12/真実を知って
アルドグノーゼが、ガリブロード公国への侵攻を決定した。
「ミッドラインダに向けていた圧力を解いたうえで直々に動くという事は、エルラカで確定したという事よ。予想通りで嬉しい限りだわ」
そう言うリリスは非常に憂鬱そうだ。
ミッドラインダとの一時的な停戦交渉に、マウロが抜擢された事も理由の一端となっているのだろう。
「ところで、皇帝がカラエルよりもエルラカを優先する理由はなんなんだ? どちらも同格の原初の神なんだろう?」
深海世界のヴラド達の屋敷には今、リグチラとロロントが訪れていて、この質問を口にしたのは後者だった。彼はデューリの正体が少女である事も知っている、いわば彼女の側近という事もあり、こちらの重要な情報も共有している。
「そうね、変化と進化、彼等はノスティワとアルドグノーゼと同じように類似性をもった神よ。でも、手順や過程が異なるだけの彼等と違って、出来る事に大きな違いがあるの。なんだと思う?」
いつものように、リリスは質問を投げ返す。
それは話の進行を遅滞させる嫌いがあるが、同時に質問を受けた側の考え方や視野の広さなどを暴く非常に重要な彼女のコミュニケーション手段だ。
「……幅と深さ、とかか? 変化は大きな効果を齎さないが多様性があり、進化はそれがない代わりに大きな効果を齎すとか」
「悪くない捉え方ね。おおよそ正解よ。具体的な違いを挙げるなら、そうね、カラエルの変化は水を氷に変えたり、氷を石に変えたり、石をダイヤに変えたり、なにか一つでも類似する要素があれば、それに組み替えることが出来る魔法」
そこでリリスはヴラドに対し、
(ちなみに、ターカスの神子が死んだ際に、ザーラッハの女元帥が奇襲を仕掛けていたけれど、あの斬撃を泡に変えたのも、大気中に含まれている水の特性を周囲の魔力にも反映させて、魔力を沸騰させて飛ばした事による結果ね。そしてそれは女元帥と同量の魔力を使って行われている。つまりは等価という事)
と、捕捉を一つ加えてから、話を続けた。
「対してエルラカの進化は、水を直接氷に変える事は出来ないけれど、その水自体に周囲を凍てつかせる性質を孕ませる事が出来ると言った感じかしら。それは水であって、もはや私たちの知る水ではない。そして、元の水に戻す事も出来ない。変化と進化の一番大きな違いはここね。それは不可逆なの」
「その力の、なにが厄介だと考えているんだ?」
「神子の数が変わる事よ。エルラカは神子に満たない器を神子に変えられる。もちろん、多少は時間を必要とする行為だから上限はあるけれど、野放しにすれば間違いなくどの勢力よりも多くの神子を保有する事になるでしょう。それだけは何としても避けなければならない。儀式の勝者になれるのは、最後まで切り札を残した勢力だからね。最後に残った神子が全てを手に入れる。だからこそ、どの勢力もどこが何人神子を保有していて、その神子がどの程度の位置に居るのか、或いは神子を消耗させられる使い捨てが何枚あるのかという部分に神経を張り巡らせているのよ」
「皇帝は、それをどう処理する?」
と、リグチラが訪ねた。
「人間の方は判らないわ。でも、臆病者の方は間違いなく殺すでしょうね。自分を殺せる可能性をもった規格外が生まれてしまう恐れがあるから」
「なるほど。それで、貴女はどちらを望んでいるんだ?」
「神子の数を正確に把握出来ないという認識は、早々に排除するべきだわ。そのためにも、エルラカの件は臆病者に当たってもらわないと困る。そう仕向けるためにも、奴がどういう周期や条件で表に出てくるのか、その辺りを知りたいところね」
「わかった。モルガナに当たってみよう。彼女なら知っている可能性は高いだろうしね」
「そうね、お願いするわ。……さて、そろそろ時間ね。では、わたしたちは行くわ」
§
そうしてヴラドとリリスが作戦室に、リグチラがモルガナの元に、ロロントもザーラッハに戻り、深海世界の屋敷にはシャルロット一人が残された。
また彼女と共に行動しても良かったのだが、今回は特にシャルロットが手伝えるような件ではなかったようだ。
「……よし」
剣を手に取って庭に出て、魔法と剣術の練習に励む。
その内容はトルウォラトの授業を参考にしたものだ。教官の言葉を思い出しながら、魔力の流れや重心の置き方を意識して、その身を磨いていく
大体、二時間くらい汗を流したところで、小休止。
「熱心なものだな」
と、水を飲んでいたところにマヌラカルタの声がした。
影から出てきた不死の魔神は、険しい表情を浮かべたシャルロットに呆れるような調子で言う。
「そろそろ状況が変わった事を受け入れたらどうだ? 私はもはや貴様の敵ではないし、私も貴様を嬲る必要がないのだから」
「……」
そんな簡単に割り切れるわけがない。この魔神は過不足なく、今までずっとシャルロットの人生を破壊してきたのだから。
「分かった分かった。では、友好の証に一つ質問に答えてやろう。気になっている事があるんじゃないか? もちろん、私は嘘をつかない。貴様の味方である事を証明するためにも」
「……だったら、悪魔の契約をして」
警戒心剥き出しに、シャルロットは言った。
するとマヌラカルタは小馬鹿にしたように嗤い、
「いいのか? その場合、私が嘘をつかなかったら、貴様は私を否応なく信じるという契約になるわけだが」
「……やっぱり、止めます」
綺麗に切り返されて、ついつい普段の敬語口調に戻ってしまった。
悔しい。気を張って強く対応しようとするには、まだまだ練度が足りないのだ。
そんな自分の未熟さを誤魔化すように剣を二、三度振ってから、
「二人きりになった時があったでしょう? リリスさんとなにを話したの?」
と、シャルロットは訪ねた。
「貴様に行っていい事とダメな事の確認だ。良かったな? 悪魔の契約はダメな部類に入っていた。だから、貴様を騙して悪魔の契約をする事はもちろん、貴様からの提案だったとしても私にはそれを行えない」
「そう……」
「こちらからも、一つ訊きたいな。何故私を残した? 貴様は私が憎くて仕方がなかった筈だろう?」
「……利用、できるからよ」
素っ気なく答えて、また剣を振う。
追及される事を嫌っているのがよく判る仕草だったが、これもまた友好の証だったのか、マヌラカルタはそこをつつくことなく、
「では、お互いの為にさっそく情報を共有しておこう。私の不死性に関するものだ」
と、言った。
「まず、これは貴様も嫌というほど知っているだろうが、この魔法の再生能力は死に近付かなければ機能しないものだった」
「だった?」
「私がこうして自意識を表に出せるようにする代わりに、不死の権限もある程度弄ったからな。今は物理的な死だけではなく、貴様の精神が死を強く意識しただけでも起動するようになっている」
「それって、具体的にどう違うの?」
「ふむ、そうだな、たとえば今までは足首を切り飛ばされた場合、出血死が近づくまでは機能しなかったが、今なら動きが殺された状態があと数秒も続けば自分が死ぬと貴様が認識すれば、その時点で機能する。あぁ、ただし、当然というべきか、今までより不死の強度が落ちることにはなったがな」
「……つまり、貴方の目的が果たしやすくなったってこと?」
「そんなわけがないだろう? そんな簡単な話なら、とっくに解決している」
侮蔑に満ちた声でマヌラカルタはそう答え、小さくため息をついた。
「いいか? 今この身体が死んだとしても、私は魔界にある本体に戻されて終わりだ。不死の強度が一致していないからな。中途半端な不死性を持っている貴様だけが死ぬ事になる。そして本体に戻れば仮に私の不死性を上回るほどの強制力に晒されたとしても、それが完遂される前に、私という魂は外の世界に隠されているもう一つの器に移され、それが本体に格上げされることになっているんだ。二重三重と、マヌラカルタという存在には世界に残る細工が施されている。まったく、手厚いバックアップだと思わないか? 他の神にはなかなかない、反吐が出る厚意だよ」
「でも、それを貴方は切り離すことに成功した。……貴方は、私になにをしたの?」
本来、シャルロットは天使と契約するはずだった。
だが天使を騙ったこの男によって悪魔憑きとなったのだ。これが幼いシャルロットの独断で行われたことなら、ただの間抜けで片付くが、契約の儀式には多くの人間が関わっていた。国の命運を分けるほどに大きなプロジェクトだったのだ。父とレナリアもその一員だった。そして彼等を含めた複数人の暗躍によって、シャルロットはこのマヌラカルタと契約をする事になったわけだが、今振り返ってみれば、彼等の細工が契約に関するものだけだったとはとても思えなかった。
血液を採取したり、体調が悪くなる薬を飲んだり、身体の内側に刻印を刻んだり、正直契約にはまったく必要のない措置がこの身体には施されていたからだ。
契約に必要なのは『時期』と『波長』と『器』と『同意』。
シャルロット側が選べるのは『時期』と『同意』の二つだけなのである。刻印を刻んだところで魂の波長が変わる事はないし、薬を飲んだところで器が大きくわけもない。
「血を抜いたのは肉体の正確な情報を知るためだ。薬を与えたのは刻印への親和性を高めるため。つまり本命は刻印となるわけだが、貴様に刻んだものは私の不死性の譲渡権に纏わるものでな。まあ正確に言えば、その刻印をチュルやザラが遠隔からでも貴様の身体に刻めるようにするための抜け穴だったわけだが」
「チュルやザラって、もしかして……」
「あぁ、もちろんエンシェの神子の事だ。エンシェがその奇蹟を行使する代わりに、私は貴様を使ってこの人間の世界に顕現することを選んだ。自死の邪魔をしない限りはエンシェの味方をするという条件でな。もっとも、彼女に出会ってしまった時点で、奴等の味方をする必要はもうなくなったと言っても良いわけだが――と、少し話が逸れてしまったな。戻そう。本来、私の不死性は私以上の強度を他者に与える事が出来ないようになっているんだ。理由は当然、本体の保険を損なわせない為。だが、貴様は刻印の効果によって私の不死性を最大限に行使する事が出来る。私の魂の強度よりも高い状態を維持できるわけだ。その状態で貴様が死ぬような状況に陥れば、貴様より先に私が死ぬことになる。保険は機能しない。バックアップの私も目覚めない。本当の終わりだ。夢にまで見たな。……理解出来たか? 私の事情が」
「ええ、色々と手順が必要なのはわかった」
「ならいい。それより、覚えのある気配だ。気付いているか?」
「――あ」
言われて、ククルの魔力を感知した。
高速で移動している。向かう先にあるのはルウォ・ステラ要塞への入口だ。
そんな彼の後を、三つの魔力が続いていた。どういうわけか追われているようだ。
穏やかではない状況。
それに気付いた瞬間、シャルロットもまた駆けだしていた。
「貴方は影の中に戻っていて」
言いながら部屋に戻り、念のために通信石などを入れた上着を羽織って、入口へと向かう。
使われた転移門の門は、まだ辛うじて開いていた。
閉じる前に中に入って、ルウォ・ステラ要塞に足を踏み入れる。そこで再度魔力探知を行うが、不思議な事に近くには誰もいなかった。転移門の傍には常に兵士が常駐していたので、これは少し妙だ。
(考え事もいいが足は止めるな。緊急事態の可能性が高いのだからな)
影の中の悪魔が言う。
小馬鹿にするような物言いに少し腹が立ったけれど、たしかにその通りだ。
ククルの気配を追って、別の転移門の前に到着する。ザーラッハの首都アンシェルに通じている門だ。こちらもまだ開いている。
本来なら許可を得る必要がある移動手段だが……
(……無断で利用してごめんなさい)
心の中で謝罪しつつ、シャルロットは転移門に飛び込んだ。
平和主義者が別名義で借りている倉庫の中に着地する。ここは繁華街と商店街のちょうど間くらいにあって、複数ある倉庫を警備しているのも平和主義者の息がかかった人達だった。
もっとも、今は居ないのか、近くに人の気配はない。
倉庫を出て魔力の波を飛ばす。
結構離れてしまったが、ギリギリで補足できた。
(この方向、トルウォラト学院かな)
いわばククルのホームグラウンドだ。彼がまだこちら側になったと露見していないのなら、教官に助けを求める事も出来るだろう。……ただ、そこまで逃げ切れるかどうかは怪しい感じだった。追っ手の足の方が速いのだ。
間に合うだろうか?
その自問に(いや、間に合わせるんだ)と喝を入れて、速度をあげる。
隠密も同時に行いながらだから結構難しい。けれど、出来ない筈はないのだと、神経をすり減らしながら追っ手の背中を捉える。
と、そこで、
(追いつけそうなのはいいが、その後はどうするつもりだ?)
(どうするって、そんなの――)
(追っ手はルウォの人間だぞ? そして貴様たちは今そのルウォと手を組んでいるはずだ。下手な事をすればヴラド・ギーシュの立場も危うくなる。これは善意の警告だ。見なかった事にするのが一番いいと思うがな)
(……でも、ここにリリスさんがいたら、きっと足がつかないように確保して、色々と選べる立場に自分を置くはず。だから)
今は確保をするのが最善だと、シャルロットは速度を上げた。
(知らない間に建前を並べる事も覚えたようだな。まあ、いいだろう。せいぜい後悔の準備をしておけ)
影が黙る。そうこうしているうちに学院の敷地が見えてくる。
今日は休日なので生徒の姿はない。教官は居る筈だが、感知範囲内には見当たらなかった。
だから遠慮なく仕掛けられると、追っ手たちも判断したのだろう。足を止めさせんとナイフを投げ(その軌道で殺す気がないのは判った)――それを弾く音と共に、戦闘が始まった。
ククルは十分強い人だけど、追っ手がルウォの者だとするなら戦力は把握されている。彼が自力で逃げ切れる未来はない。
体感で一分、実際の時間だと十秒程度で拮抗が崩れた。
あと数手でククルは気絶させられて、連れ戻され、おそらくはもう彼では居られなくなることだろう。それを防ぐため、勝機と見て踏み込んだ相手にシャルロットは魔法を放った。
爆発的な光量の閃光による目潰しである。
示し合わせていたわけではないククルもそれをもろに喰らってしまったが、合図なんかを送ったら気付かれていたので、
「ごめんなさい、暴れないでくださいね」
と、耳元でそう告げつつ、彼を抱き上げた。
そしてそのまま一気に距離を取って、来た道を引き返す。
(お粗末な妨害だな。あれでは失明までいかないだろう)
(そう、それは良かった)
追っ手が回復するまで四、五秒程度だろうか。ククルが急速に離れている事は既に把握されているようで、真っ直ぐではないがこちらに向かってきている。
魔力感知に頼った動きだ。こういう行動に対するカウンターは多くある。
「魔力の塊を左前方に放ちながら、気配を消してください」
「わ、わかった」
声と触れている魔力でシャルロットだと気付いているのだろう。ククルは小さく頷き、こちらの要望に応えてくれた。
眼が見えていない追っ手は放った魔力に向かって一直線となり、こちらとの距離を遠ざけていく。
これで、ひとまず撒く事は出来た。閃光弾も戦闘中の激しい魔力のうねりに呑みこまれてすぐに色を失っていたし、証拠として回収される心配もないはず。
けれど、問題はここからだ。すぐに深海世界に戻るか、どこかで時間を潰してほとぼりが冷めるのを待つか……
(倉庫の方に見張りが戻って来たようだな)
ぽつりと、マヌラカルタが呟いた。
視線をそちらに向けると、たしかに転移門の傍に二人ほどいる。彼等は平和主義者の息がかかった者達だ。ただし、それは同時にラミアの手の者である可能性も孕んでいた。リグチラなら問題はないが、ラミアの傘下だとしたら、彼等に見られるのは不味い気がする。
(ぼけっとするな。早く転移門に入れ。門を閉められるぞ)
(いや、でも――)
(貴様の魔法は何だ? 姿を消す事くらい容易いだろう)
(た、容易くはないよ)
とはいえ、可能なのは確かだった。
以前、ルウォのホテルを抜け出す時にヴラドもやっていたし、あの時と同じようにやれば多分自分にも出来るはず。
ただし。当たり前だが、ヴラドと違い魔法の扱いはそこまで上手くないので、精度の方には多分に不安があるのだが。
(……どうかな? ちゃんと見えてない?)
(早く行け)
マヌラカルタに急かされる形で倉庫に戻り、転移門を潜ってルウォ・ステラ要塞を中継し、深海世界へと戻る。
誰にも気付かれなかったのは、運が良かった以外の何物でもないだろう。
「も、もう大丈夫。視界も戻って来たし。だから、あの、そろそろ降ろしてくれると有難いんだけど」
「あ、ご、ごめんなさい!」
慌ててククルをおろし、少し距離を取る。
緊急事態とはいえ、また大胆な事をしてしまった。ちょっとバツが悪い。まあ、ちょっとだけだ。ヴラドの時みたいに、いっぱいいっぱいといった感じにはならなかった。
「とりあえず、感謝の言葉を並べても大丈夫そうだね。ありがとう」
「まだそれは早いぞ? 貴様の命運は以前他者に握られたままなのだからな」
影から、マヌラカルタが姿を見せた。
それを前に、ククルの表情が曇る。
「も、もしかして、君も契約者なのか?」
「え? 君もって――」
「話はあとにしろ。それよりも安全な場所に移動するのが重要だろう? ここもルウォの息がかかった場所だという事をお忘れかな?」
「わ、わかってます!」
マヌラカルタの小言に苛立ちを覚えつつ、「ついてきてください」と言ってシャルロットはある場所に向かって駆けだした。
そして、この世界の果てと思われる分厚いガラスの壁を触れて、ある一定量の魔力を数秒放射する。すると、壁が溶けてその先に通路が現れた。
ペドリツァーノが生み出したこの世界には、平和主義者でもごく一部しか知らない隠し空間が存在しているのだ。
そこを通って壁を元に戻し、その領域にある屋敷の中に入る。
気配を感じたのだろう。そこに匿われていたエイダとプレタが顔を出した。
「ククル!?」
「……エイダ」
「貴方、今までどこに居たのよ?」
その問いを無視して、ククルはおもむろにエイダの両頬を手で抑えた。
「な、なにっ!?」
「本当に、エイダなんだな」
「ど、どういう意味よ? というか、離しなさい……!」
顔を赤らめながら、エイダが叫ぶ。
「あぁ、ごめん」
疲れたような微笑を浮かべて、ククルが手を離した。
「ホント、変よ。なにがあったの?」
こちらが知りたかった事をエイダが訪ねる。
すると彼は俯き、なにかを思い出すように目を閉じて、短く息を吐き、
「ラミアがいなくなった。……いや、もしかしたら、ずっと昔から居なかったのかもしれない」
と、掠れた声で言った。
シャルロットは思わず息を呑んだ。彼は、真実を知ってしまったのだ。
「何故、それに気付いた? 貴様は何と契約をした?」
鋭い声で、マヌラカルタが訪ねる。
「……トゥアール」
「解の天使か! 貴様、魅入られたな。でなければ、アルドグノーゼが許すはずがない。それが追われていた理由か」
「どういう事? 判るように説明して」
「説明してください、だろう? どうした? そんな礼儀も忘れたのか? それとも下々の者には礼儀など必要ないと考えているのか? まあ、それならそれで良いがな」
シャルロットの問いに、マヌラカルタは小馬鹿にしたようにそう返す。
正直、かなりむっとしたが、ここで揉めても仕方がない。
「お願いします。説明してください」
「よろしい。では、説明してやろう。トゥアールはかのレティソラエールが産み落とした武器だ。それをノスティワが簒奪し、第三の天使の冠を与えた。その能力は名前の通りだ。それは全てを解くとされている。おおよその全てをな」
淡々とした口調でマヌラカルタは語る。
この感じからして、それでもこの魔神の不死性を解く事は出来ないようだ。
「まあ、それはさておき。よほど両者の相性がよかったのか、力を使えば即座に器が壊れて死ぬ事に変わりはないが、存在自体がもつ特性は引き継げたようだな。その特性によって、ラミアとかいう女の仮面が解かれた。貴様は見てしまっただろう? 幼馴染だと思っていた娘の素顔を」
「……」
「どんな顔だった? さすがに男ではなかったのだろう? そいつの魔法ではないだろうしな、性別くらいは一致させる筈だ。若かったか? 老いていたか? 美しかったか? 醜かったか? 知らない女を抱いていたという事実は、一体――」
「黙って! 黙りなさい……!」
悪意に満ちた言葉に、シャルロットは思わず声を荒げていた。
それを、せせら笑ってから、マヌラカルタは言う。
「どの程度、恩恵が機能していたのかの確認は重要だと思うのだが。まあいい。それで、このあとはどうするんだ?」
「……彼女に会うわ」
「リグチラ、だったか。たしかに、奴の賛同をまずは得なければ話にならないしな。だが、奴はきっとリリスと同じ判断を下すだろう。貴様と違って公私は分けられることだろうしな。ゆえに、保険は掛けておくべきだと思うぞ」
「保険って?」
「別の隠れ家を見つけておけという話だ。彼女と話をする前に、最低でも移しておくことを推奨しておこう。貴様の味方としてな」
「……」
そんな事を言われても、候補は思いつかない。
そうして黙り込んだシャルロットに変わって、エイダが口を開いた。
「まだ事情がよく判ってないけど、ククルにとってここは安全じゃないのよね? だったら、ゼクスを頼るのはどう?」
「……助けてくれるかな? 彼が」
気弱な調子でククルが呟いた。
瞬間、エイダが盛大なため息をこぼして、
「当たり前でしょう? 私もあいつも、貴方たちの事探してたんだからね。自腹まで切って!」
と、吐き捨てた。
学院では陰口を叩かれて居たりした場面も知っていたシャルロットとしても、それは胸に染みるシーンで、
「ありがとう」
噛みしめるように、ククルが感謝を述べた。
「じゃあ、そこまではあたしがエスコートするわ」と、プレタが手をあげる。「助けられた借りもあるし。あたしなら誰にも気付かれずにそこまで行ける。……この子がいるからね」
傍らに現れた美しい少女の姿をした精霊が小さく頷き、高速で壁をすり抜けて外へと出て行った。
心強い味方だ。
「……隙間が多い。ちょうどいいわ、早速移動を開始するわよ」
「ちょ、ちょっとまって! 私も行くから! 説得は必要ないと思うけど、居た方が確実だしね」
そうして三人が屋敷を出て行く。
「では、こちらも平和主義者のトップの元に向かうとしようか」
「……ええ」
マヌラカルタの言葉に頷き、シャルロットもまた目的地に向かって急ぎ足で移動する事にした。
§
リグチラが会いに行ったモルガナは、ルウォの地下城にいた。
前に見かけた裸同然の格好ではなく、今日はメイド服を着ていた。やたらとツバの大きい帽子だけが据え置きだ。
まあ、それはともかく、
「あ、あの、これはどういう状況なの?」
傍らで珍しく少し困った顔をしている彼女(今はデューリの姿をしている)に訪ねる。
城の長い長い廊下のど真ん中に女の子座りをして、モルガナがポロポロと涙を流して泣いていたのだ。おうおう、と声をあげて、それはもう見事なまでの号泣だった。
ただ、よくある事なのだろうか、他のメイドたちは特に気にしていない様子だ。或いは、さわらぬ神に祟りなしを忠実に守っているのかもしれない。
「気の迷いだったんだよ。あれは私の中の内なる悪魔がやれって言った事で、私の本心じゃなかったんだよぉ……!」
ぐずぐずと鼻をすすりながら、彼女はなにやら非常に後悔しているようだ。
「どう説明するべきか……ある窃盗が明るみになってね」
と、リグチラはやたらと冷めた目で、モルガナを見下ろしながら言った。
「窃盗?」
「下着だ」
「下着? ……え、あの、誰のですか?」
この流れで、モルガナが被害者じゃない事を察して、シャルロットはそう訪ねた。
するとデューリは小さく吐息を零して、
「もちろん陛下のだ。私室の防備が甘くなっていて、やれる状況にあったらしい」
「……そ、そうなんですか」
正直、どう反応したらいいのかわからなかった。
ただ、ここで素直にドン引きするのは、さすがに不味いだろうというのだけは、肌で感じ取っていて、
「え、ええと、モルガナ様は、それだけ皇帝陛下の事が好きなんですね」
と、とりあえず当たり障りのない事を口にしてみた。
結果、
「もちろんだよ! だってカッコいいじゃん!」
と、床をぺちぺちと叩きながら、モルガナは高らかにそう叫び、
「まず顔がいいでしょう。あの一見凡庸極まりないけど、角度によってはいい味出してるところとか、もう最高だし! 纏ってる雰囲気も好き! あと声もいいし。なにより匂いがいいんだよなぁ。あぁ、それと汗の味も良かった」
「は、はぁ……」
これまた凄い事を言っている。
デューリもいつもの無表情を取り戻しながらも、若干引いているのが空気で伝わってきていた。
ただ、モルガナは気付いていない様子で、テンション高くルウォのどこが好きかを語り、
「……貴女、良い人ね。私と同じ神子みたいだし、名前は?」
と、聞き手に回ったシャルロットの事を気に入ったようだった。
それを前に、
「私は御邪魔のようだな。では、後は任せるよ」
何処か嬉しそうなトーンで言って、デューリが去って行った。
任せるという言葉のままに、どうやらまだアルドグノーゼの活動周期は訊き出せていないようだ。
まあ、これだけ皇帝陛下の事が好きだと言っている相手に、そのプライベートな情報を求めるというのは、下手をしたら敵視される恐れもあるので、慎重になるのは当然のことではあるが。
「……やっとあの男どっか行ったよ。要塞の事で話があるとか言って、私が知るかっての、他に適任いるでしょうが」
去ったのを見て、モルガナが愚痴をこぼす。
その愚痴もまた細かい内容が多かったりしたのだが「ていうか、あの男、も、もしかして、私の事が好きだったりするのかな?」という発言もあったりして、一概にデューリの事を嫌っているというわけでもなさそうだった。
それをそれとなく指摘すると、ただの人間だからどうでもいいという答えが返ってくる。
「どうせ二百年もしたら死んじゃうし、二、三十年程度で顔も変わるし、仲良くなったって仕方ないし。ってか、私って今何歳だっけ? 爺やは覚えてるよね? ――え、五千三百二十八歳…………そっか、数字聞くとあれだね、私、すごい婆やみたいだ」
自分の言葉でショックを覚えたのか、また沈み込むモルガナを励ましつつ、自然な流れを作りつつ、シャルロットは意を決してアルドグノーゼの事を訪ねた。
すると、意外な反応が返ってくる。
「なに、もしかして貴女あんなのがいいの? 魔法喰らってるわけでもないのに変なの。まあいいや。それで何が知りたいの? 表に出てる周期? ええと、待ってね、どう説明するのがいいか考えるから。――ん? なに? んー、大丈夫でしょう。そういうのじゃないと思うし。私がそう言ってんだから、そうなの。はい、この話終わり!」
契約相手との対話を挟んでから、モルガナは周期の法則を教えてくれた。
それによると基本的に三対一の割合でルウォが表に出ているようで、たとえば三日ルウォが表に出ているなら必ず一日はアルドグノーゼが表に出る事になっており、九日なら三日、十五日なら五日という感じらしい。
「ちなみに建国祭の時期だけは出ている期間が決まってて、陛下がその前の三日間を消費して、当日は絶対にアルドグノーゼになるんだ。陛下目立つの嫌いだし、あいつは目立つの好きみたいだし、利害が一致してるから」
「そうなんですか」
「変わったら教えてあげようか?」
「は、はい、出来ればお願いします」
「わかった。では、期待して待つがいいわ。この私の価値ある情報を!」
最後に大仰な、戦場での振る舞いと似たような物言いをもって、モルガナは瞬き一つの間に消えた。多分、要塞に戻ったのだと思う。シャイアが妙な反応でも見せたのだろうか。
まあ、なんにしても、目的は果たせた。それにほっと息を吐いたところで、
「どうやら上手く行ったようだね」
と、デューリ姿のリグチラが戻って来た。
「……逃げたでしょう?」
「私がいない方が話がうまく進むと思ったんだ。そして事実そうなった」
涼しげにそう返して、リグチラは移動を促すように歩き出す。
その隣に並んだところで、
「それで、貴女が此処に来た理由はなんだったんだ?」
「うん、実は……」
事情を説明すると、リグチラは「判った。では彼の死を偽装しよう。そのためにも、まずはカバーストーリーを考えなくてはね」と答え、味方になってくれる事を表明してくれたのだった。




