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君>世界   作者: 雪ノ雪
第六章『最善の悪』
69/114

06/方針を指せ

「正直さ、儀式自体にはあんまり興味がないんだよね。別にそんなの使わなくても欲しいものなんて手に入れられるし、そもそも僕が欲しいのは過程であって結果じゃないし」

 シャルロットを誘拐したその日、サラヴェディカに戻ったクーレは開口一番にそう言って、

「だから、君も興味がないなら……そうだね、七日後くらいには家に帰そう。リリスの面白い顔も見れたし、ヴラドと本気で殺し合える状況さえ用意できれば、僕として大満足だしね」

 庭園のような緑溢れる綺麗な場所にあった椅子に腰かけ、向かいにあった椅子を指してきた。

 おずおずとシャルロットが腰を下ろすと、彼はにこやかに微笑んで、

「此処はつまらないけれど、快適な世界だ。暮らしていくうえで困ることは少ないと思う。欲しいものも用意させるよ。……それで、どうする? 僕たちを指揮するリーダーになってくれる? それともヴラドの元に帰る?」

「リーダー、なんですか?」

「そりゃあ、そういうのは目標を掲げた人がやるべきでしょう?」

「たしかに、それはそうなのかもしれませんけど……あ、あの、どうして、私なんですか?」

 神子だからというのは判っている。でも、多分それだけではないのだ。むしろ、そんなものはついでで、もっと個人的な理由の可能性が高いのが、このクーレ・サーランタという人物のように思えた。

「始めて会った時と比べて、君がずっと生きているように見えたから。面白い旗を掲げてくれると思ったんだよ」

 無邪気な笑顔で、クーレはそう答えた。

 面白い旗、儀式、自分が叶えたいこと……頭の中を、乱雑な思考が駆け巡る。

「あぁ、ただし、選んだからには覚悟は示してもらうよ。僕が命を賭けるに足る覚悟をね。答えは、ヴラドが万全になるまでに出してくれると嬉しいかな」

 そう言って、クーレは颯爽とした足取りで庭園から出ていった。

 程無くして、草木の匂いが鼻孔に届く。

 きっと、血の匂いから遠ざかった結果だろう。

 シャルロットはひとまずリラックスしようと深呼吸をしてから、彼の話を整理する。

(……こんな機会、きっともう二度と訪れない)

 自分が儀式を利用できる立場になれる可能性が生まれたのだ。それだけでも、これ以上ない奇跡と言えるだろう。でも……

「リリスさんは、どうすればいいって、言ってる?」

 影の中にいる魔神に訪ねてみる。

「此処に居ない者の意見など、私に分かるわけがないだろう。私と彼女は別に繋がってはいないのだからな」

 現れたマヌラカルタは呆れたようにそう答えてから、

「だがまあ、貴様に腹芸が出来るとは思えない以上、すぐに帰ってこいと彼女は言うだろうな。私にもそう命令したはずだ」

「そう、だよね」

 天秤は左右に揺れている。

 心を固めたつもりでいても、迷いは決して消えはしない。

「だが喜べ、私は貴様の味方でいろとその彼女に言われているからな。新たな命令が来ない以上、私の最優先事項は貴様の味方である事だ。そして味方として進言するのなら、あの男の側につくべきだろうな。貴様が本当に、自身の願いに価値を持っているのなら」

「……」

 間違いなく、良からぬ思惑があるのだろう。自分が失敗したらいい事があるに違いない。

 でも、それでも、不思議とその後押しが決め手となった。貴方の思い通りになんてならないという反骨精神が、もしかしたら発動したのかもしれない。

 いずれにせよ、決まったからには行動あるのみだと、シャルロットはクーレを追って駆けだした。


                §


 そうして今日、シャルロットはその覚悟を見せる事となったわけだが、もう傷は治ったというのに、とてもではないけれど立っていられない後悔の嵐の中で、真っ白な廊下にへたれ込んでいた。

 涙はまだ止まらない。鼻水も大洪水、酷い有様だった。

 服もそうだ。上半身はボロボロで、下着とかも見えてしまっているし、こんな半裸のような恰好でヴラドに向かい合っていた事実に、頭がぼうっとするほどの熱も押し寄せてきていた。

(私、私、勢いでなんか、すごいこと言っちゃった気がする……!)

 あまりの緊張で正直何を口走ったのかも覚えていないが、なにか決定的な一歩を踏み出したことは理解していて、二人を裏切った事実も相まって、眩暈と吐き気にも襲われていた。

 そんな彼女に、背後から声が届けられる。

「シャルロット様」

 抑揚のない声。

 振り返ると、そこには無表情な女性の天使――正確に言えば、人間の肉体を天使が扱いやすいように改造した人造人間――が佇んでいた。

「どうぞ、お使いください」

 右手に持っていた替えの衣装の、上に置かれていたタオルをまずこちらに渡してくる。

 なんだか凄く恥ずかしいが、このままの状態でいるのも恥ずかしいので、

「す、すみません。ありがとうございます」

 と受け取って、顔をごしごしと拭いて汚れを拭うことにした。

 続いて服を脱ぎ、血を拭って、サラヴェディカが用意してくれた衣服を受けとる。

「……」

 女性の天使はずっとこっちを見ている。同性とはいえ少し居心地が悪いが、天使が此処に来たという事は、治療室に運ばれたクーレとシャイアの容態に変化があったという事だ。色々と状況も動きだすだろう。羞恥心を優先してはいられない。

「あ、あの、お二人の容態は?」

「クーレ様の傷は完治しました。シャイア様も命に別状はありません。ただし、そちらは完治までにおおよそ一週間(五日)程度必要となるでしょう」

「そうですか」

 ひとまずの安堵を零しつつ、いそいそと着替えを済ませる。

 済ませたところで、天使が言った。

「それと、客人を二人招待しておいたので、人前に出れる状態になったら第七庭園に足を運んでほしいと、クーレ様から言伝を預かっております。問題がないようでしたら、転移を行いたいと思うのですが」

「わ、わかりました。大丈夫です。お願いします」

 床に置いてあった、ほとんどが砕けて柄だけになってしまった細剣を手に取り、頷くと、目の前の空間が大きく裂けた。

 その先にあるのは、このサラヴェディカに初めて訪れた時に見た庭園と、まったく同じつくりの別の庭園だ。

 この世界は基本的に一つのオリジナルと無数のコピーで出来ており、部屋も庭園も廊下も、基本的には全部同じつくりをしている。クーレがつまらないといった一つの要素だ。

 ともあれ、そんな庭園に赴き、そこに設置された椅子に浅く腰かけて待っていると、同じように空間が開かれて、そこからプレタが姿をみせた。

 なんとなくその予感はあったので、特に驚きは覚えなかった。プレタの契約を使わせてしまおうと提案してきたのは、他でもないクーレだったからだ。

「プレタさん……」

「ずいぶんと思い切った事をしたみたいね」

 そう言う彼女の表情は何故か暗い。でも、その頬は少し赤らんでいて、

「……あの、なにかあったんですか?」

「依頼主との会談中だったのよね」

 ぽつりと、プレタは言った。

「契約が成立してさ、具体的な方針について話してるところでだよ、急にあたし立ち上がってさ、くるくるとその場で三回まわってワンって言ったの。ほんと、びっくりしたわ。依頼主以外周りにいなかったことが、不幸中の幸いね」

 その時のことを想像して、彼女の表情の理由を理解した。

「ご、ごめんなさい……!」

「別にあんたがその内容を命じたわけじゃないのは判ってるし、怒ってなんてないわよ。ただ恥を掻いただけ。嫌な汗を掻いただけ。それだけで、あの女から逃げられたんだから、上出来でしょ。ええ、上出来よ、上出来。……とにかく、ありがと」

 自分に言い聞かせるように言葉を繰り返してから、プレタは疲れてはいるが晴れやかでもある笑顔を、こちらに見せてくれた。

「ところで、ここのリーダーは本当にあんたって事でいいのよね?」

「は、はい、一応そういう事になってるみたいですけど、その……いいんですか?」

「あんたがリーダーじゃなきゃ、ここには来てないわよ。あたしも自分の運命を蚊帳の外から眺めてるだけなんて御免だし、陣営を選べるのなら信用できるところがいい」

 真っ直ぐそう言って、プレタは手を差し出してくる。

 その手をおずおずと握り返したところで、溢れてきた安堵に表情が緩んだ。

 数日一緒の場所にいたくらいではまったくよく分からないクーレと、ほぼ知らない存在たちばかりの中に、彼女が来てくれた事が心強くて仕方なかったのだ。

 その気持ちをそのまま口にすると、プレタは少し複雑そうな表情を見せて、

「……心強い、か。そう言ってくれるのは嬉しいけど、あたしにちゃんと出来る事があるのかは、正直微妙なところだと思うわよ。まあ、数くらいにはなると思うけど――」

「情報には種類がある。そして、君がもっている力は、おそらくサラヴェディカや私では難しい箇所を埋めてくれるだろう」

 不意に、か細い声が朗々と響いた。

 二人目が来たのだ。覚えのある声だった。

 振り返ると、そこにはリグチラがいた。彼女についてはまったく想定していなかったので、さすがに少し驚いた。

「リグチラさん、どうしてここに?」

「攫われた貴女を、私も独自に探していてね。コンタクトの術は得ていた。そして裏世界は私の所有物だ。それを中継点に、今日貴女が彼に向けて放った言葉もある程度把握している。だから、かな」

 淡々とした口調で、リグチラは言った。

 おかげで一時間ほど前の自身の行動をまた思い出し、胸中に悶絶を抱えそうになったが、頭を振ってなんとか追い払い、呼吸を一つ整えてから、重要な疑問を口にする。

「裏切るんですか?」

「いいや、私はどちらにも付くつもりだよ」

 しれっと、彼女はそう答えた。

 ヴラドを裏切らず、ルウォ帝国とも上手くやりながら、ここサラヴェディカにも根を張る。

 そんな姿勢が気に入らなかったのか、プレタが盛大な舌打ちをついた、

「こういう蝙蝠女は、懐に入れるべきじゃないと思うわよ」

「意外だな。冒険者にそのようなことを言われるとは思わなかったよ。報酬次第で敵味方をころころ変える人種に、そんな権利があるとも思わなかったな」

 感心したように、リグチラは言葉を返す。

 それを鼻で嗤って受け止めて、プレタは冷たい口調で言った。

「知ってる? そういう冒険者もどきって長続きしないし、当然上にも行けないの。誰を正しく選んで、誰と正しく距離を取るのか、それを理解してる奴が信頼を得る。信頼がなきゃまともな仕事なんて来ないし継続性も得られない。犯罪者には判らない事でしょうけどね。デューリ・コンク」

「ふむ、やはり情報収集能力は素晴らしいね。良い人材だ。私は歓迎しよう。貴女がどのような立場を表明しようがね」

「――む」

 刃を鞘に納めた相手に追撃をすることは躊躇われたのか、プレタはやや苦い表情を浮かべ、それでもやっぱり気に入らないという感情がまた顔をだしたのか、もう一言くらいは何か言ってやろうと口を開こうとしたところで、

「さっそく仲が良さそうでなによりだね」

 と、クーレの声が響いた。

 完治したという情報は貰っていたけれど、実際にこの目では見ていなかったので、シャルロットは慌てて振り返り、五体満足で顔色も良さそうな彼を確認する。

 これだけの回復力を持った施設か治癒師がいるのなら、シャイアも天使が言ったとおりの期日までには完治してくれそうだ。

 その事実に、ようやく完全に心が落ち着きを取り戻したところで、ふとクーレの恰好に目が向いた。

 彼は、今の自分と同じ、膝下までをすっぽりと隠してくれる白と青を基調としたワンピースみたいな衣装を身に纏っているのだが、それが非常に似合っていたのだ。というか、自分よりもはるかに着こなしている感じがする。

 それにちょっと複雑な気持ちを覚えていると、プレタの呼吸音が途絶えたことに気付いた。

 一体どうしたのだろうと視線を向けると、ぽかんとした彼女の横顔を目撃する。

 この感じは、以前にも見たことがあった。リリスに密着された時の反応だ。

 まあ、ヴラドとリリスの傍にいてその手の免疫が育っていなかったら、きっと自分も同じ反応をしていただろうと思うくらいには、超がつく美女なので納得感しかなかったけれど。

「ちなみに彼は男だよ。クーレ・サーランタだ」

 ぼそりとリグチラが言った。

 瞬間、プレタははっと我に返ったように硬直させていた身体を解き、やや後ろに姿勢を傾け、それからまじまじとクーレを見て、

「……そう、あんたが、あの有名な『ある種の絶望』さんなわけね。納得だわ」

 と、戦慄をはらんだ声でつぶやいた。

「その綽名さ、意味がよくわからないんだよね。あと、あんまり格好良くないし。つけるならつけるで、もっといい感じなのにして欲しいんだけど」

 そう彼がぼやいたところで、再び空間が開かれ、ウィンとノスティワが姿を現した。

「どうやら、犠牲なく乗り切る事が出来たようだな。では、さっそく今後の展望について聞きたいのだが」

「その前に、情報の共有をお願いしたいんだけど? あたし、ついさっき突然やって来た無表情な奴に、必要最低限の事しか聞かされてないから、事情とか全然判ってないのよね」

 ウィンの発言に、プレタが口を挟んだ。

 その視線はクーレに向けられている。本来ならリーダーであるシャルロットに向けられるものだが、誘拐された被害者でもあるという点が、そちらを選ばせたのだろう。

 その元凶であるクーレは、思案するように口元に手を当て、数秒ほどの間をおいてから、視線をノスティワへと流した。

「任せた」

「何故、私が?」

 怪訝そうに、彼女は軽く眉を顰める。

「もちろん、一番向いていそうだからだけど?」

「……」

 周囲を見渡して納得したのか、ノスティワは小さく吐息を零し、淡々とした口調で理路整然とした説明を行った。

 そして、それが終わったところで、

「一応言っておくけれど、私は彼女を代表にする事やその目的に賛同しているわけではない。そのあたりは間違えないで欲しい」

 と、自身のスタンスを提示する。

 この場にいる事自体が不服といった様子だ。

「けど、儀式を求める者の中では、おそらくこれが最も平和的な部類の願望だ。君の目的は世界の継続だろう? 拒む理由もないと思うけど?」

 愉しげに、クーレが言う。

「わかっている。だから、抵抗もしていない」

 疲れたように言葉を返し、ノスティワはそこで視線をこちらに向けてきた。

「……一つ確認をしたいのだけど、なぜヴラド・ギーシュは自身の死を受け入れているのか。貴女は、それを正しく理解している?」

 ある程度の憶測はあるけれど、正しい理解かと言われたら難しいところだった。

「神子ではない事が、関係しているんじゃないんですか? 仮に儀式の勝者になれても、自分が生きていられない事が決まっているから、とか」

「極日に行われる儀式は、おおよそ全てを叶えるだけの力を持っている。死者を復活させる事も、時を巻き戻すことも、このルーメサイトをより上位の世界へと移行する事だって、おそらく不可能ではない。神子ではないものを神子にすることなど、それこそ造作もないはず。そして神子同士の戦いというのは基本的に短期決戦。まして他に神子がいない勢力ならば、最後に戦うというのが絶対条件となる。自身の身体が手遅れになる前に終わらせるという選択は、そこまで非現実的ではないし、願いと併用して身体を修復させる事も、それほど難しい事ではない」

「じゃあ、どうして……?」

「彼らが儀式の効果を正確に把握していない可能性。或いは、自身の命と引き換えに、より成功率の高い道を選んだ可能性が考えられる」

「あり得るとしたら後者だろうね。前者は絶対にない」

 と、クーレが口をはさんだ。

 それが気に入らなかったのか、ノスティアの目がわずかに細められる。

「どうして、絶対なんて言い切れるの?」

「それを語ってる子が、おそらく、とか、おおよそ、なんて言葉を使ってるからだよ。その程度の理解でも判ることを、あのリリスが判らないとは到底思えないね」

「貴方は、彼女の正体を知っているの?」

「さあ? あんまり興味はないかな。そんなの考えても意味なんてないしね」

「意味が、ない?」

 ノスティワの表情に戸惑いが過よぎった。

 それだけリリスという存在を意識しているという事なんだろうけれど……そんな彼女を他所に、クーレは言う。

「それよりヴラドの話に戻すけれど、一番可能性が高いのは、儀式の勝者になる前に自分が死んでいるという前提が、彼の中にある場合だ。要は悪魔の契約だね。可能性は人間が持つ最大の価値みたいだし、選択肢という可能性を代価に、リリス本体にある程度の負担を肩代わりさせる事にでもしたんじゃないかな? たしか、マヌラカルタの不死性も、アンフェノの炎よりは弱いんでしょう?」

「それは、誰から聞いた情報だ?」

 話題に挙げられた不死の魔神が、面倒そうに陰から出てきて言った。

「違うの?」

「色格については五分のはずだ。仮に僅差で劣っていたとしても戦闘を完遂する程度の時間なら問題はない。工夫次第では儀式にも十分間に合う。そのような契約をする必要はない。……ただ、本体の肩代わりはすぐに機能するものではなく、馴染ませる期間が必要だ。最低でも数年、場合によっては十年近くな。そして、その当時に私を手に入れられる目途が立っていたとは思えない。どこにいるかも知らなかったはずだ。当然、私を前提にプランが組まれていたとも考えにくい。以上の事から、貴様の推測が正しい可能性は高いだろう」

 つまらなげにマヌラカルタはそう言って、また影の中に引っ込んだ。嫌々ながらも、会議に参加してくれたといった感じである。

 でも、説得力のある情報の補強だったと思うし、この線を支持するのが良さそうだ。

「……仮にその通りだったとして、クーレさんはなにが問題になってくると思いますか?」

 と、シャルロットは質問を投げかけた。

「もちろん、ヴラドの合理性だろうね。仮にこの先、こちらが望むような展開が続いて、誰も失わずに全てを手に入れる準備が出来たとして、それが本当だと証明できたとしても、奪われている選択次第ではそれを選べないわけだから、無茶苦茶な行動を取ってくる怖さがある。最悪、儀式を決する日になれば、どんな状況だろうが不死を起動させリリスの力をもって特攻する、なんて未来しか残っていない可能性もあるわけだし、その場合に備えて彼から不死系の核を全部奪っておく必要も出てきた。これもなかなか大変そうだ。リグチラ、君の方でなんとか出来そうかい?」

「彼は重要な核を常に手元に置いている。結界も複数張られているし、比較的管理の甘い二等級相当であっても、私では無理だろう」

「まあ、そうだよね。……そんな感じかな?」

 軽く肩をすくめて、クーレが話を締めくくる。

 と、そこで、落胆とも取れるため息が届けられた。ノスティワだ。

「自惚れた時間。杞憂もいいところ」

「水を差してくるね。もしかして拗ねてるの?」

 呆れたようにクーレがわらう

 しかしそれには取り合わず、彼女は淡々とした口調で言った。

「当たり前のことを言っているだけよ。現状、我々はとてもではないけれど争いに参加できるような立場にいない。この陣営には足りないものが多すぎる。特に問題なのは、神がマヌラカルタ一枚しかないという点。他に神子がいれば強力なカードとして使えただろうけれど、一人ではあまりに脆弱。物量で抑えられる神子など脅威にはならない」

「つまり、彼女の強みを活かすためにも、まずは神子を抱えているところと同盟を組むのが大事って事でしょう? もちろんわかってるよ」

「その機会を一つ、みすみす台無しにするつもりなのも、大きな問題」

「君もくどいなぁ。まあ、たしかに、僕が王としてザーラッハの繁栄を目的にしてるなら、彼女は味方になったと思うけど、それ以外で彼女が味方になる事はないと思うよ」

「演じる事は出来たはず」

「僕に詐欺師の才能があると思っているのだとしたら、君の目玉は相当に節穴という事になってしまうな。ガジャもそう思うでしょう? ねぇ?」

「な、なんで急に呼びだすんだよ?」

 影から現れた岩のようにごつごつした巨大な悪魔が、困ったように言う。

「まだ挨拶をしていなかっただろう? こういう事はちゃんとしておかないとね」

「別に話すことなんてねぇよ」

 と言いつつ、彼は自己紹介をした。

 それに満足げな笑みを浮かべつつ、クーレが話を続ける。

「さて、情報が一つ共有されたところで、また本題に戻ろう。候補はどこがいいか。僕は余所者がいいと思っているけれど」

「アルタ・イレスと手を組むというの?」

 ノスティワの眉間に、やや深い縦皺が刻まれた。

「サラヴェディカの情報によると今のところは傍観者なんだろう? だったら勧誘するのはありなんじゃないかな? もちろん、君が数日前に発見した、頭上の彼等でもいいけどね」

「そちらは絶対に許可できない。もし手を組めば、他の全てが敵になる。その先に待っているのは破滅だけよ」

「じゃあ、君はどこを推すんだい?」

「クリスエレス」

「――」

 その言葉を聞いた瞬間、心臓が少し収縮した。

 すでに過去ではあるけれど、それでもなかった事にならない傷痕の故郷。

「此度の協同で、クリスエレスはザーラッハとの関係を白紙に戻した。それは即ち、アルドグノーゼに対抗する力を減衰させたという事。その状況下において、サラヴェディカの力は彼女も有用と感じるはず。成果もすでに見せているしね。そして神子ではないが、一度は私の力が使えるという事実は、アルドグノーゼと構える際にも大きな価値を持つ」

「少し、話を戻したいのだけれど、アルタ・イレスの方には問題がないというのは、どういう理由でなのかな? 彼女も外神なのだろう? 外からの脅威という点では同じはずだが」

 軽く右手を上げながら、リグチラが訪ねた。

「ルシェド・オルトロージュもそうだけど、彼女は正式な手続きを用いてレティソラエールの許しを受け、この世界に滞在している。彼女は『最疫』という名が生まれる前からこの世界に居るの。もはや帰属に近い状態。そしてこれまで特に大きな問題も起こしていない。だからよ」

 ノスティワが淡々とそう答え、再度こちらに視線を向けてくる。

 それが意味するものは明白だ。

 目的を果たすうえで、戦力の確保は必要不可欠。ただ、最後に決別する可能性が高い事を考えるとシャルロットたちが打倒できる相手でなくてはならない。アルタ・イレスはそういう意味では不明瞭だ。逆にスロウの戦力はノスティワがよく知っている。懸念なのはもう一人の神子であるユーリッヒの存在だが、彼が最後まで残らない事を前提に話を進めるのは、そこまで強引な考えではないような気もしていた。

「……クリスエレスと手を組もうと思います」

 感情を噛みつぶして、シャルロットは決定を口にする。

 口にしたところで、突然世界が揺れた。

「発生源を映して」

 静かなノスティワの言葉に従って、庭園の頭上に映像が浮かび上がる。

 巨大な舟。先程クーレたちが話していた異世界からの勢力だ。この位置と舟の規模からして、おそらく大陸のどこから見上げても発見することが出来るだろう。

 その巨大な舟の砲門から一斉に掃射された魔法砲撃が、クリスエレス、エンシェ、ザーラッハ、ルウォを重点的に捉えつつ、大陸の全てに降りそそがれる。

 無差別攻撃だ。世界侵略の表明と言い換えても差し支えないだろう。

「たしかに、これと組んだら全てが敵になっていたみたいだね。残念」

 なにが残念なのかはまったく分からないが、クーレが軽く微笑んだ。

 それに小さく吐息を零しつつ、ノスティワが言う。

「交渉するには都合がいい。……今、彼女に情報を送った。クリスエレスへの門を開く。問題はない?」

「……はい」

 正直、心の準備が欲しかったけれど、こういうのは勢いだという気持ちのもと頷き、シャルロットたちは故郷へと足を踏み出した。


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