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君>世界   作者: 雪ノ雪
第六章『最善の悪』
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02/他人事の自分

 サラヴェディカとは広大な箱庭だ。規模としては大体、ペドリツァーノの裏世界を数千倍くらいはあるだろうか。

 その中の一室に、ノスティワは居た。

 クーレからは最低限の魔力しか提供されていないので、相変わらず少女の姿のままだ。これはリリスの状態に非常に似ている。

 何とも不自由で、何とも心細い有様。その所為だろうか、目覚めた直後の恐怖の余韻だけが、身体と心に出来た隙間みたいに気持ち悪くこびりついている。

(……私は、何故死んだ?)

 気持ち悪いといえば、そのあたりの記憶の欠如もそうだ。

 サラヴェディカに繋がれば、情報として自分が奴に殺された事はわかるが、体験という名の情報が見当たらない。

(そもそも神子でもないモノと契約をして、私は何がしたかった?)

 これも、ザーラッハという国を動かすためだというのは分かっているのだが、やっぱり他人事だ。それを実行した当時は自分の考えであり自分の決断だった筈なのに、いつのまにか他人事になってしまっている。

「……はぁ」

 思わず、ため息が零れた。このまま部屋でじっとしていたら、更なる虚無感に襲われそうだ。

 それを嫌って、ノスティワは部屋を出た。

 いったいどういうつもりかは不明だが、サラヴェディカ内での行動に制限はないし監視の類もないので、気ままに散歩は出来る。

 その最中になんとなく周囲の気配を探ってみるが、皆忙しそうだ。そして、覚えのある気配は何一つなかった。

 ここの主であるノスティワは、彼等にとって果たしてどのような存在だったのか……この際だ、誰かと話をしてみるのもいいかもしれない。けれど、邪魔をするのもあれだ。

(話し相手になれそうな者は、いないものだろうか……)

 感知範囲を広げると、一つの存在が目に付いた。

 煩雑さを一切孕んでいない、静かすぎて目立っている、そんな矛盾を孕んだ存在。

 惹かれるがままにそちらに向かうと、そこには一人の男性が佇んでいた。

 名前は目視した瞬間に解る。

 ウィン・クラヤナード。傭兵。『真深夜(レドゥフォドゥン)』の中で最も高い評価を得ているノイン・ゼタの第三位。……どうでもいい情報ばかりだ。

「何故、まだここにいるの?」

 クーレが連れてきた彼もまた、別に拘束されているわけではない。すぐでも自分の場所に戻る事が出来たはずだった。だが、彼は此処に残る事を選んだ。その理由をノスティワは知らない。もちろん、サラヴェディカを用いれば知ることも出来ると思うし、そこから得られる情報の方が確実なのは分かっているが、これもまたなんとなく、彼の口から答えを聞きたいと思ったのである。

「ルシェド・オルトロージュについて、貴方はどの程度把握している?」

 静かな声で、ウィンは訪ね返してきた。

 アルドグノーゼと同格と思われる外神を宿している人間。世界で最も強い傭兵。ノスティワが知っているのはこれくらいだ。

「彼がこの世界を滅ぼすつもりでいる事については?」

「その可能性についての考慮は、されていたわ」

 もっとも、どの程度真剣に向き合っていたのかは定かではない。まあ、きっと夢想程度の認識だったのだろう。それに対するカウンターの類は殆ど存在していなかった。

「貴方はどうして、そんな男の傍に?」

「そこが最も彼を殺せる機会に恵まれていたからだ」穏やかな口調で、ウィンはそう答えた。「まあ、今のところ全て未遂に終わってしまっているが」

「……その現状を打開する可能性を、あの男に感じたとでも言うの? でも、あの男もただの人。私と契約したといっても、その力を存分に揮えるわけじゃない。だから、あの男の側についても何も意味はない」

「そういう価値を、私は求めていない。結末が変わるなど私は思った事がない」

 きっぱりと彼は言った。

 ノスティワには、意味が解らなかった。

「では、どうしてその行動を続けているの?」

「過程こそが全てだからだ。抗っても無駄だから大人しくするというのは、私の性分ではない。足掻くという過程こそが私にとっては重要だ。或いは全てを突き詰めた先の結末だけが、納得をくれると信じているからかもしれない。彼も、そのようだった。生命の結末などそもそも一つきり。だからこそ、なにを得るかではなく、なにをするか、それこそが重要なのだと彼は言っていた」

「つまり、共感したから手を組むことにしたという事?」

 まったくもって理解が出来ない。

 まあ、それも当然と言えば当然。相手は人間であり自分は神なのだから、むしろ理解する必要すら――

「転生して早々では難しい話かもしれないが、こういう感覚は、貴女にとっても必要なものとなるだろう」

 思考を読み取ったみたいに、ウィンは言った。

 これまた意味不明だ。

「転生?」

 ノスティワは原初の神である。

 ルーメサイトという世界が誕生して程なくして生まれた存在だ。

 たしかに現在、記憶の受け取り方に問題が生じているが、それだって別に……

「……なにを、知っているの?」

 無意味を好む者の無意味な戯言だと流せばいいだけのはずなのに、何故か無視できなかった。

 そんなノスティワに対して、彼は言った。

「目覚める筈のない神が目覚めた。それはけして偶然ではない。ルシェド・オルトロージュが、貴女を起こしたんだ。そして私もその場にいた。彼が手を加えなければ、ノスティワが再起動する事は永遠になかっただろう。それほどまでに、ノスティワという装置は壊されていた」

「――」

 不意に、蒼い炎が脳裏にちらついた。

 途端、全身が冷えていく。思わず自身の身体を抱きしめてしまうくらいに、それは強烈な寒気だった。

「彼は破損した部分を補うために、そこに別のものを埋めた。人間の魂だ。大陸に残留していた、死後十日以内の誰かの魂を、装置の制御機能と結びつけて再起動させた。つまり、貴女のその精神は神ではなく人間のものだという事だ。そういう意味では、貴女という存在は神子に近いともいえるな」

「……信じられない話。そもそも、何故そのような事をしたの?」

「サラヴェディカの完全な機能が必要になるからと言っていた。他はともかく、貴女だけは復活させる必要があるとも言っていたな。具体的な内容は語られなかったが……まあ、適当に並べただけの言葉の可能性もなくはない。先程も言ったが、彼は世界を滅ぼすつもりでいる。だがそれは目的ではなく過程だ。より多くの、より大きな死を束ねることで、儀式の効果を最大限にするための準備に過ぎない。原初の神の死はこれ以上ないほど大きな糧となるだろう。それ以上の理由など、彼にはおそらく必要ない」

 今の状態でも、おおよそ全ての願望を為し得るだけのエネルギーはあるはずだ。にも拘らず、まだ足りないと思うような目的とは一体何なのか。

「それについては私も知らない。ただ、ノイン・ゼタという存在が関係しているのは確かだろう。彼は多くの価値を瞬く間に路傍の石に変えてしまうような男だが、そんな彼が唯一普遍のように扱っている存在が、その名だからな」

「……」

 ノイン・ゼタというのは、おそらく契約相手の名称だ。

 ルーメサイトにそのような名前の神はいない。故に、彼は外神の契約者だと多くの神が認識していたわけだが、名前以外の情報は驚くほどに少なかった。

 有用そうなものはたった一つ。アルドグノーゼに匹敵しかねないほどの出力が検出されたという記録がいくつかあるという事くらいだ。

 本当に、得体が知れない相手。

 ――と、そこで、ふと彼の言葉が木霊のように頭の中で再生された。人間の魂、という言葉だ。

「仮に貴方の話を信じるとして、では、この私は誰なの?」

「名前は知らない。彼はたまたま目に入った魂を選んだように見えた」

「そう……」

 ウィンと別れて、一人になる。

 彼の話をどの程度信じるべきかを、そこで吟味する。

 なぜ、このタイミングで自分は目覚めたのか、儀式が間近に迫った時期だ。たしかに偶然はありえない。そして、ルシェド・オルトロージュという存在だ。得体の知れないあの契約者は、ルーメサイトのルールを完全に無視した力を揮う事も可能であり、だからこそ、本来ありえないと思える事象も引き起こせるという理不尽を孕んでいて……

「……私は、誰だった?」

 自らに問い掛けてみる。

 今ある答えは一つだ。ノスティワ。それ以外の何物でもない。

 ただ、彼の言葉を聞いた事で、どこか他人事だったこの感覚の正体に気付けて、そのおかげだろうか、上手く使えなかった記憶の引き出しの鍵が開いたのを感じた。

 これは人間の魂が、ノスティワという装置に馴染んできた証という事なのだろうか? ……いずれにしても、これで不透明な部分を埋める事が出来るようになったわけだ。

 彼女は眼を閉じ、さっそくぼやけていたノスティワという存在の記憶――或いは記録というべき過去に向かって飛びこんだ。


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