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君>世界   作者: 雪ノ雪
第五章『二人のリリス』
53/62

09/応報

 シャルロット勝利の報告が届けられた時、正直ロロントはそれが事実だとすぐに受け入れる事が出来なかった。それくらい実力差があるものだと思っていたからだ。

 ただ、ここまで届いた魔力は以前の彼女のそれではなかったので、不可能という訳でもなかったのだろう。

(援護を一枚用意した。貴方が魔法を使ったタイミングで発動する。上手く利用してくれ。では、始める)

(了解した)

 リグチラの聲に頷きつつ、下準備を終えたロロントは魔法陣を管理している施設に踏み込み、敵を蹂躪しながら目的地に到達した。

 そこで手練れの傭兵とぶつかるが、リグチラの奥歯を変身させて寄越した透明な鳥の奇襲によって手間取ることなく始末する事に成功し、恙なく拠点の制圧を終える。

 ほどなくして、リグチラの方も片付いたようだ。

(これから使用者の権限を獲得する。そちらで許可を)

(わかった)

 頷き、手続きを済ませ、起動に必要な魔力の登録を済ませる。

 これで、都市の砲撃が使えるようになった。

 狙いを定めて、こちらに背を向けているザーラッハの正規軍に向けて放つ。

 が、それは外壁に展開された結界によって防がれた。

(おい、なにがあった?)

 それを司っている魔法陣は地下にあり、そこは既に平和主義者の人員によって抑えていたのだ。そしていつでも無力化できる状態にある筈だった。

(優先順位が上書きされている。……どうやら、起動の魔法陣を外に動かしたようだ)

 と、リグチラが共有を用いて教えてくれた。

(外だと? ……戦場を指揮している奴か)

(この奇襲は完全に想定されていたみたいだね。それもかなり早い段階から。ロロント、貴方はこちらに来ていつでも砲撃を撃てるようにしておいて)

(まさか、抑えに行くつもりか?)

(私が適任だ。変身が使える私がね)

 そこで、リグチラとの共有が途切れた。


                §


 そうしてロロントの繋がりを切ったリグチラは、空気に化けて入れ違いでやって来た敵の増援をすり抜け、施設を脱出。

 次に手近な屋根の上に跳び移ってから大烏に変身し、鉱山都市ヴァテンの

 外壁の上へと降り立った。

 使い過ぎた魔力の節約のために本来の姿を戻り、戦場を見渡す。

(……やはり打開は必要か)

 その事実を確認し、街の外へと飛び降りる。

 飛び降りている最中にまた空気に擬態し、後方に待機している正規軍に接近していくと、その中心部分で見覚えのある魔力を捉えた。

 テスラだ。トルウォラト学院の教官筆頭。かつての『真深夜』でもある。

(妙なところにいるものだな。タシネル・リャンタの指示か)

 学院の管轄はかの神子にあったはずだし、どういう経緯かはともかく最終的なサインを出したのは彼女で間違いないはずだ。

 魔方陣の権限を持っているわけではなさそうだが、それを守る護衛として居るのは明白なので、陽動の類は効きそうにない。

(引退したのはたしか二十年ほど前。理由は左腕の一部機能不全だったかな)

 細かい箇所についての情報はなし。それでも引退に追い込まれるほどなのだから、肘の関節当たりが濃厚か。

 所有している魔法は『物質操作』。いわゆる念動力とも呼ばれるもので、魔力を付与した物を自在に操れるというものという報告がされていた。ただ、この手の魔法は類似の別物である事も多いので、下手な確信は禁物だ。

 まあ、いずれにしても、今の彼に『真深夜』クラスの力はない。それでも『黒潰石』の最上位程度の力はあると考えるべきだろう。

(一対一ならやや不利、盤面を考えればやや有利といったところか。上手く暗殺暗殺出来れば良いが)

 隠密のレベルを上げつつ、自身の左手を地面に落とし仕掛けを一つ用意し、リグチラは最後尾にいた正規兵の脇をすり抜け、集団の中へと滑り込んだ。


                §


(この将軍はよくやっているけれど、さすがに戦力差が有りすぎるわね)

 やや神妙な面持ちで、リリスが呟いた。

 治癒魔法でまだ戦線は保てているが、死人の増加速度が増してきている。ある一定を越えれば一気に瓦解するだろう。

 それはもちろん、指揮をしているヘカテが誰よりも分かっていて、

「……多少なりとも説得力がある内容であるのなら、一度だけ票をくれてやる」

 プライドによって致命傷まで遅延される事無く、その言葉を口にした。

「あんな偉そうにしていたのに、一度だけ?」

「これが私に用意できる最大の報酬だ。気にいらないのであれば早々に去れ。貴様たちだけなら、或いは逃げられるだろう」

 リリスの挑発には一切乗ることなく、ヘカテは淡々とした口調で言う。

 その言葉に、嘘は一切感じられなかった。彼女は、敗北も死も畏れてはいないのだ。つまり交渉の余地はない。

「いいわ。左翼を担当してあげる。でも、あまり長くはもたないだろうから、それまでに挟撃を防いでいる魔方陣を潰すか、右翼を潰すか、好きな方を選びなさい」

 二つの提案を並べつつ、リリスはこちらに視線を流し、

(最悪、地下道を使って都市内に逃げる手も考えておきましょう。わたしは上から状況を観測しながら、下のルートの確保をする。それでいいわね?)

(あぁ、それでいい)

 分身一つ作れる程度の魔力を相方に譲渡しつつ、ヴラドは簡易な作戦室から飛び降りた。

 リリスも実体化を解き、一緒に降りつつ、足が地面についたタイミングでもう一人の自分を生み出して、それを地面に沈ませていく。

「これより右翼を優先させる。敵傭兵が介入次第七番は六番の保護、六番は後退しつつ二番と合流、四番は九番の援護をしつつこのポイントを砲火。一番はそこが開き次第確保。本隊は前進速度を上げつつここを陣取る。互いの位置を把握出来るように共有のレベルを一段階上げておけ。支障が出る前に攻略する。――全ては陛下の為、精錬されたその身を捧げてみせよ!」

 ヘカテは台の上の戦場を鋭い表情で睨みつけながら指示を並べ、最後に部下たちを鼓舞した。

 それに応えるように、数万の兵士が雄叫びを上げる。

 その気迫に、僅かではあるがザーラッハの傭兵集団たちが怯みをみせた。もちろん、そんな弱気を晒したのはそこそこの連中だけだが、食いちぎる糸口としては十分だ。

(逃げを考える必要はなさそうだな)

 ヴラドは懐から大地の魔法の核を取り出して、それを噛み砕きながら地を蹴り、敵に肉薄すると共に自身の背後に大掛かり変動をもたらした。

 高さ五百ヘクテル、厚さ七ヘクテルの防壁だ。ついでに、硬質化の魔法も砕いて突破を困難にしておく。これで、左翼の敵共はヴラドだけを相手しなければならなくなった。

「ヴラド・ギーシュっ!?」

 傭兵の誰かが叫ぶ。

 そこから少しのあいだ恐怖が伝播したが、程なくしてそれは野心へと変わった。

 ヴラドの魔法によって彼等はヘカテの軍に手を出せなくなったが、裏を返せばヴラドも彼等の手を借りるのが難しい状況になったからだ。

 圧倒的な数の利を活かせば、もしかしたら討ち取れるかもしれない。そして成し遂げる事が出来れば、それはこれ以上ない名誉。個人としても団としても、一気に格を上げるチャンスとなる。

「分不相応という言葉を教えてあげなければね。あっはは!」

 傍らのリリスが愉しげに笑いながら、ゆらりと空へと舞った。そんな彼女に矢が飛来する。

 実体化していないのでダメージはないが、悪魔と契約している奴がいるというのは多少の脅威だろうか。

 まあ、何にしても一対大多数、ヴラドにとってはこれ以上ないくらいに理想的な戦場だ。

 勇み足な数人を斬り殺して血を確保し、その血を周囲に展開させる。

 巨大な魔物相手なら強度を高める為に爪にする事が多いが、人間相手はもっぱら鞭剣だ。

 超高圧の紅い液体を用いた不規則かつ高速の無差別攻撃は、それだけで雑兵を粉微塵にしてくれる。それを掻い潜って仕掛けて来れる者も、刀との同時攻撃を前には為す術もない。

 特に開幕十数秒は、本当に一方的な暴力の体現が彼等を襲う。

 もちろん、この戦い方はそれほど長く維持出来ないので今だけだ。ヴラドの定着の魔法は相手の魔力も自身のものにできるが、対象を増やせば増やすほど一つの定着に掛かる消耗量が増すという特性上、獲得できる魔力よりも圧倒的に失う魔力のほうが多いので、どれだけ数がいても無尽蔵に戦える状況にはならないためである。

 さらに個人ではどうにもならないと一致団結して特化戦力用の対策もされるので、処理の速度はだんだん落ちていき、やがては不利に傾く。

 目の前に広がっている三万弱の傭兵のうち、おそらく確実に仕留められるのは三分の一程度。上手くやれて半数だ。

 その半数を得るために、どう動くのが最良か……

(脅威になりそうなのは、あの二人)

 遠距離から様子を見ている傭兵団の団長と副団長。名前は知らないが、おそらく『黒潰石』に相当する程度の力はありそうだ。こんな出力が長く続くわけがないと踏んで、こちらを消耗させるために死んでいっている他の傭兵団の連中を嘲笑っている。

 まずは、そいつらを殺す必要があるだろう。その姑息さを見せた事自体が愚だったという事を、教えてやる必要がある。

(……これくらいで十分か)

 死体にした無数の肉を破裂させてすべての血液を自由にし、そいつらへの道を切り開くために津波を発生させる。

 そうやって最短で、狙いを定めた者達の前に辿りついた。

 驚愕に見開かれた二人の表情。

 何故、自分たちが狙われたか理解出来ていないのだ。それを物語るように、

「クソがっ! どうして……!?」

 と、悪態を付きながら。そいつらは隠していた魔力を解き放ち迎撃に出たが、もちろんまだ魔力に余裕があるヴラドにとって、そんな抵抗は意味をなさなかった。

 津波の一部を巨大な塊に、頭上から叩きつける。

 それで一人が潰れて死んだ。もう一人は紙一重で回避したが、そこが限界。

 血を操りながら避けそうな方に踏み込んでいたヴラドは、長刀を真っ直ぐに突き出して心臓を貫く。

 と、そこで、上空から周囲を見渡していたリリスの聲が届けられた。

(地下のルートは大体把握したわ。増援の気配もなし。あぁ、それと見知った顔が一つ。正規軍の司令官の傍、魔法陣を守っているみたいね。……なるほど、あれが結界の要か)

「誰だ?」

(トルウォラトの役立たずの教官様よ。男の方のね)

「……テスラ、だったか」

 シャルロットの護衛依頼をろくに守れなかった男だ。

 ただ、そんな奴でも戦闘能力の方は侮れない。そいつが平和主義者の工作を邪魔しているのなら、始末する必要がある。

「眼を貸せ」

 懐から核を一つ取りだしつつ告げる。

(それ、殺し屋の核? ……まあ、使うにはちょうどいいタイミングかもね)

 左目がリリスの視界へと切り替わる。

 込められている魔力が弱い所為で、ずいぶんとぼやけている。

(だったらもっとわたしに魔力を寄越しなさい。いっそ半分でもいいわよ?)

「平和主義者の動きに合わせる。視線を外すなよ」

 軽口を完全に無視しつつ、強化したリリスの眼で状況を把握する。

 平和主義者の方にまだ動きはないが、この状況下なら間違いなく結界を潰しに動く。それを担当するのが誰になるのかは不明だが、リグチラかロロントのどちらかなら、こちらの援護を活かして仕留めてくれるだろう。

 ハンマーを血の膜に変えて、周囲の攻撃を防ぐ結界を張る。

 ちょうどそれが完了したタイミングで、無数の魔法が殺到してきた。完全に凌ぎきる事は出来ないが、適当に逸らす事は出来る。

 そのうえで、膜から鋭く長い針を伸ばして接近してきた連中を始末しつつ、ヴラドはテスラに照準を合わせた。

 リリスが回収したニルという殺し屋の魔法は、視界に入れた時間の長さで強い誘導性を得るというもので、ヴラドなら十秒目視すれば必中となる。

 その時間を使って周囲の雑兵共を蹴散らしつつ、魔力探知を広げてヘカテたちの状況を更新する。

 戦力を集中させることが出来たこともあり、かなり優勢のようだ。

 ヘカテ自身、治癒魔法の強度を増して、強引な戦いを推進しているようでもあった。

 この分なら問題ない。そう結論が出たところで、テスラに反応があった。

 なにかを警戒している。ただ、周囲に変わったものは見えない。

(見えないなにかがいるのか)

 誰かが光でも操って、視認できないようにしているのかもしれない。

(……光、か)

 その魔法で真っ先に思い浮かんだのは、シャルロットの事だった。

 彼女が参加しているかどうかは不明。確認はしていない。

 まあ、仮に参加していたとしても、さすがに敵陣のど真ん中に単身潜入するような莫迦はしないと思うが、不死という特性がそれを絶対とは言えないものにしているのもまた事実。

(……)

 なんだろう、もやもやとした嫌な気分だ。

 いったいそこに誰がいるのかが酷く気になる。その所為で、結界を真っ直ぐに突き破ってきた一撃を回避し損ねた。右肩に穴が空く。

 敵からしたら初めての手応えだ。死にかけていた士気が蘇ってしまった。まったくもって、酷い失態。

 そんな自分に舌打ちを付きつつも、ヴラドはテスラを見る事を維持し――


                §


 周囲の景色に擬態をしながら、リグチラは結界の魔方陣が敷かれている領域を射程内に収めることに成功した。

 しかしこの距離で魔法を用いたとしても、テスラがいる以上は簡単に防がれてしまうだろう。そして、あと一歩でも踏み込めば、おそらくこちらの存在にも気付かれる。

 だからこそ正規兵の最後尾の仕掛けを用意したわけだが、重要なのはタイミングだ。ヘカテ軍の猛攻によって今前線部隊はかなり混乱しているが、まだこの最後尾の集団にまでは飛び火していない。そもそもの役割が、戦場にあまり関与しない最低限の後方支援と結界の維持だからだ。

 出来ればそれが崩れた瞬間を狙いたいところだが、ヘカテの勢いもいつまで続くかはわからない。

(……不安の方が強いのなら、仕掛けるべきか)

 逡巡の末に、捨て置いた左手を二十匹の蜂に変身させる。

 ヘドロオオバチという名の、きわめて高い致死性の毒を宿した針を持つ蜂だ。サイズは名前とは裏腹に非常に小型かつ俊敏で、ある一定以上の体温をもつ動物に襲い掛かる習性をもっている。

 ヌゥスーの変身は魔法を除く対象の生物的特性を完全に模倣出来るので、その特性さえ模倣させてしまえば細かな操作も必要ない。

 二十の雌蜂は子を育てるのに適した温度を持つ肉に針を突き出し、その肉をヘドロのように溶かし、生まれてくる子が食べやすい状態をセオリー通りに構築してくれるだろう。このブーセット大陸には存在しない絶滅危惧種ゆえに、おそらくその蜂の簡単な対処法を知っている人間もいない。

 最初は近場の正規兵で対処し、それで難しいとなれば部隊長、そちらにも被害がっでそうならテスラが処理に動くはず。

 程無くして後方から悲鳴が上がり、彼らの注意がそちらに流れたのを見計らって、リグチラは止めていた足を前に踏み出した。

 瞬間、空気の重たさが変わる。

「……陽動か」

 ぽつりと零されたテスラの呟きを、張り巡らせていた神経が拾った。

(本当に一歩で気付かれるとはね。こちらの感覚は悪くないか)

 だが、向こうの読みも鈍っていない。さすがに暗殺は望めないだろう。なら求めるのは有効な先制攻撃だ。透明化がどの程度の距離まで機能するか、それが焦点となりそうだった。

 それを確かめるべく、さらにテスラとの距離を詰めていく。

 後方では三匹ほどの蜂が駆除されたようだった。部隊長が動いたのだ。思っているよりも迅速な処理。

 少しだけ敵勢力の評価を改めつつ、リグチラは歩調を速めて正規兵の影からテスラの姿が確認できるポジションにたどり着く。

 射程距離だ。相手はまだこちらの正確な位置までは把握できていない。

 注意をより散漫にさせるべく、残っている蜂を操作してこちらに向かわせる。それに合わせるように、ドロドロになった死体から無数の蜂の子供が誕生した。ただし、これはハリボテだ。中身のない風船のようなものでしかない。そこまでの魔力はないからだ。

 それでも、すでに十数人を殺めている虫の大量発生に、正規兵たちの恐怖はピークに達してくれるだろう。部隊長だけではすぐに対処できないとテスラは判断するはずだし、その状況で動かないという選択を取るのは難しい。とはいえ現場を離れるなどという悪手も取れないので、必然的に魔法での対処を余儀なくされる。

 その狙い通りに、テスラが物質操作の魔法を解き放った。

 周囲にいた百人程度の兵士の得物に干渉して、それらを上空に飛ばし射線を確保したところで、一斉に蜂目掛けて撃ちだしたのだ。

 相当量の魔力が消耗された。誤って味方を殺してしまわないように精度にもかなりのリソースが割かれている。

 それらの影響か、奇襲の警戒はまだ残しているが自身を守る魔力障壁にいくつかの隙間が生じていた。

(これは誘い? それとも純粋なミス?)

 どちらのケースも想定しながら、リグチラは正規兵たちの間を滑るように駆け、右腕を猛毒に塗れた魔物の爪に変形させて死角からの斬撃を振り抜く。

 透明に擬態し、風切り音も殺した背後からの奇襲だ。

 当然のように反応はされたが、想定していたよりはずっと遅い。この辺りは老いによるものだろうか。

 魔力障壁の隙間を通した一撃が、テスラの脇腹を抉る。

(――浅い)

 肌に触れ間際で、爪がぐにゃぐにゃに歪んだせいだ。

 無作為な複数方向からの強烈な物理干渉。かなりの強制力だった。どうやら戦場に立ったその時から、意図的に色格を弱く見せていたらしい。その所為で見誤った。

 あげく、傷口も腰にぶら下げていた短剣で即座に抉り取られてしまう。毒への意識も万全だったというわけだ。

 どうにも芳しくない戦果。とはいえ、仕切り直しはもう選べない。

 透明化を維持したまま、戦闘を開始する。

「最低でも二人か。厄介な話だな」

 わずかに姿勢を落としながら、テスラが呟いた。

 蜂を操っている者と透明化している者が同一人物であるという認識は、まだ出来ていないようだった。まあ、これがどの程度のアドヴァンテージになってくれるのかは不明だが、出来るだけ活かしたいところではある。

(まずは周りの価値の確認かな)

 攻撃直後に身を潜めた正規兵の背中を突き飛ばし、爪を鞭の変化、兵士の背後から攻撃を仕掛ける。

 テスラはその兵士を避けながら、やや不格好にこちらの攻撃を手にした剣で弾き返した。

(少しだけ迷った。必要なら味方諸共やりそうな感じか)

 ここにいるのが一般人だったら、そうはならなかっただろうが、さすがに戦場に出ている兵士が相手なので、その時は受け入れろという心構えなのだろう。

(でも、これは使える)

 背中にしっぽを生やし、それで近場の兵士たちを突き飛ばしテスラの意識を自身の周りに集中させる。その傍らで、本命である結界の魔方陣を守っている者達の質を探ることにした。

(弱くはないけれど、重要なポイントを守る戦力としては、やや頼りないな)

 近付くまでは判らなかったが、この感じなら並行して結界の破壊に取り掛かってもよさそうだ。


「――全員、うつ伏せになれ! そこから指一つ動すな!」


 そんなことを考えた矢先に、テスラが大声をあげた。

 続けて千を超える武器が空に舞い上がり、竜巻のように渦巻き、やがて陣形を組んで静止する。

(有効範囲は五百ヘクテル程度か)

 狙いはすぐに読めた。ある程度の射線を確保した上で、兵士以外の空白部分を虱潰しに切り刻むつもりなのだ。

 真っ先に逃げ場を殺すために最大限外側に広がった複数の剣が、お互いの刃先が触れるかどうかの間隔で柄を中心に高速で回転しプロペラとなって、一斉に内側に向かって駆けだしていく。

 それと同時並行で、真上から兵士たちの間隔を埋めるように剣が降り注がれた。

 ただの透明化の魔法だったならやり過ごすのは不可能だ。かといって強引に突破できるだけの魔力を用いたら、完全に露見する事になる。そうなればより限定的な得物の囲い込みを喰らって、ジリ貧となるだろう。

 しかし、残念ながらそれは変身の魔法に対する処置としては不適切だ。

 爪先ほどのサイズの小人に変身しながら、リグチラは手近な兵士の鎧の内側に入り込んだ。そしてテスラが駆除の際に使用し、今もまだ派手に回転している数本の剣にこびりつかせた蜂の肉片のロックを解除、正確にとまではいかなかったが結界の魔方陣の傍に飛び散らせることに成功する。

 地面に落ちると共に蛭へと変身させたそれらは、テスラのローラー作戦の外にいるので、結界の魔方陣へはそれほど苦労することなく向かえるだろう。

 一応、念のために地面に潜らせて近付かせる事にし、準備が完了した。

「透明化ではないのか。そして複数でもない。まさか変身か? だとするなら――」

 思惑が不発に終わった事で、テスラも核心に近づいたらしい。この辺りはさすがの経験値というべきか。

 だが、一手遅い。

 兵から飛び出しつつ元のサイズにゆっくりと戻しながら、リグチラは右の膝から下を飛竜の牙に変える。

 飛竜という種の最大の特徴は、超長距離を超高速で飛び続ける事が出来る規格外の持久力と、外部干渉に対する圧倒的な強度だ。鱗を筆頭に、爪や牙にも高い魔力耐性が備わっており、これならテスラの魔法防御も問題なく突破できる。

 ただ、心配なのは、いわゆる幻獣種と呼ばれる存在への変身が、ほかの変身とは比べ物にならないほどのコストがかかるという点だ。すでにかなり魔法を乱発しているので、これで仕留められなかった場合は退路の確保も危うくなる。

 無論、これで仕留められると判断したからこその選択なので、自身の行動に迷いはない。

 蛭の攻撃を開始しながら、ゆったりとテスラに近づいていく。

 そして攻撃を受けた部隊が反応を見せた瞬間――テスラの意識がそちらに流れた瞬間に、右足を思いきり突き出した。

 狙いは心臓。最も魔法で守られた部位だ。ゆえに、そこは最も意識の面では警戒されていない。

 結果、竜の牙はあらゆる障害を無視して、テスラの胸に突き刺さる。

 妙な手ごたえ。牙は根元まで胸を貫いたが、心臓を潰した感触がない。

 どうやら、魔法で無理やり心臓の位置を動かしたようだ。

(無意味な抵抗)

 身体に大穴を開けられながらも胴体目掛けて振り抜かれたテスラの斬撃を、咄嗟に纏った鱗で受け止めつつ、次でトドメだとリグチラは竜の牙の形状をウニのように四方八方に尖らせ――

(――っ)

 突然全身に襲い掛かった悪寒に突き飛ばされるように、リグチラは後方へと跳び退いた。

 透明化も、右足の変身も解けている。たった今護衛を始末したヒルたちも左手の一部に戻っていた。

 魔法が、機能不全を起こしたのだ。

(……そう、護衛に仕掛けていたのね)

 それも死んだ時にのみ発動する類の、非常に隠匿性の高いトラップ。

 機能が回復するまでにはおそらく数分を要する。平時ならともかく臨戦状態においては致命的な時間だ。

「捉えたぞ」

 血を吐く言葉と共に、千の得物の矛先がリグチラに向けられ、集中豪雨が始まった。

 周りの正規兵たちの命など、もうテスラは気にしていない。

 むしろ、

「しがみ付け! 足を止めさせろ! 無駄死に終わるな!」

 と、実に建設的なエールを送っている。

 その言葉が効いたのか、それとも役に立っていない負い目にでも突き動かされたか、何人かは指示通りリグチラに向かって飛びかかって来た。

 それが二人同時で重なったところで捕まり、無数の裂傷が体に刻まれる。

 それでもなんとか致命傷は回避したが、飛びのいた先を読んでいたテスラの一撃にはまるで対処できなかった。

 大上段からの一太刀が振り下ろされる。

(リグチラ!)

 咄嗟に影から出てきたヌゥスーが、彼女の身体を思いきり引っ張ったが、それでも避けるまではいかずに、つけていた仮面が叩き割られた。

 額が少し裂けて、鼻の下に血が滴る。

「子供? こんな少女が、デューリ・コンクの正体だというのか?」

 驚きと疑問を滲ませながらも、テスラは淀みなく横薙ぎの追撃を繰り出してくる。

 腰に携えてたナイフで受け止めるが、姿勢が悪い。

 下手な受け方をする羽目になって手首を痛めたあげく、相手の意図した方位に吹き飛ばされた。

 姿勢制御が出来ず、両足が地面から完全に浮いているせいで軌道の修正もできない中で、千の得物の迫ってくる。

(これは、難しいな)

 手にあるナイフでは、致命傷を避けることすら叶わないだろう。

 つまり生き残る道は他人に委ねられたという事だ。テスラがデューリ・コンクの情報を求めて半死程度に済ますか、或いは――

(――ふふ、助けられてしまったか)

 思わず笑みが零れた。

 直後、真上から隕石のように落ちてきた一振りの長刀が、テスラの脳天を射抜き地面に突き刺さる。

 即死だ。リグチラとて諦めの境地と共に空を見上げていなければ、全く察知できなかったほどの速さと気配のなさだった。

 まあ、なんにせよ、これで脅威は去った。ならば、あとは目的を果たすのみ。

 リグチラは突き刺さった刀を得物に替えて、進路上にいた障害物を切り殺しながら一直線に魔方陣のもとに向かい、思いきり刀を振り抜いて結果を破壊。

(完了した。私目掛けて撃ってくれ)

 と、共有状態に戻し、ロロントに指示を飛ばす。

 長い付き合いだから、こちらが求めている状況はすぐに理解してくれたのだろう。土煙が派手にあがるように、都市の砲撃は大地の表面を広くえぐり飛ばす。

 その煙幕に紛れて、リグチラは無事戦場を離脱した。


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