08/傲慢を為せ
ヘカテの要請に従って、リグチラ、シャルロット、ロロントの三人は鉱山都市への潜入を成功させていた。
「……かなりの数だな。たしかに内部から崩さなければ手間がかかりそうだ」
この街に相応しい、鉱山での作業に適した衣装を身に纏った青年に化けたリグチラが呟く。
シャルロットもロロントも、そんな人物と共に行動していても一向におかしくない姿へと変えられていた。維持にはかなりの魔力が必要そうだが、二、三十分程度なら問題はなさそうだ。
「ロロント」
「あぁ、判っている」
頷き、ロロントが魔法を周囲に放った。
多分、それに気付いたものは誰もいないだろう。シャルロットの影に潜んでいるマヌラカルタですら、まったく感知する事は出来なかった。
どのような魔法を行使したのかが分かったのは、彼の報告によってだ。
「六桁を殺した奴が都市内に一人いるようだ。五桁も三人。こいつらは防衛機関の傍に居るな」
「そうか。……契約者の数は?」
「……我々を除けばカウントは零。都市内にはいないようだ」
(なるほど、計測の魔法か)
契約者の影の中で、不死の魔神は一人頷く。
この手の魔法を人間が所有する事は滅多にないので、おそらく契約相手の魔法だろう。能力は文字通り数の把握。散布した魔力内の、指定した項目の数を知ることが出来るというものだった。
先鋭化された魔法の特徴だが、これらを防ぐのには同等に専門的な魔法が必要になって来るので、場合によっては神の防壁をも突破できる。つまり、その情報は極めて信憑性が高いという事だ。
「三人で行動すれば問題なく制圧できる戦力だが、このヴァテンもルウォ・ステラ要塞ほどではないがセーフティーを備えている。二点の同時制圧でなければ、都市の防衛機能を奪う事は難しくなるだろう」
だからこそ、ここに来る前に三人は共有の魔法(聴覚のみ)を刻み込んでいた。
ただ、それでも完全な準備とは言えない。人数不足は否めないからだ。それだけこの侵攻は急であり(実際作戦会議で侵攻先が決まってから三時間でヘカテたちは戦場に到着している)、また平和主義者も別の件にリソースの多くを割いていた。
それがなんなのかはマヌラカルタには判らない。というか、どうでもいい。そんな事よりも、ずっと気になっている事があったからだ。
「……見つけた」
眼を閉じていたシャルロットが呟く。
彼女は自身の持つ光の魔法を用い、無数の鏡を使うように本来なら見えない位置にいる六桁の殺人者を視界に納めたようだ。
「これは、不動のグローノか。大物だな」
共有の効果で同じ光景を見たロロントが呟き、視線をリグチラに向けた。
「どうする? 戦力的には貴女が対処するべきだが――」
「私がやります」
ロロントの言葉を遮って、シャルロットが口を開く。
それにリグチラが眉をひそめて、
「貴女が?」
「防衛機能の傍に居ないという事は、きっと遊撃を担当しているんだと思うの。重要な場所が狙われたら、狙った相手が制圧に意識を割いた隙をついて仕掛けてくる。そのリスクは先に抑えておく必要があるし、私には都市機能の扱い方は判らないから私が適任。私にやらせて欲しい」
力強い視線に、迷いのない口調。
(……まただ。なんだ、この違和感は)
この作戦に参加すると進言した時もそうだったが、マヌラカルタが知るシャルロットとは思えないくらいに積極的だ。ヴラド・ギーシュが絡んでいるからというのが理由だというのは判るが、それだけではないような気がしてならない。
マヌラカルタには、その動機がまるで見えていなかった。
だが、リグチラは違うのだろう。
「……わかった。私と彼でこの都市の防衛機能を押さえる。それまでの間、なんとか釘付けにしておいてくれ」
あっさりと了承して、彼女は懐から平和主義者を象徴する仮面をシャルロットに手渡し、路地裏へと歩を進め、「私は右、貴女は左だ」と指示を出し、このあたりに生息している黒鳥へと変身し、飛び立った。
それを見送ると、シャルロットも目標のいる場所に向かって歩き出す。
(ずいぶんと前のめりだが、殺しの喜びでも覚えたか?)
揺さぶりをかけるべく言葉を並べるが、彼女の感情には小波一つ立つことはなかった。
むしろ、これ以上ないほどに堂々と、
「この作戦はリリスさんの要望でもあると思うんだけど、私の邪魔なんてしてもいいの?」
と、言い返してくる。
結果、マヌラカルタは黙る事を選ばざるを得なくなったのだった。
§
マヌラカルタの目的は、シャルロットが表に出ているよりも自分が表に出ている方が価値がある事をリリスに示す事だ。そのために最も効果的なのは、シャルロットを失敗させる事である。だからこそ、不死の魔神は精神的な揺さぶりをかけてきた。……その予想が当たったんだろう。静かになった。
(それとも、なにか別の狙いがあるのかな)
考えたところで答えは出ない。なら、そんな事に今は神経をすり減らしている暇はない。
標的との距離はもうすぐそこ。ここまで近付けば、嫌でも理解する。
おそろしく精緻であり、濃密な魔力の流れ。
これは、勝てない相手だ。
実力差は明白。きっとろくな時間稼ぎすら出来ないだろう。今までのシャルロットなら、どうしようもない。
けれど、神子の力は着実に急速に自分に戻ってきている。今までと違って可能性はある。それがほんの僅かだとしても、いや、むしろ僅かだからこそシャルロットはそれを選んだのだ。
限りなく不確定で、何の保証もない勝負に出た。
「……」
深呼吸を一つして、仮面をかぶり、腰に携えていた剣に触れる。
するとリグチラの魔法で空気に溶け込むように隠されていたそれが露わになり、同時に変身も解けた。
本当に微かな魔力の揺らぎだが、それに気付いたグローノがこちらに視線を向けてくる。
その鋭さに心臓がきゅっとしたが、歯を食いしばり、シャルロットは堂々とそちらに向かって歩き出した。
「平和主義者、一人か」
地の底から響くような低音を放ちながら、グローノが腰に携えていた分厚い鉈のような短刀を革で出来た鞘から引き抜く。
あと一歩で踏み込める間合いでシャルロットは足を止め、相手を見遣った。
身長は百八十ヘクテル程度。しなやかでありながら分厚さのある体躯をしている。壮年の男性とは思えない力強いフォルムだった。
「足止めが目的のようだが、いいのか? 死ぬぞ?」
「――」
威圧の魔力が肌を叩く。
怖い。けど、ただ怖いだけだ。ルウォを前にした時みたいに、死にたくなるほどじゃない。こんなものに乱されはしない。
より強い意志を持って、一歩足を踏み出す。
「悪くない気迫だ。気を引き締めるとしよう」
瞬間、刃が舞った。
戦闘開始の合図。シャルロットは剣を盾にしながら、軽くバックステップして一撃を受け流し、返し刃をお見舞いする。
が、受け止められた。鉈にではなく、肌に。
この男は、シャルロットの攻撃を一切躱そうとしなかったのだ。そして、前のめりにカウンター気味の斬撃を放ってきた。
守りを意識した太刀でなかったら、多分即死していただろう。それほどまでにグローノの一撃は速かった。そのうえ凄まじい威力も孕んでおり、掠めただけなのに左の二の腕が骨まで見えるほど深く裂けた。
「……ふむ、良い反応だ。強度も高い。少し長引きそうだな。女子供を痛めつける趣味はないんだが」
ため息を零しながら、グローノが前傾姿勢と共に突っ込んでくる。
大上段からの一撃。
避けながら突きを放つが、こちらの手が痺れるだけで、またも薄皮一つ貫けない。信じられない硬度だ。
魔力による強化では説明がつかない。これは魔法。指定した対象の強度を上げる魔法なのか、硬質化の類なのか、いずれにしても生半可な暴力は無意味だろう。
ならばと右手に握りしめた細剣にありったけの魔力を乗せて、カウンターの一撃を放つ。
しかし、これも届かなかった。無傷ではないが、爪先程度皮膚に食い込んだくらいだ。掠り傷もいいところ。
「良い一撃だ」
褒めるような口調で言いながら、グローノが横薙ぎの一撃を放った。
受け流そうと試みるが、流しきれずに体勢が崩される。そこに、鋭い蹴りが叩き込まれた。こちらも足を上げて受け止めたが、まったく耐えきれず壁まで吹き飛ばされ一瞬意識が飛ぶ。
致命的な隙だ。気付いた時にはもう鉈を振り上げたグローノが迫ってきていて――しかし、その得物が振り下ろされる事はなかった。
「この一帯は今非常に危険だ! 早く安全な場所に避難するといい!」
代わりに壁の奥、つまりは家の中に向かって彼は声を張り上げる。
ちょうどシャルロットの後ろに誰かがいたのだ。そして攻撃を完遂すればその人物を殺してしまうから、彼は手を止めたのである。
おかげで逃げる暇が出来たが、十万人以上を戦場で殺してきた人物の道徳の高さを知って、非常にやりにくくなってしまった。
この人を、自分は殺さなければならないのだから。
(……いや、違う。そうじゃない)
自分の目的は彼を無力化する事であって、必ずしも殺す事ではない。
ただでさえ自分より強い相手を加減して倒すなんて馬鹿げた選択もいいところだけど、今抱いた気持ちを仕方がないといって諦める気にはなれなかった。だから、なんとしてでもやりきってみせる。
その決意の元、狙いを限定し、超高熱の閃光を解き放つ。
「――っ!?」
ここまで全く回避をしてこなかったグローノが、とっさに鉈を盾にしながら身体を逸らした。当たればただでは済まないと直感が働いたのだろう。
代わりに閃光を受けた鉈が、赤光を放ちながらドロドロに溶け落ちる。
今のは、戦闘開始時点から静かに体内で拵えていた最大出力の一撃だ。これ以上の威力は出せないし、連発も効かない。
その切り札が知られてしまった中で、どのようにしてそれを相手に徹すか。
そんな事を考えながらシャルロットは再び踏み込み、渾身の魔力を宿した剣を振り抜く。
それを、グローノは紙一重で回避した。先程と同じ、肌を一枚裂く程度の一撃を嫌ったのである。
(切り付けた直後にゼロ距離から撃たれることを警戒したのかな)
多分、そういう事なんだろう。
ダメージにこそ直結しなかったが、閃光の効果はあったというわけだ。
とはいえ、身体強化に魔力を回し、全力で動きながら最大出力の閃光を撃つというのは、今のシャルロットには難しい芸当だった。高出力をコントロール出来ず暴発するリスクがあるためだ。
マヌラカルタがこちらに譲渡したことにより急激に増大した魔力を、自分はまだ満足に扱いきれていない。
(どれくらいなら、両立させられる?)
体内で魔法を構築しながら、重心を低く構える。
相手は動かない。基本的に待ちのスタイルが得意なんだろう――と、思った矢先に踏み込んできた。
そこに合わせて剣を踏み込むが、今度は躱さない。しかし刃が肌に触れた瞬間に刀身から放った閃光だけは、しっかりと距離を取って外してきた。
魔力の動きが、完璧に読まれたのだ。
慌てて飛びのいたところに鉈が投げつけられて、咄嗟に細剣で弾き返したけれど、同時に放たれていた蹴りをこめかみに喰らって派手に吹き飛ばされて、石畳の街路を転げまわる事となった。
直前で顎を引いて脳が揺れるのを最小限に留めたから、なんとか意識は保てているが、明白に見えた実力差に弱気が顔を出す。
(やっぱり、無理なのかな……?)
時間を稼ぐだけに終始するというプランが頭に過ぎった。それだけでも十分な貢献なのだ。誰も自分を責めはしないだろう。小賢しい言い訳がくるくると回る。
(……でも、それじゃ、なにも選べない)
そしてそんな自分が本気で嫌になったからこそ、今シャルロットは此処にいるのだ。
『強者とは総じて貪欲で傲慢なもの』
頭の中に、リリスの言葉が蘇る。
あの時は聞き流していた言葉だけど、今はそれがなによりも重要だった。
(傲慢になるんだ……!)
ヴラドが何一つ報われずに死ぬという未来を、彼自身が受け入れている運命を、ふざけるな、って心の底から言えるように。
自分に出来る事なんて何もないかもしれないけれど、それでも、もし何かが出来るのなら、その時には迷わず飛びこめるように。
(私は、今までの弱い自分を殺すんだっ……!)
そのためにも、この無理を通して、自分がもっとやれる事を自分自身に証明しなければならないのだ。
これは、誰のためでもないただのエゴ。とてもではないけれど、褒められたものではない。だけど、それでも、これ以上ないくらいに身体の奥から気持ちが溢れてくる。
それを糧に、シャルロットは立ち上がり、再度グローノに向かって踏み込んだ。
「そのまま気を失っていればよかったものを」
落胆の吐息と共に殺意が宿る。
慈悲はもう終わりという事だろう。このままいけば確実に死ぬ。
問題ない。元より、死を勘定に入れられる事が強みの戦力なのだ。そしてもう自分の心は、肉体の死くらいでは終わらないことを知っている。
(……ごめんなさい)
死なないことを求めてくれたヴラドに謝りながら、シャルロットはかつてと同じ後先を考えない特攻を仕掛けた。
飽きる事なくやって来たことだ。その思い切りの良さは、きっと誰もが出来る事ではない。だからだろうか、ほんの少しだけグローノは戸惑いを見せ、だが、行動には一切の支障なく、紙一重でこちらの刺突を躱し、振り上げた肘をシャルロットの後頭部に叩き落した。
頭蓋の潰れる音が、はっきりと鼓膜に響く。
常人なら間違いなく即死だ。再生系の魔法をもっているとしても、脳がやれられたら普通は魔法自体が使えなくなるので復帰はできない。
けれど、この不死は自動的だ。シャルロットの意志など関係なく、或いはマヌラカルタですら完全には停止させる事の出来ない強制力をもって発現する。
(……ここが、勝負)
脳はまだ潰れているのに、どこかから沸き上がった思考に従って、シャルロットは体内で構築していた魔法を一時的に停止、霧散したように見せながら、絶命を確認したグローノがこちらから意識を逸らす瞬間を待つ。
シャルロットの素性を知っていて、ここまで読み切られていたらお手上げだが、その時はその時。
不死が起動し、心臓が脈動を再開、濁った瞳に光が宿る。
(状況は?)
眼球だけを動かして周囲を確認。
グローノは、こちらに背を向けている。このまま重要拠点の問題の解決に向かいそうな感じだ。ただ、今はまだ近場への警戒を残している。
その意識が、重要拠点で起きている問題の方に流れた時が勝負。
「……向こうは手間取っているようだな、援護に向かうべきか」
あまり気乗りしない様子で、グローノがそちらに向かって一歩踏み出したところで、シャルロットは一時停止していた魔法を再構築しつつスキップするように肉薄して、振り返ったタイミングで左膝にとびかかり、掴んだ両手からゼロ距離で最大威力の閃光を解き放った。
膝の皿に大穴が開き、超高熱が関節部分の肉を焼いて硬直させる。
これで片足は封じた。直後に蹴とばされて顎が砕かれたが、大した問題ではない。
すぐさま身体を起こし、手放していた細剣を手に取りながら、体内でまた魔法を構築していく。
移動力を奪った今なら、離れた距離からでも十分当てられるはずだ。本命はもう一本の足だが、命を狙っているように認識させるために、まずは胴体を狙う。
「まさか、不死の類なのか……!?」
驚愕と痛みに顔を歪めながら、グローノはこちらが放った一撃を横っ飛びに回避した。そして健在な足で着地し、重点的に強度を高めた左足で着地点を狙って放った次の一撃を受け止めてみせる。
最大出力だったのに完璧に防がれたのだ。……ただ、今の魔力の流れはかなり強引だった。おそらく、その時他の箇所の防御は疎かになるはず。
(まだ勝機はある)
いや、むしろ勝ち筋が増えたことを喜ぶべきだ。
そうやって無理やり前向きに考えながら、口の中に溜まった血を飲み込んだところでグローノが右足で地を蹴った。
鋭い接近。でも、反応出来ないほどではない。
閃光の魔法を込めた左手で牽制しつつ、一定の距離を保つように心がける。
立ち回りで有利なのは自分のはずだ。何せ相手の片足はもうまともに動かないのだから。
にもかかわらず、あっという間に間合いに入られて、振り抜いた拳によって体勢を崩された。
そこに、矢のような右の前蹴りが突き刺さる。
威力は、それほどない。呼吸が出来なくなる程度だ。
無理やり踏み込んだ左足の痛みで、上手く力が入らなかったのだろうか?
(――っ、そんなわけない)
愚かな発想。相手は百戦錬磨の傭兵、予期した痛みに鈍るなどあり得ない。狙いが違うのだ。
それに気づいたのは、吹き飛ばされずに踏ん張れたがゆえに右足を曲げることで肉薄することのできたグローノが、両肩を掴んできた時。
彼はそのまま馬飛びをするように、こちらの上を飛び越えながら体勢を反転させてシャルロットの背後を取り、
「なぜ、顎の傷は治さない?」
と、小さくそう呟きながら、首に回した腕の力を強めてきた。
すぐに酸素が脳に回らなくなって意識がぼやけだす。
両腕でがっちりとホールドされているので、振り解くことは出来ない。
魔法は撃てるが、一度が限度だろう。その一度で相手を完全に無力化するか、状況を打開しなければならない。
ゼロ距離なので外すことはないが、相手も集中して防御に回ればこちらの攻撃を凌げるのは実証済みだ。たやすく攻撃が徹るとも思えない。
非常に不利な状況だ。じわじわと意識を蝕む圧迫が焦りを連れてくる。
不味い、不味い、不味い。このままじゃ――
(――違う、そうじゃない。焦る必要なんてない)
不意に、答えが見つかった。
もう一つ、閃光の魔法を体内で構築する。
威力は最小も最小だ。最大出力の閃光と同時に放てるが、仮に防御を完全に解いた状態だったとしても、グローノには傷一つ付けられないだろう。
けれど、その程度の威力でも、自分の心臓を傷つける事くらいは出来る。そして失神させられる前に自殺すれば、強制的に自分の意識は復帰する。
(我慢するのは、きっと得意な方だから)
だから勝てると言い聞かせながら、足の先端から閃光を放ち、自身の心臓を撃ち抜く。
意識が途絶えるのとほぼ同時に絶命し、当たり前のように復活。また心臓に銃口を向けながら、意識が途切れるまでの間に最大限の魔力を込めて、相手の対処が難しくなるように広範囲に閃光をばら撒く。
それを何度か繰り返したところで、閃光の撃ち方を元に戻し、グローノの右足を攻め立てる。
後ろの状態はこちらからでは全くわからないが、自身を守ることに集中してか、腕の力が緩んだ。
瞬間を逃さず、微かに生まれたスペースを最大限に用いて、後頭部を思いきり真後ろに振り抜く。
鼻を潰した感触。さらにもう一度振り抜くと、今度はホールドが解けた。
掌で受け止められたのを知覚しつつ背骨のあたりで魔法を構築、相手の胴体目掛けて閃光を解き放つ。と同時に、身体を回転させてグローノの左足に回し蹴りを叩き込んだ。
胴体に防御を集中した状態での一撃だ。さすがに無視できない激痛を覚えてか、グローノの身体が一瞬硬直する。
その隙に近くに落ちていた細剣を手に取り、シャルロットは左手を突き出した。
閃光を放つ。ただし、それは威力を求めたものではなく、ただただ光量を高めた一手。
再三強引に攻撃魔法を放ち続けていた事もあって、こちらの溜めの時間を覚え、かつ急所を守ることに意識を傾けていたグローノは、もろに喰らってくれた。
これで数秒は視界を潰せた。
その間に、相手の状態を確認する。
乱雑に放った閃光の対処は難しかったのか、火傷の痕が無数についている。
左足は痙攣していて、だがそれでもその部位を軸に立っている精神力の高さに、凄みを覚えずにはいられなかった。
「……これが、最後の一発です」
左手にありったけの魔力を込め、さらに周囲に閃光の球を構築しながら言う。
そうして心臓と頭部に魔力を集中させた彼目掛けて軽やかに地を蹴り、魔法を使うことなく、シャルロットはグローノの右足の健を細剣で断ち切った。
これでもう動くことは出来ないはずだ。仮に参戦してきたとしても、もはや戦力にはならないだろう。目的は達成した。
バックステップで距離を取りつつ、リグチラとロロントの気配を探る。
どうやらまだ拠点の制圧は出来ていないようだが、その周りを片付けたといった感じだろうか。あと、ついでに、先に始めたこちらに入る横槍も潰してくれていたような気もする。
いずれにしても、早く別の場所の援護に向かうべきだろう。
「――待て! どうして殺さない?」
背中を向けたところで、グローノの困惑気味な声が届けられた。
答えずに行ってしまっても良かったが、シャルロットは振り返り、
「殺したくはないと思ったから。個人的な理由です」
と、答えて、駆けだした。




