04/暗殺
アルタ・イレスとは、数多の大陸で名を馳せた世界でも屈指の傭兵組織だ。
抱えている兵の数は三百程度と規模自体は大きくないが、彼等が戦争をすれば大抵の国は為す術なく滅ぶというくらいの戦力を有している。
そんな彼等は、この大陸の中央を陣取るザーラッハという帝国を発祥とし、五年に一度必ずそこに戻ってくるという習慣をもっていた。
リリス達がこの大陸にやってきた理由の一つが、その傭兵団との友好的な繋がりだ。
ギルドが所有する推薦状は、その手続きをより円滑にしてくれるツールであり……まあ、正直そこまで重要なものというわけではないが、あればそれなりに嬉しい程度の価値は有していた。
ちなみに何故冒険者ギルドがそれを発行しているのかというと、まず運営母体が同じザーラッハであるという点。次に殆どの大陸において傭兵は常に稼働できるわけではなく、冒険者を副業にしている事が多いという点が挙げられた。
つまり、両組織は非常に密接に繋がっているのだ。そして冒険者の方が社会性を求められる事が多い。ゆえに、採用に当たっては、単純な戦力よりもそういった能力のほうが重視されているという事なのだろう。
ともあれ、その推薦状の為にそこそこ真剣に依頼をこなし、あとはシャルロットの身柄を確保すれば終わりという状況をさっさと構築して、そこから四日後。
「……一面どころか三ページにも渡って特集されるだなんて、他に取り上げるべきニュースがないのかしらね、この国って」
ラウンジのテーブルに腰かけ、朝食のパンのついでに買った新聞を眺めながら、リリスはヴラドに新聞の表紙を見せてみた。
『悪魔をけして許すな! 非道に正しき罰を!』
力強い見出しだ。この国に新聞社は一社しかないので、きっと殆どの国民が此処に載せられた憶測塗れの記事を信じるのだろう。
それを裏付けるように、数多の憎悪が首都全体を覆っている。
はっきり言って、異常な一体感だった。蟻の群れの中に居るような気持ちの悪さ。……もっとも、ヴラドの方は、それとはまったく異なる感情を覚えているようだが。
「……これも、狙い通りか?」
「ええ。気に入らない?」
「あぁ、気にいらないな」
はっきりと、ヴラドはそう答えた。
まあ、いたいけな少女を人間爆弾にしたあげく、ここまで大々的に悪者として退場させるやり方に不快を覚えない理由はない。リリスだって別にそれを愉しいとは思っていなかった。効率的だから選んだだけだ。
あの元将軍にしてもそうだろう。出来れば内々で処理したかったのだろうが、公表しなければこの状況に持ち込めなかったから、それを選ぶしかなかった。
「では止める? 結果さえ同じになるのなら、わたしはそれでも構わないけれど」
「気に入らないだけだ。これでいい」
素っ気なくこの話を終わらせて、ヴラドは広いスペースを利用して日々の鍛錬を開始する。
まずは素振り。魔力の補助を使わずに肉体の力だけで身の丈と同じ長さの刀を右手左手と持ち替え、速く、遅く、真っ直ぐに、或いはなめらかに空気を裂き、肉体と得物の連動性を高めていく。
次に魔力の操作。全体を覆うようにしてから一気に指先に集約させたり、複数に分けた魔力を周囲に展開させ、それぞれの速度を変えて回転させるなどして、瞬発力と精度を高めていく。
最後は両方を合わせての、全ての動作の洗練化だ。いつも通りの地味な反復作業である。
ただ、今日のそれはいつもより全体的に負荷が強い気がした。自分を追い詰めるような身体の使い方だ。オルガの選択を読み違えた事に対する、自身への怒りがそこには滲んでいる。フラストレーションの発散の仕方としては、あまり健全ではない。
リリスはそんな彼を視界の脇に置きつつ、たった今価値を無くした新聞を手放した。
「あと数日でこの国ともお別れか。残念ね。清々するわ」
新聞には、二日後にでも監獄への移送が行われるはずだと記されていた。実際はそれより多少伸びると思うが、五日以上待たされる事はないだろう。
(……あぁ、でも、それまでが退屈)
先日の件以降、両国とも慎重な動きを見せている所為で戦場はないし、今以上に冒険者をやろうにも、この国は余所者に重要な役を与えない。実力主義からは程遠いのだ。
このままでは、実りの少ない時間を過ごす事になってしまう。許しがたい浪費だ。
(そろそろ、あの男が連絡してきても良さそうなのだけど……)
それから数時間が経過して、退屈のあまりうとうとし始めたところで、番石がキィィンという音を立てた。
リリスはぴくっと身体を震わせてから、活き活きした表情で音源に視線を向け、
「ふふん、やっぱりわたしの予想は当たるものね。さあ、もう今日の訓練は十分でしょう? 仕方がないから会いに行くわよ! 仕方がないから!」
と、実体化を解き、意気揚々と番石の魔力が指し示す方角に向かって翼を広げ飛び立った。
§
「これから、この国の召喚士を四人始末する」
夜の街をゆったりと歩きながら、ヴラドの隣を歩くクーレが物騒な言葉をさらりと放った。
当然だが、リリスもガジャも実体化はしていない。ガジャに至っては、契約者であるクーレの中に意識の方も沈めているようだった。
「召喚士? 何故?」
名前のままに魔物やら精霊やらを召喚し使役する魔法を扱う彼等は、しかし残念な事に戦闘要員としての価値をあまりもってはいなかった。
基本的に自身よりも弱い存在しか喚び出せないうえ、その存在を維持するためには常に魔力を消費し続ける必要もあるため、お互いの魔力を上乗せできる契約者と異なり魔力量の観点では何のプラスにもならないからだ。ゆえに、彼らは主に物資運搬の分野などで重宝されていた。
もちろん、人間よりも多くの物を効率的に運べる生物というのは便利だが、戦争において必須というわけではない(他にも手段がある)ので、そんなものを殺したところで大きな効果は期待できない。だからこそ、ヴラドには意図が読めなかったのだが、
「……さあ?」
話を持ち込んで来たクーレも、どうしてだろう、と首を傾げていた。
それにはリリスも呆れたようで、
「なに、お前も分かってないの?」
「そりゃあ、この国の人間じゃないしね。まあ、一応この大陸の出ではあるから、勉強不足と言われたらその通りかもしれないけど」
「仕方がないわね。では、このリリス先生が教えてあげましょう。――ほら、拍手、拍手」
周囲に人はいなかったが、これから人を殺しに行くのに目立つのはよろしくない。
よろしくないのだが、ヴラドもクーレも言われた通り、一般人には見えていないリリスに向かって小さく拍手をした。完全な無表情と、わくわくとした顔で。
それに多少は気を良くしたのか、リリスが説明を始める。
「お前たちの認識通り、多くの国において召喚師というのは確かにその程度の存在。でも、この国では神子の力によって大量召喚が可能な魔法陣が確立されているから、少し事情が違う。多くの民間人が日常生活の中で外に漏らす魔力すらも糧に変えて、一人の召喚士の核で、この国は常に大量の兵力を確保できるの。それが他の国と異なり、外部戦力にあまり頼らず戦争を続けられる一番の要因でもある。まあ、定期的な魔法陣のメンテナンスは必要みたいだから、常に戦力を揃えられるわけではなさそうだけどね」
「なるほど、それで情報を仕入れたエンシェがメンテナンスの日に仕掛けて、それに焦ったクリスエレスが代役として君や爆弾を用意したというわけか。……あぁ、けど、そもそも召喚士なんて殊更に珍しい存在ってわけでもないよね? そこそこ珍しい、千人に一人程度の希少性だ。四人殺したくらいでなにかが変わるとも思えないけど?」
「ここは天使の国。召喚されるものも天使に近しいものでなければならない。それ以外は許されないの。そして召喚士が召喚出来るものは自分で選べるわけじゃない。つまり、千人に一人ではないという事よ」
「よく判らない話だね。役割がそう変わるわけでもなし、そんな事で自分たちの首を絞めるだなんて」
「妥協が嫌いなんでしょう? だから戦争だってずっと続けている。まあ、本当に追い詰められた後でも形式にこだわるかどうかは知らないけれど、お前の依頼主はそれをしないと判断した。だから、そういう依頼を出してきた」
「まあ、そういう事なんだろうね。うん、色々と納得はできたよ。だから標的の召喚士たちは皆、良さげな地区に居を構えているというわけか」
そう言ったクーレが見上げた先には、百階相当に匹敵する高さの防壁があった。この奥には更にもう一層防壁があり、中心に行くほど身分の高い人間が住んでいる。当然のように侵入者防止の魔法も込められているので、仮に壁の上を乗り越えようとしても弾き返されるという仕組みだ。
「――っと、ためになる話を聞いている間に、時間が来たみたいだね。内門が開くよ。絶対者たる神子が拵えた、神子以外では破るのが難しいって言われている門が」
「なに? 破りたかったの?」
「自分の力を試してみたいっていうのは、挑戦者の性だからね」
「開いたぞ。それで、誰を殺るんだ?」
具体的な相手をヴラドが訪ねると、クーレは懐から小さな魔石を取り出して、それを地面に叩きつけた。
割れた魔石の中から二つの魔力が滲み出る。
「覚えたかい? その気配だ」
言葉を終えるなり、取り出したもう一個を割って、
「僕はこっち。あぁ、逆でもいいけど、どうする?」
「どうもしない」
「まあ、そうだろうね。差なんてないだろうし。――さて、じゃあ始めようか」
誰かの手引きで内側から誤作動として開かれた門が閉まるより早く、二人は中へと駆け抜ける。
ほどなくして門が閉まった。
「次に開くのは一分後だ。それまでに片付ける。他に言う事は……そうだな、あまり目立たないように?」
「お前がね」
「あはは! それはそうだ! 気をつけよう!」
疑わしげなリリスの反応を快活に受け取って、クーレはそのまま風のように駆けだして行く。
音の無い完璧な暗殺者の動き。問題は起きないだろう。
もちろん、こちらも問題を起こすつもりはない。遅れを取らないように魔力を波のように広げて、先程感じ取ったのと同じ色の魔力を探す。
三秒で発見、そこから更に五秒で到着した。
周りよりも幾分広い屋敷の中。いるのは二人。
玄関ドアのロックしている部分を音を立てないように長刀で切断し、中に入る。
程無くして女の喘ぎ声と男の荒い呼吸が聞こえてきた。こちらにはまったく気付いていない。
寝室に向かうと、男が背を向けてベッドの上で腰を振っていた。
「これは演技ね、よっぽど下手なんでしょう。彼女退屈そうだし、早く終わらせてあげれば?」
悪戯っぽく、リリスが言う。
その発言が事実かどうかは知らないが、行為が今終わる事に変わりはない。
長刀を真っ直ぐ伸ばして心臓の中心で先端を止め、最後にひねりを加えて確実に破壊し、静かに引き抜く。
絶命した男の身体が前のめりに崩れ出した。その初動だけを確認して、彼等から背を向ける。
抱かれていた女が悲鳴をあげたのは、ヴラドが屋敷を出て次の目的地に向かって駆けだしたところでだった。
「あと四十秒、一緒くたに殺してしまったらもっと早く済んだでしょうに、無駄な手間をかけるものね。どうしてかしら?」
隣を飛行する実体のないリリスが、含みを持った笑みを浮かべてくる。
どうやら、よほど女の方が気に入らなかったようだ。まあ、その原因が演技なのか行為なのかは知らないが。
「次は十秒で済む」
つまらなげに答え、速度を上げる。
殊更に急ぐ必要もないから最小限の魔力で片付けたかったというのが、女の方を殺さなかった理由だった。
「……妙な場所に居るわね」
屋敷を視界に収めたところで、リリスが呟く。
多くの者が眠りにつく時間帯に、標的の気配は庭にあった。先程の相手よりも一回り大きい屋敷なので、召喚士としても上なのだろう。
とはいえ、やはり警備はないに等しい。それだけ門の内側は安全だという認識が浸透しているという事だ。まさに殺りたい放題――という感想を抱いたところで、攻撃的な魔力の動きを察知した。ちょうど標的がいる庭のあたりだ。
気配が周囲に漏れないように隠匿しながら、ヴラドは敷地内に降り立つ。
焦げたような匂いと血の匂いが、風に乗って届けられた。拡散しているが正確な位置は判る。
外周を回り、匂いの元を視界に入れる。
……どうやら、標的はこの時間帯に召喚魔法の練習をしていたようだ。そして、外に一切魔力が漏れないように庭に描かれた魔法陣の中で行っていたところを、たった今、おそらくは光の魔法によって狙撃された。
頭を撃ち抜かれての即死。魔法陣には結界も張られていたようだが、それも破壊されている。その結果、匂いや気配がこちらにも届く事となった。
殺す手間が省けたのは良いが――
「追って。相手の確認はしておきたい」
戯れの空気を消したリリスが言う。
異論はない。屋根に跳躍し視界を確保してから、追跡を開始する。
が、なかなか追いつけない。こちらに気付いているわけではなさそうだが、相手もかなりの速度を出している。
「……あと何秒だ?」
「十五秒よ」
身体強化にもう少し魔力を振れば、ここから門の外までは三秒あれば行けるが、それをすればこちらの魔力が記録される恐れがあった。
正直、そのリスクを負ってまで相手を確認する必要もないと思うのだが、リリスは静かな口調で続ける。
「ギリギリまで粘って」
「……わかった」
これが戦闘なら話は別だが、それ以外の事は基本的に彼女の判断の方が優れている。その今までの経験に従って、ヴラドは一つギアを上げた。
魔力の残滓を周囲に残すリスクを負う代わりにルートを少し安全なものに変更し、距離を縮めて行く。この方法なら、ちょうどギリギリのタイミングで相手の顔を拝めるだろう。
「少し速度が落ちたわね。余裕は出来たか。出来れば攫って尋問したいところだけど――」
と、そこで、相手の姿を側面から確認できるポジションに到着した。
相手はまだこちらに気付けていないので、拉致は十分可能だ。煙幕系の魔石を付けたナイフの投擲で視界を潰したところで仕掛ければ、抵抗する間も与えずに無力化させる事が出来るだろう。
その瞬間に備えて両足に力を込めつつ、コートの内ポケットからナイフを取り出す。
しかし、それが空を裂くことはなかった。
射線に入ってきたのが、不死の娘だったからである。普通に考えれば、留置所などで拘束されていなければにおかしい相手。
ヴラドは驚きを覚えながらも周囲を改めてサーチし、彼女をフォローしていた存在(魔力の色や音をある程度隠していた)を察知して投擲の手を止める。
リリスの方は、動揺からか、ただただ唖然としていた。
「……時間切れだ」
そんな彼女に静かに告げて、ヴラドは屋根から屋根へと飛び移り、最短ルートを通ってなんとか誤作動した門が閉まる前に外に出る。
出たところで、
「これも想定通りか?」
と、皮肉を一つ並べておいた。
舌打ちが返ってくる。続けて、短く息を吸う音と、長々と息を吐く音。
「そうだったら良かったのだけどね。残念ながら想定外よ。おかげで、この臭すぎて鼻がおかしくなりそうな薄汚い国への滞在が延びそう。……ねぇ、嬉しい?」
当然、嬉しいわけがなかった。
「反吐が出る」
素直な感想が零れたところで、既に外にいたクーレがやってくる。
「ずいぶんと慌ただしかったね。なにかトラブルでもあったの?」
そう訊いてくる彼に、ヴラドは真剣な表情で独白するように言った。
「今から甘いものを食べに行く。いや、買えるだけ買って拠点で食べる。……お前も来るか?」
「もちろん。成功祝いはしたいしね」
そうして、にこやかに了承したクーレと共に甘味屋巡りをしつつ情報交換をしたわけだが、哀しいかなこの時間にやっている甘味屋はなく、
「余所の国だったら一日中営業している店だってあるのに、本当最悪だわ、この国」
というリリスの悪態と共に、この日は終わりを迎えたのだった。




