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君>世界   作者: 雪ノ雪
第六章『最善の悪』
64/66

01/臆病者の神さま

 儀式を手にするために大陸に上陸したガリブロード公国を待ち受けていたのは、絶対的な格差だった。

 これまで三人の神子を擁し、今はそこに原初の神まで加えたこの超大国は、過去三百年常勝不敗を貫きつづけ、二つの大陸を支配し、二十五億の民を抱えるほどに巨大になった実績があったのだが、その圧倒的なはずの強度は、たった一人の神子を前に崩壊したのだ。

 手始めに、戦略兵器たる神子の象徴である魔法が支配され、その魔法によって兵達は全滅。

 侵略に踏み切った一番の要因であるエルラカも、ただただ圧倒され、魔法の支配権こそ奪われはしなかったが使う事を禁じられて、為す術なく殺されてしまった。

(……強すぎる)

 あまりの現実に、思わず笑みが零れる。

 だが、その笑みは更なる絶望によってすぐに歪んでしまった。

 アルドグノーゼは神子を二人殺さなかった。魔法を略奪できる程度の神子なら、条件さえ整えてしまえば支配もできるからだ。

 その条件を為すために、彼は言った。

「我が治めるこの大陸に無断で踏み入った身の程知らず共には、我の手足となる栄誉を与えよう。ガリブロードだったか。七日やる。七日で全ての人民を殺し尽くせ」

「――」

 既に折れていた神子の心は、それに抗う事が出来なかった。

 巨大な空間が開き、彼等の首都が見下ろされる。

「……よろこんで」

 吐きだしたかった「止めろ」という言葉を支配が呑みこんで、二人の神子は涙を流しながら、返された魔法を用いて自身たちが築き上げてきた世界を滅ぼす最初の破壊を解き放った。


                §


 涙を流しながら、狂ったように笑いながら、二人の神子が殺戮に溺れている。

 それを命じた支配の王は、しかし対照的に冷ややかだった。いや、むしろ自身の命令にイラついているようですらある剣呑さで――

「……虚しい結末だな、シシカ。そこらの神子と同じように抵抗すらできず、そんな状態で我に挑んで何がしたかったというのだ? …………いや、違う。すでに貴様はいないのだったな。我の前に立ったのは、ただのエルラカ。予備人格のお粗末さは見るに耐えん。本当に、何一つ理解していない。……あぁ、そうだ。だからこそ、我こそが疑いの余地なき頂点なのだ」

 そこで、顔の半分を右手で抑えて、アルドグノーゼは苦しげな呻き声をあげた。

 眼を閉じた先に、暗闇はない。

 いつだって、そこにあるのは全てを焼き尽くす蒼だけ。

「……もうじきだ。もうじき貴様も消し去ってくれる。我を脅かすものなど、一つとして許されはしないのだから。なに一つとして……!」

 燃え盛るガリブロードと壊れていく二人の神子を背景に、アルドグノーゼはありったけの憎悪と、それでも包みきれない恐怖を噛みしめるように、その決意を吐きだした。


                §


 ガリブロード公国の軍隊が全滅したという報せが届けられた。

 ちょうど事が起きてから一時間後の事だ。情報の精度は十二分で、映像もある状態だった。

「さすがはアルドグノーゼといったところか、圧倒的だったな」

 と、アブロイが呟く。

 どこか感心したその物言いが気に入らなくて、隣にいたチュルはそれはもう露骨な舌打ちをついた。

「エルラカってのが弱すぎただけだろうが。残りの三人もそうだけど。ってか、それ以前に愚行が過ぎる。なんで格上の神子相手に逐次投入じゃなくて同時投入なんてしてんだ? 時間を使わせて消耗させる事こそがなによりも大事だってのに、同じ原初だからそれが正解だとでも思ったのか。なんにしても分不相応な間抜けが一つ消えた事に変わりはないが……なぁ、今の状況ってのは、どうなってるんだっけ?」

「現状、有力候補は大きく分けて四つ。それがどこなのか、君は理解しているか?」

「ザーラッハ、ルウォ、ミッドラインダ、そしてオレたちエンシェだろう?」

「やはり報告書の内容を確認していなかったようだな。ミッドラインダは既にエンシェの陣営だ。カラエルは我らの元にいる」

「リズの奴、力を使ったのか? 気配は感じなかったが」

「無論、マウロの功績だ。彼女が与えたのは知識に過ぎない」

「つまり、カラエルはやっぱり正しい器を手に用意できていなかったって事か。それをルウォ・アルドグノーゼに提示出来れば、奴が剣を振り下ろすのに躊躇う事もないだろうしな。それを脅しに使えば、誰でも協力関係は結べる」

「リズの存在を、ルウォ・アルドグノーゼに気付かせても良いのならな」

「なんだよ、あの餓鬼のこと妙に買ってるじゃねぇか?」

「妥当な評価だ。むしろ、君が過小評価しているといった方が正しいだろう」

「はっ、どうだかな」

「そう拗ねるな。別に非難しているわけではない。過小評価という点では、私もリズもアルドグノーゼに対してそうだったしな。正直、ここまで強硬に事を為すとは考えていなかった。この分なら、たとえカラエルが白紙の神子を手にしていたとしても、決着は早かっただろう。或いは、我々との決戦も前倒ししてくるかもしれないな」

「はっ、思ってもねぇこと口にしてんじゃねぇよ。さっきも言ったけど、敵が弱かったから踏み込んだだけだろう? オレとリズの二人なら、まあ、勝てるかどうかはともかく勝負にはなる。確実に次に支障は出るだろうさ。簡単には仕掛けてこねぇよ、あの臆病者は」

 アルドグノーゼの独白という情報については、エンシェ側は何一つ手に入れる事なく、あくまで力関係と結果だけを手にしていた状況だったのだが、チュルは確信を持った口調で支配の王の本質を断言した。

「……なるほど、それは良い所感だ。君がそう言うなら間違いないのだろう。そんな君に訊くが、中軸を失う事なく確実に勝つためには、あと何が必要だ?」

「今見た雑魚でもいいから神子が二人。それで十分だろうさ。消耗戦させて、一割か二割出力削ったところで仕掛ければ完勝だ。用意できるなら、今すぐにだってやってやるよ」

 殺気を滲ませ、獰悪に微笑みながらチュルは言う。

 退屈な事務仕事はもううんざりで、さっさと殺し合いをしたい気分だったのだ。

「それは難しい注文だな。あぁ、だが、私も同意見だ。だからこそ、エルラカは手に入れておきたかった。どれだけ力差があろうが、神子である以上数の優位は得られるからな」

 淡々とした口調で、アブロイはこちらの感情を受け流す。つまり、まだその機会ではないという事だ。

 思わず、ため息が零れた。殺気も霧散してしまう。

「それにも限度はあると思うけどな。ってか、ずいぶんと残念そうだけどよ、そんなの強請る必要があるくらい不味い状況なのか? オレたちは」

「……ふむ、そうだな、現状の戦力差についても、ここで整理しておこうか」

 口元に手を当てて、アブロイが言った。

「リズの評価基準で?」

「彼女以上に優秀な批評家はいないと思うが?」

「別に文句は言ってねぇよ。だから最初に訊いてやる。あいつは今、このオレをどう評価してるんだ?」

「君は4だ。彼女も同じくな。そしてアルドグノーゼは7だと言っていたな」

「ザラは?」

「我らが表の君主様は2だそうだ」

「まあ、そこは妥当だな。つまり、三人で当たればとりあえずは勝てるって感じか。もちろん、単純な引き算にはならねぇだろうが……モルガナのやつは?」

「彼女のことは、条件付きの6と評価していたよ」

「はっ! オレより二つも上ってのかよ? あんな貧相な露出狂が」

「あぁ。ただし、条件付きと言った通り、彼女は神子の中でも特に消耗が激しい。格下相手だとしても、一対一を三度続けられる安定性はないだろう。逆に、君は次戦の方が初戦よりも優位に立てる。そういう扱いに困るスロースターターだからな」

「……それ、褒めてんだよな?」

「あぁ、もちろん。他にはない強みだ」

 にこやかにアブロイは微笑んだ。

 その眩しさに、少しだけ頬を赤らめつつ、

「まあ、なんにしても、そのモルガナ分の差を埋める為に、クリスエレスやザーラッハと組んだんだろう? 奴等にそれが出来んのか? あのクソガキ見て、オレはかなり疑っちまったけどな」

「あの少年は2だそうだ」

「はぁ? んな高いわけねぇだろう? 為す術なくくたばった、誰かもわからないガリブロードの神子共と同じ1が妥当だよ。或いはそれ以下か」

「ルプテがいる。彼女が全てを担えば、それくらいにはなる」

「あんま戦闘向きじゃないって聞いたぜ、過大評価なんじゃねぇの?」

「かもしれないな。いずれにしても、クリスエレスの戦力として宛てにしているのはユーリッヒではない」

「……天上のスロウか。でも動くのかよ? 高潔気取ってふんぞり返ってる、あの気色悪いクリスエレスの暴君が」

「動いてもらうと彼女は言っていた。そして動かすことが出来れば勝てるともな」

「ずいぶんな高評価だな。数はどうつけたんだ?」

「6だ。……納得いかないか?」

「別に、オレより上な事に文句はねぇよ。ただ、前に聞いた時と数違ってねぇか? オレの勘違いならいいけど。……まあ、なんにしても、これが全部正しい認識で、お互い息を合わせて仲良く協力出来たら、問題なくルウォ陣営はやれそうだな。それが出来る魔法があれば万事解決だ。もちろん、そんなのがあるならだが――」

「あるぞ」

「は? あんのかよ?」

「あぁ、かつて『最疫(さいやく)』を討つ際に用いられた禁呪だ。この世界に属するほぼ全ての神が強制的に、対象を討ち倒す上での最善を為すという内容でな。私にもその呪いは埋め込まれている」

「……その物言い、リズには適応されてないのか?」

 ふと気になった事を、チュルは訪ねた。

「おそらくな。だが、彼女は間違いなく『最疫』の敵となるだろう。アンフェノとは違ってな」

「どうしてそんな事が言い切れんだよ?」

 この姿勢からも判るように、チュルはリズを信用していない。ザラという影武者を拵えて、裏でこそこそと活動している女の性根を嫌っているというのも多分にあった。

 そんなチュルの感情を、微笑ましく受け止めるように目を細めながら、

「彼女は壊れていないからさ。そう、きっと彼女だけが、な」

 と、アブロイは答えた。

 そこに含まれていた感情に、チュルは言いようのない不穏さを覚えたが、追及はしなかった。

 それに触れると嫌われるかも、と直感したからだ。

 大抵の事は知った事かと吐き捨てる傲岸不遜な彼女だが、アブロイの好感度に対してだけは小心者という一面を持っていた。いわゆる、惚れた弱みというやつである。

「……てか、話戻すけど、だったら最後の一枠ってのはどこなんだよ?」

 露骨な話題の転換だったが、幸いな事に重要な内容でもあったので、チュルは自身のその臆病さに気付かないで居られた。

「やっぱあれか? ノイン・ゼタとかアルタ・イレスとか、そのあたりなのか?」

「ノイン・ゼタがザーラッハだ。タシネルの件くらいは記憶に入れておいてくれると助かるものだな」

「必須な情報ってんなら、そういう伝え方してこいよ? ムカつく物言いだな」

 言いながら、アブロイの知識にアクセスをする。

 理解は一瞬だ。それは思い出すという感覚に近い。

「へぇ、なるほど。この件にはリズの奴も力を使ったんだな。しかし、だとしても、裏方にやられる程度。他の外神もそんなもんなのかねぇ?」

「それならば良かったがな。ルシェド・オルトロージュは9だと、彼女は評価していたよ」

「9!? アルドグノーゼより上だってのか? あの支配の根源より?」 

「最大限に過大評価して対応すると彼女は言っていた。私はおそらくは五分くらいだと思っているが、それでも十二分に脅威だ。だからこそ、その片割れであるタシネルを処理するのに、彼女もリスクを犯したのだろう」

「じゃあ、アルタ・イレスのオセだっけ? そっちもやばいのか?」

「不明だ。ただルシェドほどではないし、儀式の準備をしている形跡もない。脅威という点ではかなり低い相手といえるな」

「じゃあ、誰なんだよ? 他に参加できそうな奴なんていねぇだろう?」

 そう言うと、アブロイは苦笑を浮かべて、

「ちょうど今、話題にしている勢力があるだろう?」

 と告げて椅子から立ち上がり、私室のドアを開けた。

「おい、どこ行くんだよ?」

「無論、それの詳細を確認出来るモノのところに、だ」


 





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