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君>世界   作者: 雪ノ雪
第一章『天使の国の悪魔』
7/112

06/理由



「まったく、お前は本当に人間を口説くのが下手ね」

 心底呆れた様子で、リリスは言った。

「お前が優しく振る舞ってあげれば、それだけで依存させる事も出来たでしょうに。よりによって暴力という他と同じ手段をとるなんて、これで管理が面倒くさくなった」

 夕刻に差し掛かった街を今、二人は歩いている。

 視線の先には、先程首を絞めた少女がいた。

 周囲は彼女に気付いていない。というよりそこに人間がいる事すら認識できていないようだった。

 そんな彼女は、堂々とした足取りで狭い路地をするすると進み、どこかに向かっている。

「まあ、過ぎた事を言っても仕方がないわね。あの不快な呪いを焼き切れたのは良い事だし、それに悪魔を表に出す必要があったのも事実。あれの背景は出来るだけ洗っておきたいしね」

「……いつからだ?」

 リリスの小言を全て無視していたヴラドは、苛立ちを抑えきれない声で訪ねた。

「もちろん、それは神子が生まれたその時からでしょうね。十年越しの計画によって、彼等はこの国の戦略兵器の卵をただの不死身にまで貶めた。人間にとってはそこそこ長い期間ね。だけど悪魔や天使にとっては、欠伸程度の一拍でしかない」

「どこまでが予定通り?」

「結界を張らせたところまではそうなんじゃない? これによって神子の力を相当消耗させることに成功している。いるわよ、別の神子が。既にこの国に潜んでいる。それが目下戦争中のエンシェのものなのか、別の勢力なのかまではわからないけれど……まあ、わたしたちにはどうでもいい話ね。相手が誰であれ上手く利用するだけ。重要なのは、そいつが神子に一撃を喰らわせるタイミングだけよ。結界を維持できない程度にはしてもらわないと、お前のスタンス次第では困るかもしれないわけだし」

「……」

 シャルロットの肉体を操っている不死の悪魔が、この辺りでは一際大きな屋敷に足を踏み入れた。

 神子が生まれた時から計画されていたのだとしたら、当然この国には主犯がいる。屋敷の主がそうである可能性は高い。

「こら、殺気を漏らすな。尾行に気付かれる。今言ったばかりでしょう。奴等を利用する事こそ肝要。だから、ここはわたしに任せておきなさい。完璧な隠密スキルをもったわたしが、しっかりと必要な情報を拾ってきてあげるから」

「完璧? 悪魔関係にはバレる」

 今尾行している少女を筆頭に、他にも潜んでいる奴が居ないとも限らない。

「莫迦ね。わたしはこの世界で有数といってもいいほど聡明で、絶世と言っていいほど可憐な、只者ではない淫魔なのよ。くだらない心配などせず、お前はただ、わたしを称える言葉を考えて待っていればいいの。簡単でしょう?」

 くすくすと蠱惑的な微笑をもって、リリスは自分の要求を押し通す姿勢のようだ。こうなると、どちらに転んでも疲れる事になる。

 その面倒を今負う気にはなれなかったヴラドは、ため息をついて、仕方なくそれを受け入れた。


                §


 激情という名の獣を躾けて、なんとか一人になれた。

 もしあのままヴラドに任せていたら、一体どうなっていた事か。最悪、計画がとん挫していた可能性もあっただろう。

(生の半分以上を費やしてきたものを感情一つで無駄に出来るのも、人間の特権か)

 もっとも、抑えが効かないほどに度し難い激情を抱えられるからこそ、十年変わらず目的を持ち続けたともいえるので、そのあたりは一長一短だ。

 似た者同士、リリスも理解出来る。だから責めはしない。

(……さて、わたしもそろそろ気持ちを切り替えないとね)

 シャルロットが屋敷の中に消えたタイミングで、こちらも屋敷の敷地に足を踏み入れる。

 眼を閉じて魔力の気配を探ると、中に三人いるのが判った。ついでに耳を澄ませば声も聞こえてくる。

「どういう状況かわかるか?」

 男のような口調で、シャルロットが誰かに訪ねた。

 こちらが概ね把握している内容が、あまり良くない要領で語られていく。

 その隙に、リリスはシャルロットたちを覗けるポジションについた。

 彼女はこちらに背中を向けているので、三人の男が悪魔憑きでなければ気付かれる事はないだろう。そしてここは天使の国、悪魔と契約した者を好んで潜伏させはしない。誰もがヴラドやクーレのように悪魔の気配を上手く隠せるわけではないからだ。

「まあ、なんにしても、合流地点に誰かいたのは幸いだ。それが目の保養にもならない醜悪共だったとしても、情報には一定の価値がある」

 自由に身体を操れている事が嬉しいようで、シャルロットの言動の多くはウキウキとしていた。先程見せていた卑屈さなど見る影もない。

 先日の召喚士殺しにしても、おそらくはそういった感情を発散するための独断だったのだろう。別に彼女自身の手で行わずとも、ヴラドたちの殺害を彼女の所為にすれば済むだけの話だったからだ。

 それもあって三人はイラついているのだと、リリスは適当に推理する。

「いいからついて来い」

 そのうちの一人が、侮蔑も加わったことで我慢の限界となったのか、舌打ちと共に高圧的な態度で言った――途端、その男の両足が、ぶつん、という音を立てて切断され、悲鳴が溢れるより先に喉に風穴が開いた。暴力を黒く圧縮した閃光が、男の身体を破壊したのだ。

「ついて来い、ではないだろう?」

 それを行ったシャルロットの声は、実に冷めたものだった。悦に浸っているところに水を差され、気分を損ねたといったところだろうか。

「人間風情が、この姿の所為で忘れたか? それとも私が誰かも聞かされていないのか? 言ってみろ、貴様たちは今誰に口をきいている?」

「も、申し訳ありません、マヌラカルタ様」

 死の恐怖に怯えながら、別の男が掠れた声で言った。

 その名前にリリスは大きく目を見開き、徐々に目を細めながら眉を深く顰めていく。

(……困ったわね。まさか大当たりも大当たりの方だったとは)

 悪魔を連れて歩いたほうが、よほど都合がよくなってしまった。それを、どうやってヴラドに納得させるか……

「最低限の礼儀は持参しているようで何よりだ。死体が出なくて良かったな」

 考えている間にも、話は進む。

「なにをしている? 早く門を開け」

 その命令に従って、無事な二人が背後にあった空間の歪に手を伸ばした。

 空間と空間を繋ぐ転移門が開かれる。

(首都内だとは思うけれど、大丈夫かしら?)

 ヴラドがリリスに提供している魔力は、実体化がギリギリ行える程度の量だ。そして契約者の鉄則として、離れれば離れるほど活動に必要な魔力は大きくなる。それは実体化をしていなくても同じだ。当然、足りなくなれば、意識を外に残す事は出来ない。

(嫌な状況ね)

 まあ、とはいえ、最悪ヴラドの中に戻るだけだ。大した問題にはならない。

 門に向かってマヌラカルタが一歩踏み出したのを見計らって、

「遅れて申し訳ありません。こちらの準備も完了いたしました」

 と、リリスはさも彼等の仲間であるような物言いとともに、その後に続いた。

 二人の男はやはり悪魔憑きではなかったようで一切反応を見せなかったが、仲間が一人些細な対応ミスで死にかけているのだ。彼等がマヌラカルタだけに集中するのは自然な事で、不死の魔神がそこに違和感を抱くことはなかった。

「まったく、神を迎える気があるのか、甚だ疑問だな」

 という不満をこぼしつつ、門の中へと消えて行く。

 続けて二人が死にかけの一人を抱えて中に入り、門が消える間際にリリスも後を追い掛けた。

(…………予想通り、ここは首都の中心部のようね)

 ヴラドとの距離でなんとなく、今自分が居る場所を把握する。

 召喚士を始末した際に入り込んだ領域の更にその奥、つまりは最上流階級の住まいだ。内門の結界を無視して中に入れたという事は、神子の関与があるのも間違いなさそう。

「ここは覚えているが、相変わらず妬みの念に満ちているな。悪魔がそういう匂いを好むと本気で信じているのか。だとしたら、地上の情報戦は相変わらず天使共が優位にあるという事か。まったく、嘆かわしい話だな」

 豪奢な屋敷内にこびりついている感情の澱を見てそんな事をぼやきつつ、マヌラカルタが案内を求めずに歩き出す。

「貴様たちはもういいぞ。ここの主の場所は、一際濃い匂いのおかげで既に分かっているからな」

 出来れば従者どもを連れて動いてくれた方が好ましかったのだが、仕方がない。

 ひとまず別れて、聞き耳を立てやすい場所を探す。

 屋敷の主の居場所に関しては、マヌラカルタが口にしていた通り匂いですぐに判ったので、さして難しい事ではなかった。まあ、その匂いの感じ方には、若干の祖語もあったが。

「これはこれはレナリア叔母様、ご機嫌麗しゅう」

 芝居がかった口調で、今リリスがいる部屋の隣のドアを開けたマヌラカルタが言う。

「止めろ、おぞましき悪魔が」

 冷めた声で、レナリアは吐き捨てた。

 この国の人間とは思えないくらいに、そこには憎悪がない。あるのは嫌悪だけ。つまり自前の感情だけという事である。

「悪魔? 私の目の前にもいるようだが、果たしてどちらの事を指しているのかな?」

 愉しげにマヌラカルタが嗤い、部屋の中に入りドアを閉める。

 それで、おおよその事情は掴めた。

「そう怖い顔をするな、これは褒め言葉だ。なにせ、三人になるはずだったクリスエレスの神子を実質二人に留めたうえ、こうしてエンシェの神子の数を一人増やすことにも成功したわけだからな。まったく大した国賊だよ。嫉妬という感情は凄まじいな。

「……」

「悪魔憑きの血縁者でありながら、この地位にまだ居る事も素晴らしい。一体どれだけ汚い事をしてきたんだ?」

 押し黙るレナリアを更に追い詰めるように、マヌラカルタは言葉を躍らせる。

 両者の姿は見えないが、それでも悪魔が実に悪魔らしく微笑んでいるのは想像に容易かった。

「……ただの実力よ」

「悪魔にも話せない事なのか? それは頼もしい限りだな。――ところで、叔母様はこれから世界がどうなっていくのかについては、聞かされているのかな?」

「? なにを突然……」

「これまでの功績に対する褒美の一つだよ。私の知っている事を教えてあげると言っているんだ。これから先、エンシェに属した自分がなんのために命を消費していくことになるのか、知っておきたいんじゃないかと思ってね。 ……あぁ、それとも、焦がれた男を自分から奪った妹の名誉を貶める事以外は、どうでも良かったか?」

 侮蔑されている事を強く感じたのだろう、露骨にむっとした気配を零しながら、レナリアは言った。

「では、いくつか聞かせてもらっても良いかしら?」

「どうぞ」

「まずは、そうね、何故天使と悪魔は人間の世界で争っているの?」

「それをこの国では、なんと教えているんだったかな?」

「世界という名の神であるルーメサイトが人間に与えた試練だそうよ。もちろん、私は信じていないわ。天使共の教えなんてものはね」

 不平等の権化が平等を語る。滑稽極まりない話だ。

 レナリアは心底、天使というものが嫌いで、そんな者達が人間の世界を汚染している事実がずっと気に入らなかったのだろう。だからこそ、どうでも良さそうに問いかけながらも、そこに耳を傾ける彼女の気配は真剣だった。

 そしてそれを受け止めるマヌラカルタもまた、味方に対する情報提供を、悪魔に都合のいい嘘で固める事はしなかったようだ。

 彼は言った。

「端的に言ってしまえば、上位存在同士が直接戦争をする手段を失っているからだ。叔母様も、一度は見た事があるんじゃないか? あの奇蹟のように美しい『蒼黒の太陽』を」

「……ええ、それはまあ、あるけれど」

 特定の時期、夜と朝、或いは夕と夜の境目に露わとなる空一面を燃やす蒼焔と、その全てを喰らいかねない熱を呑みこみ続ける黒点は、この世界のどこでも見る事の出来る唯一の現象だ。

「あの太陽によって、上位世界の接続面の殆どは何者も存在出来ない灰燼世界へと変わってしまった。故に、人間を経由しなければ、我々上位存在は他の上位存在と接触する術も失ってしまったというわけだ」

「なぜ、そこまでして接触をする必要があるのかしら?」

「ずいぶんとつまらない事を訊くのだな。そんなものは貴女が一番よく判っているでしょう? ねぇ、お姉さま」

「――、」

 ぎりっ、とレナリアが歯を軋ませる音が届く。

 嫉妬や憎悪に合理性などないという事は、確かにこの女が一番判っているようだ。

 そんな惨めな女をせせら笑いながら、マヌラカルタは一つ捕捉を加えた。

「だが、強いて言うなら、そういう風に生み出されたからだよ。戦争は発展の母ともいうしな。そういう目的なのだろうさ。まあ、既に形骸化している部分もあるがね。無論、エンシェは違うが」

「天使と悪魔が共生している国なのに?」

「質問はあと一つだ。どうやら貴様との話は、思っていた以上に退屈そうだからな」

「……そう、それは残念ね。では最後の質問。そのエンシェは、なにを目的にしているのかしら?」

「国としての目的については知らない。そちらの主導権の多くは人間がもっているし、人間はすぐに死ぬからな。目的もすぐに変わる。まあ、それでもザーラッハへの対抗は最優先の項目に残しているだろう。さすがに大陸の中心たるあの大国を軽んじるような有様なら、人間などそもそも要らないという話になっているだろうしな」

「でしょうね。この愚かな国ですら、彼等が大陸中に蔓延させている傭兵という存在の権威を、完全には排除できなかったくらいだし」

「神子がいれば全てが解決するのは、神子が居ない国に対してだけだからな。最低限の備えは確保しておきたかったのだろう。もっとも、最低限である時点でこの国は他の多くの神子を抱える国を侮っている。ザーラッハとルウォの二大帝国以外は格下とでも言っているかのように。まあ、その増長を叩き潰す機会が自由を手にして早々に訪れるというのは、なかなかに気分のいいものでもあるが――と、話が少し逸れたな」

 そこで、こほん、とわざとらしい咳払いを一つして、マヌラカルタは言った。

「我々エンシェは、創設した当初から真なる共存を目的にしている。要は、人間界の位階を引き上げる事を目指しているというわけだ」

「位階?」

 人間には聞き慣れない言葉だからだろう、レナリアはあまりぴんと来ていない様子だ。

 だが、すぐに察するあたり頭の回転は思ったより悪くない。

「……つまり、人間を悪魔や天使たちと同列の存在にするという事でいいのよね? でも、それをしてどうなるというの?」

「蒼黒の太陽によって生じた空白を埋めるのさ。この領域を差し込む、或いはこの領域で押し出す形でな。そして接点を取り戻す」

「なるほど、形骸化している今の在り方を否定する事が目的というわけね。より大きな戦争を求めている。それが貴方たちの存在意義だから」

「実に健全だろう? そのための一時的な共闘だ。……さて、それを知った上で、最後の確認といこう。これから貴様はどうする?」

「どうするって、今更ね。私は既に選んでいるのよ。他の選択肢はない」

「選択肢がない? それは違うな。なにせ自死という道がある。貴様は取るに足らない人間だからな」

「……そうね、嫌気が差したらそうさせて頂くわ。でも、今は歓迎して欲しい気分よ。スケールの大きな話は嫌いじゃないから」

「そうか、それは良かった」

 と、マヌラカルタはそこでどうでもいい話を終えて、神子を殺す手順という、こちらにとっての本題に入った。

 どうやら、魔力が切れる前に目的は果たせそうだ。

 その事実に安堵しつつ、リリスは彼等の話をしっかりと頭の中に入れていき……

「ふむ、そろそろ宿主の意識が戻ってくる。一応保険も掛けたので急ぐ必要はないが、もう一度殺せば主導権は完全に私のものになるだろう。それをより早く、確実なものにするためにも、出来れば鮮烈な絶望と共にトドメを刺してもらいたい。叔母様は、そういうの得意でしょう?」

(……と、こっちも時間切れか。まあ、情報はこれで十分ね)

 外に存在するのに必要な魔力が尽きて、ヴラドの元に強制的に戻される事が決まったところで、ほんの少しだけ憂いを滲ませた。

 支障は、本当にないに等しいのだが、それでも戻りたくない理由があったのだ。

 あの領域は、あまりにも両者の距離が近くて、否応なく感情が引っ張られてしまうから。

(……でも、久しぶりに思い出すのも、悪くはない。原点回帰は必要だものね。ええ、そういう事にしておきましょう)

 身体が霧散していく最中、言い聞かせてなお苦さを覚える自身に呆れつつ、リリスは己が半身の元へとその意識を還した。


                §


 魂と魂、魔力と魔力を結ぶ契約という行為をすれば、大なり小なり必ず両者の背景が姿を見せるもので、人間界への門が開かれた際リリスに流れ込んできた光景は、陰惨なまでの朱だった。

 小さな村が拵えた文明の全てが燃え、そこに生きていた人間という汚物が四肢を切り飛ばされ汚濁な合唱に興じている。

 大地に血を啜らせ、命を吸わせて為し得る召喚の儀式。

 継ぎ接ぎだらけ誤りだらけで、何故成立したのかすら判らない喜劇。

 そのような地獄を成し遂げたのは、痩せ細った十歳そこらの少年だった。皮膚のない、剥き出しの血管のいくつかから絶えず血を流し、命を損い続けている歪な存在。

 そんな彼は、自身と他人の血で周囲の色に溶け込むようにしながらその場に座り込んで、儀式の成功をじっと待っている。

 村人たちの声が尽きても、夜が終わりを迎えそうになっていても、微動だにすることなく、拙い魔法陣の中心を睨み続けている。

 健気な有様だ。そしてリリスが結論を出すには十分な時間でもあった。

 この出会いは、おそらく二度とない奇蹟。

 リリスは自らも門に手を伸ばし、少年の魂に自身の意識を伸ばして――

「――」

 少年も、そこでリリスを視たのだろう。死んだような瞳に、驚きと恐怖が宿ったのが解った。

 ただ、それはほんの一瞬だ。

「……ヨ、コセ」

 喋る事が苦手なのか、赤子に毛の生えたような発音が、耳に届いた。

 底無しの闇を孕んだ真紅が、こちらを真っ直ぐに捉えている。もはや揺らぎはどこにもない。

 その瞳から、此処に至った理由――ヴラド・ギーシュという名の『忌子(いみご)』の記憶も流れ込んできた。

 最上位の淫魔と人間の混血。

 凄まじい魔力と凶悪な特性を持って生まれた反面、日常生活に支障が出るレベルで身体がそれに適応出来ておらず、非常に短い時間しか脅威になれないという致命的な欠陥につけこまれ、下等な人間に支配されてきた哀れな存在。

 言葉もロクに教わることなく、彼はただただ村のために殺す事だけを要求され続けてきた。

 なにかを求める心など、彼にはないに等しかったのだろう。

 だが、彼は自身の世界を変える神子に出会ってしまった。

 悍ましい話だが、村にはもう一人似たような境遇の少女がいたのだ。無知な村人共が天泪(てんるい)を浴び神子として生まれた者を、同じように異物と交わって生まれ落ちた者だと誤認した所為で忌子にされてしまった少女が。

 そんな少女もまた鎖で繋がれ、その身に宿った特性を利用されて、時に村の生活領域を狭める『世界の膿』という名の猛毒の浄化に、時に男共の慰み者として扱われてきた。

 管理というものは、まとめて行う方が楽だ。故に両者は近いところに置かれていて、当然のように出会った。

 互いが互いを心許せる者とするのもまた、必然だったのだろう。

 忌子と神子という似て非なる二人は、そうして寄り添い、深く結びつくことになった。

 けれど、その時間は永くは続かなかった。

 村は自身たちを困窮させていた膿が消え、神子の価値が半減したと見るや否や、大金欲しさに彼女を売り払ったのだ。生贄の供物として使われる事を知りながら。

 彼等は、それでも問題なく日々が続くと信じていた。神子の存在が、彼等の生命線になっていただなんて知りもしなかった。

 結果はご覧の通り。

 成長と共に欠陥を克服していた忌子の少年は、自身を構築していた世界を完膚なきまでに壊し、約十年後に機能する、星を用いた儀式のために殺される事が約束されてしまった神子の少女の未来を取り戻すことを決めた。今の自分の力では到底届かない相手を殺すために、全てを費やすことを決意した。

「……なるほど、たしかにお前には、私を呼ぶ資格があったようだ」

 愛しい者を奪われた弱者同士、そしてそれをけして許せない愚か者同士、波長が合ったからこそ、この邂逅は成ったのだ。


 あの時の気持ちは、今でも鮮明に覚えている。

 ありったけの憎悪と、眩暈がするほどの歓喜。あれは、まさに再誕の熱だった。全ての後悔を殺し尽くし、全てを後悔させて余りあるほどの。


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