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君>世界   作者: 雪ノ雪
第五章『二人のリリス』
48/62

04/襲撃Ⅰ

 やって来たのは貴族地区と呼ばれる一帯だった。

 ザーラッハの首都アンシェルにはこういった貴族が住む区画か三カ所ほどあり、王宮から最も近いここは、主に二百年以上貴族の地位を守った者達に与えられている場所らしい。

 テロの所為もあってか、上位と思わしき騎士や貴族に雇われた傭兵の姿がそこら中で見られている。

 だが、シャルロットたちが彼等に見咎められる事はなかった。リグチラが変身した少女が、そこに住む貴族だったためだ。

 その少女の邸宅に入り、周囲の視線から完全に外れたところで、

「本人は自室で眠っている。今日一日目を覚ますことはない。両親とは色々と問題があるようで、この屋敷には一人で住んでいる。時々従者が様子を見に来るけれど、その従者は今日、少女の親のお供をしている」

 と、状況の説明をしつつ、当たり前のように持っていた鍵で玄関を開けて中に入った。

 もう何度も足を運んでいるのか、まったく迷いのない足取りで階段を上り、三階の奥、左手のドアを開ける。

 中には今のリグチラと瓜二つの、本物の少女がベッドの上で寝息を立てていた。

 出かける途中だったのか、中途半端な化粧の跡がある。

「夜遊びが好きな少女でね、この状況を作るのは非常に簡単だった」

 言いながら変身を解き、リグチラは本来の眠たげでいて醒めた感じの表情で勉強机の引き出しの中を漁り、そこから魔石を一つ取り出した。

「さて、これで君の友人に会える状況は整った」

「あの、私の友人って、一体誰の事を言っているんですか?」

「敬語に戻るのか。なかなか難しいものだな」

 口元に手を当てて少しだけ残念そうに零しつつ、リグチラは答えた。

「エイダ・ジュード。短い期間だが、君の学友だったはずだ」

 水色ボブカットの、クールな印象の少女の顔が脳裏に浮かぶ。

(でも、ジュードって……)

 その言葉も、つい先程耳にしたばかりだった。

 ただ、それが具体的にどういう存在なのかは、余所者のシャルロットにはわからない。それを汲み取ってだろう。

「ジュード商会はザーラッハでも指折りの貿易会社だ。それに伴い、武器や傭兵、鉱石、魔術本、香辛料、化粧などの分野にも大きな影響力をもっている。そういった功績が認められて貴族になったのが三百年前ほど前。そのように輝かしい歴史を多く持っているが、最近は少し翳りを見せているな。業績自体はさほど変わらないが、エイダの父である現社長ロワァードが外の影響を強く受けすぎたらしくてね。その所為で社内が真っ二つに分断、しかも対抗勢力を率いているのは前社長であり祖父であるレナード。つまりは骨肉の争いの渦中というわけだ」

「外の影響って、その、つまり……」

「あぁ、もちろん戦争だよ。出張先の他国でその実情に直面したようでね、以降彼はこの国の在り方に強い不信感を抱くようになり、社内に同胞を増やしたうえで、平和主義者のスポンサーの一つになった。先程の喫茶店での情報から察するに、それを強く疑わせるような情報が一部界隈にリークされたんだろう。結果、株主が関わりを絶ち、売られた株をエンシェが買い占めた。次に彼等が取る行動は、この争いを終わらせる事だ。もちろん、ザーラッハ側の立場でね」

「……此処に来たのは、エイダさんも狙われる恐れがあるからですか?」

「今日であるかどうかは判らない。だが、この手の問題を引き延ばすメリットはあまりない。軍学校に所属しているだけの娘が脅威になるほどエンシェの戦力が乏しくない限りは、早々に決着まで進むだろう。それを踏まえた上で訊きたい。君は、彼女をどうしたい?」

「どうしたいって……なんで、そんな事を私に聞くんですか?」

「君の心証が気になるからだ」

「え?」

「平和主義にとって、もはや彼等に大きな価値はない。こちらの足跡も既に消している。エンシェを探るという意味で小突いてもいいが、あまり価値はないだろうね。ただ、零というわけでもないから、私はどちらを選んでも構わない。だから、君の意見を優先しようと思う」

 真っ直ぐにこちらを見て、リグチラは言う。

 もちろん、他の意図もあるのかもしれないけれど、その言葉は本当のような気がした。

「……なんとか出来るなら、なんとかしたいです」

 友達と言っていいほどの付き合いではなかったのかもしれないけど、それでも優しく接してくれた人だ。見捨てていいなんて思えない。

「わかった」

 小さく頷いて、リグチラはゆったりとした足取りで部屋を出た。

 そのまま階段を降りて、地下一階のある部屋に足を踏み入れる。

 床に魔法陣だけが刻まれた一室だ。他にはないもない。

「これは五百ヘクテル(五百メートル)程度までしか機能しないが、その分個人でも維持できるコストの転移門だ。主に貴族同士の密談の場を用意するために使われるが、あの夜遊び少女はそれを繁華街にある小さな倉庫と、友人であるエイダ・ジュードの屋敷の地下室に繋げていた。エンシェはこの情報をおそらく入手していないだろう。これを利用して、彼女たちを深海世界へと避難させる。懸念となるのは、ロワァードが雇っている荒事専門の二人の冒険者だ。彼が個人的に所有しているその戦力は、交渉の邪魔になる可能性が高い。私は賞金首でもあるからね」

 そして、その賞金首としての顔を晒さなければ、ロワァードとの交渉も難しいという認識なのだろう。

「出来れば二人は早々に無力化して、彼に余計な選択肢を与えないようにしたいところだが……」

 君にそれが出来るか? と視線が訪ねてきていた。

 奇襲自体は、多分魔法の性質上得意な部類と言えると思うが、いかんせん経験が少ないので自信を持って頷くことは出来ない。

 そんなシャルロットに、

「ところで、君の魔法は光に関連するものだと思うのだが、たとえば湾曲させたり、全ての物質を鏡のように反射させたりする事は可能か?」

 と、訪ねてきた。

 曲げることは出来るが、後者は試した事がない。シャルロットにとって魔法とはイコール暴力という認識が強かったからだ。ずっと貴族を続けていたら、色々な発想を手に入れる機会もあったのかもしれないが、ヘイトの矛先という役割がそういった成長を許さなかった。

 でも、今は許されるのだから、そういう事も積極的に試していくべきなんだろう。

 相手を殺す光ではなく、世界に降りそそぐ普通の光を加工するイメージで魔法を生成。無数の鏡を使って地下一階にいながら三階の景色を見るように、光を反射させていく。

 すると、ちらっと一階の絵画が視界に入ってきた。

 少し左に動かしてみる。すると、少しでは済まないくらいに視点が動いて、どこかの壁を映した。

「どうやら可能ではありそうだね。では、まずはそれを使って、ジュード家の様子を探ろうか。私は魔力探知に努める。二つの情報を合わせれば、より高い精度で内部の状況を把握できる筈だ。門を少しだけ開く。開いたらすぐにでも始めてくれ」

「わ、わかりました」

 硬い口調で頷く。

 するとリグチラはまた思案するように口元に手をあてて、

「……やはり敬語は望ましくないな。君の意志を尊重するのだから、君も私の意志を尊重して、これから先、私が少女の姿で居る時は気安い口調で話すべきだと思う」

 と言った。

 正直、抵抗はあったが強く断る理由もない。

 ないけれど、同時に大きな疑問もあって、

「どうして、そこに拘るんですか?」

 今は間違いなく、気安い口調で話す必要はないのだ。拘る理由が見当たらない。

「理由か? 理由なら既に口にしたと思うが、それが少女らしいからだ。主従の立場でもない年上の女性に敬語で話しかけられるというのは、私の知るそれからはかけ離れている。せっかくするのなら抜かりなくしないと、正しい少女の気分というものも味わえないだろう?」

 ……その言葉には、苦々しいくらい共感できる部分があった。

 独特な言い回しだから少し混乱するけれど、要は普通の少女に憧れているのだ。普通に友達と遊んで、普通に学校に行って、普通に誰かに恋をする、そんな少女に。あまりに普通ではない人生を歩んでいるからこそ、あまりに遠いからこそ、ただ夢を見た。叶えたいなんて微塵も思わない綺麗な夢を。

 彼女はテロリストだ。無関係な人を多く殺してきた。彼女が夢見た普通の少女もきっとそこには居た事だろう。それでも、彼女のその夢に怒りを覚える事は出来なかった。

「開いた。空間の孔が見える?」

「……うん」

 髪の毛一本分くらいの大きさ。本当に小さな孔だ。これなら、よほど近くにいないと気付けないだろう。

「そ、そんなに期待しないでね。初めてやることだから」

 躊躇いがちなため口で言い訳を並べつつ、もう一度光の魔法を乱反射させて孔の先にある光景の把握に努める。

 その際、最優先で意識することは気付かれない事だ。バレさえしなければチャレンジは何度でも出来る。

 慎重に反射の具合を調整して、少しずつ少しずつ見たい方位にピントを合わせていく。

 その過程で判ったのは、そこがこの地下室とほとんど同じ構造をしている一室だという事だった。

 分厚いドアは固く閉ざされている。が、完全な密封ではないので、光を通す隙間はある。

 そこに光を走らせて、部屋の外の光景を視界に入れる。

 薄暗い通路だ。対面にあったドアの先は酒蔵だった。

「特定の魔力を遮断する材質で出来ているようだな。感知があまり上手く効かない。そこは地下なのか?」

「うん、そうみたい。お酒の他にも色々と、保管されている部屋がいっぱいある」

「そういえば、ロワァード卿は多趣味なコレクターだったな。そこは特に調べる必要もないだろう。地上の方は見れそう?」

「うん、大丈夫。……あ、人を発見した。冒険者かな。ラウンジに三人いて、トランプをしてる」

「三人? その顔を私に見せることは可能だろうか?」

「え? ちょ、ちょっと、待ってね……」

 自分に届けられている情報を彼女の網膜に流す。

「……冒険者は想定通りの二人だが、傭兵の方はかなりの大物だな。『斬り裂き』ディダラ。トルウォラト傭兵学院の卒業生であり、学院に入る前から既に傭兵として『黒潰石(ルダナウェル)』の地位を得ていたという変わり種だ。高い事でも有名な、百戦錬磨の老兵でもある。これを雇ったという事は、エンシェに対して迎え撃つ姿勢のようだな。利口な選択とは言い難いが、既に退路を断たれているのか……友人を見つけたら、また共有してくれ」

 頷き、屋敷の探索を再開する。

 程無くして、ラウンジから行ける二階の寝室でエイダを見つけた。

 学院に居た時のクールな印象とは打って変わって、余裕の色はまったく見えない。おそらくそれは傍に居る父親の焦燥が伝わっている所為だろう。

 彼女の比ではないくらいに、ロワァードの表情は強張り、ろくに眠れていないのか目の下には深いクマが刻まれていた。

 その情報を、リグチラの左目に送る。

「……ふむ、大荷物を抱えているな。バッグの中は宝石で埋め尽くされていそうだ」

「それって、国外逃亡をしようとしているってこと?」

「おそらくはそうだろうね。長距離転移が可能な魔石でも発注していて、それが届くまでの間護衛に守ってもらうという考えなのかもしれない。たしか、ムルカ連合に別荘を所有していた筈だから、交易都市ミザリアを経由して、国外へといった流れになりそうだな」

 リグチラの話を聞いている最中、視界に見知った顔が現れた。

 思わず、あ、と声が出る。

「……プレタ・リリエッテ、余所から来た冒険者もギルドを通さずに雇ったのか。この分だとこちらが入手した情報以上に伏兵を抱えて居そうだな。それが此処に居るかはさておき、今の戦力でも時間稼ぎとしては十分。急いで動く必要性は薄れたが――」

 と、そこで、リグチラは目を細めて言った。

「屋敷が囲まれているな」

 その発言の最中に斬り裂きディダラとプレタが表情を引き締め、語尾のあたりで二人の冒険者が腰かけていた席から立ち上がり、脇に置いていた剣に手を掛けた。

 彼等も気付いたようだ。

「数は七、どれもなかなかの手練れのようだが、ディダラの実力が噂通りなら彼一人で十分だろう。視界に彼を収め続ける事は出来そう?」

「それは、ちょっと難しいかも」

 戦闘になると強い魔力の乱れが発生する。

 フォーカスする以前に、この覗き見自体が不可能になるだろう。

「問題ないとは思うが、念のためにいつでも関与できる位置まで近付こう。私達の身体の表面をカラカアントの皮膚――擬態を得意としている魔物のものに変える。彼等の鱗なら魔力の乱れの影響も受けることなく、完璧に周囲に溶け込めるだろう。遠見はここまで。魔力を出来るだけ抑えてくれ。……あぁ、その量なら残りは鱗が隠してくれる」

 淡々と言葉を並べながら、リグチラはまず自身の身体と服に魚のような鱗をびっしりと生やしだした。

 鱗はあっという間に空気に溶け込み、彼女の身体を透明にする。

 貼り付けていなかった両眼だけが残って、ちょっと不気味だった。

「眼は迷彩の部分で隠せば問題ないが、一応目蓋にも仕込んでおく。瞳を閉じて、力を抜いて」

「……」

 言われた通りにすると、リグチラの魔力が全身に流され、その魔力が無数の鱗へと変わると共に、肌が見える部分全部と、服、そして髪に、相応の重さが発生した。皮膚にぴったりとくっついている感じだ。相当に気持ち悪い。

 けれど、我慢は得意だ。少なくとも、毒を全身に浸された時に自身から生じる悪臭や醜さを前にした時の不快感なんかよりは、ずっと生温い。

「では、行こう」

 転移門が完全に開かれると共に、二人はエイダの屋敷の地下室に足を踏み入れた。

「魔術防壁ではない。単純なロックか。それなら強硬手段で良さそうだな」

 目の前のドアのロックを、リグチラが鋭利な刃物となった爪で切り裂く。

 その要となっていた部品が床に落ち甲高い金属音を立てたタイミングで、地上の方でも戦闘が始まった。

 静かに、だが迅速に階段を上り、まずは一階へと到着する。

 到着したところで、鮮血が視界を横切った。ラウンジで斬り裂かれた相手が、その衝撃によってドアを吹き飛ばして壁に叩きつけられたのだ。

「……」

 目の前の相手が死亡している事を確認しつつ壁越しにラウンジを窺うと、ちょうど一人の敵がディダラに襲いかかる場面に遭遇した。

 刀を左右の腰に携えた隻眼たる壮年のディダラは、大上段から振り下ろされた斬撃を紙一重の間合いで外すと、

「遅いな。全てが」

 と呟き、おもむろに敵に背中を向けた。

 明白な油断だ。そこをつこうと、大剣を持った敵は横薙ぎに斬撃を放とうとし――その反動で、いつの間にか両断されていた胴体が下半身からズレて、

「は?」

 という間の抜けた声を残し、絶命した。

 シャルロットにも斬撃の瞬間はおろか、刀を戻したところすら見えなかった。とんでもない早業だ。

 その事実に戦慄を覚えつつ、同時にこれほどの実力者ですら自分たちの存在に気付かぬ事実にも感嘆を覚える。傑出した擬態能力だ。敵にしたら、本当に厄介そう。

「あと一人、まだ殺せぬとは。遅い冒険者たちだな」

 視線を庭の方に向けて、ディダラがため息を零す。

 しかし、その冒険者たちも程なくして敵を仕留めたようで、魔力が一つ途絶えたのが確認できた。

「どうやら片付いたみたいね。……第一陣は」

 依頼主の安全を最優先にしたのだろうプレタが、階段から顔を出して言った。

「戦力の逐次投入か。愚の骨頂だな」

「数は六、さっきのと違って連携が取れてる感じね。つまり、こっちの実力を計るための捨て駒だったってわけか。指揮してるのはかなり性格悪い奴よ、これ」

「死体にしてしまえば良いも悪いもない。お主は、引き続き依頼主の安全を優先させてくれ」

「ええ、戦いは専門家に任せるわ。あたしは、あんまりそういうの得意じゃないしね」

 ため息交じりにそう言って、プレタが寝室の方へ戻る。

 開いていたその部屋のドアが閉まったところで、第二陣がやってきた。

 プレタが読んだ通り、彼等は獣の群れのように完璧な呼吸と共にディダラに襲いかかっていく。

 数は四。残りの二人は外の冒険者の足止めをしているようだ。

 見えない速度の斬撃の情報はしっかりと仕入れたのか、四人は一定の距離を取ってナイフを投擲する。

 高速かつ的確な、時間差の四連撃。

 しかし、それらは二度の金属音と共に全て弾き飛ばされた。

 居合からの袈裟懸けによる、流れるような迎撃だ。

 そうして何事もなく対処を澄ませたディダラは、刀をまた鞘に戻し、腰を深く沈める。

 奇妙な魔力が、一瞬だけ両足に流れたのを捕捉した。何か魔法を仕込んだ証だ。

 ただ、それがどのような系統なのかまでは判らない。

「面白い魔法だな」

 リグチラの方は判ったのか、こちらの耳にギリギリ聞こえる小さな声でそんな事を呟いていた。

 気にはなったが、訪ねた音で気付かれたら怖いので、なんとか剥き出しの眼球を上手く隠しながら、ディダラの様子を窺う事にする。

 その結果、判明した事は一つ。彼の斬撃が、明らかに初撃だけ異常に速いという点だった。二撃目ももちろん速いのだが、見えないほどではないので、それと比べるとずいぶん遅い。さすがにこれだけ速度差があるというのは不自然だった。

 つまり、鞘になにかしらの魔法をかけている。多分彼のものではなく、加速を促す刻印のようなものが内側に刻まれているのだろう。

「いつまで様子を見ているつもりだ? 悠長は好かんな」

 新たにナイフを取り出して一定の距離を保ちながら四方を囲む敵に、ディダラはうんざりしたように大きなため息をつき――次の瞬間、敵の一人が視認できない速度で投擲されていた刀によって貫かれ、壁に突き刺さった。

 一瞬の動揺が三人に過ぎる。それは本当に僅かな隙だったが、ディダラは見逃さずに踏み込み、右腰に携えられていた短刀を振りぬいた。

 あっさりと首が飛ぶ。これで、残り二人。

 そんな状況下で彼等が取った行動は、片方を生贄に目標を仕留める事だった。

 ナイフを投げながら突進し、切り払われたタイミングで一人がタックルを敢行する。

「つまらぬ群れだ」

 そうして無防備となった背中に、ディダラは短刀を突き立てた。

 心臓を穿たれての即死だ。これで室内に要る敵は一人。

 だが、冒険者二人はやられてしまったのか、窓ガラスを割ってすぐに二人の増援が入ってきた。

 その間に、一人が階段を駆け上がり寝室へと足を踏み入れる。

「お父様から離れなさい!」

 エイダの恐怖を怒りで押しつぶしたような声が響き、剣が肉を裂く音が少し遅れて届けられた。

「無事か?」

 と、ディダラが訪ねる。

「ええ、片付けた。依頼主の娘が注意を引いてくれたおかげで、楽だったわ」

 寝室から出てきたプレタが、返り血で濡れた頬を拭いながら言った。

「そうか」

 頷きと共に、斬撃が円を描いた。

 身体を大きく回転させていたディダラが、ゆっくりと刀を鞘に仕舞う。

 かちん、という音が聞こえると共に、左右から仕掛けた敵の首が同時に落ちた。

「今度こそ終わり――いや、また来たわ。懲りない連中ね」

「……一人だな」

 ぽつりと呟きながら、ディダラは壁に突き刺さった刀を引き抜いて血を払い、短く息を吐いて、再び集中力を高めていく。

「ヤバそうな相手みたいね」

「どの程度かは判らん。最悪に備えて、緊急脱出の準備の方も急がせておいてくれ」

「わかった」

 頷き、プレタはまた寝室へと引っ込んだ。

 依頼主に状況の説明をしているのだろう。うっすらとロワァードとのやりとりが聞こえてくる。

 その音を掻き消すように、ガラス片を踏む音が不自然なほど大きく鼓膜に刺さった。

「――」

 現れた相手を前に、思わず息を呑む。

 白いブラウスに黒いパンツを穿いた、右の泣きボクロが印象的な女性。

 腰まで届く白金の髪をなびかせ、やや垂れ気味の蒼い瞳で冷たく周囲を見渡す彼女は、十年以上前に顔を合わせた時と何も変わらない美しさで、でも、あの時よりずっと気怠げでありながら、怖いくらいに剣呑だった。

「戦えそうなのは一人か。服を血で汚す心配はなさそうね」

 深い蒼で彩られた芸術品のようなナイフを右手で躍らせながら、シャルロットの叔母でもあるレナリア・ディ・グゥオンは、ゆったりとした足取りでディダラに近づいていく。

 その足が、地面から離れ地面につくその間際に、『斬り裂き』ディダラの居合が走り――


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