15/天才の見解
「眠り姫を探しているのか?」
その言葉にアンナが振り返ると、そこにはノイン・ゼタの第三位であるウィン・クラナヤードの姿があった。
長身痩躯、一つに結われた腰まで届く美しい黒髪と切れ長の瞳が印象的な人物だ。ただ、荒事に身を置いている者からすれば、最も印象に残るのは無手であることだろう。
アンナが細剣、ヴラドが長刀、クーレが双槍、レナリアがナイフといった具合に、神子でもない限りは最上位の戦力とて基本的に武器を持つなか、リーチという利点を完全に手放す彼は、しかし決して魔力量に特化しているわけでもなかった。つまり、魔法も使うが基本的には最低限の魔力操作が戦いの中心にあるという事だ。裏を返せば、それだけですべてを解決できるだけの業があるということ。
「そういうウィンさんは荒事ですか?」
「わかるのか?」
「私、敏感肌ですから」
魔力が棘のようになっていて、チクチクと刺さっている。
災王を狩りに行く時でも波紋一つ立てないような彼が、鋭さを見せているというのは、なかなかない珍しい事だった。
「大仕事なんですか?」
「ギアという都市の防衛だ」
「今度はそこが狙われるわけですね。魔法陣目当てかな? まあ、なんでもいいけど……もしかして、ウィンさん一人なんですか?」
「そのようだな」
「つまり、大物による襲撃を想定しているわけですね。でも、どうしてウィンさんなんです? そういうのって、私とか他に回ってくる話だと思うんですけど……」
そこで、ふとヴラドの顔が過ぎった。
あの男がもし襲撃者だったら、一度負けている自分は除外されてもおかしくはないと思ったからだ。ただ、それでもウィンが出向く理由としては弱い気がする。
「タシネル・リャンタは知っているか?」
「ここの神子ですよね。それがどうしたんですか?」
「どうやらその者の要請だったようだが、忘れていたらしい」
「は? 忘れていた?」
「手駒だった事を最近まで忘れてたようだ。それで、少し申し訳なくなったから、というのが私になった理由だよ」
「……団長らしいですね」
「百万年以上会っていなければ忘れもする。それがそれほど価値あるものでないなら尚更に」
「同じような感想を零した返しが、それですか?」
「あぁ、自分の言葉を聞いて、まったくその通りだと思ったようで、謝罪の念も途中で失せていたな。儀式の下地を生み出したという価値は多大だったろうに、その貢献すらも容易く泡と消える」
その事実になにを思ったのか、ウィンは微かに目を細めて息を吐き――
「ヴラド・ギーシュはどうだった?」
不意の斬撃のように、言葉が振り抜かれた。彼もまた、その可能性を疑っていたのだ。
「強かったですよ。私と相性がいいわけでもなかったな。少なくともあの時は」
「私と、どちらが上だと感じた?」
「……難しい質問ですね」
「そうか、五分程度という認識か」
「気に入りませんか? 気に入らないなら、それを覆す情報を提供する事も出来ますけど」
「眠り姫は聖域だ。私がそれに関与する事はない。むろん、彼女を慮ることもな」
静かな、それいで息を呑むほどに凄味のある声と共にそう言って、ウィンはこちらに背を向けた。
誰よりも静かに歩くその背中は、一見すると頼りなく容易く折れそうでもあるが、その芯の強さは正真正銘の極致だ。
アンナが見てきたどんな存在よりも、彼は戦士としても完成されている。
間違いなく、ヴラド・ギーシュと戦う事になればどちらかが死ぬだろう。その未来に対して、果たして自分はどのような行動を取るべきなのか。
(……私が出せる答えじゃないか)
当たり前の結論に辿りつき、アンナは再びルナを探すために足を踏み出した。




