04/下準備は念入りに
大陸北東にある宣言都市群と呼ばれる一帯で発生した戦場を、ヴラドは飛竜と共に強襲していた。
雇われた身ではないので、戦場に味方はいない。
両軍を殺して回って、核を乱獲することが目的だった。
八分弱、おおよそ七千五百人ほどを斬り殺し、百程度の核を補充したところで、
「もう十分でしょう。体調の方も問題はなさそうね」
と、リリスが言った。
あぁ、と頷き、飛龍の背に戻り戦場を離脱する。
その際に、少し眩暈を覚えた。これが実際の体調だ。血液はまだ足りていない。痛みもいたる所に残っていた。四日休んでこれだ。ウィンとの戦闘は、思っていた以上に尾を引いている。完治までにはもうあと四日は必要だろう。
(四日、か)
儀式まではまだ時間がある。大したロスではない……そう言いたいところだが、休んでいた四日の間にも色々な事が起きていた。
中でも特に大きかったのは、シャイア・テキーラが明確にタシネルに対して敵対する姿勢を見せた事だろうか。理由はもちろん、ユーリッヒが都市もろともヴラド達を殺そうとしたのを許可したためだ。
結果、ザーラッハは彼女を支持した現皇帝と、タシネルを支持した第一皇子の二つの勢力に分断されてしまった。
それを知った時のやりとりを、少し思い出す。
「第一皇子がタシネルの側についたのは、女元帥の強硬を遅らせるためでしょうね。あの女元帥が単独で力を揮えば、ザーラッハに対する反逆行為という事で、エンシェとクリスエレスの介入を受ける可能性が高い。奴等は都市を巻き込んだ戦いを強いるでしょう。そうなれば三割程度の人口があっという間に消えるわ。あの女元帥にそれを凌ぐ術はない。仮に全てを諦めて障害を排除することだけに専念したとしても、そもそも勝ち目も薄い。良くてクリスエレスの神子を道連れに出来るくらい。色々とよろしくないわ。だから、まずは皇族同士の後継問題というカタチにして外部の介入を嫌う流れを作った」
「そうやって時間を稼いで、そのあとは?」
「悪あがきでしかないんだから、なにもないわよ。きっと、奇蹟でも願うんじゃない? 忌々しい奇蹟でもね」
そう答えたリリスの声には憎悪があった。
「……クーレか」
サラヴェディカを手中に収めた男。
奴ならどんな出鱈目を起こしても不思議ではない。身内ならその理不尽さもよく判っている事だろう。
「そこを突くんだな?」
「奴が関与を避ける理由もないでしょうしね。――ちょうど、情報も届いたわ。次の奴の行動に関する情報がね」
「誰からのものだ?」
「あの記者もどきよ、奴等も結局軍門に下ったみたいだからね。恙なく内通者になってくれた」
「悪魔の契約を使ったのか?」
「いいえ、それを盾にしながらの真っ当な取引よ」
「気付かれていなければいいがな」
「気付かれていたとしても、計画の大本を変える事はしないはずよ。だって、それって逃げたみたいに見えるでしょう?」
クーレはそんなことはしない、とリリスは確信を持っているようだ。
まあ、それに関しては同感だった。一番安全な手は打たずに、その上でこちらの殺意を乗り切ることを奴なら選ぶ事だろう。……もっとも、前回の件もあるので、お互い他の選択肢も頭には入れているが。
「場所はミッテル自然公園、ルウォ・ステラ要塞と首都アンシェルのちょうど中間点にある公園ね。どうやら五日後、皇族共はそこで和解交渉を行うみたい。エンシェはもちろん失敗すると踏んでいるでしょう。たかが五日で状況をひっくり返せるカードを用意できるとは思っていない筈。女元帥の死は計算に入っている。そう考えると、あらためて、あの灰公爵はわたしたちを始末するためにずいぶんと大きな対価を払ったものよね。女元帥はルウォとの戦争で役立てたかったでしょうに、おかげで読み違えた。……わたしには、こういう頭の悪さが足りていない。学んだわ。だから、それを参考にしようと思うの。奴を殺すには、それこそが必要な気がするから」
「なにをするつもりだ?」
「新しく領土魔法陣を作る」
「五日以内にか?」
領土魔方陣、或いは都市魔方陣と呼ばれる魔方陣は、通常の魔方陣と違いその都市で生きている人間の魔力を少しずつ吸収していき、そうして蓄えた膨大な魔力の下地を元に構築される。
神子ならば数日程度で用意することも可能だが、それ以外がとなれば、どんな性能の魔方陣であっても一月(百日)は掛かることだろう。
「貯金箱を叩き割ってしまえば必要な魔力は用意できるわ。戦場でそれなりの純度の核を乱獲すれば、必要な『点』も揃えられる」
「一等級を切るのか?」
現在、リリスがそう分類している核は全部で七つ。そのうちルシェド戦で絶対に必要なのは対消滅と不死だ。
ゆえに、他は確かに失っても致命傷にはならないが……
「元々あれは他の一等級と比べても使いどころが限られていたから、ここで切ってしまっても問題ない。最大の優位性を得た中で、最大の火力を、最大規模で叩き込む。これならさすがに奴も対処できないはず」
「シャルロットが一緒に行動していた場合は?」
「あれは不死よ。問題ない。そもそも、サラヴェディカ内に閉じ込めておくでしょう。どうせ、お前と全力で殺し合うための交渉材料でしかないんだから」
あの時、冷たくそう吐き捨てたリリスには、焦りの色が滲んでいた。
特殊な核を使う事に慎重だった彼女が、確実かどうか怪しい手のために一等級と定めたものを手放そうとしているのだ。或いは、確実ではないと考えている自分の認識こそが、クーレを過大評価しすぎているだけなのかもしれないが、いずれにしても普段の彼女らしくないのは明白だった。
それは、二日が経過した今もそうだ。
らしくない、という自覚を抱えたまま、自信もなく博打に出ようとしている。
今までも綱渡りはこなしてきたが、そんな事は一度もなかった。内心はともかく、実行役であるヴラドに不信を与えないよう、彼女は常に優雅で投げやりな、この程度なんの問題もないといった姿勢を固持してきたからだ。
……今からでも、止めるべきなのかもしれない。
しかし、結局それを口にする事は出来なかった。それに代わる案を用意する事が出来なかったからである。
§
リグチラと話をつけてペドリツァーノをミッテル自然公園の付近に移動させ隠蔽させたところで、リリスは一人外に出た。ヴラドを伴わなかったのは回復を優先させての事だ。戦場での動きは問題がないように見えたけれど、別にここでの細工に彼が絶対に必要なわけでもなし、本番では可能な限り万全であって貰わなれば困る。失敗は許されないのだから。
(……無駄に気負っているわね)
らしくない自分にため息をつきつつ、気持ちを落ち着かせようと周囲を見渡す。
ミッテル自然公園はおそらく大陸でもっとも広大な公園だ。観光地でもあるのだが、一部は皇族の私有地であり、会談に使われる事も時々あるらしい。
実体化はしていないので、私有地に入るのは簡単だった。
下見をして、どのような魔法陣を組むのかを吟味する。
線を描くのはヘカテに借りた透明化した三人の契約者だ。リグチラに頼らなかったのは、なんとなく。強いて言えば、ヘカテの兵の方が、練度や魔法陣の理解度が高そうに思えたから。
そんな彼等の手を借りて地中に魔法陣を描き、点となる部分に保存の魔石に入れた核を埋め込む。
作業は順調。魔力の隠蔽も完璧だ。元々この公園に描かれていた魔法陣に抵触しないように陣を二つ描く事には少し苦労したが、まあ、それも上手く出来た。
明日、七時間くらいかければ、無事に完成まで漕ぎつけるだろう。
「本日は此処までね、ありがとう」
私有地を出たところで、心にもない言葉を並べて三人を帰らせて、リリスは独りになった。
真夜中だ。星と、隠れたつもりの舟が綺麗。
やや強い風によって舞った花びらたちは、ライトアップによってより幻想的に映っていて、少し現実を忘れさせてくれた。
その所為だろうか、目蓋の裏にふと彼女の姿が浮かびあがる。
……懐かしい笑顔。久しく忘れていた暗色。
会いたい。会ってすぐにでも抱きしめて、その魂の冷たさを感じたい。彼女の聲が聞きたい。それが全てだ。今自分が此処にいる全て。
その事実を強烈に思いだし、視界が明滅するほどの憎悪に溺れる。ヴラドの中に居たら、きっと処理できなかった激情。
(……駄目ね)
本質と切り離しているというのに、最近精神状態が安定していない。
期限が迫っているというのがもちろん一番の要因だが、それ以上に怖いのだ。
上手く行く自信がない。自分で提案しておいて、本当にこの選択が正しいのかわからない。
そんな不安が、今度は幼い頃のヴラドの影を連れてきた。
言葉すら上手く喋れなかった獣のような少年。スタートした時はとにかく問題だらけで、彼も今のように圧倒的な力を持っているわけではなかったから、とにかくすべてが不確かだった。
当時は、本当に自身の無力さに気が狂いそうだった。全てを焼き払ってしまいたくて仕方がなかった。
(……でも、今は違う、か)
どれだけ不安でも、そういう感情は襲ってこない。代わりに、頼る気持ちが強くなった。なぜなら、彼は自分の期待以上の結果を出してくれているからだ。
(人間如きにする評価ではないわね)
苦笑と共に、精神の揺らぎが過ぎ去るのを感じ取る。
そうして落ち着いた心のままに、彼女は自身を信じるように呟いた。
「雪辱を晴らす。今度はちゃんと殺してあげるわ。クーレ・サーランタ」




