表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君>世界   作者: 雪ノ雪
第五章『二人のリリス』
51/68

07/侵攻開始

 戦場から戻って数日が経過したところで、二度目の作戦会議が行われた。

 参加者は将軍たちとヴラドの計五人。マウロの姿はなかった。ガリブロードの件がまだ片付いていないためだ。

 おかげで、同数による保留という事態はなくなった。

 現状、ザーラッハへの侵攻状態はパラミア、コルトを制圧したところで止まっている。ちなみに、その二都市を管理しているのは、制圧を実行したグンダルとなっていた。

 基本的に都市の管理は実行者に一任されるようで、ルウォが所有権を移行させない限りは半永久的に自治権を得られるらしい。

 ルウォが周辺諸国と戦争をしたという記録は、ザーラッハと同じくらいに過去の話であり、あまりそういった交渉事に興味のない国だという認識を抱いていたのだが、どうやらルウォが築いた地下世界には複数の別の国があり、つい数十年ほど前まではそこと戦争をしていたらしい。そのため、戦争においてのルールも錆びつくことなく機能しているというのが、グンダルの話から判った。

 まあ、それはさておき、次の侵攻先をどの都市にするかという議論は、現状三つの候補で分かれていた。

 工業都市レクリマをトォーベが、商業都市サンテラをグンダルとディ・ジャ・ヴィグァが、鉱山都市ヴァテンをヘカテが優先するべきだと主張したためだ。

 そして、真っ先にトォーベの意見が踏みにじられた。

 理由は簡単で、


「敵兵の数が一番多いんだから、侵攻可能な三つの都市の中で一番価値があるのはそこだ。間違いないな!」


 という、他の者達が並べた根拠と比べて、あまりにお粗末な内容だったためだ。

 三人がそれぞれ、ため息と嘲笑と目を逸らすという行為をほぼ同時に行い「悪い事は言わないから、貴様は二度と喋るな」とヘカテが締めくくる。

 トォーベは当然怒りを露わにしたが、

「兵が多いのは魔物という食糧を確保するためだ。レクリマは周囲の都市と比べて人口が圧倒的に多いからな。専門的な訓練をまったく受けていない調達要員がその大部分を占めている。つまり、候補の中ではもっとも戦力に乏しい都市というわけだ。まあ、周りに配分できる程度には蓄えも多いので長期戦をするつもりなら落とす価値もあったのかもしれないが、儀式が迫っているこの時期にそんな事が起きると思うか?」

「な、ないとは言い切れないだろう? 実際地下の連中とは長かったわけだし」

「神子のいなかった国だ。いつでも終わらせる事は出来た。それを陛下がしなかっただけだ。儀式の生贄を増やすためにな」

「儀式?」

「貴様、まさか戦争の理由を忘れたなどとは言うまいな?」

 ヘカテのぐうの音も出ない指摘を前に、トォーベはそっぽを向いて頬杖をつきながら、自分の口を手で抑えて不貞腐れる事となった。その顔は、羞恥で真っ赤に染まっていた。

 なんというか、本当に場違いな男だという印象が強くなる。

(どうしてこんな奴が将軍なのかしら?)

 同じ事を思ったのか、不思議そうにリリスが呟いた。

 ただ、リリスと違い、その理由は初めて会った時から判っている。

(強いからだろう)

(強いって、もしかしてこの中で一番?)

(明白にな)

(そうなんだ。……へぇ)

 よっぽど意外だったのか、その感嘆には含みがなかった。

 もちろん、そういったものを表には一切出さず、リリスは言葉を放つ。

「わたしたちはヴァテン侵攻を支持するわ」

「理由」

 実に端的に、ディ・ジャ・ヴィグァが訊いてくる。

「お前たちが嫌いだから」

 リリスの満面の笑顔に、トォーベとグンダルの表情が冷たくなった。

 剣呑な気配だ。一触即発といったところだろうか。しかし、それを涼しげに受け止めながら、

「冗談よ。今回はね」

 と、最後の部分を強調しつつリリスは言った。

 作戦会議は最終的に多数決で決まる。ヴラド達の一票は当然彼等にとっても非常に価値のある代物だ。それをちらつかせる事によって見えてくるものを、リリスは期待しているんだろう。

 誰が誰をより疎ましく思っているのか、誰が一番この中で影響力を持っているのか、知るべき事は多い。

「どこだ?」

 抑揚のまったくない、表情も一切変わらない、鉱物みたいなディ・ジャ・ヴィグァが、今度はその視線をトォーベに向けた。

 真っ先に案を破棄することになった彼が、それ故に今最後の一票を持っているというのは何とも皮肉な話だが、だからこそこの男を無碍にもできないというのは、なかなかに悩ましい事態でもあった。

 まあ、その割に誰も彼を気遣わないというか、侵攻理由の詳細は語れど、どこか突き放した感じなのは気になったが。

「残った選択のどちらにも利はあるわ。だからこそ、お前はどちらを味方にするのが利口かを考える必要がある。この後も続く会議で、お前の提案を通すためにもね。あぁ、ちなみに、わたしは恩も仇も忘れない性質よ」

 悩むトォーベに、リリスが艶やかな微笑で圧を掛けた。

 三人の将軍が侵攻の利点について話す中で、リリスだけが感情を刺したのだ。

 それが有効だったのかどうかは、現時点ではまだわからない。ヘカテが示した鉱山都市ヴァテンの『魔法陣の点』としての価値に、傾いているようにも見えたから。

 ただ、なんにしても結果としてトォーベはヘカテとヴラドの側につき、それによりヴァテン侵攻が可決された。

 と、そこで、ヘカテが鋭い表情を浮かべ、厳かなトーンで言う。

「では最後に、この作戦の主導権を誰が担うかを決める決戦と行こう。貴様、ジャンケンは知っているな?」

「…………そこは運頼みなのね。まあいいわ。わたし、運もいいし」

 軽く身構えていたリリスが間の抜けた呟きを零して、二人はジャンケンをし――しっかりと絶妙な後出しを喰らってリリスは一発で敗北し、ヘカテが指揮権を手にする事となった。

 まさか独力で勝つつもりだったのか、ジャンケンが運だと信じていたのか、リリスのむっとした表情が、やけに印象的だった。


                §


 夕刻が訪れたところで、侵攻先の鉱山都市が見えてきた。

 城壁のない都市の外には、既に五万に及ぶ兵が待ち構えている。都市の魔法陣も起動しており、外周はその光によって淡く輝いていた。完全な臨戦態勢だ。

 それを踏み砕かんとするヘカテの軍勢は約三万。

 指揮をするヘカテは最後尾、二頭の巨大な召喚獣に引かれた台車に腰をおろし、そこを小さな作戦室として構えていた。

 中央の台に俯瞰視点の両者の戦力を示した光点が蠢いている。これは召喚された飛翔種の眼に映された情報をリアルタイムで反映している戦場の全容だ。

 光の強さは魔力の強さを示しているようで、先陣と最後尾の光度が高い。これにより、突破に重きを置いた布陣だというのが判る。

(それにしても、見事なものね)

 皮肉のない感想が、リリスの胸の内から漏れた。

 それはこの軍隊の練度を指したものだ。一糸乱れぬ進軍に完璧な魔力の統合。ヘカテが率いる軍は『不瑕疵の軍勢』と呼ばれているらしいが、その通り名に相応しい質の高さだった。正直、これまで多くの軍隊を見てきたが、ここまでのものは初めてだ。

「どうやら、こちらが手を貸す必要はなさそうね。下手に手を出しても邪魔になりそうだし」

「貴様の役目は、背後からの奇襲を処理する事だ。無論、それもこちらで始末は出来るが、せっかくだ、『真深夜』の傭兵の力を見せてみろ」

「それだけでいいのか?」

「余興だ。この戦場において、貴様にそれ以上の価値はない」

 冷たくそう言い放ち、ヘカテは腰を下ろしていた豪奢な椅子から立ち上がり、右手に携えていた杖の先端で、台を強くついた。

 これ以上踏み込めば始まる。そのギリギリ手前で止めていた軍の足が、その合図とともに力強く前へと踏み出される。

 瞬間、鉱山都市ヴァテンから無数の魔法砲撃が打ち込まれた。

「七番結界、四番砲撃、五番は広がりながら展開。盾の出力は四割でいい」

 台の上の戦場を指差しながら、ヘカテが指示を飛ばす。

 兵士全員に共有に魔法が刻まれているのだろう。完璧なタイミングでヴァテンの遠距離攻撃を凌ぎ、その基軸である魔法陣も潰してみせる。さらに時間差で仕掛けて来た高速部隊の奇襲を、前面に展開させた結界で封殺した。

「六番突撃、七番分断、二番前進、三番散布、九番散開しつつ前進。十二番は六番と二番の補助を開始」

 高速部隊に正面の戦力が突撃し、掻き乱された敵を叩かんと飛び出してきていた後続の動きを阻むように大地が裂けて、こちら側の地面が大きく持ち上がり壁となった。

 と同時に上空に無数の魔力が散布されて、都市の後方から放たれていた超長距離の魔法の矢の軌道を大きく逸らし敵陣に降りそそがせる。

 その間に、九番と呼ばれた部隊が高速で敵陣の左手を包囲し、魔法弾を浴びせだした。それが牽制となり、同じく広く展開しようとしていた相手を足止めする。

 すべての行動が、相手の出鼻を挫いたのだ。

 そんな展開が何度も何度も続き、着実に数の差を埋めていく。それはもう不自然なほどに一方的に、敵の数だけが減っていく。

 確かにヘカテの軍勢は強力だが、ザーラッハの戦力もクリスエレスのような雑兵ではないのだ。本来なら、消耗戦になっていなければおかしい。

 そのおかしさを支えているのは、ヘカテの魔法。

(戦場に放出された魔力、それを全て治癒魔法に返還して、情報を共有している全ての兵士の損傷を瞬時に治しているみたいね)

 つまり、即死しない限りは一切機能を損なう事がないというわけである。

(『共有』の方が契約相手の魔法でしょうに、それ以上に人間離れしてるわね)

 治癒魔法というのは、相手と自分の魔力の色によってその効果が大きく変化するものだ。そして魔力の色を変えるというのは、適性があっても三色程度が限度と言われているほどに高度な技術とされている。それを三万の兵(最低でも百色に)等しく機能させているのだから、リリスが感嘆するのにも頷けるというものだった。

「……ふむ、都市の纏う魔力が色を変え始めたな。予定より少し早いが、平和主義者の方はどうだ?」

「問題はなさそうよ」

 内心の評価とは裏腹の醒めた口調でリリスが答える。

 長年にわたってザーラッハを浸食してきた平和主義者は、多くの都市に食い込んでおり、此処では秘密裏に設置された長距離転移の魔方陣を用いて、即座に内部に戦力を投入する事も可能としており、今回の作戦の本命はこちらが軍を引き付けている間に内側を制圧し、都市魔方陣を確保、その一部機能である魔法砲撃を用いて背後から切り崩す事にあった。

「聞こえているわね? 始めて」

『了解した』

 通信石から響いてきたのは、デューリの声だった。

 首領自らが動くとは思っていなかったのか、ヘカテは微かに眉を顰め、

「……まあ良い。あとは兵の損耗を見ながら、魔法を展開させて――」

 と、そこで、台の上の戦場に大きな変化が生じた。端から新しい光点が現れたのだ。

 都市の背後と、こちらの左右からの計三カ所。

「大半の兵を本国の防衛に回させたとはいえ、妨害程度いかに奴等でも出来る筈だが……」

 多数決から零れた将軍たちは現在ヘカテの指示に従っており、トォーベが三割程度の自身の軍を率いてコルトの防衛を、同じくそれぞれ三割程度の軍勢をもちいてグンダルとディ・ジャ・ヴィグァが、レクリマとサンテラからの増援を防ぐ役割を担っていた。

 出発の際に彼等の軍勢も見たが、ヘカテほどではないにしても相当に優秀と断言できる程度の質ではあった。故に、彼女も疑問を覚えたのだろうが。

「……なるほど、首都からの要請で来た傭兵たちか。こちらの警戒網を避けて来る事自体は驚くには値しないが、これほどの数というのは少々想定外だな。それに覚えのある顔も何人かいる。……グンダル、そちらはどうなっている? ……そうか、敵は変わらず都市に引き籠っているだけなのだな。つまり、ここに集中してきたわけか」

 面倒そうに、ヘカテは短く息を吐いた。

「ザーラッハは、よほどここを取られたくないみたいね」

 ニヤニヤとした、いやらしい笑顔でリリスが言う。

「そのような理由であるなら良いがな」

 どこか苛立った口調を返しつつ、ヘカテは再び軍の指揮に戻った。

 その横顔を眺めながら、リリスは胸の内で呟く。

(この刻印塗れも、ザーラッハの対処に不可解さを覚えたようね)

(何故?)

(わたしたちがヴァテンを狙った理由は、多数決のルールがあったからよ。支持を得て侵攻を成功させた者が、その都市の管理も任せられるというルール。これを使って出来るだけ早く、魔法陣の点となるべき都市を確保しておきたかった。他の将軍に取られたくなかったのよ。次の段階でイニシアチブに関わってくる案件だったからね。だけど、それはザーラッハの眼からは見えないものでしょう? 確かに大規模魔法陣を悪用されるというリスクは、ザーラッハにとっても大きいものではあるけれど、それでも本来なら選ばれるべき場所ではないのよ。あの不潔男が選んだ都市が最有力なの。なのに、本来なら真っ先に守りたい筈の都市に援軍が一切来ていない。まるで、最初からそこには必要ない事が判っていたみたいにね)

(内通者か、それともタシネルの魔法か)

(前者が判りやすくていいんだけど、後者の可能性も否定は出来ないわね。前にも言ったと思うけれど、奴の魔法は私にもまったく分からないし、そもそも外神の魔法は我々の世界のルールからかけ離れているものが多い。……まあ、接触出来ていたら、ある程度は判ったのかもしれないけれどね。まあ、なんにしても、想定していたよりずっと大きな戦力と衝突する事になったわけだけど)

 そこでリリスは悪戯っぽい表情を浮かべて、

「ねぇ、本当にわたしたちは不意打ちだけを防げばいいの? まあ、駄目と言われてもタダで助けてなんてあげないけれど」

「……頃合いだ」

 軽口を無視して、ヘカテは、とんとん、と台の上の戦場の自分たちが今居る位置の真後ろを杖で差した。

 情報はそれで十分と判断してか、再び指揮に戻る。

(……なるほど、地下道か。魔法陣も引けそうな感じね。どうする? 先手で潰す? それとも待ってあげる?)

(待つ)

(消極的ね。どうしてかしら?)

(こっちの方が早く済む。魔法で地下道全て潰してもいいなら、先手をとるが)

(全部は止めて、都市の価値が下がるから。それに定着の魔法はまだ使わない方がいい。長期戦にならない保証もないしね)

(決まりだな)

 核の代わりに、ポケットにいれていた飴を口に放り込む。

 がりがりと砕いて、尖った感触を舌に押し付けて甘味に浸る。

 浸っている間に、ヘカテの軍と増援の傭兵共が肉薄する距離に至った。

 新たに加わった激しい剣戟の音と、魔力同士が衝突して生まれる破裂音が、鼓膜に鳴り響く。大気に無数の魔力が霧散し、探知の難度が上がって行く。

 そのタイミングで、水面から飛び出るように硬い大地から四人の襲撃者が姿をみせた。

 四方を囲むような位置から、ヘカテに向かって同時に迫る。

 ヘカテは台の上の戦場に視線を向けたままだ。気付いていないわけもないだろうに、全く意に介していない。まあ、それはそうだろう。予見されている奇襲など、ただの愚行に過ぎないのだから。

(脅威はなし、か)

 ぱっと戦力を把握しつつ、ヴラドは最も速かった一人に鞘に納めたままの刀を振りぬき、飛ばした鞘で首の骨を折りつつ、返しの刃で一人の首を撥ね、そこから噴き出た血を圧縮させ刃として走らせて一人の左足を切り飛ばし、さらに溢れた血を跳ねさせてもう一人の後頭部を射抜く。

 これで生きているのは足を潰した一人だけ。それも即座に切り捨て――と、そこで、惰性的に放ったその斬撃の隙を狙ったのか、一本の矢が頬を掠めた。

「……今のは巧いな。貴様も良く避けたものだ」

 と、ヘカテが呟きつつ、目を細める。

黒潰石(ルダナウェル)』クラスだろうか、相当な手練れがこちらを狙っている。……そういった類が、都市の中にも配置されている恐れは否めない。

 不意に浮かんだ不安に振り回されて、ついつい都市の方に視線を流しつつ、ヴラドは頬に伝う血を乱暴に手の甲で拭った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ