ緊張が解れたのを感じつつ、シャルロットは天使たちに向かって、

「護衛と移動の方、お願いします」

 と言って、味方を巻き込まず射撃が出来るポジションへと、天使に運ばれて移動する事となった。


                §


 プレタたちが赴いた神子たちの集合場所は、ちょうど星舟の船尾にあたる部分だった。

 既に障害は全て排除されており、誰が用意したのか椅子やらテーブルやらお菓子やら飲み物やらが置かれている。

 驚くほどの危機感のなさだった。負けることなど万が一にも考えていないというのが嫌というほどよくわかる。清々しいまでの傲慢さだ。

 でも、それでも別に構わないと思えるくらい、六人の神子が一堂に会したこの場の空気は凄まじかった。

 ザーラッハ帝国の元帥たるシャイア・テキーラ。

 クリスエレス法国の新星、ユーリッヒ・リエル・レグナント。

 エンシェ公国の軍神チュル・ウルフェンファング

 ムルカ連合の君主カンゼリッツァ・ゾルソワレ。

 アンガラ共和国の首相ボーゼス・タタラ

 どれも歴史の教科書に載っている、或いはこれから載るような連中ばかり。

 ミッドラインダ帝国のトルウェンダという人物も、さすがに他所の大陸の神子なので詳しくは知らないが、他と遜色のない、いるだけで常人を磨り潰すような凶悪な魔力を放っている。

 ただ、これはけして威圧の類ではないのだろう。彼等は神子らしく自然体に振舞っているだけ。

(……本当、息が詰まる世界ね)

 安易にこんな場所に参加してしまった自分の軽率さにちょっとした後悔を覚えつつも、プレタは全身に魔力を流して重圧に潰されないように自衛しながら、要望通り彼らの機微を見逃さないように半身である風の精霊の感覚の一部を自身の目と耳にリンクさせる。

(……心音はみんな正常。いや、ユーリッヒだけは少し早いか。緊張というよりは高揚って感じだけど)

 まあ、なんにしても、精霊の超感覚はちゃんと自分にも反映されているようだ。そして誰もそれには気付いていない。――と、第一関門をクリアしたところで、

「遠征に出たという話は聞いていましたが、まさかこんなところで会うとは、奇遇ですね、プレタさん」

 にこやかな笑顔と共に、ムルカ連合のカンゼリッツァが口を開いた。

 場所が場所なだけに自分から挨拶をするのは控えていたのだが、向こうから声を掛けてきてくれたのは少し意外だった。

「……あぁ、そういえば、ムルカ連合の出身だったわね。そして最高位の冒険者でもあった。それなら、面識があってもおかしくはないのか」

 口元に手を当てながら、ノスティワが一人で納得する。まあ、正解だ。

 戦闘能力においてはそれほど高くないプレタだが、ちゃんと冒険者としてはヴラドよりも上の最高位である『赤白空(カロン)』の位を得ていた。『真深夜(レドゥフォドゥン)』の傭兵ほど特別というわけではないが、全世界に三千人程度しかいない、少なくとも王に謁見する機会がそれなりにある程度には凄い立場である。

 そんな自分の偉さをちょっと思い出しつつ、プレタは深く一礼する。

「お久しぶりです、カンゼリッツァ様。あたしも、このような場所でお会いできるとは思っていませんでした」

「どのような経緯でサラヴェディカの方々と一緒にいるのかは、非常に興味深いところですが……その話は、あとでした方が良さそうかな」

「そうですね」

 いたるところで魔力の衝突が発生している。

 本格的に、侵攻戦が始まったのだ。それに合わせて、誰かが頭上に無数の映像を表示する。神子の仕業ではない、彼らの傍らに控える側近たちの魔法だろう。

 その魔法に細工がされている可能性を疑ったのか、数人の神子が魔力の波を放つ。おかげで波に触れるたび心臓が委縮した。本当に止めてほしい。

(……まあ、でも、これでその情報は信じて良くなったか)

 急速に乾いた喉の嫌な感じを唾を呑むことで誤魔化しつつ、プレタはさっと頭上に現れた無数の戦場映像を確認する。

 おそらく戦闘している全ての部隊が映されているのだろう。本当に膨大な量のモニターが広がっているわけだが、敵兵の種類はそこまで多くなさそうだった。

 基本的には海の生物の形状をしていて、魚が大数。蛇やカニ、エビ、貝の類などは少ない。それら少数は部隊の補助を役割としているのだろう。後方に控えていて、近付こうとすると距離を取る。

(でも、なんか臭い動きよね)

 露骨さが目立つ。

 しかし、結構な部隊は特に警戒することなく、そいつらを優先して叩く方針を取っていた。

 戦場において補助役や魔方陣を優先して潰すというのはセオリーなので、まあ、おかしな行動というわけでもないのだが、さすがに迂闊な気がする。

 相手の形状が魚で、さして知能が高そうに見えないという点も、案外効いているのかもしれない。

「酷い部隊が多いな、おい」

 苛立ちと呆れを波乱だ声で、チュルがぼやいた。

 程無くして、少数の敵種を追い詰めた部隊が、その足元に仕掛けられていた魔方陣の爆弾によって消し飛ぶ。周りの魚たちも巻き込まれていたが、核の方は寸前で逃げていた。

 彼らは血の雨を肉体に変え、赤い魚となって活動を再開する。

 魔方陣を掻い潜る部隊もいたが、同じような末路を辿っていた。魔方陣ではなく、周りを囲んだ魚たちが今度は爆弾になったのだ。貝や蛇たちはそれの起動キーとして存在しているらしい。或いは、そういう魔法をもって周囲の魚たちを書き換える事が出来るのか。

(魚の方にそんな特性はないように感じるし、これが正解かしらね)

 だとしたら、なかなか厄介だ。

 情報が停滞しているわけではないので、敵の意図はすぐに共有されるが、その直後、今度は率先して貝やエビが魚の群れを率いて突っ込んでくる。

 遠距離から討ち取ろうとするプランに対するカウンターだ。距離の問題で、ある程度前に出る必要が出てきた射手目掛けて、彼らは殺到し、またも役目を果たして見せる。

(対応のタイミングが揃い過ぎてる。指揮をしているのは一人。……いや、この場合は一柱って想定するのが妥当か)

 一応、半身である風の精霊レーニィスに、それらを束ねている気配がないかを探らせておく。

 が、ここで優先するべきは敵の攻略ではなく味方の瓦解なのである。それを忘れてはいけない。

 そう自分に言い聞かせつつ、プレタは他陣営の戦力に目を向ける。

 まず、敵の初手を最小限のダメージで抑えたのはザーラッハだ。驚くべきことに、この場に正規兵を一人も連れてこなかった彼等(指揮官すらいない)は、功を焦った未熟者の何割かを失いはしたが、主力は無傷といってもいい状態だった。敵を処理するペースも非常に速い。

 次に被害を逃れたのはエンシェ。こちらはそもそも守り重視だった事もあって、最初の誘導にどの部隊も乗らなかった事が大きな要因だった。

 ムルカ連合、アンガラ共和国、ミッドラインだ帝国に関しては大体同じ程度の被害。戦果が最も低い陣営になって神子を差し出すというリスクを嫌って、かなり攻勢よりだったのが災いした結果である。

 そして、最も大きな被害を被ったのはクリスエレス。こちらは単純に兵士の数も質も低すぎる事が原因だ。

(この分じゃ、順当な結果にしかならなさそうね)

 ちなみに我らがサラヴェディカはどんな感じかというと、被害ゼロの討伐数トップ、一位独走状態だった。

 理由は……まあ、考えるまでもない。『真深夜』の傭兵二人が暴れまわっている所為だ。複数の映像に顔を出して、それはもう派手な殺戮を繰り返している。

 その様を前にして、チュル、カンゼリッツァ、シャイアの心拍数にわずかな変化が生じていた。

(もしかして、警戒してる?)

 場合によっては危険だという認識を、神子にすら与えているという事なのか。

 だとしたら凄まじい話だが……

「少しはまともに戦えているのもいるようだね。ただの人間にしては、だけど」

 小馬鹿にしたように、ユーリッヒが呟いた。

 こちらの心拍や呼吸に動きはない。言葉通りの評価を下しているという事だ。ボーゼスもトルウェンダも同じなのだろう。

 つまり、神子同士でも二つの認識に分かれているという事だ。

(どっちの認識を買うのが正解か……まあ、これも考えるまでもないか)

 と、そこでプレタはシャルロットの姿を捉えた。

 予定のポジションで、遠距離から射撃を行っている。こちらも順調に敵を処理しているようだが、近くに軍隊が近づいてきていた。

 魚たちに追い込まれて後退した隊。所属は、どうやらクリスエレスのようだ。

 その情報を伝えようとしたところで、突然、頭上の映像が全て途切れた。


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