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君>世界   作者: 雪ノ雪
第五章『二人のリリス』
54/64

10/不死嬲り

 魔法砲撃の援護を得てからの展開はあっという間だった。

 傭兵共はその時点で降りて左翼は完全に無力化、残る部隊も前後からの挟撃に耐えられないと判断し、程無くして降伏したのだ。

 そうして堂々と正門からの歓迎を受けて中へと入ったヘカテの軍は、真っ先に拡声器を用いて市民に抵抗の代償を語った。それから都市の中心である市役所に赴き、市長にも無駄な抵抗をしないように再度釘を刺させて、都市の制圧を完了させる。

「余計な問題は起こすなよ。全ては陛下の備品だという事を忘れるな」

 この都市の当面の管理や、住人の取り扱いの指示を終えたヘカテが最後にそう告げて、市役所のエントランスでのんびりと待機していたヴラドたちの元に戻ってきた。

「ずいぶんと下手に出るのね。もっと暴力的で陰惨な光景を期待していたのだけど?」

 からかうような口調でリリスが言う。

 それに酷く醒めた眼差しを返して、ヘカテは答えた。

「陛下は圧政にあまり興味がない。貴様が自身の吐きだした言葉に興味がないのと同じようにな」

「ずいぶんとルウォの事を理解しているのね? それが誤解でなければ良いのだけど」

「私の前で陛下に対する無礼か? いい度胸をしているものだな」

「これは失礼。では、ルウォ陛下と呼べばいいかしら? ……あぁ、それはそうと、魔法陣の管理権限はこちらにもある事を忘れないようにね。将軍様」

「その台詞は、そのままそちらに返そう。妙な細工をすれば、命はないと思え」

「心配しなくても、ルウォという国を貶めるような真似はしないわ。むしろ、お前たちこそが大陸の覇者である事を示すために、わたしたちは此処に居るのよ。だから、ザーラッハをこうして弱らせているのでしょう?」

「その台詞も、ずいぶんと白々しい」

「そうね、わたしもそう思うわ。でも全てが嘘ではない。賢しい悪魔は、けしてそんな事しないもの」

「ヘカテ様、転移門の準備が完了しました。いつでも戻れます」

 都市防衛のシステムも完全に掌握したようだ。リリスとヘカテが言葉遊びに興じている最中に、外から入ってきた部下が言った。

 その後ろには、ロロント、リグチラ、そしてシャルロットの姿がある。

「そうか。……では、常駐部隊の配備を終え次第解散だ。お疲れ様」

 ずいぶんと柔らかい口調で締めたところで、ヘカテは軍の共有化を解いたようだ。

 それから左手に持っていたケースを地面に置き、その場で開いて、ネクタイを緩め、軍服の上着を脱ぎ、それらを仕舞う。そして、代わりにカジュアルな感じのコートを羽織り、ズボンの上にスカートを装着し、金属の板の入っていたブーツをミュールに変え、複数入っていたウィッグの一つを取りだして、それを頭に接着させた。

 全身刺青スキンヘッドの凄味のある美人が、実に見事な早変わりである。

「……なにしてるの?」

 リリスのその戸惑いには、接収した施設の入口で堂々と行われたこの着替え自体も指していそうだが、ヘカテの方はまったく気にもしていない。

「なにって、今言ったばかりでしょう? 仕事の時間は終わった。今の私は軍人じゃない。だからよ」

 冷徹だった表情は、どこかアンニュイなものに変わり、それに合わせるように口調もまたずいぶんと砕けたものへとシフトする。

 オンとオフがはっきりしている性格なのだろう。

「他国に足を運ぶ事なんて、こんな時くらいしかないしね。私は観光を愉しませてもらう。それじゃあ、貴方たちもどうぞご自由に」

 最後に薄桃色の口紅を塗って、ヘカテは颯爽と街へと躍り出て行った。

 あっという間に人混みに紛れていなくなる。

「色々と、凄い人ですね」

 そうして彼女が去ったところで、シャルロットが声をかけてきた。

 衣服が血だらけだ。だけど、身体に傷はない。つまりは死んだという事だ。

 ただ、それにしては魔力の色に変化はない。軽傷で済んだ、という事なのか、それとも……

「彼女がいなければこの襲撃は成立しなかった。最も大きな活躍をしたのは間違いなく彼女だ」

 初めて見る男の姿をしたリグチラが、ヴラドが投擲した長刀をこちらに差し出しながら言った。

 いつも通りの淡々さではあるが、少し声に感情がある。庇う、という意志がそこには滲んでいた。

「それは喜ばしい事ね。もしかしたら、わたしが期待している以上に使えるようになるのかしら? ……ところで、お前はいつまで隠れているつもり? それとも、わたしが気付いていないとでも思っているの」

 リリスの視線が、シャルロットの影に向けられる。

 侮蔑に満ちた目。

 それに耐えられなくなった、という事はないだろうが、

「もちろん、そのような事は思っていないさ。『穢火の女禍』は非常に鼻が利くという記述もある事だしな」

 と言葉を並べながら、マヌラカルタが姿を見せた。

 六、七歳くらいの子供の姿をした魔神。その魔力はずいぶんと不死の色に染まっている。

「不死の王程度が、ずいぶんと不敬ね」

「私を殺せるのなら改めよう。跪いた上でな」

「殺す? そんな事、今のか弱いわたしには出来ないわ。……もっとも、永遠に死なせない方法なら、すぐにでも用意できるけれど」

 ちらりとこちらを見ながら、リリスが言う。

『定着』というあまりに手札の多い魔法を前に、楽観できる要素などないと察したのだろう。マヌラカルタの表情には、微かではあるが確実に恐怖の色が滲んでいた。

 この手の類は優位な状況で相手を嬲るのは得意だが、決まって自分が不利な状況だと無様を晒す。まあ、そういう状況でしか相手に手を出していないのだから、当然と言えば当然だが。

「もうお前にはあまり価値がない。小娘の方が使える事が今日はっきりと証明されてしまったしね。さて、どうしたものかしら? その不完全な不死性、切り離されたバックアップを、直してあげましょうか? お前の努力が台無しになる様は、それはそれで面白そうだしね」

「――」

 マヌラカルタの眼が大きく見開かれた。

 滲んでいるだけだった恐怖が、これ以上ないくらいに露見する。

「……何故、知っている?」

「どうでもいい質問ね。お前が今喋る事はそれじゃないでしょう? そんな事も判らないの? はぁ、もういいわ。ヴラド、彼はまた完璧な檻の中に戻りたいようだから、少し値は張るけれど、あの核を使ってあげましょうか」

「ま、待て! この小娘は未熟だ。特に知識に乏しい。貴女が常に傍に居るのなら、それは問題にならないだろうが、もう小娘一人に構っている時期ではないんだろう? 戦力としても、気概や精神だけでは不十分だ。より一層に、その娘に価値を持たせたいのなら、私を切り離すのは得策ではない」

 声が震えている。

 完璧な檻とやらに戻るのが、よほど嫌なのだろう。

「……たしかに、そうね」

 少しだけ甘い声で、リリスはうなずいた。

 そうしてほんの僅か、マヌラカルタが希望を抱いたところで、

「小娘、お前はどっちがいいかしら?」

 と、シャルロットに言う。

「え?」

「お前が今回の立役者だったのでしょう? ご褒美よ。あぁ、ちなみに、無くなるのは煩わしい意識だけ。お前が不死性を手放すのはまだ先ね。だから、本当に目障りな要素が消えるだけという事になるのかしら。ふふ」

「――」

 マヌラカルタが息を呑む。

 シャルロットがこの悪魔を残しておく理由がまったくない事を、奴自身が誰よりも理解しているからだろう。相変わらずの悪趣味だ。けれど、この悪趣味はある意味痛快でもあった。

 ただ、シャルロットにはそうではなかったのか、

「……私は、今のままで大丈夫です」と答えた。「だって、それをするには値が張るんでしょう? こんな相手に、使う価値はないと思いますし……その、出来れば私も、別のご褒美が欲しいですから」

 躊躇いがちながら、強い意志を感じさせる物言い。

 それを前に、

「――ふ、はは、あっははは!」

 と、声を上げて、リリスはわらった。

「人間って本当、時々急に化けるから不思議だわ。あぁ、でも、お前の場合は意外でもないのかしら。アステア・ディ・グゥオン。お膳立てがあったとはいえ、人の身で神子を殺すという歴史上でも稀有な偉業を成し遂げた女。その血が、お前にも流れているのだものね。……ふむ、そうね、では悪魔の契約に変えましょう。わたしとお前の忠実な下僕にしてあげる。上手く使いなさい」

 そう言ってから、リリスはマヌラカルタの頬に手を添えて、真っ直ぐに見据え、

「さぁ、そういうわけだから契約を行いましょうか。お前を修復しないであげるわ。その代わり、お前はわたしとこの小娘の味方である事を貫くの。極日の儀式が終わるその時まで」

 と、怖いくらいに優しい声で言った。

「……一つだけ、教えてくれ。何故知っているんだ? 私が復元処置から逃れている事なんて、リズしか知る術がないはずだろう?」

「簡単な質問ね、わたしがそのリズだからよ」

「彼女はエンシェの王だ!」

「そして『最疫』の娘でもある」

「――は?」

「なに? その反応、もしかして知らなかったの? アンフェノとリズは姉妹よ。共通の源流をもっていて、共通の呪いを託された、ね。……まあ、その呪いを解くアプローチは真逆みたいだから、けして仲良くはなれないのだけど」

「……」

 マヌラカルタは呆然としている。

 その有様に失望のようなため息をリリスがついたところで、聞き役に徹していたリグチラが口を開いた。

「私からも、一つ訊いていいかな?」

「いいけど、なにかしら?」

「エンシェの目的も『最疫』の復活なのか?」

「アプローチが違うと言ったわ」

「では、やはり貴女は『最疫』を復活させるつもりなんだな?」

「ええ、そうよ。愛しいあのヒトを、わたしは必ず取り戻す。けれど、彼女の目的は世界を滅ぼす事ではないわ。むしろ、神としての義務を怠り、この世界を滅ぼそうとしているのはノスティワ共よ」

「それを証明するものは?」

「ないわね。でも、それって重要? どうせお前たちも最後はヴラドの側につくのだから、ヴラドの目的さえ理解していれば、わたしの目的の価値なんて他の参加者と変わらないと思うけれど」

「確かに、その通りだな。あぁ、色々と不透明な部分がはっきりした。貴女とは最後の一つ手前まで、良い関係を築けそうだ」

「それは良かった。……で、まだ頷けないのかしら? 残念ね、どうやら小娘の要望は叶わなそうだわ。ヴラド」

「それでいい!」裏返った声で、マヌラカルタは言った。「……従う。私は、今から、貴女達の下僕だ」

「契約成立ね。安心しなさい、最後にわたしが勝てば、お前の望みも叶うんだから。ふふ、あっはは」

 そうして嗜虐と退廃に彩られた嘲笑でリリスが話を締めくくり、一同は鉱山都市ヴァテンを後にするのだった。


                §


 深海世界に戻ってきたところで、

「あぁ、そうだ、歪な魔神同士、少し内緒で悪巧みをしましょうか?」

 と、リリスがマヌラカルタを誘った。

 額面通りに受け止めても良さそうだが、別段止める理由もない。

「では、私もザーラッハに戻るとしよう。シャルロット、今日までありがとう。貴女が手を貸してくれたおかげで色々と助かった。またすぐに手を借りる事にはなると思うが、数日はゆっくり出来ることだろう。おそらく、貴方たちの方もね」

 二人が去ったところで、リグチラが言った。

「兵に大きな被害はなかったのに、足を止めるのか?」

 と、ヴラドは微かに眉を顰める。

「あぁ、間違いなくそうなる。なにせ、今回の件で、エンシェとクリスエレスが動く条件が成立したからね。彼等は三つ以上の都市が落とされた場合、ザーラッハからある権限を与えられる事になっている。要はこのまま進軍すれば両国の神子の相手もしなければらなくなるというわけだ。我々にそれは難しい。だからこそ、その問題を解決できる陛下が、今抱えている問題を片付けるまでは待機という事になるだろう」

「それで数日か」

「連戦が続いたようだし、貴方にも休養は必要だ。ちょうど明日から、ルウォではお祭りも行われる事だし、羽根を休めるにはいい機会だろう。それでは、また数日後」

 そう言ってリグチラは颯爽とした足取りで去っていき、ヴラドとシャルロットの二人だけとなった。

 しばしの沈黙。

「……帰るぞ」

 突っ立っていても仕方がないとヴラドは歩き出す。

 その隣を、シャルロットが並んだ。

「あ、あの、」

「なんだ?」

「い、いえ、なんでもありません」

 視線を逸らして、オドオドとした態度。

 それはヴラドのよく知るシャルロットそのものだったが、それに対して少し違和感を覚えている自分も居て……

(やっぱり、よく判らない奴)

 そんな結論を抱きつつ、屋敷へと帰還した。


 

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