プロローグ/侵略者の希望
それは、気が遠くなるほどに長い道程だった。
永遠という言葉が、誇張にならないほど長い暗闇を無心で突き進んだ日々。
新天地を求めたその旅路は、しかし決して果たされる事はなく、それでも捨てる事の出来ない使命は一つの結論にたどり着く。
そうして、二柱の神は過去に向かって舞い戻る事を決意し、胸中を埋め尽くす絶望を噛みしめながら、最後の希望に向かって舵を切った。
「……もうじき到着する。あの悍ましきルーメサイトに」
星を渡る舟の中で、外神ユルミニエルは独白のように言葉を零す。
近くには誰もいない。けれど、返答は囁くような距離から届けられる。
「そのようだな、私も死骸たちが震えているのを感じるよ」
半身たるトルクラエルの聲は、少し掠れているように感じられた。
それは本当にわずかな異変だが、彼を知るものからすれば事件のような異様さで、
「……本当に、やるの?」
何度も何度も問いかけてきた無駄を、また口にしてしまう。
案の定、呆れたような吐息が返ってきた。
「此度の極点を利用しなければ、我々の世界は永遠に終わったままだ。眠り続けている子たちの限界も近い。もはや時間すらも有限」
「でも、我等だけなら――」
「言うな。解っているだろう? それは決して許さない事だ。我々には」
次元の壁を突破する振動が、星舟に届いた。
到着したのだ。それを目視できる距離にまで。
胸を締め付ける圧迫感が一気に増したのが判る。幼い生物のように、意味もなく叫びだしたくなるような衝動。
時間は傷を癒してくれるなどという話を聞いたことがあるが、そんなものは安っぽい自己陶酔だ。時間程度で解決するだけの傷を大げさに語っているだけに過ぎない。
乱れを整えるように目を閉じて、ゆっくりと深呼吸をする。
瞬きも呼吸も必要ない神が、幼子の真似事をして心を落ち着かせようというのも滑稽な話だが、何もせずに受け止める事が出来ないのだから仕方がない。
(……本当に、戻ってきてしまった)
泡のように浮かんでは消える後悔にうんざりしながらも目を開けると、そこには窓があった。
自身の内側に意識を傾けている間に、トルクラエルが星舟の内部を動かしたのだ。
いつまでも目を逸らしていないで、打ち倒すべき敵をしっかりと見据えろという事なのだろう。
「わかっているよ。弱気などという不要なものは、始める前にしっかりと片付ける」
半ば自分に言い聞かせるように半身の要求に応えながら、ユルミニエルは一歩前へと足を踏み出し、既に窓から外を見ていたトルクラエルの隣に並んで、彼に倣うように巨大なルーメサイトという銀河にある、目的の人間界を捉えた。
……暗い星だ。陸地と海の比率は六対四くらいだろうか。その体積は、他の四つの惑星よりも幾分大きい。
神が管理する星というものは、そこにある生命の数によって規模を調整するものなので、主要な生物の数はそれで大体わかる。
おおよそ五百憶から七百億の間。その中で脅威になりそうなのは、おおよそ百程度だろうか。
他の惑星がこの人間界に干渉するのは、なかなかに難しそうだ。上位存在がそのまま入ってこれないようなプロテクトが施されている。
それを突破するには、その世界の器を媒体に顕現するか、プロテクトの条件から外れるほど自身という存在を矮小化するの二択くらいしかない気がした。前者は現実的だが、後者はよほど特殊な権限がない限りは不可能だろう。
他の惑星同士の直接干渉に至っては、不可能と断言していいほどにルートが遮断されているようだ。
(内紛が起きたのか。それも致命的なほどの)
おおよそ情報通りではある。
そして情報通り、ルーメサイト内に入ったのに、まだ奴の干渉がない。
「……本当にそうであるのなら、どれだけ良かったかと思っていたが、この感じ、間違いない」
安堵の息を、トルクラエルが長々と吐き出す。
そしてこちらに身体を向き直し、噛みしめるように彼は言った。
「ここに希望はあった。トールヴェンは、もういない」
「もう、いない……」
その言葉を、頭の中で反芻する。
すべてを蒼に染め上げ、全てを地獄絵図に変えたあの絶望が、障害にならないという事実を、少しずつ受け入れていく。
それを何よりも雄弁に語っていたのは、過剰なほどに展開されている内部のプロテクトに比べて、外に対するプロテクトが驚くほどに脆弱になっていたという点だ。管理者が削除されていない限り、こんな事はあり得ない。
おかげで、こちらはなんの問題もなく人間界に上陸できる。本体のまま、脆弱な人間の器を借りる神共を相手に戦争が出来るというわけである。
この条件なら、儀式の権利を得る事も十分可能だろう。
「……あぁ、たしかに、ここに希望はあった。最大の問題が解決されたのなら、さっそく始めよう。我らの過去と未来を取り戻すための、戦いの準備を」
力強くそう告げて、ユルミニエルはかつて自らの世界を滅ぼした神のいた世界への、二度目の侵攻を開始した。




