13/二つの思惑
ヴラドたちが赴いた作戦会議室には、ヘカテとトォーベ、そしてマウロ・バレンタインと彼らの側近たちの姿があった。
ミッドラインダとの交渉を任せられたという話の筈だったが、どうやらそれは既に完了したらしい。
「それにしても、ずいぶんと早い帰還だったな」
不審そうな眼差しを向け、ヘカテが言う。
「ええ、そうですね、相応の代価を払いましたので」
にこやかな微笑をたたえながら、マウロは答えた。
「代価?」
「それは語らなくても良いと、アルドグノーゼ様は仰られていましたね」
支配の王の名前を出せば、将軍連中は追及できない。
それを物語るようにヘカテが鼻を鳴らしたところで、グンダルがやって来た。これでディ・ジャ・ヴィグァ以外の関係者は全員揃ったわけだ。そして彼はこの会議には参加しない事が決まっていたので、もう待つ必要もない。
時間となり、会議の記録係が最後にやってくる。
と、そこで、リリスが耳に付けていた通信石から、アルドグノーゼに関する情報を掴んだ、という報告がリグチラの声で届けられた。
「そう、わかった。……なるほどね。ありがとう」
「誰からだ?」
ヘカテがかすかに眉を顰める。
「ザーラッハのお友達よ。今回もわたしに問題なく奉仕できるって。忠実なお友達というのはいつでも頼りになるものね」
にこやかな笑顔を浮かべてリリスはそう答え、
「さあ、人も揃った事だし、早速始めましょう。わたしは工芸都市ギアの侵攻を提案するわ」
と、切り出した。
「ギア? なんでそこなんだ?」
「その前に貴様もさっさと提案しろ。追求は案を出した後だ」
トォーベの疑問を、ヘカテが面倒そうに蹴とばす。
それに対し、トォーベは舌打ちをしつつも、
「じゃあ、俺はエルガストノ要塞の侵攻を提案するぜ!」
と、答えた。
「では儂は学園都市カノーを選ぼう」
「私もそれに同意します」
グンダルとマウロが口を開く。
「なるほど。……では、私もとりあえずギアを選ぶとしようか」
口元に手を当てつつ、ヘカテが最後の案をだした。
これで二対二対一。
「またかよ! なんでだよっ!?」
多数決で早くも不利を被ったトォーベが叫んだ。
「では、そこを選んだ理由をまずは訊いてやろう。あまり頭の悪い言葉を並べて、時間を無駄にさせるなよ?」
目を細めながら、ヘカテが言う。
そこにプレッシャーを覚えたのだろう、トォーベはやや引き攣った顔を浮かべつつも、
「結局、最後は首都のアンシェルを落とすんだろ? だったら、ここは絶対に落とす必要がある。これは間違いねぇ!」
「あぁ、そうだな。それは間違いない。それで? 今でなければならない理由は何だ?」
「へ?」
「そこは余所を落としてからでないと地理的に包囲される可能性が高い。本命を投入するのは現時点では非常に危険と言える。まあ、お前さん一人が暴れまわってなんとか出来るというのなら、賛同してやっても良いがな」
自身の顎鬚を軽く引っ張りながら、グンダルが言った。
「い、いや、さすがに一人は無理だろう」
「終わりだな。では、さっそく本題に入ろう」
どこまでも容赦なくトォーベを扱いつつ、ヘカテが切りだす。
「私がギア侵攻を推す理由は、ひとえに魔法陣だ。先日確保した鉱山都市ヴァテンと合わせて、ここを取れば完全にザーラッハのアドヴァンテージを消し去る事ができる」
「こちらも同じ理由ね。結局最後は神子で決着がつくのだから、こちらの神子に不利がつく状況を真っ先に潰すのが肝要」
と、リリスも加勢する。
このプレゼンテーションは、主にトォーベに向けてのものだ。
グンダルやマウロも、早々に脱落したが大きな一票をもつトォーベをターゲットにする事だろう。
「私もその意見に異論はありません。ですが、それもやはり今ではない」
と、マウロが言った。
「へぇ、なら、カノーが最優先である理由はなに?」
「もちろん安全の確保ですよ。カノーを取った後で、ギアを取った方がその後の展開も有利に働きますしね」
「そうだな。リーゲイ、ドルヴィラあたりも攻め落しやすくなる」
グンダルも加勢の言葉を放つ。
「果たして本当にそうかしら? 時間を掛ければ不利になるのはこちらよ。一気に流れを作らないと、クリスエレスとエンシェが本格的に絡んできた際にも不味い事になる。馬鹿でもわかる事だと思うけれど?」
いっそ憐れむように、リリスは言った。
それを、しかしグンダルは楽しげに受け止め、
「残念だが、それは前回までの話だ。すでに奴等が動ける条件は整った。だからこそ、ザーラッハだけで処理したいと思える程度の拠点をここで落とし、そこから腰を据えてやっていくべきだ。……なんて、本来なら説明する必要もないはずなんだがな」
と、小馬鹿にするような笑みで返してきた。
一瞬だけ、リリスの表情が消える。虚を突かれたのか、それとも本気でイラついたのか。
そんな彼女は、すぐに微笑を戻しながら、
(ザーラッハが二国と手を組んだこと自体は神子の所在を調べればすぐに判ることだけど、契約の詳細は、他の将軍の反応を見る限りこいつが独自のルートで入手した可能性が高い。平和主義者に駒がいる? それとも何かしらの魔法を使って当たりをつけたのか……その系統の色をしているのよね、こいつ)
と、心の聲をこちらに垂れ流してきた。
どちらの線も五分くらいあって、結論に迷っている感じだ。要するに「お前はどう思う?」と遠回しに訊いてきているのである。
まあ、こっちもわからないので、答えはしないが。
(……それで、どうするんだ?)
(もちろん譲りはしないわ。我々が魔法陣を取る理由は、エルラカをアルドグノーゼに処理させるためよ。奴の周期が判った。ギアの制圧が遅れるとルウォがその対処をする可能性が高くなる。それだけはさせるわけにはいかない。……懸念なのは、もう一人の灰公爵はそれが分かっていて対立構造を生み出しているのかという点ね。アルドグノーゼの駒なら、こちら側につくのが正解な筈なんだけど)
つまり、マウロの目的はエルラカの確保だと言いたいのだろう。
利用する術があるのかどうかはわからないが、いずれにしても敵である事は確定したわけだ。そこだけはっきりしていれば問題はない。
(そうね。誰を使って潰してやるか、それが重要。考えすぎても仕方ない。……さあ、どうしてやろうかしら?)
醒めた声を漏らしながら、リリスはグンダル、トォーベ、そしてマウロを流すように見て、冷たく目を細めた。
§
この作戦会議において、最も発言力が低く、しかし同時に最も重要な一票をもっているのはトォーベという男だ。実際、彼がどちらに賛同するかで、次の侵攻先が決まる。
だからこそ当然というべきか、マウロにとっても、彼をいかにして味方に引き入れるかが重要になってくるわけだが……
「ところで、二国の神子が関与してくるという情報は、どこから得たのかしら?」
と、リリスが訪ねた。
「部外者に教える理由はないな」
グンダルが髭を軽く引っ張りながら答える。
「その情報が本当なら、わたしも別に知りたいとは思わないのだけどね」
「この会議において、虚偽の内容を材料にする事は出来ない。少なくとも、我々はな」
静かな口調で、ヘカテが言う。
マウロが参加しなかった会議にて、リリスとヘカテは意見を共にし、共に戦場に出たようだが、その影響だろうか、スキンヘッドのこの将軍は彼等に肩入れする傾向をところどころで見せていた。
ただ、冷徹であり合理的でもある彼女は、どちらでもいい場合以外でリリスの味方をする事はなさそうだ。
「なるほどね。では信じてあげるとして、どの程度の干渉が許されているのかしら? その内容次第によっては、やりようはあるはずよ」
「やりよう? 相手は神子だぞ。出て来たら終わりだ。お前もターカスでのデタラメを見てただろうが?」
「わたしの彼は、その神子とやりあって生き残っているわよ」
呆れた様子のトォーベを、いっそ憐れむようにリリスが言った。
「はぁ? こっちと違って嘘言えるからって、さすがにそれは下手過ぎ――」
「事実だ。クリスエレスでの件はおおよそ把握している。その男は、クリスエレスの民を人質に、神子の力を制限した上で目的を達成するまで持ちこたえた」
と、ヘカテが補足をいれる。
すると、トォーベは実に間の抜けた表情を浮かべて「マジかよ?」と呟いていた。
「それで、どうなのかしら? 彼等にはザーラッハの国民を虐殺してでも敵を討っていい権利が与えられているの? もちろん、皇帝陛下や虹色の神子様が関与していない状況において」
「不透明だ」
と、グンダルが答えた。
「お粗末な情報ね。そんな情報弱者なお前に朗報よ。わたしがないと断言してあげる」
「根拠があれば、喜んでもいいが」
「わたしたち、ザーラッハの第一皇子が彼等と交わした密約の現場にいたのよね」
「それを証明できるのか?」
「記憶を覗くなり証明石を使うなり、手段はいくらでもあるでしょう? もちろん、許可してあげるわよ」
「……ではお願いしよう。選択肢は多い方が良いからな」
言って、グンダルは左後ろに立っていた側近に視線を向けた。
側近は頷き、作戦室を出ていく。
(チュル様は、その情報を大したものではないと捉えてみたいですね)
報告がなかった事実に、少しため息がでる。おかげで、会議の行方がわからなくなってきた。
「記憶の開示をお願いします。日時は覚えていますか?」
数分後、側近が連れてきた女が言った。
「当たり前でしょう?」
リリスがその日と時間を告げて、ヴラドが自身の身に纏っている魔力を解く。そうして無防備になった彼の頭に、覗き見の魔法が放たれた。
それは彼の頭上に映像としてあらわれ、その時の情景を垂れ流していく。
二十分ほどかけてその上映が終わったところで、リリスが口を開いた。
「ご覧のとおり、現状彼らが干渉できるのは補助の部分だけ。この国の情報を信じるなら、罪の第二天使にそんな芸当は出来ないはずだから脅威となるのは罰の第二天使だけということになる。この条件でも、ギアではなくカノーでなければならない理由はなにかしら?」
「変わらずリスクリターンの差ですよ。エンシェの神子たるチュルは特殊な部隊を所有しています。そしてそれは現在ザーラッハへと派遣されている。カノーと違い、ギアを侵攻した場合はそれと衝突する可能性が高い。チュルという将軍は、その手のリスク管理には煩いですからね。たしかにギアの方が価値の高い都市ではありますし実行可能だとも思いますが、やはり今である必要性は薄く感じられます。兵を出す方にとっては特に」
将軍たちの訴えるようにマウロは言った。
それに強く反応したのはトォーベだ。彼はあまり人を指揮する事に向いてはいないが、同時にそれは非常に人情味があるという事の裏返しでもあり、彼は部下たちを仲間として扱っていた。この点は他の三将軍と決定的に異なる。
「チュルという神子について、ずいぶんと詳しそうね」
「私はエンシェに属していた人間ですからね、当然かと」
「あぁ、そういえば、そうだったわね」
これ以上追及することなく、リリスは押し黙った。
実はアルドグノーゼの支配など受けていないという事を証明する材料は、さすがに持っていないようだ。
(このまま上手く行けばいいが)
現状ではまだ怪しい。もう少し、カードを切る必要があった。
しかし、果たしてそこまでの価値があるのか、その点についてマウロは少し考える。
カノーを取りたい理由は二つ。一つはアルドグノーゼではなくルウォにエルラカの確保をさせたいからだ。正確に言うとルウォからエルラカを掠め取りたい。
反発し合っている契約者同士のあるあるで力の循環不全が発生しており、その関係から彼の方がアルドグノーゼよりも明らかに弱く、それが容易いためである。
もう一つは、カノーがエンシェ視点からすれば都合のいい魔法陣の起点だという点だ。といっても、こちらは必須級というほどではないが。
(利害だけを見れば、別に引いてもいい状況ではあるんだけど)
ただ、そんな妥協をリリスという悪魔に見せることは、けして利口とは言えないだろう。むしろ、どこかのタイミングで必ず一度は利害度外視で、彼女の思惑を潰す必要がある。
これはただの直感だが、この手の第六感というものは、あまり軽視しない方が良いというのが、マウロの経験則でもあった。
(リズ、私は此処を重要な局面だと捉え、勝負に出ますよ)
返答はない。
まあ、分かっている事だ。ここ数日、彼女は内側にある『全知の書庫』の中に籠っていた。先日のヴァテン侵攻の際、レナリアを防衛に回さずに別件に赴かせた成果が、彼女に知識を求めさせていたからだ。
(……ルナ・オルトロージュ、か)
彼女が白紙の神子であったという事実に、どれだけの意味があるのかマウロには判らない。ただそれでも、それが極めて異常である事は理解しているつもりだ。
神子が絶対である一番の要因は、他でもない神と契約出来るという点にあるためである。逆に言えば、神やそれに相当する上位存在と契約していない神子というのは本来災王と同格、生物としての貧弱さを加味すれば劣る存在といってもいい。にも拘らず、彼女は単独で二十万の兵を皆殺しにした。
『……あれは間違いなく全てを収める器じゃ。あれを儀式に用いれば、本当に、あらゆる願いが叶うやもしれん。まったくもって想定外の存在じゃ。あんなものを使って、奴はなにを得ようとしている? そして我々はこの情報をどう扱うべきか……計画を変更する必要があるかもしれんな』
書庫に籠る前、彼女はそんな言葉を残していた。
色々と気になる内容だったが、戻って来た時にそれはちゃんと教えてもらえるのだろうか、それとも自分で考えて辿りつけるようなものなのか。
(いずれにしても、今は、自分に出来る事をするだけ。彼女を失望させない結果を続けるのみ)
気持ちを切り替え、リリスの語る利点に少しずつ罅を入れていく。
兵の消耗以外にも、ギア侵攻はカノ―侵攻と比べて失うものが多いので、そのあたりの情報を並べていけば、数字的に優位に立つ事はそれほど難しくはなかった。
グンダルもその方針で攻めるのが正解と判断したのか、細かい情報を出して助成してくれている。
おかげでトォーベはかなり揺れているし、ヘカテもまったく助け船を出さないあたり、どうしても今回の会議で勝ちたいわけではなさそうだという事が分かった。このままいけば押し通せる。
そんな確信が過ったところで、グンダルの腹が鳴った。
「そろそろ昼か、休憩の時間だな」
「では、最終決議を済ませて――」
「それは休憩後でもいいでしょう? 午前から始めたという事は、前回以上に時間を掛けて決めるべき重要な会議という事でもあるのでしょうし。そろそろ情報も更新されることだしね」
マウロの言葉を遮って、リリスが言った。
それに対してトォーベは「いや、もういいだろう。決まったようなもんじゃねぇか」とぼやくが、マウロは余裕綽々と「ええ、そうですね。こちらもそろそろ情報が届く頃合いですし」と言葉を返してみせた。




