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君>世界   作者: 雪ノ雪
第五章『二人のリリス』
45/64

01/灰公爵の恩恵

 ザーラッハの首都アンシェルにて、朝食のパンを買うついでに広場で購入した本日の新聞は、ルウォ帝国との戦争についての内容で埋め尽くされていた。

 その中でも大部分を占めていたのは、互いの戦力差と今後の展開、そしてシャイア投入のタイミングだ。

 最後の部分が注目されているのは、まさに神子を有する国同士の戦争といった感じだが、そこには何故かタシネルの名前はなかった。

 隠された存在というわけではないのに一切触れられないというのは、さすがに不自然が過ぎる。まあ、その不自然さこそが、彼女という存在の立ち位置を物語ってもいるのだろうが……

「もう少し盤面が整うのを待ってから動くと思っていたのだけれど、もしかしてお友達でも出来たのかしら?」

 広場のベンチで、両太腿のあいだにパンと飲み物の入った大きな紙袋を挟みつつ、両手いっぱいに広げた新聞を読んでいたリリスが、ぽつりと呟いた。

 それから視線を、左隣に座っていたシャルロットに向けて、

「ねぇ、お前はどう思う?」

「え? ええと、その……」

「儀式に関わる同盟工作の話よ。そうね、お前にも情報を共有しておきましょうか。あぁ、でもその前に問題よ。これから多くの国が、うわべだけの協力関係を結んで行くのが決まっているわけだけど、それは何故かしら?」

「……今のままだと勝てない勢力が多いから、でしょうか?」

「半分正解。でも、それは一番の理由じゃないわ。考えを続けなさい」

 そう言われたシャルロットは、太腿の上に置いていた左手の甲を握ったり離したりしながら二十秒ほど思案し、

「勝たれると困る勢力がいるから、ですか?」

 その答えに、リリスが満足げな微笑を返す。

「ええ、その通り。具体的に言うと、ルウォ帝国とノイン・ゼタの二つにだけは、絶対に儀式をさせてはならないという認識があるのよ。そこにたどり着ける可能性の高さも込みでね。特に前者に対する危惧は共通しているわ。平和主義者の小娘は、ルウォの目的が見えないなんて言っていたけれど、アルドグノーゼに関してははっきりしている。奴の目的は完全な支配の確立よ。全ての存在の服従。自らを本当の意味で絶対的な頂点に置いた上で、外部世界との関わりを絶つ事にある。ねぇ、お前はこれに賛同できる?」

「……いえ」

「でしょうね。そしてノイン・ゼタの方はまったくの不明。あげくにその代表は外神を宿している。この世界に属している神にとっては、アルドグノーゼ以上によろしくない。本来、奴がこの世界に存在している事自体が、この世界の汚点なんだから。まあ、それでなくとも、ルシェド・オルトロージュという男は危険すぎる。奴はこの世界にまったく執着していない。儀式で世界の滅亡を望んだとしても、なんの不思議もないわ」

「どこが一番動きそうだ?」

 リリスが抱えている紙袋からパンを取りだして、眠気覚ましにその辛いパンを一口齧ってから、ヴラドは訪ねた。

「エンシェでしょうね。奴等の目的もわたしは知っているけれど、あそこが一番間口が広い。最悪、奴等が勝ったとしても、そこまでマイナスにならない勢力は多いでしょう。それに、すでにザーラッハとクリスエレスとも手を組んでいるし、協力できる余地も示している」

 そう答えてから、リリスも揚げパンを取りだして、それをかじる。

「クリスエレスと手を組んだんですか? エンシェが……?」

 シャルロットが困惑を示した。

 それに対して、リリスも眉をひそめて、

「おかしな反応をするのね。ここで驚くべきはザーラッハと組んだという点よ。いい? 同盟を結ぶにあたって一番重要なのは、共通の障害を排除した後で残った相手を自分たちだけで処理できるかどうか、という点にあるの。クリスエレスとエンシェは戦力的に近い。立ち回り次第ではどちらも十二分に勝機がある。少なくとも、クリスエレスの愚者どもはそう考えている。だから奴等とは組みやすいの。逆に、ザーラッハは不透明過ぎる」

「タシネル・リャンタか」

 思い当った存在を口にしつつ、ヴラドは適当にパンを一つ取りだして、それをシャルロットに差し出した。自分から取る気配が一向になかったからだ。

 好みについての考慮はしなかったが、表情に曇りは見当たらなかったので、特に問題はなかったのだろう。

「ええ、特にあの外神の存在が大きいわね。奴は、この国が創立した時からルシェド・オルトロージュと接点があったかもしれない。奴の陣営である可能性も拭えないのよ。それを考慮できないほど間抜けだとはさすがに思えない。奴が白だという確証でも掴んでいるのか、それともその問題を誰かが解決したのか、或いはそのつもりの見切り発車なのか……お前はどれだと思う?」

「知らない」

 パンをかじる。

 ここで、眠気がようやく醒めてきた。

「あまり興味がなさそうね」

「サラヴェディカの方が気にはなるな」

「現状は端役よ。奴等には切り札となるべき神子がいないからね。主動的な立場は取れない。まあ、奴がザーラッハの王を表明するなら、あの女元帥は手札に加えられるかもしれないけれど」

「ないな」

「でしょうね。それはわたしにも分かるわ。そういうつまらない事を、あの男はしない」

「他の線は?」

「大陸の外の話をしているのなら、なくはない。というか確実に儀式に絡んでくる奴等ならいるわ」

「誰?」

「原初の三番である、カラエルとエルラカよ」

 つまらなそうに言って、リリスは紙袋から飲み物を取り出し、ストローをさしながら言葉を続ける。

「ノスティワがこの時期に復活したのはけして偶然じゃない。誰かが奴等の死を解いた。残りの二柱が同じような状態になっていても、何もおかしくはないわ」

 その誰かが誰なのかは、想像に容易かった。

 ルシェド・オルトロージュだ。

「……その二柱は、現状どの程度の影響力を持ってる?」

「サラヴェディカが死を隠蔽して信仰を維持させてきたからね。あの酔狂者と同じくらいの器なら、そこまで労することなく用意できるでしょう。そしてそういう輩は総じて既に大勢の中心にいる。参加者として、最低でも小波を起こす事くらいは出来る筈よ」

「その予想が当たっているのなら、今日大陸に入ってきた二つの国の軍隊には、二柱の息がかかっているという事になりそうだね」

 不意に、幼い子供の声が届けられた。

 視線を向けると、そこにはリードに繋がれた子犬を連れた少女がいる。初めて見る顔だ。だが、それが誰なのかはすぐに判った。

「どこの国?」

 と、当然のようにリリスが訪ねる。

「ミッドラインダ帝国とガリブロード公国。わたしは、どっちも初めて聞く名前。……でも、貴女たちは違うみたいだね」

 舌足らずな、いかにも六、七歳くらいの子供のような口調で、少女に化けたリグチラはそう答えた。

 それから、こちらに背を向けて、

「戦争に干渉するつもりならついてきて、灰公爵さま」

 と言って、子犬が駆けだすと共に駆けだしていく。

 その一連の流れで、子犬もまた彼女の変身の一部だという事に気付いた。

 思っていた以上に器用な魔法だ。そこに感心を抱きつつ、ヴラドたちは彼女の後を追って歩き出した。


                §


 深海世界を経由してルウォ・ステラ要塞に向かい、そこに設置された転移門を用いてルウォへと戻る。

 その転移門の前に立ったところで、リグチラはデューリに変身した。

 今回は服装も全部魔法で生み出されたものだったようで、子供服が破れるなどという事はなかった。いや、或いは、スーツを子供服に変えていたから、問題がなかったのか。

「……それで、貴方たちはその同盟工作に対して、どういうスタンスを取るつもりなんだ?」

 ネクタイを軽く緩めながら門をくぐり、ルウォの本城内部へと足を踏み入れたところで、デューリが口を開いた。

 視線を向けられたリリスは、少し考える素振りを見せてから、

「お前がどこから人の話を聞いていたのか知らないけれど、やっぱりルウォが同盟を増やせるとは思えないから、他の同盟を潰す方針になるでしょうね。特にザーラッハには弱体化してもらう必要があるわ。警戒するべき戦力をノイン・ゼタだけにするためにもね」

「なるほど、了解した。……ところで、彼女はどうする?」 

 デューリの視線が、今度はヴラドへと向けられる。

「どういう意味だ?」

「将軍たちはなかなかに毒気が強くてね、新参者への当たりも強い。標的にされる可能性がある。私が化ければ、いなす事も出来るだろうが、このあと用があってね。それは叶わない」

「そしてちょうど人手も欲しかったって?」どこか嘲るように、リリスが言った。「……まあ、いいわ。貸してあげる。その記録石も、受け取っておいてあげるわ。仲間同士、情報の共有は大切だしね」

「話が早くて助かるな。では、その指輪が返ってくるまでに、上等な菓子でも用意しておこう」

 懐から取り出したイヤリングをリリスに手渡して、デューリは颯爽とした足取りで転移門が設置されたこの部屋を、左手側のドアから出て行った。

 シャルロットも戸惑いを見せつつ、そのあとを追いかけていく。

 そうして静かにドアが閉められたところで、右手側のドアが開かれ、一人の男が入ってきた。

 こいつが道中でデューリが言っていた案内役なのだろう。

 その案内役に連れられて、ヴラドとリリスは城の特別区域内にある作戦室と表記された部屋へと案内された。

 中には五人の人物がいた。

 巨大な斧を傍らに置く長い顎鬚が特徴の全体的に分厚い男に、整髪料で髪をがちがちに逆立てた青年に、スキンヘッドにした頭部を含めた全身に文様を刻んだ整った顔立ちの女に、天井に届くくらいに背の高いひょろっとした男、そしてどこにでもいそうなスーツを着た亜麻色の髪の青年だ。

 最後の青年以外は、一目で凄腕だというのが判った。深緑色の軍服を纏っているその四人が将軍なのは間違いなさそうだ。

「んん? なんだ、そいつは?」

 顎鬚が特徴的な男が、ヴラド達をここまで連れてきた男に視線を向ける。

「先日、灰公爵となったヴラド・ギーシュ殿です」

「こいつだけじゃなかったのかよ? 驚きだな」

 と、髪を整髪料で固めた男が眉を顰めた。

「……なるほど、そういうことか」

 口元に手をあてて、スキンヘッドの女が目を細める。

「あぁ? どういう事だよ?」

「少しでも脳味噌を使えば判ること。あぁ、すまない。そもそも貴様はその使い方を知らなかったな、トォーベ。これは酷な事を言ってしまった」

「……そうか、死にたいんだな、てめぇ」

 整髪料の男が、魔力を帯びた殺気を振り撒いた。

 それは室内が軋むほどの圧力だったが、動じる者は一人もいなかった。

「貴様程度に出来るとでも思っているのか? 脳無し」

 と、スキンヘッドの女が冷ややかに笑う。

「その能無しにこれから殺される奴の事は、なんて表現すりゃあいいんだ? 教えてくれよ。腐臭女」

「その腐臭とやらは、貴様の頭から匂ってきているものだ。嗅覚まで低品質とは、いっそ哀れよな」

「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ。加齢臭誤魔化すのに噴かしすぎだって、陰口叩かれてんのも知らねぇのか?」

「――止めろ」

 頭上から、低く重たい声が放たれた。

 特に威圧が込められたものではなかったが、一瞬二人の空気が少し強張る。力関係に拠るものか、それともこのひょろ長い男がもつ異質感によるものなのかは判らない。

「……汚らわしい出来損ないの忌子風情が、誰に指図している?」

 スキンヘッドの女が、浮かべてしまった弱気を隠すように、憎悪に近い感情を滲ませながら吐き捨てた。

 トォーベも同調を見せるが、そこに、ぐぅぇうぅう、という不快な音が響き渡る。

 ゲップの音だ。更に放屁の音が続いた。

「相も変わらず不愉快極まりないな。そのハラワタ全て引き摺りだして、一切合財洗浄してやっても良いのだぞ? グンダル」

 スキンヘッドの女が、超長身の男に向けていた矛先を変える。

 それを欠伸で受け流して、グンダルと呼ばれた顎鬚男は言った。

「全員揃ったんなら、早くはじめてくれないか? この後、気のいい野郎共と飲む予定があるんだ」

 そこで、ズボンのポケットの中に入っていた干し肉を取り出し、むしゃむしゃと食べだす。

 ちらりと視線をリリスに流すと、スキンヘッドの女と同じ表情をしていた。

(醜いし、臭い、センスもない。最悪ね)

 いつもなら口にだして言うところをヴラドにだけ伝わるように零したのは、それでも軽視できない魔力の強さと、この後の展開次第では味方に引き込む必要性も出てくるためだろう。

「……そうですね、この後アルドグノーゼ様が進捗具合を見に来ると仰っていましたので、早く価値のあるプランを用意した方が良いでしょう」

 と、もう一人の灰公爵である亜麻色の髪の青年が言った途端、場の空気が変わった。

「そういう事は早く言え」

「まったくだな」

「始めよう」

 険悪極まりない空気が嘘だったみたいに、三人は流れるように会話を繋いで、グンダルも干し肉を仕舞い、部屋の中央に設置された長方形の机の前について真剣な表情に切り替える。

「その前に、紹介を済ませましょう。私はマウロ・バレンタイン。そちらはディ・ジャ・ヴィグァ殿、そちらはヘカテ殿です」

 超がつく長身の男を、次にスキンヘッドの女を手でさし、マウロは紹介を終えた。

 それに対しトォーベが「あぁ? なんで三人だけなんだよ?」と眉を顰める。

「それ以上必要ないからに決まっている。本当、頭の悪い」

 やれやれと言った様子で、ヘカテが呟いた。

 当然トォーベは怒りを滲ませるが、吠える事はしなかった。話し合いをこれ以上遅滞させるのは良くないと判断しての事だろう。

 この点からもよく判るが、彼等は皆ルウォ・アルドグノーゼに対しては非常に忠義的だった。誰もが彼の賞賛を求めており、それ故に険悪になっているといった感じだ。

「それで、新顔の灰公爵は、此処に居られるだけの価値を持っているのか?」

「四年前の情報にはなるけれど、ミッドラインダ帝国には二人の神子がいたわ。ただし、奴等はずっと反目し合っていた。国を二分して四百年以上内戦する程度にはね。だから、来ているとしても一人である可能性が高い。あと、空戦士と呼ばれる特殊な軍人共がいる事でも有名だったわね」

 ヘカテの問いかけに、リリスがそう答える。

「空戦士?」

「擬似的な翼を生やす道具を用いる連中よ。かなり高度な魔力操作が必要な代物みたいで、精鋭の象徴でもあったわね」

「サンプル」

 と、ディ・ジャ・ヴィグァが口を開いた。

「ないわ。燃費が悪かったから欲しいとも思わなかったし」

「つまり、奇襲、強襲に特化している部隊という事か。対空防備は増やしておいても良さそうだな」

 自身の髭を摘みながら、グンダルが呟く。

「上陸した場所はターカスの傍という話だけど、コンタクトはまだないの?」

「こちらにはない」

 リリスの問いに、ヘカテが答えた。

「もう一方は?」

 と、ディ・ジャ・ヴィグァがマウロに視線を向ける。

「ガリブロード公国は、この大陸の西にあるナーバー大陸全土を支配している大国です。神子の数は三、そしてその三名ともがこの遠征に導入されているようですね。今はまだモア海岸付近で待機しているようです。それが、エンシェが獲得している情報となります」

「エンシェ?」

 リリスが眉を顰める。

「あぁ、私はエンシェの人間でもありましたから。近場に上陸した彼等の情報を得るのは容易いのです」

 自信満々と言った口調で、マウロは答えた。

「つまり、乗り換えたというわけ?」

「ええ、彼等ではアルドグノーゼ様には絶対に勝てませんからね」

 マウロはいっそ誇らしげな様子だ。そこには裏切りに対する負い目など一切感じられない。

(なるほど、あの臆病者がスパイに変えたか。奴の都合で動く人形――つまりは、わたしたちの対抗馬ね。これで両者の仲が宜しくないのは確定か。だとしたら、邪魔をしてくる可能性も高い。そうでなくても、いるだけで奇数である事の利点が失われた。戦争の流れは否応なく鈍化するでしょう。厄介な話だわ)

(殺るのか?)

 と、ヴラドは率直に訪ねた

(そうね、上手く暗殺出来るならそれに越したことはないけれど、簡単なの? こいつ)

(どうだろうな)

(わからないの?)

(佇まいは文官のそれだ。隙だらけに見える)

(だけど、直感はそれを疑っているというわけね。あの記者もどきみたいに擬態が得意な奴なのか、それとも臆病者が安全装置まで仕込んでいるのか……どちらにしても、殺すという行為は、安易に選択しない方が良さそうね)

 早めにその認識を共有したところで、ドアが開かれた。

「なんだ、もしかしてまだいんのか? 増え過ぎだろう、灰公爵」

 トォーベがうんざりした表情と共に少し声を荒げる。

 それに怯えた表情を滲ませながら、やって来た騎士はヘカテの方を真っ直ぐに向いて、

「ターカスの神子、アウゼリオン・リヒタークが出陣しました」

 と、多く者が目を見開く報告を届けた。


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