14/賽は投げられた
手近にあった食事店に入って、ヴラドとリリスは窓際の席に着いた。
注文を頼んだところで通信石が振動する。
そこに魔力を流し、通話状態にして、
「……そう、わかったわ」
と、リリスはため息を零した。
平和主義者のメンバーの報告を受け取ったリグチラが、その情報をこちらに送って来たようだが、どうやら悪い報せのようだ。
「ノイン・ゼタの看板が、ギアに足を踏み入れたそうよ」
「数は?」
「一人。でも伝説ね。この展開は一応想定していたけれど、想定していた中でも最悪の相手だわ」
「ウィン・クラヤナードか」
『災王狩り』、そして単独で神子を討った者にのみ与えられる『極致』の称号を持つ傭兵。
ここ十数年は戦争に参加していないので、今でこそヴラドやクーレの方が有名となっているが、知名度通りの実力差という事にはならないだろう。なにせ、あの『天才』アンナ・リベルリオンよりも明確な格上なのだから。
「まったく、これ以上ない抑止力を用意してくれたものよね。『九桁』や『万壁』あたりなら問題なくお前で処理できたというのに。でも、一体どうやって参加させたのか……いや、そもそも記録上人殺しを専門にしなくなったというだけで、表沙汰に出来ない内容を裏でやっていたなんてことも十分あり得るのよね。それに決定権を持っている男も理解不能の化物だし、今理由を追及しても意味はないか」
「……なんにしても、そいつを始末したら、アルドグノーゼも腰を上げやすくなりそうだな」
静かに呟き、ヴラドは水を一口飲む。
その発言に彼女は少しだけきょとんとしてから、苦笑を浮かべた。
「確かに、そのとおりね。ええ、早いか遅いかの違いでしかないのなら、早い方が良い」
「ギアへの侵攻は成立させられそうか?」
「成立出来なければ単騎で突入ね。いくらお前でも死ぬしかないでしょう。……だから、必ず通すわ。後の事は何も考えなくていい。お前がそれだけに専念できるようにしてあげる」
そう力強く言って、リリスはやってきたサンドウッチを齧った。
§
会議が再開された。
そこで真っ先に、マウロがノイン・ゼタの存在を提示する。
世界で五本の指に入る傭兵がギアの防衛に雇われた。この事実はギア侵攻を現実的ではないと訴えるには十分な内容で、必然的にマウロの提案したカノー侵攻が推される事になるかと思われたが、そちらにも強力な戦力が差しこまれた事により、そう簡単な話にはならなかった。
アルタ・イレスの看板数名が、カノーの防衛に雇われたという情報を、ヘカテが示したのだ。
(お前が雇ったのか?)
(いいえ、雇ったのは第一皇子様よ)
と、リリスが涼しげな微笑を湛えながら答えた。
向こうがこちらの思惑を潰しに動いていたのと同じように、彼女もマウロが選ぶだろう侵攻先に手を打っていたという事のようだ。
「では、間をとって、学術都市リーゲイを攻めるというのでいいんじゃないか?」
と、グンダルが提案した。
マウロもそれでいいといった空気感だ。実際、それが最も妥当なのだろう。
しかし、その流れにリリスが待ったをかけた。
「それで本当に良いの? その結論で」
「良いも悪いも、それ以外にはないと思うが?」
グンダルが眉を顰める。
ヘカテもトォーベも、マウロもこれまた同じような反応だった。
それを前に、リリスは露悪的なため息をついて、
「ねぇ、わたしたちがどうやって灰公爵になったと思う? はい、そこのツンツン頭、答えなさい」
「へ? ええっ!?」
突然、指名されたトォーベが眼を剥いて驚いた。
どうせ自分は蚊帳の外、という認識がよほど強かったのだろう。
「判らないの?」
「ん、んなわけねぇだろう? そりゃあもちろん陛下が任命したからだよ」
「そう、お前たちの皇帝陛下が、この作戦会議の在り方に不満を覚えたからよ。――あぁ、なんて退屈な選択の数々! 今回の件もそうよね。誰でも出せる凡庸な答えだけで、誰もこれ以上ない勝利を求めない。ねぇ、お前たちの役目はなに? つまらない陣取り合戦? 違うわよね? お前達はなんで選ばれたの?」
大仰な調子で言葉を躍らせながら、リリスはマウロに嘲笑を浮かべてみせる。
彼は合理性や利益を主軸に添えて賛同を得ようとしていたが、この国で最も価値のある要素に対してはおざなりだった。数日前の祭りを体験していたら、或いは本当に間違える事はなかったのかもしれないが、彼は自身が部外者である事を隠しきれなかったのだ。
「無論、陛下の期待に応えるためにだ」
ヘカテが揺るぎない口調で答える。
「では、この状況でなにが一番皇帝陛下を驚かせ、喜ばせることが出来る?」
「ノイン・ゼタの最高戦力の一つを打ち倒してギアを取る事だろうな」
「ええ、その通り。さあ、それを踏まえた上で決めなさい。もちろん、リスクを請け負うのはわたしたちよ。ノイン・ゼタの伝説は、わたしのヴラド・ギーシュが討つわ。お前達は、その邪魔を排除する事にだけ専念すればいい。なんなら、勝利が決まってから参加してもいい。手柄は無くなるけれどね」
優艶な微笑をもって最後の言葉を投げ放って、リリスは話を締めくくった。
「……そこまでしてギアを欲する理由が気にならんでもないが。まあ、いいだろう。最上位の傭兵同士の凌ぎ合いというものにも興味はある事だし。なにより、儂も最近の戦には飽き飽きしていたからな。そろそろ酒でも持ちだそうかと思うくらいには」
と、グンダルが真っ先に賛同する。
「勝算は?」
と、ヘカテが訪ねた。
「五割よ」
自信満々にリリスは答えた。
「五割、か。よかろう。交戦を確認でき次第、侵攻を開始する」
「さて、これで残るはあと二人だけど」
「既に趨勢は決しました。拒む理由もありません。貴方がたの勝利を祈らせてもらいますよ」
淡々とした口調で言って、マウロは作戦会議室を出て行った。
足取りが少し普段より速いのは、思い通りに事が進まなかった事に対する不満の表れか。
その背中に、リリスが声を掛ける。
「決行は二日後。お前には一番安全な見学席を与えてあげるわ。灰公爵様」
「では、私は増援の牽制を担当しよう」
言って、ヘカテも席を立った。
「ええ、それでいいわ」
「話は纏まったな。なら、儂もこれで失礼させてもらおう。色々と準備も必要になった事だしな」
そうしてグンダルとヘカテも作戦会議室を出て行き、トォーベとヴラド、リリスの三人が残る。
「ねぇ、大丈夫?」
十秒ほどの沈黙ののち、リリスが訪ねた。
「な、なにがだよ?」
「話について来れているのかなと思って」
「あ、当たり前だろうが」
「じゃあ、お前は何をするべきなのか判ってるのね?」
「……もちろんだよ」
こちらから目を逸らしながら、トォーベは答えた。
そんな彼に蔑みの眼差しを向けながら、
「では、それを遂行するといいわ。くれぐれも間違えてないでね? 下手をすると、本国にも多大な被害が出るかもしれないのだから」
と、リリスは言って、ヴラドの手を取って作戦室を後にした。
その数秒遅れで最後に出てきたトォーベは、急ぎ足でヘカテたちを追いかけて、
「な、なあ! オレ様はなにをすりゃあいいんだ!」
と、二人に訪ねていた。
「意外と仲はいいのかもしれないわね。彼等も」
ぽつりとリリスが呟く。
確かにそうかもしれない、と納得をしつつ、ヴラド達は本番に向けての準備の話へとその意識を移行させた。




