03/まるで少女のような
シャルロットを手伝いとして要求したリグチラが、ヴラド達と別れたあとで最初にした事は、ザーラッハの首都アンシェルに戻る事だった。
そのために、まずは転移門を用いてルウォ・ステラ要塞に向かい、そこで別の転移門を用いて深海世界へと移る。
深海世界の所有者であるペドリツァーノは現在その首都にいるので、あとは表に出れば問題なく到着だ。
「どうだろう? おかしなところはないかな?」
深海世界でデューリ・コンクの姿を解き、栗毛の少女へと変身していたリグチラが、表に出る間際に訊いてくる。
彼女は今、ワンピースの上にカジュアルな上着を羽織っており、肩には小さなバッグを下げていた。まるで近場に遊びに行くような恰好だ。
「それは、この後の目的によると思いますけど。……というか、なんのためにザーラッハに戻ったんですか?」
そして、自分はなんのために必要とされているのか。
リグチラの魔法で色の変わった自身の髪を弄りながら、シャルロットは訪ねた。
「もちろん、彼等の動向を探るためだ。といっても、今日しなければならない事は集まった情報の精査だけで、基本的には休暇のようなものともいえるかな。それで、せっかくだから少女らしいことをしようと思ってね。同年代の同性と談笑をするというのは、実に少女らしいだろう?」
「……」
どうなんだろう? 少女らしい事をあまりしてきた事がないシャルロットには、すぐに頷く事が出来なかった。
それを、この状況に対する不満だと捉えたのか、
「もちろん、彼等に伝えた話も嘘ではない。将軍たちは間違いなく君を攻めたてる事でイニシアチブを取ってくる。言葉以外でもね。特にディ・ジャ・ヴィグァは、冷徹で残忍な方法を得意としている危険な相手だ」
と、リグチラは補足の説明をいれた。
それから、少しだけ思案するような表情を浮かべて、
「正直、各国の同盟関係が落ちつくまでは、君はザーラッハに居た方が良いと思う」
「二人の足を、引っ張ってしまうからですか?」
「信用を持って動かせる手駒が欲しいのは事実だよ。私と行動を共にした方が、彼等の役にも立てるだろう。ここでの展開は、向こうの動きにも大きく関わってくる事だしね」
「……」
はぐらかすような物言いは、彼女なりの優しさと受け取るべきか。
なんにしても、それを決めるのはリリスかヴラドだ。シャルロットは二人の決定に従うだけ。……もちろん、足手纏いと思われるのは嫌だから、ここでも成果は欲しいところだけど。
「ところで、敬語を止める事は出来ないだろうか? 友人同士の会話でそれは不自然だろう? 実際の関係はともかくとして、傍からはそう見える姿をしていることだしね」
そう言ったところで、リグチラは急に笑顔になって、
「そういうわけだから、甘味屋に行きましょう」
と、シャルロットの手を掴んで歩き出した。
無表情から一片して、溌剌な少女を演じはじめたわけだ。その切り替えの早さには、ちょっと怖さを覚えるけれど……
「――は居たか?」
「いや、けれど――」
「分かった。増援を呼んでおこう。――そこの君、止まりなさい!」
街を巡回している騎士が、不良っぽい見た目の少年に声をかけて尋問を始めていた。
こういう厳戒体勢なので、不自然さは極力消すべきだろう。
シャルロットも(私達は友達、友達)と自分に言い聞かせながら、それっぽい言葉を並べてみる事にする。
「わ、私、ホットケーキが食べたいな。最近、嵌っててさ」
「ぎこちない」
愉しげな苦笑が返ってきた。
「し、仕方がないでしょ、そういうの慣れてるわけじゃないんだから」
「今のは自然だったね。うん、慣れれば問題はなさそうかな。……ほら、そこだよ」
リグチラが差した先にあった甘味屋の中に入る。
そこは、指で差されなければ甘味屋とはまったく気付けないような外装をしていたが、中はなんというか、ちゃんと女性が好みそうな色合いや家具で纏められていた。知る人ぞ知るお店と言った感じで、休日の昼下がりだというのに客の数は少ない。
「ご注文は?」
「ホットケーキを二つ。飲み物はお任せで、あ、でも氷は入れないで」
メニューを見ることなく店長と思わしき女性にそう答えながら、リグチラはピアノを弾くようにテーブルを左手で小刻みに叩きながら言った。
それからバッグを開いて、そこからリボンを取りだし、腰まで届く栗毛を束ねて食事に備える。
三分ほどが経過したところで、注文した品がやってきた。
その際、テーブルの上に品を置くのと並行して、店長が開いていたリグチラのバッグになにかを落とした事に、シャルロットは気付かなかった。甘い匂いと食欲をそそる絶妙な焼き加減の方に、見事に意識が誘導されていた所為だ。朝から何も食べていなかったこともあり、お腹も鳴ってしまっていた。
幸い他の客とは席が離れていたし、店内は記録石から流れる音楽で満たされているので、それが彼等に届くことはなかったが、対面の彼女には届いていたようで、
「そういえば、私も朝から何も食べてなかったな」
と呟きつつ、リグチラはナイフを手に取りホットケーキを八等分して、さらにそれを半分にわけ全てを一口サイズにしてから、バターの混じったシロップを大量にかけていった。
なんとなくシャルロットもその手順を真似て、シロップだけは控えめに準備を整える。
「ここの音楽、嫌いじゃないけど、ちょっと今の気分じゃないかも。貴女もそうじゃない?」
「え?」
そんな事はないけれど、という感想を零すより先に、リグチラはバッグからイヤホン(記録石を装着した機器)を二つ取りだして、その片方をこちらに手渡してきた。
「最近の流行りを纏めてみたの。絶対ハマるよ」
軽やかな調子で言いながら、それを耳に付ける。
シャルロットもそれに倣い右耳に装着するが、聞こえてきたのは音楽ではなかった。
『アルマルの後釜はキャフとノイケのどちらかになる可能性が高そうです。ロビー活動が上手くいっているのは後者ですが、最終的にはより多くの資本を有しているキャフに軍配があがるだろうという見方も強い感じですね』
『シャイア・テキーラは最近部下によく不満を零しているようです。タシネル・リャンタとの確執はいよいよ無視できないほど大きくなっているのかも。それと、クーレ・サーランタの捜索を冒険者に依頼している事も確認できました。どのような関係かは不明。そちらにどの程度のリソースを割くべきなのか、指示をお願いします』
『ジュード商会の株の過半数を手にした人物が誰なのかが判明した。ハインドという人物だ。エンシェの商人で、国の大きな支援を受けて今の地位を得ているようだな。その関係か、ここ数日でジュード商会は多くの人員をカットし、新たにエンシェの従業員を雇っている。それも元軍人が多い。これ以外にもいくつかの拠点になりそうな商会あり。引き続き調査を続ける』
三人の誰かの報告が終わる。
終わったところで、
「なに、その微妙そうな顔? そんな前衛的な曲入れた記憶ないんだけどなぁ」
と、リグチラは不満そうに唇を尖らせた。
ホットケーキをフォークで突き刺して、シロップを塗りたくってから口に放り込む。
仮に何者かがこのやりとりを監視していたとしても、彼女を休日の女子以外の何かと捉えるのは難しいだろう。
彼女はこういう風にリスクコントロールをしながら、平和主義者のリーダーをやってきたのだ。
そんな彼女の最も重要な一面を前に、違う世界の人、という感想を抱きつつも、シャルロットはホットケーキの消化に取りかかりながら報告に意識を戻す。
『マルテシア・キャンディスが休職、その後の消息は不明となっています。姉の死が原因であるという見方が濃厚。引き続き調査を続けます。以上』
『平和主義者を騙る輩が、皇位継承の日に皇子を殺すという予告状を王宮に送りつけていた件ですが、犯人が見つかりました。小規模なグループで脅威となるような戦力はなし。制裁して無関係である事を示すか、それともそのまま泳がせるか、判断の方をお願いします』
『ククル・オーウェンとラミア・シャーレの二人を探っている冒険者が複数いるようです。どうやら個人的な依頼のようで、ギルドから確認を取る事は出来ませんでした。トルウォラト学院の生徒が失踪した友人を探すために雇ったという線もありそうですが、そこから我々の足取りを探ろうとしている勢力の線も否めません。依頼主まで追跡するのなら、二名ほどの戦闘要員の追加を要求します』
「気になる曲はあった?」
フォークの先端についたシロップで、ホットケーキのお皿の隅に短い縦線を一定の間隔で描きながら、リグチラが言う。
この記録石の内容を聞いていなければ、それがいくつかの要望への解答だとは想像もつかないだろう。
「……そうだね、最後の曲は気になったかな」
理由はもちろん、ククルとラミアの名前が出たからだ。
最近、二人とは会っていない。彼等は今なにをしているのか。果たしてククルはシャルロットの知っている彼のままなのか、不安な点は多かった。
「最後の曲かぁ、この作曲家の事は私も注目してるんだけど、最近は曲発表してないんだよねぇ。っていっても、ファンってわけじゃないから、見落としてるだけかもしれないけど」
間延びした緊張感のない調子でいいながら、リグチラは残り少ないホットケーキを口に放り込んだ。
彼女の言葉を要約すると、最近は会っていない。また正式な自分の部下ではないから動向も把握できていない、と言ったところだろうか。
「ごちそうさま。やっぱり、ここのは全部美味しいね。貴女もそう思うでしょう?」
「……うん、そうだね」
シャルロットも最後の一切れを胃の中に収め、最後に水を飲み干して、席を立った。
清算を済ませて店を出る。お金は彼女が出してくれた。
「さて、お腹も膨れた事だし。次はどうしようか? 行ってみる?」
「行くって、どこに?」
「友達の家、貴女のね」
「え?」
その言葉が意味する事を、シャルロットはすぐに理解出来なかった。




